耳鳴り
せっかくの逆行転生モノなので、少しチートを持たせてみた。
まあチートはチートだけど、無双は難しいかなぁ……
翌朝、龍興は稲葉山城の庭で刀を振っていた。夢の中とは体格が変わっているので短めの刀を選んでいたのだ。
「うん、これが良さそうだな」
幸い美濃には関という刀剣の産地があるため、放って置いても贈答品として銘刀がたまっていく。そんな訳で蔵の中には刀がよりどりみどり。こっそり使ってポッキリ折れても、黙っていればそうそうバレないのである。
「殿、準備ができました」
「うむ、御苦労」
小姓の徳四郎の言葉に鷹揚に答える。徳四郎は重臣日根野弘就の四男で数え十歳。たまたま宿直として本丸に泊まり込んでいたため龍興に扱き使われてしまった。と言っても、蔵の中の古兜を持って来て庭石の上に据えただけであるが。
ーーさて、あの時はどうやったのだったか……
昨夜、夢のせいで下戸で不能になっていることに気付いた龍興だったが、「それならば逆に兜割りも出来るようになっているのでは?」とも気付いてしまった。そんな訳でそそくさと朝早くから城山を登り、人気の少ない本丸奥の庭でこっそり据え物切りをしてみようというのである。
人気もなく、聞こえるのは風と鳥の鳴き声だけ。張り詰める空気の中、龍興は静かに精神を統一する。彼の場合煩悩を払うのではなく、戦場を思い浮かべるのだ。それも大名として後方にあった戦ではなく、小勢を率いて自ら敵刃の下を掻い潜った戦だ。今は刀根坂の戦を思い浮かべた。直昌の兜を割ったあの一振りを。
ぃぃぃぃ……
精神の集中がかつて無いほどに高まり、耳鳴りが聞こえてきても構わずに続けた。兜を割った動きをゆっくりと再現する。
ーー歩み寄る勢いのまま振りかぶり、そして脳天に振り下ろし、刃が接するや否や素早く手前に……
きぃぃぃぃん
耳鳴りが一際大きくなるとともに、兜が切れた。
「え?」
「は?」
龍興と後ろに控えていた小姓の声が重なった。ゆっくりと軽く触れただけの刀が兜に食い込んでいたのである。
慌てて刀を戻すと兜も引っ付いてきた。がっしりと食い込んでいて、簡単には剥がれそうにない。
「徳四郎、押さえろ!」
「は、はいっ!」
小姓に兜を持たせてぐいぐい力任せに引っ張ってなんとか引き剥がした。見ると刀の側面には僅かに傷があったが、刃毀れは全く無い。兜に食い込んだ時ではなく、無理やり引き抜いた時にだけ傷が付いたということだろうか。
次に兜を確認するも、こちらも異常は無い。いや、脳天にがっつり切れ目があるのはこれ以上ないほどの異常なのだが、コンコンと叩いても低い音を立て、とても頑丈そうである。錆びて脆くなっていたとか、磨きすぎて薄くなっていたとかではない。とても先程のように簡単に切れるものとは思えなかった。
「実はこの刀が凄い業物なのか……?」
龍興はまじまじと見つめたが、「そこそこの刀」にしか見えなかった。美濃の大名だっただけあって贈答品としての刀は数多く見てきたのだが、今は全く自信がない。それなりに名のある刀鍛冶が打ち銘を刻んだ、家臣や国人が元服したり嫁取りする時に下賜したりするくらいの「そこそこ」にしか見えない。幕府や朝廷に献上するほどに良い品物ではない……ように見える。
だが甲冑ならともかく鉄の兜を易々と切るほどの刀であれば、天下に二つと無い名刀であろう。それほどの物にはとても見えない。ではやはり、龍興の技量に拠るのだろうか?
「徳四郎……お前もやってみるか?」
「ええっ!? む、無理ですっ!」
まじまじと刀を見ていた徳四郎だが、刀を差し出すと頭を振って拒絶した。
「だがこの刀なら、お前でも切れるかもしれんぞ?」
「無理ですっ! 私にはあんなこと出来ませんっ!」
そう言われても、龍興にも出来るという自信など無かった。だが徳四郎は上気した顔で声を張り上げた。
「殿は凄いですっ! 空気が張り詰めて、まわりが静まり返って、見ている私まで……」
「待て」
龍興は興奮する徳四郎を押し止めると周りを見回した。そういえば鳥の鳴き声が聞こえない。先程までは確かにいたはずだが。
「……鳥はいつから居なくなった?」
「えーと、刀を構えて、耳鳴りが聞こえ始めたころでしょうか?」
龍興は首をかしげた。
「妙なことを言う。お前にも耳鳴りが聞こえたのか?」
「はい!」
「……そうか」
耳鳴りが徳四郎にも聞こえたのなら、それは「耳鳴り」ではなく「耳鳴りのような音」なのだろう。あるいはそれがこの不可思議な現象の原因なのだろうか?
「もう一度やってみるか……」
龍興は再度刀を構えると、既に使い物にならない兜に向ける。そして再び精神を集中させ……
ぃぃぃぃ……
「あっ! また聞こえましたっ!」
徳四郎の叫びに集中が削がれてしまった。
「…………」
「……すみません」
とりあえず、本当に耳鳴りが徳四郎にも聞こえていることは確認できた。
「まあ、得るところはあった。もう一度やるが、今度は黙っていろよ」
「…………(こくこく)」
龍興はもう一度刀を構えると、再び精神を集中させた。
ぃぃぃぃ……
耳鳴りが聞こえ始めると、今度は刀を振り上げもせず、ゆっくりと刃先を押し付けた。
きぃぃぃぃん
先ほどと同じように耳鳴りが高まると、刀は豆腐を切るようにズブズブと沈み込んでいった。そして兜はぱかりと左右に割れた。
一瞬の静寂の後、徳四郎は飛び上がった。
「す、すごいですっ! 殿、凄いですよっ!」
一方龍興はほうとひとつ溜息を吐いた。達成感こそあるものの、なんだかどっと疲れてしまった。
ちなみに、小姓は君主の身の回りをするだけでなく来客の対応にもあたることがある。だから当然、見目の良い者が選ばれる。そしてまた小姓は、戦場にも同行する。そして戦場には女を連れていけない。だが戦いを前にした昂ぶりは、どうにかしなければならない。君主が、つまり大将がムラムラしたまま寝付けなくかったりすると、次の日の戦に負けてしまうからである。よって君主の昂ぶりを解消することも、小姓の大切な役割なのだ!(注1)
「……なあ、徳四郎」
「はい、なんですかっ!?」
徳四郎の顔は紅潮し、尊敬の眼差しを龍興に向けていた。疑うことを知らない純粋な目である。その直視に耐えられず、龍興はつと目を逸らした。
「……後始末は頼んだぞ」
そこには半ばまで割れた庭石と、そこに突き刺さったままの刀と、絶望に瞳を曇らせる徳四郎が残された。
注1 小姓
一定以上の身分の戦国武将には小姓と呼ばれるお世話係が付きます。
基本的には元服前の少年たちです。将来的に側近になることを前提に選ばれます。つまりエリートコース。
もっとも、側近ではなく親の跡を継いで配下の領主になるパターンもあります。特に途中で服属した場合なんかには、嫡子を人質兼小姓として主君に預けるわけです。
そして君主は子どもの内に洗の……げふんげふん! 教育を施すのです。さらに人によってはト・ク・ベ・ツ♡な関係になって、ケツして……もとい、決して裏切らないようにしちゃったりなんかしたりします。
信長とか信玄とかも犯って……もとい、やってます。お蘭こと森蘭丸とか、尻弾正こと高坂昌信とかは特に有名。信長の蘭丸に対する寵愛がひどすぎて、いつまで経っても元服させてくれなかったという。
なんなら槍の又左こと前田利家なんかも、少年時代は信長と「アッーー!」だったそうで。又左が槍だけでなくロリにも転んだのは、その反動かもしれませんね。
むしろ「絶対にやらん!」と公言していた秀吉のほうが少数派。まあ、そんなこと敢えて公言するほどでも無いだけかもしれんけど。
脚注じゃないあとがき
どうせバレるので先にバラしますが、龍興のチートは高周波ブレードもどきです。
スパッと切るというより、押し込むとズブリと沈み込む感じ。
ちなみに高周波ブレードがよく切れる理由ですが……
1.刀というものは刃を引く速さに比例して切れます。
たとえば包丁の刃を肉や魚に押し当ててもほとんど切れませんが、さっと引くとスパッと切れます。
このため日本刀などの曲刀は、刃を押し当てたまま引きやすい形になってます。これを直刀でやるのは地味に大変。自然にやれるのは包丁サイズが限界じゃないかな。
2.高周波ブレードっぽい物として、現実に民生用というかホビー用として普通に売ってる商品に「超音波カッター」という物があります。
これは秒間何万〜何十万回というレベルでブレードをミクロン単位で押し/引きします。
振動数は20kHz〜40kHzくらいですね。振幅にもよりますが、瞬間的な秒速に直すと5m/sとか10m/sとかになるので、普通に刀を引くよりもよほどに速い。それをちょっと押し当てるだけでその効果を出せるのです。
まあSF作品によっては、固有振動数くらいまで震えて相手を崩壊させるくらいの物もあるかもしれませんが、そこまでやるとたぶん龍興が死にます。
ちなみに作中で聞こえる耳鳴り音ですが、これは8000〜10000Hzくらいということにしておきます。
このくらいの高音はモスキート音と呼ばれ、子供にしか聞こえません。加齢とともに聞こえなくなっていくのです。
だから子どもや動物は反応するのに、大人(普通の侍)には気付かれない……というシチュエーションがどこかで出てくるかも?
もっともそうなると振動数も8000〜10000回/sくらいということにしておきたいのですが、その程度だとミリどころかセンチ単位で震えないとここまで劇的には切れなさそう。そしてそれはそれで龍興がパンチドランカーになりそう。
なので「(8000〜10000)× α 回/sで震えていて、その整数分の1の周波数の音(超音波)が全部出てる」とかいうことにでもしておきましょう。