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03 決意

 それから数年の時が過ぎた。



 エイナは十八歳になり、美しい娘へと成長した。自慢の白髪と金の瞳は、太陽の光に当たるとキラキラと輝く。ふんわりとしたボリュームのある髪の毛、白い肌。光の巫女として、本格的に祈りを捧げる仕事をするようになった。里の男だけではなく、各地から豊穣の祈りを授かりに来る男達までもが、彼女の虜になっていた。



「今回もすごい行列だなぁ」

 二十歳になったマットウェルが呟いた。今日は一月に一度、里以外の者が巫女の祈りを受ける事が出来る日だ。巫女がいる建物の前には、早朝からずらっと長い列が出来ている。五十人以上はいるだろう。



 エイナの祈りは、石に籠められる。来訪者が持参した宝石に彼女の力を移し、それを持ち帰るのだ。大地に埋めれば豊かな土地となり、農作物の育ちが良くなる。街の中心に掲げれば、人々は心豊かに生活が出来ると言われている。村や街の代表がそうしてやって来るのだが、誰がセレティアに行くのかと、ここでもめ事がいつも起こる。美しい光の巫女見たさに、乱闘騒ぎになるらしい。



「危ない奴が紛れてなければ良いけどね」

 ジョシュが列の男達に目を光らせている。以前、エイナを連れ去ろうとした輩がいたのだ。マットウェルとジョシュが彼女を守っているので事なきを得たが、エイナはトラウマが残ってしまい、しばらく祈る事が出来なくなった。その為、月に何度かあった来訪者向けの祈りの日が、一度だけになってしまったのだ。そしてそこから、エイナの側に母親のナナが控える事になった。

 それ故、来訪者は女性であるよう勧めているのだが、なかなかうまく伝わらず、男ばかりが来る事になってしまっている。



「きゃあっ!」

「巫女に何をするんですかっ!!」


「!!」

 建物からガシャンと物音が響き、エイナとナナの悲鳴が聞こえた。二人が急いで中に入ると、男がエイナの腕を掴んでいる。ナナは、それを必死に止めていた。それを見たジョシュは、髪の毛が逆立つほどに怒りを露わにする。

「汚い手で、巫女に触れるな!!」

「ひっ、ひぃっ! か、金払ってんだから、ちょっとくらい、いいだろうがよ!!」

「良いわけあるか!」

 ジョシュが男をつまみ出し、追い払う。逃げようとしたので、マットウェルが弓を引き、男の右腕を狙って射た。見事命中。悲鳴を上げて倒れる男。

「また来られても困るしな。下の保安局へ連れて行ってくれ。うちの大事な巫女様を襲おうとした」

「了解」

 里の男達が、倒れた男を起こし、連行していく。それを見ていたジョシュは、険しい顔をした。小声で隣の相棒に話しかける。

「保安局に連行するだけなんて、ぬるくないか?」

「あっちで罰は受けるよ。顔も覚えた。ここであいつを斬ったら、エレナがもっと傷付くだろう? ここは聖なる地。血で穢しちゃあ、ダメなんだ。地だけに」

「はぁ。お前の冗談で救われるよ。ありがと」

「どういたしまして」

 ジョシュは眉を寄せて、困ったように笑った。マットウェルの軽口が、彼の怒りを鎮めてくれる。道を外れそうになった時は、いつも共に育った兄弟が助けてくれた。ジョシュは、本気でマットウェルの存在に感謝していた。

 エイナの祈りは中止。その代わり、ユニが代わりを務める事になった。高齢だが、まだまだ現役だ。列に並んでいた来訪者は、一斉にブーイング。

「あらまぁ。キレイな巫女様じゃなくなったから、怒ってるな。祈りの力は、ユニ様も強いのに。煩悩まみれの野郎ばっかり」

 マットウェルが、くくっと笑った。

「里の祈りをエイナにさせて、来訪者向けはユニ様がやれば良いと思わないか? 危なすぎる」

「俺達若造には、意見する権限なんてねぇからな。来る奴らから謁見えっけん料って、たんまり金をもらってるって聞いた。高額だから、何度もエイナに会いに来られない。抑止力になってる所が、文句が言えねぇ所だな。だからこそ、エイナを出せってさ」

 ジョシュの眉間に皺が寄る。

「彼女は見世物じゃないんだぞ! 集めた金は何に使ってるんだ? この里は昔から変わってないし」

「さぁ。何処に隠してんのか探した事があったけど、見つけられなかった」

「おいおい。盗むつもりだったのか?」

「少しくらいもらっても、分かんないかなーと思って」

「罰当たりだな。それよりエイナの件だよ。祈りの間にも、俺達が入れれば……」

「祈りの力と剣は、相性が悪いらしい。ここは俺が見てるから、お前はエイナの所に行ってやれ」

「いいのか?」

 ふっと笑い、ジョシュの肩を叩いた。

「ああ。あのばあさんに触れようとする奴ぁいねぇだろ。あいつ、お前を待ってんじゃねぇか?」

「……ありがとう」

 ジョシュは、里の中へ走って行った。エイナが避難した場所へ。マットウェルはその後ろ姿を見送ると、祈りの間の前に立ち、謁見の再会を待った。

「マット。このばあさんに危険が迫ったら、ちゃんと守るんだよ」

 建物の内側から、しわがれた声が聞こえて来た。驚いて肩がびくりとなる。

「き、聞こえてました? あはは。もちろん、しっかり守ります!」

 ユニに釘を刺され、笑って誤魔化した。

「……それから、ジョシュはちゃんと分かってるんだろうね?」

「何の事でしょうか?」

「とぼけるんじゃないよ。エイナとジョシュの事だ。隠していても分かるぞ。好き同士であっても、越えてはならん一線がある。巫女に触れてはいかんのだ」

 マットウェルは、まっすぐ行列を見ながらも、拳をぎゅっと握った。

「二人共、ちゃんと承知しています。でも、手を繋ぐくらいは、許してやってくださいよ」

「まったく……」

 ユニはまだぶつぶつ言っていたが、裾の長い着物を引きずって祈りの台座へと向かった。それを気配で感じ取り、マットウェルは小さくため息をつく。



(あいつらに、この里は生きにくすぎる……)





「ジョシュ……。私、もう巫女の仕事……嫌だ……」

 夜。暗い森の中、エイナとジョシュは並んで寄り添うように座り、星を見ていた。ずっと手は握られている。

「今日の事、怖かったね。ユニ様に、俺とマットが中に入れないか何度も聞いてるんだけど、いつもダメだって」

 繋いでいる手と反対の手で、エイナの頭を優しくなでた。それが気持ち良くて、目を細める。

「……ジョシュ」

「ん?」

「光の力がなくなれば、私は自由になれるのかな」

「……え」

 エイナの頭をなでるジョシュの手が、ぴくりと強張った。エイナは彼の目をじっと見つめた。

「毎日、太陽が出れば祈って、里の為に祈って、人の為に祈って、身を清めて巫女らしく振舞って。里から出る事も出来ないし。……ジョシュに、手以外触れる事すら出来なくて……。満足に触れてもらう事も……出来なくて……」

「エイナ」

 彼女の瞳には、涙が溜まっていた。

「こんなの、人間じゃないよ。私だって、やりたい事、行きたい所がたくさんある。怖い思いもするし、修行も凄く嫌だった。私は人間だよ。人形じゃない!」

 涙を流しながら、エイナはジョシュに抱き着いた。

「だ、ダメだよ。エイナ――」

「お願いジョシュ。私、普通の人間になりたい。純潔を捨てれば、力が消えるって習った。私、覚悟は出来てるから!」

「それって――」

「お願い!」

 森の中で二人きり。好いた彼女が、至近距離で恋人同士の一線を越えようと訴えて来る。男としては、理性のたがが一瞬で外れてしまいそうな願いだ。紳士なジョシュも、グラグラと欲のままに動いてしまいそうになる自分と、必死に戦っていた。


「エイナ、逃げよう」


 ジョシュの言葉に、エイナは目を(みは)った。

「ここで抱いたとして、エイナの力が消えたら、きっとユニ様に気付かれる。すぐに掴まるよ。俺はきっと殺される」

「こ、ころ……」

 エイナは怯えた。

「世界を守る光の巫女の力を奪うんだから、そうなるよ」

 ジョシュは苦笑した。

「里から離れても気付かれるだろうけど。君を見つけるまで、俺達は追われる事になる。危険でも二人で生き延びるには、どっちが良い?」



 エイナの目つきが変わる。


 二人の心は決まった。


ありがとうございました。

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