竹中重元
一章の裏で行われていた竹中半兵衛を中心にしたサイドストーリーです。
龍興中心のメインストーリーの中で語りだすとテンポが狂うので、間章に追い出しました。
なので時系列はちょっと前後します。
内容は基本的に半兵衛sageです。
主君一色義龍の葬儀から帰城した竹中重元はすぐに病の床に就いた。体調が優れないのに無理をして出かけたためだろう。
彼は夜半にになって嫡男の半兵衛を枕元に呼び出すと、暗い顔で打ち明けた。
「美濃はまた、荒れるやもしれぬ」
新たな守護となる一色龍興が凡庸で主君として頼りないということは、自らの父である重元や許嫁の父である安藤守就から聞かされていた。
半兵衛も無理も無いことだとは思っていた。いや、むしろ当然だと思っていた。人は愚かな生き物なのだ。大半は道理すら理解できない。自ら考えることの出来る人間など、ほんの一握りに過ぎなかった。
道三はその一握りの人物だったが、義龍は違った。思いの外上手くやったとは思うが、先は見えていた。病で死ななければ、遠からず戦か謀反で死んでいただろう。
そして龍興だ。彼に至っては田舎育ちの童子なのだ。何を期待出来るというのであろうか。
「葬儀で何かありましたか?」
「それがな……灰を、僧正に向かって投げつけられたのだ」
「それはまた……」
半兵衛は絶句した。低く見積もった想定を超える、もしくは下回る暴挙だった。
僧に対して敬意が足りない、というのではない。上辺だけ信心深さを装っておけば大過なく済ませられるのに、なぜわざわざ問題を起こすのか。半兵衛にはそれが理解できないのである。
彼は自らを合理的な人間だと自認していたが、それだけに不合理な行動をする人間を――つまりは大半の人間を軽蔑していた。
「呆れたものですが……それならそれで構いますまい。担ぐ方からしてみれば、神輿は軽いほど良い」
嘲るように笑う半兵衛を見て重元は肩を落とした。
「そのように言うでない。お主の主君となられる方だぞ」
「だからこそ神輿なのでしょう。先代も病に倒れてからは政を宿老たちに任せておられました。それでも自ら目は光らせておられたが、それも出来ぬ愚か者など神無き神輿と変わりませぬ」
「…………」
半兵衛の言は正しい。重元とて若年の龍興に神輿以上の役割を求めていない。だがだからといって、侮りを露わにしては不和を生むだけだ。
「今美濃は危険な状況にある。桶狭間の大勝で織田の威勢は高まり、今川は勢いを失った。織田の矛先が東に向かえば良いのだが、今川からの圧力が弱まったのを良いことに、その全軍を美濃に差し向けてくる可能性がある」
「そうですな」
「なればこそ、美濃には強い守護が必要なのだ」
「道三様のような、ですか」
「…………」
斎藤家の先代義龍が先々代道三を討った長良川の戦いの折、重元は道三の側に付いた。(注1)
無理の上に無理を通した道三は多くの国人の反感を買っていた。だから情勢が不利なのは分かっていた。しかし重元は、この乱世では道三のその姿勢こそが正しいと信じていた。そうでなければ土岐家の御家争いに介入した朝倉や六角、織田に好き放題にされていたことだろう。
重元が兵を率いて出立する際、半兵衛は即戦を主張した。それを容れて重元も道三に野戦を勧めた。道三は城を出て長良川に陣を張った。
そして当然、戦には敗れた。
衆寡敵せず。半兵衛の言う通りになった。半兵衛の言葉通りに、織田の介入を招く前に敗れることが出来た。
「父上、悔いておられまするか?」
「いや、山城守(道三)様も分かっておられたように思う。……分からぬような方ではなかった」
同盟を結ぶ信長の救援を待てば、窮地を凌ぐことは出来た。そうすれば十分に勝ち目はあった。しかし美濃は再び荒れただろう。道三は分かった上で城を出たのだ。
「でしょうな。惜しい方でした」
絞り出すような重元の言葉とは対照的に、半兵衛はどこまでも軽い口調だった。半兵衛とて道三の死を残念に思っている。だが悔やんではいない。もう一度同じことがあれば、同じように正しい判断をするだろう。そこに後悔は生まれない。情も生まれない。生まれるのは他者からの反感だけだ。
「道三様に匹敵するような人物など天下を探しても五指に余りましょう。望むべくもない。ならば次善の策として、神輿を担ぐ他に無いのです」
「……そう、だな」
病床の身をあまり疲れさせてはならないと半兵衛が部屋から下がると、重元は再び肩を落とした。
彼は息子の才を疑っていない。半兵衛の言はいつも正しい。しかし正しいだけだ。
他者について「斯くあるべき」と正解は分かっても、「そうたるべし」と自らを戒めることはない。それは自らのすべきことではないと突き放してしまう。確かにそれも正しいだろう。だが「お前はこうすべきだ」と言われた方は、「お前が言うな」と反発を覚える。それが道理であっても素直に聞き入れるわけがないのだが、それが半兵衛には「道理も弁えない」と見える。
だから半兵衛の助言に素直に従う者は、半兵衛の人格を知った上でその智謀を頼って自ら助言を求めた者だけだ。彼らは最初から半兵衛に智謀以外を期待していない。
――だが、それでも良いのだ。
確かに半兵衛は一軍を率いる将として、あるいは政を司る宰相としては不適格だろう。彼の正しい命令は、彼への反感から無視され拒否される。
だがもし君主が彼の才を認め、彼の助言に従って命を下せば、君主の命として遵守されるだろう。その正しい命令の結果として成果が上がれば、君主の名は高まり、君主から半兵衛への信頼も高まる。
――君主の傍にあり、君主に頼られれば、その才は広く恵みをもたらすだろうに……
決して表舞台には立たず、名誉と忠誠を君主に捧げる。半兵衛にはそのような忍耐が求められるだろう。
幸い半兵衛には地位に対する固執は感じられない。名誉には興味があるようだが、それも自らの才に対する評価を欲しているに過ぎない。彼の指図が君主の名で行われようとも、その結果が君主の名を高めるだけになろうとも、満足な結果さえ得られれば半兵衛には十分なのだ。
語弊を恐れずに言えば、半兵衛は良く切れる刀に過ぎない。道具として正しく扱えば、使用者も道具自身も満足な結果を得られるのである。
問題は龍興に半兵衛を扱いきれるのかということなのだが……
「はぁ……」
重元は重い溜め息を吐いた。
彼は龍興のことを凡庸と評価していたが、「取り立てて良くもない」という意味であって、今日の葬儀でのようなうつけた振る舞いをするとは思っていなかった。実は父親が生きていたこれまでは努めて大人しくしていただけで、今日のような振る舞いこそが本性なのかもしれない。もしそうなら半兵衛との相性は最悪であろう。
半兵衛は龍興を軽蔑し、龍興は半兵衛を遠ざける。いや、無礼討ちもあり得るか。
「まだ暫くは死ねぬな……」
今の半兵衛が竹中家の当主となれば、龍興と顔を合わせる機会が増えてしまう。それを阻止するためにも、彼はまだ倒れるわけにはいかなかった。
注1 長良川の戦い
道三が義龍に討たれる戦いです。この時道三に味方したのは明智家や竹中家など美濃国人のほんの一部。
この後明智城は長井隼人正に攻められて陥落、光秀達は領地を失って放浪することになります。
一方竹中家の屋敷も攻められますが、留守番をしてた半兵衛が初陣で大活躍! 弟の久作と共に鉄砲を撃ち、攻め手を撃退したんだとか。
……大活躍? 大活躍の余地が無いんだが……
せいぜい「初陣で兜首を挙げるとはお見事っ!」ってくらいの大活躍かな?
でも籠城戦(城じゃないけど)で鉄砲撃つだけなら相当に敷居が低いし、的としては足軽も騎馬武者も同じなんだよなぁ
竹中家はその後普通に義龍に仕えているので、普通に降伏して普通に許されたと思われます。
義龍にしても、白黒つけて忠誠を誓わせるのが目的だったんでしょうから。
じゃあなんで明智一族は酷い目にあってんのかというと、道三の正室の実家だから。(義龍の母は別人)
その関係で残党が集まるのを防ぐために陥落させたんじゃないかなぁ。その点竹中家はどうでもいい。
だから半兵衛の大活躍があったとしたら、そこまで読んで適切なタイミングで降伏を決めたとか、降伏交渉を上手いことやったとか?
それなら軍師っぽい大活躍と言えるんですけどね。人聞きは悪いけど。
――――――
この間章は竹中半兵衛の評価高杉問題に対する私なりの回答として用意しました。
そもそもそんな問題があるのかどうか知りませんけど。
両兵衛の一角、黒田官兵衛は失敗談と悪口(?)には事欠かないんですけどね。
「空気嫁」
・播磨衆を織田方に引き入れたと思ったらまとめて毛利方に寝返られた件
・荒木村重を説得に行ったら、主君の小寺政職と荒木村重にダブルで裏切られた件
「あの人ちょっと野心高すぎない?」
・信長の死を知った途端に天下を取るように勧めた一件
・関ヶ原の裏で九州制圧戦をやってた一件
一方竹中半兵衛は、稲葉山城を乗っ取って半年も占拠してた件ですら義挙みたいにされてるという・・・・・・