第46話 忠誠を誓った結果がこれ
「父上、お待ちください。そのような世迷いごとを信じるのですか?」
「世迷いごと?」
「そうです。マドラはでっちあげの証拠で我々を侮辱しているのです」
「何を言うておる?でっち上げかどうかは、これから証拠品を精査すればよい。これが本物であったら、お前の発言の方がよほどマドラを侮辱しているだろう。事実と異なるのであれば、正式にマドラへ抗議文を送ることになる。かまわないかね、アデレード殿」
「結構ですわ。お疑いになるのでしたら、直接証人に質問していただいても結構ですわよ」
「証人?」
「ええ。アルフォンソ殿下、お願いいたしますわ」
「はい」
リアムが合図すると、衛兵に連れられて一人のやせ細った冴えない男が現れた。
突然王族の前に引っ張り出され、恐れから全身がガクガク震えている。
「この者は生産工場の責任者をしていた男です。名前を言いなさい」
「は、はい。町工場を営んでいますヘイリクと申します」
「ヘイリク、あなたの工場では違法薬物を生産していた。間違いないか」
「わたしらは、高級な薬を作っていると信じておったのです。まさか違法薬物だったなんて、わたしらもびっくりしているのです」
「なぜ高級な薬を作っていると思っていたのです?誰の指示だったのでしょう」
「ある日お偉い騎士様が来て、これを作るようにと命じられたのです」
「偉い騎士とは誰ですか」
「名前は知らねえのですが…あの、そこに立っている騎士様です」
ヘイリクがそこ、と指したのは、ニコラオの後方に立つニコラオの護衛騎士だった。
王族の護衛は近衛隊の中から選抜され任務にあたっている。
皆の注目がニコラオの護衛騎士に向かう。
名指しされた騎士はわずかに動揺し視線が揺れた。
ニコラオは怒りに顔を赤く染め、ヘイリクを指さしどなった。
「適当なことを言うな!この平民が!嘘をつくでない!」
「ひっ!嘘などついておりません。本当でございます。これは高価な薬で病気で困っている人を助けることができるのだと仰って、作るように命じられたのです。王太子様がそれを望んでいると。わたしらは人様のお役に立てるなら、と従っただけです」
「ええい、黙れ!」
ニコラオが腰に差した剣を抜こうとしたため、衛兵たちがヘイリクの前にサッと立ちはだかった。
王宮内で剣の帯同を認められているのは近衛兵と王族のみ。
衛兵は素手でも王太子の乱心を止めようと前に出たのだった。
「わかりました。ヘイリクさん、正直に話してくれてありがとう。あなた方は違法薬物を生産させられていました。これは罪になります。知らなかった、は通用しません。ただし、情状酌量の余地はあるでしょう。沙汰があるまで待っていてください」
「はい…。申し訳ありませんでした」
リアムにそう諭され、がっくりと肩を落としたヘイリクは、来た時同様、衛兵に連れられて退出した。
「ご覧の通り、彼らは違法薬物と知らずに作らされていたのです。無知な町工場の人たちをだまして違法薬物を作らせていたのは、ニコラオ、お前だな」
強い口調でリアムが指摘すると、ニコラオは俯いて全身をわなわなと震わせた。
「な!ふざけるな!私はそんなことをしていない。きっと護衛騎士が私の名を騙って犯罪に手を染めたのだ」
それを聞いてニコラオの後ろに立つ護衛騎士が、驚いたように視線をニコラオに向けたが、ニコラオはそれには気が付かなかった。
「意味が分かりませんね。なぜお前の護衛騎士が名を騙って悪事を働くのだ?では、そこの護衛騎士に話を聞かせてもらおうか。所属と名を言いなさい」
リアムに命じられると、男は敬礼をして名乗った。
「近衛第1連隊第3部隊所属のジャック・ザギトワであります」
「ザギトワ…伯爵家の息子か」
爵位を継げない次男のジャックは近衛隊に入隊し、地道な鍛錬の結果、花形である王族の警護を任されるまでとなった。
犯罪まがいの仕事を頼まれても、ニコラオに信頼されている証と誇らしく思い、懸命に勤めて来たつもりであった。
「北部の町に出向きヘイリクの町工場に違法薬物の製造を命じた。間違いないな?」
ジャックはひどく葛藤し辛そうな声を絞り出した。
「町工場に出向いたことは認めます。しかし、違法薬物の製造などとは、私も存じませんでした」
それを聞いて、ニコラオが唾を飛ばしながらジャックに怒鳴りつける。
「ウソを付け!お前がすべて仕組んだことだろう?白状しろ!」
ジャックはひどく傷ついた顔をした。
ニコラオをただ一人の主君と信じ、忠誠を誓った結果がこれか、と。
「恐れながら、私はニコラオ殿下の仰せの通りに任務を果たしたまで。なぜ一介の騎士である私が違法薬物の製造方法など知っていましょうか」
「お前!俺を裏切る気か!」
ニコラオが十分に墓穴を掘ったところで、アデレードはドミニクに言った。
「陛下、アンダレジア国の王太子が我が国に違法薬物を持ち込み、国を疲弊させんとしたこと、大変遺憾ですわ。マドラ国として正式にニコラオ王太子を告発し、賠償責任を追及させていただきます」
「うぐっ…」
ドミニクが言葉に詰まった所に、更に新たな声が上がる。
オーウェルズ国第二王子ナリスである。
「お取込み中のところ申し訳ないが、我が国もニコラオ王太子を告発させていただく」
皆の注目がナリスに集まった。