日常
ヂリヂリヂリヂリン!!!
けたたましく不快な音が頭上で大音量で発っせられる。
今にもこの音の発生源を叩きつけてまた眠りにつきたいところだけど私の半分起きた理性が働きその思いを鎮めた。
顔をしかめながらも、そっと優しく不快な音を出す時計に手を添えてカチッとボタンを押した。
時計は鳴りやんで、私は添えた手でそれを鷲掴んで自分の顔の前に持ってくる。
時計の短針は6の数字を指し、自分に言い聞かせる様にして声を出す。
『ろぉくじぃ、、、。』
朝起きたばかりの第一声にはカラカラと乾いた音が混じっていた。
起きたばかりの髪はボサボサで枝毛がそこら中から飛び跳ねていた、長い白髪に爪を立てて頭を掻きながらベッドから起き上がる。ぬくぬく布団で温まっていた身体は暖房なんて付けていない冬で冷え切った空気に侵食されていく。
(う゛う゛う゛…)
寒さで震えながらも出掛ける準備をはじめた。
冷蔵庫で冷やしたジュースみたいに冷めた服に袖を通していく。
(最初だけ、寒いのは最初だけなんだ!)
言い聞かせる様にして寒さに耐える。
暖房をつけるほど準備に時間はかからないからそのまま寒さに震えながら身支度を進めた。
徐々に服が体温に影響され厚着した分温くなっていく。
最後に忘れ物は無いか確認する。
ベルトについた小さな四角い箱、長くて大きなツールバッグ、昨日まで開けたりしていないから中身はそのままのはずだが一応中身も確認しておく。
『確認、、、ヨシ。』
サッと立ち上がって玄関に向かう、ドアに手をかけた時私はもう一度覚悟を決めなければならない。部屋の中がこれほどに寒いという事は外はそれよりも寒いという事。
私は2度3度悩むも足をドアに少し寄せて意を決して開けた。
『ウ゛ッ!!!』
外は乾いていて、冷たく強い風が吹いていた。想像より上だった為か後退りしそうになる、開け放たれた扉の外へと力強く前に進んだ。今日一番の関門を突破した気になった私は一息ついた。
吐くたびに白く浮き上がり霧散していく。
3分ぐらいした後私は歩き出す。
私は今から、、、化け物を殺しに行く。
世界は怪人と呼ばれる脅威が存在する、見た目や能力が様々で巨大化して街を襲う者、サイボーグの様な見た目の者、空を飛ぶ者、魚人だったり獣人だったり。二足歩行で人形であれど人とかけ離れた存在、異形の者達。
そいつらは揃って人間達を襲った。
だが20年前、怪人の中で意思疎通できる者が現れた、そいつは昼の晴れ渡った空に浮かび都市を見下ろす様にして佇んでいた。そいつは人の言葉を喋った。
『我が名はクロイグ!!!我らが祖の意向を伝えにきた!!!』
都市全体に行き渡るほどの大きな声に人々は恐怖した。
『お前ら人類は目障りだ、この地から去らねば皆殺す、1年くれてやる!!!他の国へ渡れ!!!以上だ!』
それ以降、怪人達の出現頻度は増していった。
だけどそんな怪人達と戦う者達が現れた。超科学によって作られたスーツを纏う者や魔法の力を使う者。両者の様な存在は世界各国に現れて各々の所有する力で怪人を見事に倒して見せた。
現在ではヒーローと名乗る者達はヒーロー財団という組織の元で魔法少女と名乗る物達は魔法少女教会という組織の元で政府と連携をとって怪人が現れた際には駆けつけてくれるそんな仕組みが出来た。私もその仕組みの内の1人になる予定だった者だ。
そして今から2年前、怪人達は首都を中心にして群れを成して現れた。
1体だけでも放置しておけば街の機能は停止する。にもかかわらずそんな怪物達が推定300体、いきなり街の中心に現れた。
国は怪人達を外に出さないために結界と呼ばれる透明な壁を球状に張ってこの国を包んだ。
国内のヒーロー達が駆け付けた時にはもうそこらの地形はめちゃくちゃだった。
そこからヒーローと怪人、互いのぶつかり合いによりその都市の周辺地域も倒壊したビルやぺしゃんこになった家屋ばかりになって人々はその首都から逃げる様にして去った。
結果はヒーローが勝った、国も残った、だけど怪人達の残党は首都にのさばり怪人の言っていた『我らが祖』と言う黒幕も謎のままにこの戦いは幕を閉じた。そして何故か透明で見えない壁はまだこの国を包んでいた。そのためか海外とのコンタクトは取れていないらしい。
あの災害から新しい種類の怪人はでていないと聞く。
『確か、、、ここら辺だよな。』
私は今、その事件によって被害を受けた地域に来ている。
ビルはいくつか倒壊してるし、道路も車が通れない程にズタズタで、荒れ果て、廃れ、亡骸の様な街。
私がここを歩き回る理由は怪人を目撃したとう言う報告があったから。
怪人の死体はヒーロー達が回収して研究の材料にする、一方で裏では高値で取引される。怪人の内臓の一部が薬に出来たり。まぁ色々使い道があるみたい。
私は今その取引の為に怪人を狩る仕事をしている。
ヒーローがそんな事して良いのかって話になるんだかどあの争い以降辞める人や逆に反社側についた人だっている。理由は世間の風当たりよるもの。
倒壊していない廃ビルを一つ一つ見ていく。今現在で崩れてもおかしくない様なビルもあちこちにある為隠れられそうな場所はかなり多い。そもそもこの街が大きい。
今ではもう見捨てられた街だが、心残りからか残ってる人たちもいる。だから廃ビルだった所でも人が訪れたり、人が住んでたりする。
そんな中で人とは違った靴ではなく動物の様な足跡があった、おそらく探していた怪人だ。
警戒しながらビルの2階へと上ったその時だった、ドォン!!!と大きな音が響き渡る。コンクリートが崩されガラスが割れる音。
『えぇー気づいちゃうんだ』
音はほぼたててなかったはず、外の風の音の方が強かったと思う。この怪人はめちゃくちゃに耳が良い。
そしておそらく怪人であろう者の影が階段の窓に一瞬映る。その後間も無く、ダンッ!と大きな音が外から聞こえる。多分着地した音だと思う。とんでもない高さから飛び降りたのだろう。
私は急いで近くにあった窓を割り飛び降りる。
スタッと着地して前を見た、そこには全身が茶色の毛皮に覆われた人型の生物がいた。
足元を中心にしてアスファルトにひびが入って割れている。
人間の範疇を超えた生き物、間違い無く怪人だ。
私は背負っていたツールバッグから柄の長い斧を取り出す。
毛皮に覆われた人はこちら向いて口を開いて威嚇した。
キィァァァァァァァァアア!!!
その甲高い声には重く低い音も重なって廃ビル街に乱反射していく。周り転がる石や瓦礫も音の衝撃を受けてカタカタと震える。
その空気が歪んで見える程に響く叫びに反射的に耳を塞いでしまった。
毛皮の怪人はそれを見るなり真っ直ぐこちらへと突撃してくる。
避けきれないと思った頃には私はビルの壁に押し付けられていた。
メキメキと自分の内側から何かが軋んで潰れる様な音がした、私は踏まれたカエルの様なあの呻くような声で言葉を発する。
『ヨ…ミッ…ぇんか…ぃ』
すると腰のベルトにつけた縦長の四角い機械から返答が返ってきた。
『かしこまりました』
淡々と抑揚の無い声だった。機械から前方に衝撃波が発生して怪人を吹き飛ばす。
怪人から解放されて閉まっていた臓器の穴から一気に血が通って口から吹き出した。
『ブゥフッ!ゲホッ…ヴフッ!!!』
怪人は何が起きたのかまだ理解出来ていないのか起き上がってこない。
今のうちと血を吐き出し終えて力の無い傷ついた声で『変…身!!』。呟くように、訴える様にそう言うと私の周りを囲うようにして様々な形をした金属パーツが現れていく。
球状に広がっていくそれらは今度は私の身体目掛けて飛んできて次々に形を成していく。手には小手が、身体には鎧が、頭には兜が。
それらは大きな機械の手足、翼となって身に纏った。
『ハァッハァッハァぁぁあああっぶなかったぁ!!!』
『身体損傷を確認、処置を開始します。』
機械から音声が発せられるとプスッと身体に注射が打たれる。私のグズグズになっていた身体が少しづつ直っていく。あと20分くらい安静にしていれば完治できるだろうけど怪人はそれまで大人しくしてくれるはずがなく、スタッと身体をしならせて一気に起き上がる。
『ヨミちゃん斧交換!』
最初取り出した斧は先程の怪人のタックルで持ち手が歪んだため交換が必要だった。
斧は新しく空中から形を表して折れた物は逆に消えた。
『転送処理を完了しました、ご武運を。』
淡々と抑揚無く祈られる。システム上そう設定されてるんだろうけど私はこれを聞くとやる気が出る。
そのやり取りの間に怪人は一気に距離を詰めようとした。先程とは違い右腕を思い切り振りかぶって飛んで私の方へ。
私は右腕を下から上へ突き出してでアッパーで迎撃した。空中にいた怪人はモロに拳を受けて道路を挟んで向かいのビルへと激突した。完全に顎に入っていた。
多少効いてくれると助かるんだけどな〜
怪人は何もなかったが如く、当然の様に、変わりなく平然と立ち上がった。
『うっへぇーまじか、、、。』
怪人はまたしても突撃してくる。だがそれはさっきまでの正面突破ではなく足を使って左右に飛び跳ねながらこちらに向かってくる。これでは軌道が読めない。
怪人が踏み抜いたアスファルトは窪んで、それは前進する毎に深さと広さを増していく。
私も大きな斧を構えて突撃の姿勢を取る。大きな機械の足からはジェット機が発進する時の様な段々と高くなる音を鳴らして、熱が空気を振動する。
衝撃波を奏でる怪人のステップの中を大きな爆発音と共に突っ込んで行った。
怪人もそれに合わせて大きく拳を振る。大きな斧の斬撃と怪人の速さと重さが乗った殴撃は、ぶつかり合ってその場の空間を吹き飛ばす。弾けた空気で突風が起き、土埃が舞う。
『硬さ勝負は私の勝ちだね〜。 』
土埃が晴れていくとそこには右の肩から腕を失った怪人が立っていた。
うきゃぎゃぁぁぁああ!!!
怪人は怒っているのか甲高く、轟音と言っていいほどの大音量で叫ぶ。そのせいか廃ビル街の窓は一斉に割れて、近くのコンクリートにはヒビが入った。
だが叫び終わった怪人からは失くしたはずの肩からぶくぶくと肉が膨れ上り元より大きな腕が形成されていく。
『再生持ちと聞いてないんですけどー』
怪人はそのまま、その場で大きくなった右腕を振り被ってこちらに向けて空を殴った。
バン!と言う衝撃が辺りを巡った。殴った直線上にあった物はあまりの威力に吹き飛んだ。私は直前で足を崩して体勢を落としたが避けきれなかった。右腕がふわっと風の抵抗で上がって巻き込まれたのだ。機械の右腕が肩から手先まで吹き飛ばされて無くなっている。
『ずぅっっ!!!』
右手の感覚が鈍くなっている。指を握って広げるを繰り返して右手が死んで無いかを確認する。吹き飛んだのは機械の部分だけで生は大丈夫みたいだった。
私は背中についた機械の翼を広げて翼についたミサイルが分離し怪人へ目掛けて飛んで行く。
怪人は避けなかった、いや避ける事が出来なかった。いきなり不釣り合いな物を生やして放ったその反動で隙が生まれていた。
ミサイルは全弾命中して爆煙が辺りを包み込む。煙の中からは相変わらずな怪人の影が映った。
すかさずに反撃をと片膝をついて左の機械の手を拳にして真っ直ぐ伸ばす、すると背中についた骨格だけの翼は肩から回る様にして腕と合体する。その腕は形を大きな銃へと形を変えた。
怪人に照準を合わせて頭部目掛けて発射し着弾した瞬間に閃光が走った。怪人のあたりは灰色の土煙で覆われて半壊したビルが崩れていく。
生体反応が消えていない、頭につけた装備が煙の中にいる怪人の輪郭を表示して様子を見る事ができた。
怪人は倒れるわけでも無く吹っ飛ぶわけでも無く変わらずにその場で立っていた。
輪郭しか確認していないけれど頭はくっついたままだし位置も後ろに少し下がったくらいだった。
煙が晴れてきた怪人にはちゃんとダメージがあった。怪人は片目に傷ができて潰れていた。
怪人は残った目で私を睨むでも無くただ見つめていた。情に訴えている訳でもなくこちらを見透かす様なそんな静かな目だった。
目の傷が再生する様な兆候は見られなかった。
私は今度こそと足のブースターを先程より出力を上げて唸らせ斧を構えて突っ込む。
重力がその一瞬の加速の中で私を襲う。
『耐えろ!わ・た・しぃぃぃい!!!』
タイミングを合わせて怪人の脇腹目掛けて振り切った。怪人の脇腹を両断し半身を切り飛ばした。
ドサッと切り飛ばした半身が雪と同じ白い血を溢しながら落ちた。目の前の切きられた部分からも真っ白な液体が流れる。
(終わった)
そう思った瞬間だった。
ギャァァあぁぁああああぁぁぁぁ!!!
切り飛ばしたはずの半身が叫びだした、今度は低く切なくて悲しい様な叫びで。
目の前の怪人の半身がムクムクと大きく膨れ上がって行く、巨大化する前兆だ。
『ハハハ、いいよ、、、最後まで付き合うよ。』
『ヨミちゃん!決戦用お願い!!!』
『かしこまりました。』
怪人から距離を取り上空へとかけた。
右腕には最初に機械のパーツがくっついていった様に、それとは比べ物にならないほどに大きなパーツ達が右腕を包み込む。
足を広げてブースターの準備をする。怪人はまだビルの2階に到達するぐらいの大きさだった。
右腕と足からは綺麗な青く輝く炎をバーナーの様に噴射して怪人目掛けてすっ飛んだ。
そのスピードと機械の重さで出来立ての怪人の頭部らしき所に狙いを定め拳を振り上げた。
『ヒィィィロォォォオ!!!』
世界が静かになった、振り続ける雪がゆっくりと落ちている。その中で怪人と私は見つめ合っていた。
怪人の目には雪が溶けて毛が生えかけている頬をつたっている。
怪人の黒い瞳には静かな哀しみを感じた。
世界は遅く進み続けながらも、大きな右腕から噴き出す火の柱はそのまま拳を振り下ろす体勢へと変わっていく。
私は紛らわす様に叫ぶ様にして声を出した。
『パンチ!!!』
怪人の様な肉の怪物の顔に拳がめり込んで、その巨体を地面に押し付けて潰した。怪人の白い血が辺りの凹んだ地面を浸す。
スタッと着地して、私は仰向けに倒れた。
物が焦げる様な臭いを放つ白い血は雪降る寒さの中で蒸発していく。
怪人の死体からは声なのか音なのかはわからないけど、何かが聞こえてしまった。
…ぃぁく…ぁい…………ぃた…く…なぃ……。
何故だがいい気分にはなれなかった。
街のためなのに、この国のためなのに、人のためなのに、自分のためなのに。
『生体反応消失、お疲れ様でした。』
私を包むこの不快な思考は機械の声で払われた。
『、、、おつかれ〜』
私の思考は現実に戻り身体が荒く息をし始めた、整えようとするも中々戻らない。
戦いの疲れが一気に来た様だった。
『ヨミちゃ〜ん、回収屋さんに連絡してもらえる?』
『ハイ、送ってあります。』
『さっすがヨミちゃん、優秀だねぇ』
『、、、しっかしやっちゃったなー、今度ばかりはアウトかもな〜』
私は右腕を見ながら感嘆した。
爆発音と叫び声の鳴り響いていた場所はいつのまにか雪が降り始めていた。
チラチラ降る雪が肌に当たる。雪がいつもよりちょっぴり冷たく感じた。
(ここも寒くなったもんだな〜)
私は心の中でぼやいた。
この街は今日も静かで冷たい。