11 封印
「え、なんで……、違う。違うっ!!」
マットウェルは、ただ狼狽えていた。確かに自分の顔なのだが、これではないと、魂が悲鳴を上げているのだ。パニックになりそうだった。
「落ち着いて!」
サーヤが右手で、マットウェルの背中を少し強く叩いた。反対の左手は、鏡を覆い隠すようにする。マットウェルがこれ以上、自分の顔を見ないようにした。
「師匠が、どうして君の体がそうなってるのか、説明してくれる。大丈夫。お水飲もうか」
マットウェルを安心させようと、サーヤは笑顔でコップに水を入れ、差し出した。
(そうだ。目の前にいるのは賢者。この世界が選んだ人なんだ……)
水をごくんと一口飲んだ。常温の水は、スッと抵抗することなく体に染み込んで行く。少しずつ落ち着いてくると、顔つきも変わってきた。それを見て、アルゴスは口を開く。
「君の体には、呪いがかかっている」
「の、呪い?」
その言葉を聞いただけで、マットウェルの体中の毛が逆立った。ゾクッとする。
「命を奪うような事はないみたいだから、安心して良いと思う。精神、頭部、胴体、両腕、両足の五ヶ所に封印が施してあるんだ。しかも、何故か体の時間を変に歪めてね。そのせいで、今の体に変化してしまったと考えられる。元の年齢は覚えてる?」
「いえ……。でも、誰がそんな事を……」
「魔族だろうな」
どくんっ!
心臓が痛いほど跳ねた。マットウェルは服の上から心臓を押さえる。キリキリと痛む理由は分からないが、自分が“魔族”と言う者に関わっているのであろうと推測するには十分過ぎるほどだった。
「あの……、俺の体は元に戻りますか?」
「多分。通常なら、封印を解けば戻るはず。でも正直、魔族については私も分からない事が多いんだ。私が生まれてから、魔族の脅威は今回が初めてだからね。見た事がない」
「そうなの!?」
これはサーヤだ。
「そりゃそうだよ。ガイヤはいつも裏の世界である魔界から狙われてる。奴らがこちらへ来ないように、時代に合った守り人を誕生させるんだ。私はこれから来るであろう脅威に備えるよう生まれたの。前の脅威で、ガイヤの守り人が力を失ったから、その変わりにね」
ガイヤは過去の歴史で、何度も魔族に襲われているのだ。サーヤとマットウェルは、じっと聞いていた。
「その脅威が次いつ起こるまでは、ガイヤも読めない。見た目はピッチピチで若い私だけど、三百年は生きてるよ。もう年を数えるのは嫌になったから、止めたけど。その間は平和だった」
「ピッチピチ……」
「死語を言ってる時点で、もう昔の人だって分かる」
マットウェルは口にするのも恥ずかしそうだ。サーヤは苦笑している。
「やかまし。とにかく、今、ガイヤは危機に瀕している。こちらから魔界へ続く穴がぽっかり開いちゃったんだから」
「魔界への穴……」
「ボーっとしてるわけにはいかないよ。君は、その魔族の力を受けてるんだから。他人事ではいられない。魔族とどう関わってるのか知りたいけど、今はまだ無理だね」
「え、無理? どうしてですか!? 早く呪いを解いて欲しいのに」
ベッドから落ちそうなくらいに、前へ乗り出したマットウェル。アルゴスの言葉に、困惑していた。
「記憶が戻るんでしょう?」
「ああ。しかしね、体の封印を解けば、恐らく、その術をかけた魔族に解いた事が伝わってしまうだろう。今、解呪するにはあまりに危険だ。こちらは何の用意も出来ていないんだから」
「用意?」
「今のその状態なら君を生かしても良いと、魔族が許しているのだとすると、解いた途端、襲ってくる可能性が高い。その対抗策と、ガイヤを守る為の準備だよ」
窓の外は、太陽が赤く山へ沈みかけている。部屋の中が、夕焼けに染まった。
「一晩くれないか。ただでさえ、時間がないからね。開いた穴を塞ぐ為に、しなきゃいけない事があるんだ。あと少しで完成するから。全ての準備が整い次第、封印を解こう」
「分かりました」
マットウェルも納得して頷いた。魔族にとって自分が邪魔なら、とっくに命を奪っているはず。体の時間を戻して記憶を封印するなど、まどろっこしい事はしないだろう。とりあえず、明日まで待つ事にした。
ありがとうございました。




