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第4話 少しだけ大人になった

「大丈夫ですか、お嬢様」


「ええ、ありがとう、リアム。あなたがかばってくれて嬉しかったわ」


「当然のことです」


「でも、困ったわ。どうしてナリス第二王子殿下の婚約者になりたがっているなどと思われてしまったのかしら」


「おそらく、先ほどダンスに誘われたために嫉妬を買ったのだと思いますよ。お気になさらず」

「さっきのお誘いは社交辞令なのに…」


 スカーレットがナリスの秘密の恋人だと言うのなら、他の女性をナリスに近づけたくない気持ちもわからなくはない。


 しかし、ルシアはナリスに色目など使っていない。

 ダンスに誘われたのだって、話の流れで仕方なく言っただけの社交辞令ではないか。


 表情が曇ってしまったルシアの気持ちを盛り立てようと、リアムはルシアの好物ばかりを集めた食事の皿を差し出した。


「美味しそうなお食事も用意されていましたよ。召し上がりますか」


 ルシアはリアムの気遣いに感謝して、にこりとほほ笑んで皿を受け取った。


 その時だった。


 二人の背後から近づいて来た一人の令嬢が、何食わぬ顔で持っていたワイングラスを放り投げるように落とし、ルシアにワインを掛けたのだ。


 ルシアは避けることもできず、ワインがかかったスカートには赤いシミが広がった。


 リアムはすぐさま令嬢を取り押さえた。


 取り押さえられた令嬢は、先ほど対峙したスカーレットの取り巻きの一人だった。


 珍しいピンクブロンドの髪が印象に残っている。


 おそらく力関係が最も弱いのだろう彼女は、先ほどは一言もしゃべらず、ただ後ろについているだけだった。


「スカートが汚れてしまいましたよ。はやくお帰りになった方がよろしいのでは?」


 令嬢は静かに、はっきりとそう言った。


 汚した張本人に言われたくない。


 しかし、その言葉の響きには、ルシアを貶めようとする悪意は感じられなかった。


 リアムはじっと令嬢の目を見ると、何かを訴えかけるような強い眼差しを返して来る。


 リアムは軽くため息を吐いた。


「会場にいるともっと大変な目に合うということですか」


「ええ」


「あなたは大丈夫なのですか?」


「大丈夫です」


「わかりました。私どもは下がります。あなたもお気をつけて」


 リアムは令嬢を放すと、ルシアに向き直った。


「お嬢様、あちらで召し変えましょう」


「リアム…」


 ルシアは涙ぐんでリアムを見上げた。


「大丈夫ですよ。さ、行きましょう」


 リアムに連れられ休憩室の一室に入ると、ルシアを椅子に座らせ、リアムはタオルでワインを拭き取った。


 この時、軽く魔術を使ってシミを浮き上がらせてみたが、完全には落ちない。


 スカートの汚れがこれ以上ルシアの目に入らないよう、自分の上着を脱いでルシアの膝にかけた。


「お嬢様。私が付いていながらこのような目に遭わせてしまい、申し訳ございません」


「ううん、リアムは悪くないわ。だから謝らないで」


 リアムはぎゅっとルシアを抱きしめ、耳元でもう一度だけ、ごめんと謝った。


 ルシアがびっくりしているうちに、すぐに離れ、今度は執事らしく丁寧に言った。


「着替えを用意して参りますので、お嬢様はこちらでお待ちください。さあ、紅茶を入れましたよ。召し上がっていてください」

「ええ…」


 熱い紅茶が差し出され、ルシアは言われるがまま両手でカップを持って一口飲んだ。


 リアムの紅茶はいつも通り、少し甘くて、優しい味がした。


 ルシアはぼんやりとスカーレットのことや、ナリスのことを考えた。


 今頃ダンスの始まった大広間では、ナリスが婚約者候補の令嬢たちと踊っていることだろう。


 スカーレットもその中の一人なのだろうか。


 会場のざわめきが聞こえてこないこの部屋にいると、自分とは関係のない遠い世界のできごとのように思えてくる。


 先ほどリアムに抱きしめられたことをふいに思い出し、顔が急に熱くなってきた。


 リアムは執事でありながら、時々、ただの幼馴染のような距離感でルシアに接してくる。


 出会った頃からそうなので、ルシアの中では特に違和感がなかった。


 もともとルシアとリアムは、友達だったのだ。


 ルシアとの出会いが、リアムの人生を大きく変えたのかもしれない。


 ルシアは熱くなってしまった顔をパタパタと手であおいだ。


 ほどなくして、リアムがやや大きな箱を持ち、ルシア専属のメイド、ステラを連れて戻って来た。


 ステラはルシアに駆け寄ると涙目でルシアの手を握った。


「お嬢様、大変でしたね」


「ステラ、ありがとう。大丈夫よ」


 リアムが箱のふたを開けると、中には白いオーガンジーの布が入っていた。


 ステラも手伝い、二人がかりで丁寧に取り出すと、それは布でできた大きな薔薇の花を模した飾りだった。


「わぁ、すてき!」


 花飾りから太いリボンが二本長く伸びていて、このリボンを腰で結ぶとスカートに大輪の薔薇が咲いたようになった。


 シミもすっかり隠れ、シンプルだったドレスが一気に華やかに、まるでウェディングドレスのように変身した。


「お嬢様、一層華やかでお美しいですよ」


 リアムの声に、ルシアは少しはにかんで、ドレスを鏡に映して見た。


 ステラもにこにことルシアの姿を見つめている。


「お嬢様、王子様とのお約束があり楽しみにされているのに申し訳ありませんが、大広間には戻られない方がよろしいかと」


 リアムがそう言うと、ルシアの表情が曇った。


「お嬢様?」


「もういいの。王子殿下と踊りたいなんて、現実がわかっていなかったわ。王子殿下と踊っても緊張するだけで少しも楽しくないわ、きっと。それに、たくさんの女の子が王子殿下と踊りたいと思ってる。王子殿下と踊る幸運な女性は目の敵にされ、さっきみたいな嫌がらせを受けたりもするのね。そんなこと、考えもしなかった。みんな王子殿下に見初められて、恋人になりたいと思っているのね。わたくしはそんなふうには思えないもの」


「王子様と恋に落ちるのが、お嬢様の夢だったのでは?」


 ルシアはううん、と首を振る。


「王子殿下にダンスに誘われたらロマンチックだと思っただけ。恋人になりたいわけではないの」


「左様でございましたか」


「ええ。だからもういいわ」


 ルシアは吹っ切れたように明るい笑顔を見せた。


 リアムは少しだけ大人になったルシアを、いとおしそうに見つめほほ笑んだ。


「それでは少しバルコニーに出て見ますか?庭園が見えて美しいですよ」


「そうね。そうするわ」


 バルコニーに出ると、大広間の音楽が風に乗って聞こえてきた。


「あ、大円舞曲だわ。この曲、大好きよ」


 それを聞いてリアムは、ルシアの正面に向き合い、ほほ笑んだ。


 そして床に片膝をつき、ルシアに手を差し伸べた。


「ルシアお嬢様。私とどうか一曲、踊ってくれませんか?」


 それはルシアが夢見ていたワンシーンであった。


 ルシアは頬を薔薇色に染め、嬉しそうにリアムの手を取った。


「ええ、喜んで!」


 二人は星明りの下、寄り添い、つかの間ダンスを楽しんだ。


ご覧いただき有難うございます。

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