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THEATRE in Classroom  作者: HIGE帽
第一章 演劇部 久手川さくら 編
4/5

Act.4 高校生

鮮烈な衝撃に突き動かされ、入部届を握りしめて職員室へ踏み入った茜。取り次ぎの教師から呼び出され奥から出て来たのは、短髪の女教師だった。


『あら、演劇部に入りたいの?随分と変わってるのね』


すこし皮肉めいた口調で入部届を受理したこの顧問の名は上山というそうだ。受け取ってからも暫く怪訝そうな顔で私を上から下まで見回している。と、唐突に我に返ったかと思えば急ぎ奥へと戻る上山、背中に悪寒を感じ振り返るとそこには篠宮が立っていた。


「柴崎さん、結局演劇部入ることにしたんだ。よろしくね」


どこか作り物じみた笑顔で差し出された右手を、恐る恐る握ると彼女の手は驚くほどに冷たかった。軽く揺するように交わした握手を終えると、篠宮は言葉も交わさず私の横を通り過ぎた。その後は高鳴る気持ちからか、顧問の蔑むような目つきのせいか、どちらにしろ駆け足に学校を後にした。これが部活決定が始まった先週のことだ。気がつけば、高校生活も徐々に板についてきて早朝の人も疎らな教室に居心地の良さを感じ始めていた。


「おはよぉ〜ふあぁ、ひばしゃきしゃん今日も早いね」「あ、うん。そういえば時東さんは入部届出したの?」「ん?出したよ〜ついさっき」


あくび混じりに教室へ入ってきた時東、彼女もまた演劇部への入部をすることにしたらしい。他のクラスからも彼女のツレが入ったらしい、時を同じくして例のメガネちゃんも入部届を出しに来ていたと時東からの容姿の情報で発覚した。朝のホームルームが始まるまで談笑は続き、福谷の号令で気怠い授業が始まった。


今日の朝礼に、篠宮の姿は無かった。先週の邂逅から一度も顔をみないなんて事があり得るのか、茜はそう物思いに耽りつつ廊下側の窓の外を眺めていた。


そうこうしている間に、本日の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。部活を早々に決めた者は勇み足に活動場所へ駆けていき、未だ決めあぐねている者は教室の端で不毛な会議を開いている。


「柴崎さん、一緒に行こうよ」「うん、そうしよっか」


時東は教科書類を机でトントンと整えると、まとめて机に収めた。私も教科書を鞄に詰め、手に持って立ち上がる。スカートの裾を払うと、少しだけ気を引き締めて教室を後にした。渡り廊下から見える部活風景に知った顔が混ざっているのが不思議な気持ちになった。程なくして部室棟のそばにやってくると、演劇部の部室前に人混みが出来ていた。


「先に入れよ…」「えー、お前が入れよ」


恰幅の良い七三分けと、整髪料でツンツンな男子が部室前で押し問答をしていた。


「あの…」「「あっ…、どうぞお先に」」


2人が左右に避けると、促すように手を広げた。そこを通るようにして部室を開けると既に中にいた人々の視線が一気にこちらへと注目した。奥の方にいた久手川は部室の中央に置かれた長机の短辺側に立つと、腕を組んで満面の笑みを浮かべた。


「来たなぁ、若人諸君…!!」


改めて部長久手川さくらのカリスマをまじまじと垣間見ると、やはり感嘆しかでない茜なのだった。ふと気がつくと先ほどより人影が増えたことに気がついた。件のツレ達が合流したのに加えて、財部も少し遠巻きに姿を確認した。


「そこじゃ何だから、みんな入っておいで、手狭だけど…」「じゃあ、お邪魔な先輩たちは先に失礼させて貰いますか」


久手川に気を取られていたが、恐らく先輩らしい影が足早に部室から抜け出て駆け足にどこかへと消えた。ぞろぞろと部室へ流れ込んだ茜たちは、誰からともなく壁際へ並び机を挟むようにして向き合った。


「現時点での新入部員はこれで全員かな? 思ったより多いね。今年はまずまず豊作なんじゃない?」


部長の嬉しげな笑みに、私達まで何だか浮かれてしまう。向かいの男2人など溶けそうなほどに頰が緩んでしまっている。これが久手川の魔性と形容するのが腑に落ちるほどに空気は一瞬で彼女の間になった。パチンと手を鳴らすと次はピリついた空気へ変わり、彼女は訥々と口を開いた。


「これから、演劇部の活動として色々と教わることになるけど、思ってるよりキツいとは思う。これは先に言っておく方が良いと思うから言っておいた。それから部活としてはかなり変な部類だと思う。何せ運動量はあるのに文化的な活動だからね。そして、多分これが一番辛くて…」


そこまでの流暢な言葉繰りから一転して、深く言い淀むと唇の端が少し震えているのが目についた。それから大きく息を吸うと、意を決したように言葉を続けた。


「何も残らないと思います。花火のように、弾けたときは煌びやかで、盛大で、人々を感動させられる力があるけども、夜空に火花が残り続けぬのと同じく、私たちの軌跡は残りません。そんな部活です、だから無理はしないで。」


そう言った久手川の目は少しだけ物悲しさを湛えて伏し目がちに遠くを見ていた。私は「それでも…」と口にするのがやっとだった。他の新入部員も気圧されたようにコクリと首を振るくらいしかできてなさそうだった。


「ってね〜…」


久手川は急に語頭を高め、おちゃらけたように苦笑いを浮かべた。それから全員に着替えて体育館に移動するように言いつけると、勢いよく部室から出ていった。


同期となる仲間たちと目配せをしながら、茜は襟元のボタンを開けた。始まりからのしかかった奇妙な重圧に不思議と胸は高鳴っていた。やっとだ…やっと彼らと肩を並べての活動が始まるんだ。茜の目が希望の光を帯びた。


・・・久手川さくら引退まであと58日

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