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三振りの太刀(第一章 最終話)

後出しで章分けすることにしました。

一章の最終話にして、一章 序 の続きです。


 龍興のきょうは……もとい、説得もあり、松平は織田・斉藤との三国同盟に合意した。その後三家は表向きは抗争状態のまま、内々のうちに重臣による討議が行われた。そして翌永禄5年初め、三家の当主とその重臣達が尾張清洲城に集まり、和気藹々とした空気の中で誓紙が交わされたという。


この濃尾三三国同盟の正式な発足は三国に広く公示され、そこから密偵や商人によって速やかに全国へと伝えられた。その際一緒に伝えられた逸話がある。


 『斬鉄三剣』


同盟の証にと、斉藤龍興が打たせたと伝わる三振りの太刀である。



-----------------------------------------


「三国の同盟はこれで成った」


信長が三人の署名と花押の入った誓紙を広げて見せると、龍興と松平元康もそれに倣った。

列席した各家の重臣達は揃って平伏した。


「折角の機会じゃ、何ぞ言うておきたいことはあるか?」


信長の言葉に元康が声を上げた。


「では、某から。我が嫡男竹千代(のちの信康)に、いずれ織田家の姫を戴きたい」


おお、と松平家中からどよめきが上がった。


 竹千代は嫡男とはいえ今川の血を引く子供だ。今川を裏切ってその宿敵織田と手を結ぼうというこの状況では非常に危うい立場だった。元康には竹千代を廃嫡し現正室築山殿を離縁した上で、織田家から新たな正室を貰うという選択肢もあったのだ。その方がずっと納まりが良い。しかし元康は嫡男の立場を守るために織田との縁組を望んだ。これは織田家を竹千代の後見にするとともに、竹千代こそが跡継ぎであるということを宣言するに等しかった。


 実は幼き頃の元康も、今の竹千代と同じような立場にあったのである。母於大の実家水野家が織田家と同盟を結んだせいで父広忠は於大を離縁したのだ。そのせいで幼少期の元康は寂しい思いをしたのだ。それにもし元康に弟がいたならば、家督争いで大変な事になっていただろう。(注1)


……もっとも龍興の知る限りずっと元康に次男は生まれないので、何の問題も無いし他の選択肢も無いのだが。(注2)


「良かろう。折を見て同い年のお徳をやろう」


「はっ、ありがとうございます!」


元康が礼を言って頭を下げると、今度は龍興が声を上げた。


「実は某、同盟の証とするべく三振りの太刀を用意しました」


信長の刀剣好きは有名である。少なくとも上洛して後の収集癖は有名なので、たぶんこの段階でも嫌いではないだろうと思って用意したのだった。

本当は茶道具の方が好みなのだろうけど、元康の方が全然好きじゃなさそうなので無難に刀にしたのだ。それに龍興なら刀に付加価値を付けることが出来る。


「少し庭先をお借りします」

「ほう、良かろう」


龍興は草履を履いて庭に出ると、日根野弘就に頷いて見せた。すると配下の武士達が桶川胴と兜、それに三振りの刀を持ってきた。龍興はそのうちの一振りを受け取って抜き放った。


「まずは壱の太刀……『胴薙ぎ』」


言いながら踏み込むと桶川胴を横に切り払う。床几からコロンと落ちた桶川胴は上下真っ二つに割れていた。


「「「おおぉ~」」」


低いどよめきが起こった。龍興は鼻高々である。剣術はまだまだ全然だけど、据え物切りなら問題ない。でも失敗すると恥ずかしいので、今回は鉄板の薄~い桶川胴を選んできたのだ。耳鳴り無しでも余裕である。


「次は弐の太……にのたち?」


次の刀を受け取りながら兜に目を向けると、何故か龍興が用意した物と形が変わっていた。なんというか全体に丸い。頭形ずなり兜である。(注3)

思わず日根野弘就に目を向けると、なぜか彼は龍興をじっと見ながら頷いて見せた。


――いや、どういうこと!?


なんだか分からないが、その兜はどう見ても安物ではないし古いものでもない。だが今更ここで引くわけにはいかない。なぜなら彼は……頑張ればたぶん切れるから。龍興が精神を集中させると忽ち耳鳴りが聞こえ始めた。


ぃぃぃぃ……


「弐の太刀……『兜切り』」


静かに兜に当てられた刃がズブリと兜に沈み込み、ぐいと押し込むと忽ち床几まで真っ二つに断ち切られた。


「「「おおおおおぉ~!」」」


皆は大興奮である。特に美濃の者達は知られざる龍興の妙技に唖然としていた。……日根野弘就以外は。彼はちょっと憮然としていた。


――そうか、弘就は(小姓の)徳四郎の父だったな。


嫌がらせかと思ったが、出来ると知っていてやらせたのならそうでもあるまい。ちゃんと出来るのだから小細工は止めろということだろうか。

いっきに疲れた龍興だったが、三本目の刀を受け取り弘就に向けて構えた。


「備中守(弘就)」

「はっ!」


弘就も黒鞘の太刀を抜くと上段に構える。龍興も精神を集中し、再び耳鳴りが聞こえ始めた。


ぃぃぃぃ……


弘就の構える刀は数打ちの鈍ら刀の予定だった。予定通りならこのまま真っ直ぐ打ちかかってくるところを迎え討てば簡単に切り飛ばせるはずだった。しかし弘就は恐らく刀を入れ替えている。銘の入った真っ当な刀であれば、このままでは切れない。龍興は更に深く集中した。


イィィィィィィ……!


「来い!」

「てぇやあぁぁ!」


踏み込んでくる弘就に合わせて左に半歩飛び退くと、相手の刀の横っ腹に向けて太刀を振り切った。


きぃぃぃぃん


龍興の太刀はするりとほとんど(◆◆◆◆)抵抗なく振り切られた。そして同様に振り下ろされた弘就の太刀は5寸(約15cm)ほど短くなっていた。

かつてない疲労に襲われた龍興はその場に片膝を突いたが、そのまま静かにその太刀の名を告げた。


「参の太刀……『鋼断ち』」


一瞬の静寂の後、全員が立ち上がり絶叫していた。


「「「うおおおおおおおおぉ~!!!」」」


その場の誰もが戦国の武士なのだ。これほどの名剣、妙技を見て興奮せぬ者など一人もいない。

警備の兵が何事かと駆けつけて来て、その場にいた者から話を聞いてさらに絶叫するほどだった。


皆が些事など忘れて興奮を共有していた。

思わず隣り合う者と顔を見合わせ、互いに龍興やその手に持つ太刀を指さして驚きを示した。

素晴らしき一体感! まさに三国同盟の固い絆を象徴する出来事であった。




「うむ、見事である! 儂は参の太刀を所望するぞ!」


……信長がこんな事を言い出すまでは。

更には、


「はっはっは、何を仰いますか。良くお考えくだされ、ミカワのミは三。参の太刀は三河でお預かりしましょうぞ!」


と元康までが言い始めた。皆参の太刀が欲しかったのだ。……龍興以外は。

龍興は困った。どっちに渡そうか困ったのではない。予定外の物を切っちゃった参の太刀が刃毀れしてるんじゃないかと心配だったのだ。


「……ここは年齢順に、壱の太刀は叔父上、弐の太刀は松平殿、参の太刀は某が保管いたしましょう」


実のところ三振りの太刀は例によって稲葉山の蔵から引っ張り出してきた刀だった。作者も年代もバラバラだったが、どれも同じくらいの出来の太刀だった。練習(薄い桶川胴/古い筋兜/鈍ら刀)に使っても刃こぼれが無かった三本を拵えだけ直して持って来たのである。だから自分の手元に残るのがどの太刀であっても良かったのだ。……刃こぼれさえしていなければ!


ピリピリと緊張感の漂う三人の周りで、各家の家臣達も空気を張り詰めさせる。何と言うことだろう、あの強固(?)な絆で結ばれた三国同盟の崩壊の危機であった。


だがそこで折れたのは龍興であった。


「……この参の太刀はいずれ、斉藤家の家督と共に奇妙丸殿に譲ることとなりましょう」


なぜなら彼は、刃こぼれを直す時間さえあれば良いから。研ぎすぎて短くなったりするかもしれないが、何年も経ってたらバレるはずもない。


「ほう、良いのか?」

「それが筋でございましょう」

「で、あるか」


信長がそれで納得してしまうと、家康も文句は言えなかった。それに弐の太刀でも十分に凄いのだ。変にゴネて一番ショボい壱の太刀(※個人の感想です)を渡されても困るので、しぶしぶ引き下がったのだった。


こうして三者がそれぞれ譲歩した(ように見える)ことで、三国同盟は再び強固な結びつきを取り戻したのだった。……たぶん。




「して、龍興よ。儂からも取らせる物がある」

「なんでしょう?」

「壱の太刀の礼じゃ、イチにはイチを呉れてやろう」

「はい?」


なんの冗談かと首を捻ると、帰蝶が笑いながら教えてくれた。


「殿の妹君のお市殿をお主の嫁にどうかと言っておるのじゃ」

「……は?」

「松平の竹千代殿とお徳殿は永禄2年生まれの同い年、お主とお市殿も天文16年生まれの同い年。年回りも問題あるまい」

「…………」


ーーま、まずい……!


龍興はダラダラと汗を流しながら必死で固辞する理由を考えた。


「も、もしも子が生まれたら、家督相続の問題が生じかねませんっ!」

もちろん龍興に子供が生まれる可能性は皆無なので、本当は全然問題無い。しかし奇妙丸が斉藤の家を継ぐことがこの同盟の根幹なのだ。龍興以外から見れば重大な懸念事項のはずだった。


「その頃には伊勢なり近江なりを攻め取っておろう。織田と斉藤の一門衆として幾らでも所領をくれてやろう」


信長としては譲歩しているようでいて、奇妙丸に斉藤本家を相続させることは譲っていない。だが逆に言えば、そこさえ守ればあとはどうとでも出来るということだ。むしろそれを餌にして存外役に立つ龍興を必死に働かせようという腹であった。


龍興は困った。今度は心底困った。いっそのこと「女を抱けないんです!」と告白してしまう手も無くもないのだが、いくらなんでも場所が悪い。三カ国の主立った者達が列席しているのだ。三国同盟成立の報と共に天下の隅々にまで「斉藤龍興は女を抱けないんだってさ(笑)」と広がってしまうだろう。今後剣術を学んで剣豪として名を知られるようになっても、「でもあの人、あっちの剣は役立たずなんだろう?(プークスクス)」と言われるに違いない!


だからとりあえずこの場で断ることは出来なかった。「やっぱり参の太刀を差し上げます」とは、さすがの龍興にも言えなかったのである。


「……謹んで、お受けいたします……」


その後の宴会で龍興は、「下戸だ」と言っても次々に盃を差し出され、さらには真っ二つになった兜に波々と酒を注がれて自棄になり、一口含んだところで……意識が途絶えた。

注1 家康の弟

 実を言えば家康には弟がいます。

 ……離婚したかーちゃんが産んだ子ですが。つまり異父弟。松平家の家督には、全く、一切、関係ありません。以上。


注2 家康の次男

 

 竹千代(のちの信康)は永禄2年(1559年)生まれで、次男の於義伊(のちの秀康)は天正2年(1574年)生まれ。

 一方で龍興が死亡したのは天正元年(1573年)なので、龍興は於義伊のことを知りません。


 ……というか、於義伊は家康に認知してもらえずに家来の家で育てられ、天正7年に築山殿が死んで(謀反疑惑からの自害)やっと認知されると思ったら、秀忠誕生。さらに天正12年には和睦の証として秀吉に養子入り。さらにその後関東の結城家に養子入り。龍興が生きてても存在は知れない……というか、徳川家中の大半が存在を知らんかったのでは?

 なんというか、追放からのざまぁモノにありがちなくらい不遇な扱いです。ていうか、何回追放されてんの? きっと凄いチートを隠し持っていたはず。


注3 頭形兜

 兜の形状というか作り方の1つに頭形兜ずなりかぶとというものがあります。

 もともとあったのは星型兜と筋兜で、どっちも傘のように脳天を中心に複数の鉄板をつなぎ合わせる感じのものです。その2つはそのつなぎ合わせ方で分けられています。

 しかし頭形兜はプレス加工して作ったヘルメットみたいな感じです。文字通り「頭の形」をしてる訳です。もちろんプレス加工じゃなくてハンマーで叩いて加工したんでしょうけど。


 で、戦国期以降の頭形兜は越中頭形と日根野頭形に大別されるそうです。


 そう、この日根野頭形の考案者こそが、日根野弘就なのです。


 だから作中で登場する兜も彼が設計して作らせた自慢の一品だったりします。

「ふっふっふ、右兵衛大夫様、この私が考案したこの頭形兜、簡単に切れるとは思わないことですな!」とか内心で思ってたのかもしれない。



次章予告

 市との婚姻から逃れるため、理由をつけて逃ぼ……もとい、上洛する龍興

 変に名前を売っちゃったばかりにいろんな人(関わりたくない人を含む)に絡まれまくります。


 そして彼に運命の出会いが……!(※恋愛要素は皆無です


……とか予告しつつ、その前に反米……じゃなかった、半兵衛サイドの閑話が数話入ります。


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