第53話 やはり恋人だった
執務室に戻ると、文官たちがお茶を飲みながら談笑していた。
リアムの姿を見て居住まいを正しそそくさと片付けようとしたので、リアムはそれを止めた。
「私にも茶をくれるか」
「はい、すぐにお持ちします」
一番若い文官が急いで茶の準備をする。
リアムは文官たちが掛けていたソファーに共に座り出されていたクッキーをつまんだ。
「皆に話しておきたいことがある。今いいだろうか」
「もちろんです」
「皆も知っている通り、ルクスが成人したら俺は臣下に下る。政務の手伝いはするが、王族ではなくなる。だから、皆も同僚と思って接してくれればいい。俺は長いこと異国で平民として暮らしてきたので、急に王族扱いされても肩が凝るだけなんだ。願わくば、よき友人となってもらいたい」
文官たちは、思いがけないことを言われ、驚いてはいたが、非常に有能な同僚と思えばそう接することもできそうだった。
まったく仕事ができず、威張るだけだったニコラオとは大違いである。
「そうお望みなら、この執務室ではよき同僚でありましょう。よき友人になれるかは、これからではありませんか」
「そうだね。きみたちのよき友人になれるよう、俺も努力しよう」
「もったいないお言葉です」
「それから、俺が臣下に下った際には、ルクスに付いてやって欲しい。君たちが有能なのは俺が証人だ。ルクスの側近に推薦したいと思っている。ルクスを支えてやってくれないか」
「わかりました」
「まかせてください!」
文官たちから色よい返事をもらい、リアムは安心した。
そしてついでのように本日一番の爆弾発言をする。
「あ、それと俺、結婚するから。なるべく早く予定を入れてくれ」
「「「ええ―――っ!!」」」
やはり恋人だったのか、と一人がつぶやいた。
第一王子の結婚という一大イベントが突如予定に加わり、その後、文官たちの仕事が一気に増えたのは言うまでもない。
リアムも一層仕事に力を入れたが、定時になるとそそくさと仕事を切り上げて、ルシアに会いに行くのが日課となった。
あの日、アデレードとコルティジアーナに連れ去られたルシアは、どうやら二人と仲良くなることができたようで、その夜嬉しそうにしていた。
アデレードがナリスに惚れているらしい話を聞いて、リアムは思わず吹き出してしまったが。
「笑っては失礼よ。美男美女でお似合いでしょう?ただナリス様はあまり女性に関心を持たれないし、ご自分がおきれいだから、きれいな人に特別心を動かされないでしょう?どうしたらアデレード様を好きになってもらえるか、考えないといけないの」
「うーん、アデレード様はナリス殿下の好きなタイプではないと思うけど」
「そうなの?リアムはナリス殿下の好きなタイプを知っているの?」
「うん、知ってる。素朴で芯のしっかりしたかわいらしい子が好きなんだよ」
「そうなの?アデレード様は、芯はしっかりしてらっしゃるわ。その…素朴?ではないけど」
「好みのタイプじゃなくても、王子なんだから政略的に利があれば結婚に応じるんじゃないか?」
それを聞いて、ルシアの表情が曇る。
「…リアムは本当にわたくしでよかったの?わたくしはただの他国の伯爵令嬢よ。あなたに何の利もないわ…」
リアムは急にしょんぼりしてしまったルシアを引き寄せて、額に口づけを落とした。
「オレは王子と言っても、臣下に降りる身だし、ルシア以外とは結婚する気がないから」
「でも、ドミニク陛下はお許しくださるかしら」
「大丈夫だよ。もし許さないというなら、二人でオーウェルズに帰ろう」
「リアムはそれでいいの?」
「もちろんだ。俺にはルシア以外に大切なものなどないから」
「リアム…!」
「明日、父に謁見を申し込んだから、話をしてみよう」
「ええ」
◆◆◆
アンダレジア王ドミニクは、後悔の念を抱いていた。
側妃ミランダを愛していた。
正妃との間にまだ子をもうけていなかったのに、周囲の反対を押し切って無理矢理ミランダを側妃に迎えた。
ミランダが生んだ子アルフォンソも、かわいくて仕方のない子だった。
正妃が妬んでいることもうすうす感じていたのに何の手も打たずにいたのだ。
その結果が月夜の惨殺だ。
愛するミランダは首を切られて死に、アルフォンソは行方知れずとなった。
どんなに嘆き悲しんでも、取り返しがつかなかった。
(あの時、もっと徹底的に調査をするべきだったのだ。賊が押し入ったとの情報をうのみにしてしまったが、今思えばおかしなことばかりだったのに)
もし真実にたどり着いていたら。
ミランダの敵をのうのうと10年も側に置かなかった。
アルフォンソに余計な苦労をかけなかった。
そんな後悔がヒタヒタと足元を濡らす。
せめてアルフォンソには幸せになって欲しい、これは父としての本心だ。
だから、アルフォンソが望む通り、ルシアとの結婚を許可した。
嬉しそうに微笑みあうアルフォンソとルシアを見て、心の中でミランダに謝った。
国王の許可を得たルシアは、数日後、正式にアルフォンソの婚約者としてお披露目された。
その日の夜、いつもより早く公務を片付けて部屋へやって来たリアムがルシアの手を取った。
「ルシアのご両親にも俺たちのことを認めて欲しい。今からオーウェルズへ帰らないか?」
「帰れるの?わたくしも父と母に伝えたいことがたくさんあるわ」
「よし、じゃあ帰ろう。手を離さないで」
「ええ」
一瞬先には二人はオーウェルズ国スチュワート領のサガンにある領主の屋敷にいた。
リアムが魔力登録をしていたルシアの部屋だ。
ルシアは自分の部屋をきょろきょろと見回した。
「なんだか懐かしいわ。まだほんのひと月も離れていなかったのに」
「まずはスチュワート伯爵に挨拶に行こう」
「ふふふ、お父様きっとびっくりするわ」
「だろうね」
リアムのエスコートでローガンの部屋へと歩く。
リアムとルシアの姿を見て、ローガンの護衛騎士がびっくりしている。
慌ててローガンの部屋をノックし、取り次いでくれた。