第8話 水着なんて破廉恥です
港はいつも通り、多くの船が行き交っている。
日の光を受けてキラキラと水面がまぶしい。
このサガンを治めるのは、オーウェルズ国伯爵家のローガン・スチュワート。
スチュワート邸は、小高い丘の上に町と海を一望するように建つ。
建物がひしめき合う町並みは、白い壁と青い屋根に統一され、遠くに光る海とのコントラストも美しく、見る者を感動させた。
白、そして青の色々の合間に、オリーブ畑やレモンの木が目に優しく映える。
時折海から吹き付ける風が、オリーブの花を揺らして通り過ぎていく。
スチュワート領は大変美しい。
サガンは他国、特に隣の大陸であるスパニエルとの交易で栄える豊かな町であると同時に、海の幸に恵まれた美食の町でもあり、美しい町並みと海水浴を主力とした観光地でもあった。
海で取れる貝を加工したアクセサリーや飾り物を土産物として販売している。
特産品には良質な真珠も含まれ、かなりの高額で取引されている。
その領主たるスチュワート伯爵家が国随一の資産家であることは想像に難くない。
「いいなぁ~」
ルシアは小高い丘の上にある邸から、整備されたビーチを遠く眺めてため息をついた。
平民は男も女も肌を露出した水着を着て、水際でキャッキャと水遊びを楽しんでいる。
「わたくしも一度でいいから海に入って、ほら、あの空気を入れて乗れるドーナツみたいなのに乗りたいわ」
ルシアの話し相手はメイドのステラ。
「浮き輪ですね。でもお嬢様は泳げませんよね?」
「浮き輪があれば大丈夫でしょう?」
「でもお嬢様!水着なんて破廉恥ですよ!それに、あのように肌を出して陽に当たれば肌が荒れてしまいます。絶対にダメです!」
ステラに反対されて、ルシアはむうっと口をとがらせる。
「陽に当たらないような水着はないの?」
「水着と言えば布面積が小さくて足も腕もお腹だって出ているものです」
ルシアはがっくりした。
伯爵令嬢ともあろう者が、庶民のように肌をさらして海に入るなんてことはできない。
それはルシアもわかっている。
しかし庶民が楽しそうに浮き輪でプカプカと浮いているを見ると、一度でいいからやってみたいと思ってしまうのだ。
「あ~あ。肌が隠れる水着が作れないかしら」
ルシアのつぶやきを聞き、そばに控えていたリアムが口をはさんだ。
「お嬢様、それはよいアイデアかもしれません。庶民の間でも露出した肌が太陽に焼かれやけどすることがよく起きるようで、肌を露出しない水着は一定の需要があると思います。水着の布面積が狭いのは、水に入った時に布が水を吸って重くなり危険だからですが、吸水しない布地を使えば可能かもしれません」
「本当?!」
「ええ。まずは水着屋に行ってみましょう」
「やった~!」
ルシアはわくわくと嬉しそうに言った。
ルシアは町歩き用のワンピースに着替え、さっそく町へ出かけることにした。
夏らしく水色のストライプのワンピースを選んだ。
日よけに白い帽子をかぶれば、可愛らしい町娘の完成だ。
ビーチへと続く目抜き通りには、たくさんのお土産屋さんや水着屋さん、浮き輪を貸し出す店などが並んでいる。
伯爵家御用達の仕立て屋から独立し、高級路線の衣服を販売している店に一行は向かった。
ドレスやタキシードと同等に水着が並べられている。
高級路線とは言え海岸にほど近いこの店では、水着が一番の売れ筋であった。
「いらっしゃいませ」
そう言って出迎えたのが、売り子兼デザイナー兼テーラー、つまり一人で店を切り盛りしているスミス店長だ。
まだ20代前半の若者にも関わらず、自分の店を持つに至ったやり手である。
独立前は伯爵家に何度も足を運び、ルシアの父スチュワート伯爵の夜会服なども仕立てていた。
独創的なデザインを打ち出すセンスと、それを実現する確かな技術を有し、ファッション界では注目の新進気鋭のデザイナーらしい。
ガタイの良いマッチョマンであるが、内面は乙女。
ミススミスと呼ばれたがる。
「ルシアお嬢様ではありませんか。ようこそおいでくださいました。今日はどういったご用件で?ドレスのオーダーかしら。お呼びいただければお屋敷に伺いますわよ」
スミスはにこやかにルシアに話しかける。
「ミススミス、お久しぶりね。実は肌が露出しない水着が欲しいのよ」
「肌が露出しない水着でございますか?それでしたら、こちらにありますわ」
「え!あるのね!」
スミスが見せたのは、全身をくまなく覆うタイツのような水着だった。
色は黒。
材質がよくわからない分厚い固めの生地を使っている。
はっきり言ってまったくかわいくない。
たしかに肌は露出しないが、これではない、ということは確かである。
「これは、どういった方が着るのかしら」
「海女のお姉さまたちには大人気の商品ですよ。冷えない、破れない、刺されない」
「刺されない?」
「爆裂ウニです。獲るときに気づかれると爆発するのですが、この全身スーツ水着を着ていれば刺されずに済むのです」
「そ、そうなの、すごいわね。…他の物はないかしら?」
「肌が露出しないのはこれだけよ」
「そう…。もっとかわいいのが欲しいの。例えば、こう、腰から足首までドレスのように水着素材でスカートを付けるとか、肩からふんわりと軽い素材の袖をつけるとか」
ルシアは自分の欲しいデザインについて手振りを交えて説明する。
「お嬢様、いま仰ったのは、こういうことです?」
スミスはスケッチブックをささっと取り出し、鉛筆でルシアの言ったデザインを描いて見せた。
そのスケッチはほんの数十秒で描いたとは思えない完成度で見ていた3人は感嘆の声を上げる。
「「「すごい!」」」
スミスはデザイン熱が沸騰したのか、更に何枚かデザイン案を書き上げる。
「ああ、これなんかとてもいいわ!でもお嬢様、スカートにした時に問題なのは、水に入った時ときに重くなることですね。万が一、海の中でおぼれたら思い衣服を付けていると浮き上がってくることが難しいですね」
スミスが問題点を指摘すると、リアムがすかさず解決案を上げる。
「では、スカートに使う布地をメッシュ素材にしてはどうでしょう。水を含ませないように。それからスカートは腰でぎゅっと縛る方式にしてはいかがだろうか?万が一の時は水中ではずせばいい」
「縛る!?なるほど、それなら着脱が簡単ですわね。それに結び目から下に深いスリットが入った状態になって動きやすいし、色っぽい!」
「袖の部分も共布にしたらどうだろう?少しだけ透け感のある素材なら異国の姫君のようになるのではないか」
「いい!それいい!」
こうしてリアムの好み?も反映されつつ肌が露出しない水着のデザインが出来上がった。
「お嬢様、明日お屋敷に伺ってもいいかしら?このスミス、一日で作って見せますわ!」
鼻息荒く、スミスが宣言するので、また明日の約束をして店を後にした。