三河路
な、なんということでしょう。
本文とあとがきがほとんど同じ文字数だなんて……!
(※この作者にはよくあることです)
尾張から三河に入り岡崎へと向かう街道に、十人ほどの武士の一団があった。弾むような足取りで先頭を歩くのは猿顔の小男である。
「右兵衛大夫様お疲れでは御座いませんか?この先に寺がございますれば今夜はそちらで泊まりましょうただその手前の村には川がございましてな以前通りました折には村の衆が魚を釣っておりました流石に境内で魚を焼くわけには参りませぬ故夕餉はそちらで求めましょう某がひとっ走りして支度を整えて参りまする然らば!」
小男は立板に水の如く喚き立てると、返事も待たずに一団から駆け出した。
「ま、待たれよっ!」
一人の武士がその後を慌てて追っていく。松平に付けられた案内役だった。
二人の姿はなんとも滑稽で、残った者達からは明るい笑いが漏れた。とても敵対する武家同士とは思えぬ緊張感の無さだ。
「なんとも陽気な男ですな」
「うむ、あの男は出世するぞ。10年もすれば大名になっておるやもしれぬ」
「ははは、まさか」
龍興の言葉に楽しそうに笑うのは明智光秀である。この男こそ10年後には近江坂本5万石を拝領している予定だが、戦わずに濃尾が併合されれば単純計算で6~7年は歴史が早まることになる。あの小男――木下藤吉郎が大名になっていても一向に不思議ではない。(注1)
龍興の目が笑っていないのを見て、光秀の笑顔が固まった。
「……え? 本気ですか?」
「木下どころではないぞ、十兵衛。お主なら10万石貰っていても不思議ではない」
「……ははは、まさか」
光秀は先ほどと同じ台詞を低い声で口にすると、視線を落として考え込んだ。そして暫く黙々と歩いた後、再び顔を上げた時には少々目つきが変わっているように見えた。
龍興は夢の中で様々な武士と出会ったが、その中にはこのような目をした者達もいた。今光秀の目には、この三河の地を舞台とした戦の光景が浮かんでいるのかもしれない。
「ああ、三河ではないぞ」
「……え?」
「いや、仮に三河を併呑したとして、その半分を一武将にやるわけないだろう?」
「……は、ははは、確かに」
美濃や尾張と比べると三河は小さい。正確には山がちで耕作適地が少ないのだ。
「向かうなら西だ。今の三好ほどに膨れ上がれば、手柄を立てた者に10万石や20万石も与えられよう。実際、三好の松永弾正殿などは一代で大名になっている」(注2)
「それはそうでしょうが……」
光秀はあまり納得していないようだ。さすがの彼も、今はまだ織田が畿内を制するとは思いもつかないようだった。
――確かにまだ状況は整っていない……か
六角は傘下にあった浅井が昨年離反し、更には野良田の戦いでの敗戦で威勢を落としている。が、本格的に落ち目になるのは永禄6年の観音寺騒動(観音寺崩れ)以降だ。
一方三好の衰退が始まるのは、永禄7年の夏に現当主三好長慶が死んでからだろう。
そして永禄8年の永禄の変で現征夷大将軍の足利義輝が討たれてることによって、現在興福寺にいる覚慶(のちの足利義昭)を次期将軍として推戴することが出来るようになる。
――最低でも永禄の変まで、いや、出来れば永禄10年くらいまで西進は控えた方が良いかもしれんな。
しかしその理由は説明できないので、信長を説得する方法を考えなくてはならない。頭の痛い問題である。
「いずれにせよ我々が畿内に向けて進むためには、松平には東の盾になってもらわねばならん。仮に我らがこの三河で戦うとすれば、東から来る武田軍を松平勢とともに迎え撃つ時だろう」
「え? 武田ですか? 今川ではなく?」
「……あ」
うっかり今川が武田に滅ぼされる前提で話してしまったが、今現在滅びそうなのは10万の大軍で小田原を包囲されている北条である。まあ、来年には上杉が越後に帰ってしまって関東は再び北条に席巻されるんだけど。
「あー、いや、その……今川が、武田に、援軍を、な?」
「ええ、甲相駿三国同盟ですね」
「……うむ、まあ、それだ」
武田は来年川中島で上杉と激戦を演じ、多大な被害を受けることになる。そして、「あれ? 上杉と戦うより今川を攻めたほうが楽なのでは?」と考えて今川を滅ぼすのである。
――同盟ってなんなんだろうな
これから三国同盟を結ぼうとしている龍興にとっては、深刻に考えさせられる話であった。尤も、斯く言う龍興も実は六角と同盟を結んでることを半ば忘れているのだったが。(注3)
注1 秀吉は浅井氏の滅亡後に小谷城近くの今浜(改名して長浜)を貰って大名になります。(まあ、江戸時代と違ってどこからが大名と言えるのか明確な基準がないですけど)
しかし、龍興はその前に死んでるのでそれを知りません。
彼の認識では、「農民出身の割に出世するヤツ。竹中半兵衛を与力に付けられたせいできっと凄いストレスだろうなぁ」くらいに思ってます。。
好意的と言うよりは同情的。
そして半兵衛を(大過なく)使いこなしていたことで、その人望を高く評価しています。
半兵衛関係は閑話として後でまとめて投稿する予定です。
注2 松永久秀
戦国三悪人の最右翼として知られるクソジジイ……と言いたいところですが、作中時点ではジジイというほどジジイではありません。クソオヤジです。
さらに言えば、他の2人ははっきり暗殺しまくってる宇喜多直家とおそらく暗殺しまくってる斎藤道三ですが、松永弾正の暗殺疑惑は状況的に「え? 本当にそうかなぁ?」という感じです。
・十河一存暗殺疑惑 同じ三好家の別方面の司令官で、主君である三好長慶の弟。自分の担当(大和)でも苦労してるのに、何で殺す必要があるの?
・三好義興暗殺疑惑 主君である三好長慶の嫡男 父親が(その時点では)ピンピンしてるのに跡継ぎだけ殺す意味って何? (ちなみに次男とかはいない)
他に罪状として挙げられる点についても……
・東大寺大仏殿を焼いたこと → いや、そこを本陣にした三好三人衆の責任では? っていうか、三人衆側の失火という説も有力。
・永禄の変 → 息子は関わってるけど、本人は直接関わってないじゃん。それこそ三好三人衆を責めるべきでは?
という感じで、ことさら彼をあげつらうほどではないかと。
結局のところ彼が栄えある戦国三悪人に選出された理由は、「信長に3回も謀反を起こした」という前人未到の記録を打ち立てたことでしょうね。
2回は許されてることも、3回目も平蜘蛛(茶道具)さえ譲れば許されてたということも凄い。
真偽はいずれにせよ、すべての事件が未だ起こっていないので、この時点では極々真っ当な武将です。(……たぶん)
注3 六角との同盟
この同盟は義龍時代に成立しました。ただ、成立時点では浅井が六角の傘下にあったのです。だから六角家重臣の浅井久政(長政の父)の娘(たぶん養女)が義龍に輿入れして正室に収まりました。これが近江の方。
龍興はこの女性の子供という説もあるんですけど、この作品では別の女性の子供だという説を取っています。
ていうか近江の方の子供だったら、最初に長政からのアプローチがあって然るべきじゃない?
まあそれはともかく、六角と同盟を結んで六角重臣の浅井と姻戚関係を結んだら、浅井が離反して六角に勝っちゃった(野良田の戦い)ワケです。……どっちに味方しろと?
ただし龍興自身には浅井の血は入っていない設定なので、「味方するなら六角だけど、六角はすぐに没落するからなぁ」と考えています。
ちなみにこの六角との同盟ですが、六角義賢が息子の善治と斎藤の娘の婚姻に大反対して同盟を破棄しています。
たぶん時系列的には、
1.六角と斎藤で同盟締結 でも道三と親戚になるのがいやだから、配下の浅井の娘を嫁がせる。(自分の養女にもしない)
2.浅井長政が離反
3.同盟関係と婚姻関係で矛盾が生じてしまったので、新たに斎藤の娘(誰?)を新当主の六角善治に嫁がせる話が持ち上がる。
4.六角義賢が大反対! 息子に「マムシは暗殺しまくって下剋上した酷いヤツ(だいたい事実)だ! そんなやつの孫娘なんぞ嫁に出来るか!」という内容の手紙を送る。(そしてそれが現在に残る) 結局同盟自体も解消してしまう
5.ムカついた義龍が足利義晴から御相伴衆&一色姓を獲得してしまう(下剋上の公認?)
6.野良田の戦いで浅井が六角に勝ってしまう
7.婚姻関係を結ばずに同盟を復活させることに…… ← イマココ
最も同盟が必要だった野良田の戦いの時にだけ同盟が機能していないとか……グダグダすぎて笑えません