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竹中半兵衛


 義龍の葬儀から5日ほど後、安藤守就が重元の見舞いと称して菩提山城を訪れた。


「おお、婿殿。遠江守(重元)殿の具合は如何か」


守就は半兵衛を気に入って娘の許嫁にしていた。


「今朝は普段通り床を離れ、食事もとっております」


半兵衛の方も自分を認めてくれる守就をそれなりに(◆◆◆◆◆)評価していた。


「なんじゃ、珍しく弱っておる遠江守殿を見て美味い酒でも飲もうと思ったのに。これでは遠江守(重元)殿に飲み干されそうだな」


半兵衛がちらりと目を向けると、守就の伴の者が竹中家の下働きに酒樽を渡していた。酒は百薬の長などとも言うが、見舞いに酒を持ち込むというのも不自然だ。ならば真の目的は見舞いではあるまい。


「病み上がりに深酒は困ります。半分は伊賀守(守就)様に飲んでいただきましょう。どうぞ、こちらへ」


 揃って広間へと向かうと、重元は普段通りに身だしなみを整えて待っていた。


「婿殿の言う通り、すっかり元気になられたようだ。見舞いなどと要らん世話だったかな」

「いやいや、酒はいくら貰っても邪魔にはなりませぬ故、歓迎いたしますぞ」


和やかに会話をする内に家人が白湯を置いて去ると、三人の顔が一変した。


「して伊賀守殿、如何された」

何も聞かずとも重元は、此度の訪問がただの見舞いではないことを察していた。守就もそれに驚かない。


「若殿の先日の葬儀の際の御乱行は見ただろう」

「ああ」

「あの翌日評定があった。若殿は……一色家の家督を織田に譲るつもりだ」


「それは……」

重元が絶句する横で、半兵衛はすっと目を細めた。

「……なるほど、そういうことですか」

「ほう、これだけで分かるか。さすがは婿殿」

「半兵衛、どういうことだ?」


半兵衛は考え込むように視線を床に落としたまま答えた。


「織田家が美濃を攻める大義名分は道三様の国譲り状です。それに則って一色家の側から家督を譲れば、織田家は大義名分を失います」

「それはそうだが、それでは降伏するのと同じではないか?」

半兵衛はゆるゆると首を振った。

「織田に攻め落とされたのなら、我ら国人の所領を含めどう扱うかは織田家の胸先三寸。ですがこの場合は養子入りに近い。他家から養子を取って跡継ぎにしたからといって、その実家の言いなりという訳ではありますまい」


それが許されるのなら誰も養子など取らない。それくらいなら例え傍流の傍流で片親が農民であろうとも、一族の中から適当な者を用意した方がマシである。……絶対に揉めるけど。


「まさに婿殿の言う通り! 若殿は織田の嫡男を養子に取ると仰せなのだ」

「嫡男を……? 次男、三男ではなく?」


養子を送り出す側からすれば、自家を継ぐ者は確保しておきたい。だから嫡男ではなく次男、三男や庶子を送り出すのが通例であった。


「うむ。織田家嫡男の奇妙丸は側室腹だが、帰蝶さまの養子になっておるそうなのだ」

「側室腹と聞いていましたが、帰蝶さまの御養子でしたか……」


 半兵衛は愕然とした。織田の動向には気を払っていたつもりだったが、そこまでは知らなかった。仮に知っていても「大義名分のために体裁を整えただけ」と切って捨てていただろう。だがその「大義名分」を逆手に取って嫡男を一色家の養子として引っ張ってこようとは、半兵衛には思いもつかなかった。


「……思い切った策ですな」

「そうだ。だが、すっきりとはせぬ。……で、婿殿はどう思う?」


守就は覗き込むように半兵衛を見つめた。


「我ら国人の立場から申せば……正直、悪くはありませぬ。嫡男が織田家を継ぎ、次男や三男、あるいは庶子が一色家を継いだ場合、どうしても一色家が織田家に従う形となりましょう。あるいは結局兄弟の間で争いが起こるやもしれませぬ」

「そうだな。家督争い……しかも織田家の家督争いに巻き込まれるなど、うんざりだ」


想像したのか守就が吐き捨てた。


「されど嫡男が両方の家の名跡を継ぐのなら、家督争いなど起きようはずもありません。尾張にしか正当性を持たぬ弟たちに対して、嫡男だけは濃尾両国に渡って正統性を持つのですから」

「そうだな」


尾張衆には奇妙丸以外の選択肢があるかもしれないが、美濃衆が奇妙丸以外を支持する理由はない。返って奇妙丸の地位は安泰となるだろう。


「もちろん美濃衆、尾張衆といった派閥は出来るでしょうが、それぞれが掲げる旗印が同じ人物なのですから、争いが深まろう筈も無い。

 むしろ当主からしてみれば、双方を牽制するためにもほどほどに平等に扱うのではないでしょうか」


守就は感心したように二度三度と頷いた。


「では婿殿は賛成なのだな?」


 半兵衛は一瞬声が詰まった。正直に言って賛成だった。この策の最大の利点は、現在の一色家の政を継承させられることにある。竹中家のような国人たちの所領も一旦は安堵される。これが自分の考えた策であったのなら、反対する者を説得し、論破したことだろう。その自信もあった。


――しかし、これは私の発案ではない。私には思い付けなかった……


 半兵衛は戦場で、あるいは謀略で織田を破る策を考えていた。いつか諸将の前でその策をつまびらかにし、彼の考え通りに万余の軍勢を動かしたかった。そして桶狭間の英雄を自らの手で打ち破りたかったのだ。そうすれば彼の、竹中半兵衛重治の名が天下に鳴り響いたに違いないのに!


半兵衛はやけに乾いた喉の奥から声を絞り出した。


「……まだ、決断するのは早計かと」


自分は嘘を吐こうとしている。いや、嘘ではない。正しくはないが、必ずしも間違いではない。分かりはしない。只人には道理など分かりはしない。ただの勝利では役に立たぬということなど、どうせ分かりはしないのだ。半兵衛は自らをそう言い聞かせると、乾いた唇をそっと舐めた。


「この策は、織田には勝てぬという大前提の元に立脚しています。確かに形勢は決して良くはありませぬ。しかし、戦って勝てぬという訳でもありませぬ!」


 半兵衛が常に無く声に力を込めると、応じるように守就も深く頷いた。彼とて武士だ。大身の国人領主だ。龍興の案に道理を感じながらも、これまで敵としてきた者に敵わないという前提で考えるのには抵抗があった。すっきりしないのはそこなのだ。だが勝てるのなら難しく考える必要はない。戦場で決着を付けてしまえば良いのだ。織田信長とてそうしたではないか。


「婿殿なら勝てるか?」

「……勝てまする!」


半兵衛の応えは静かだったが、重く確かな響きがあった。それは自信の表れか、あるいは……


守就は再び頷いた。


「……殿に意見してみよう」

「よろしくお願い致します」


頭を下げる半兵衛を、重元は心配げに見つめていた。




 数日して半兵衛のもとに安藤守就からの書状が届いた。守就からの文には稲葉山城にて「試し」を行うとあった。同封されていたもう一通に目を通すと、そちらには織田家が攻めてきたという架空の状況が書き記されていた。内容はやたらと具体的で、物見が何月何日の何刻にどこそこで何を見た、というような情報が時系列に沿って列挙されていた。本陣に入ってくる情報はこういうものなので、現実に即している。この状況から織田軍を撃破する作戦案を考えて来い、ということだった。


「……面白い」


 つまりこの「試し」とは架空の軍議だ。居並ぶ諸将や総大将たる龍興に勝利を確信させることが、即ち半兵衛の勝利なのだ。囲碁や将棋ほどはっきりとした解はない。だが彼の才を示すには良い機会だった。


ーー誰もが納得する、一分の隙もない策を立てて見せる……!


 半兵衛は5日に渡って自室に閉じ籠もって策を立てた。そして更に3日後、正式に守護職を継いだ龍興と初めて顔を合わせたのだった。


  ……因縁の稲葉山城で

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