第35話 ありがた迷惑な話 ~過去・出会い②~
「…立てない」
リアムはルシアに手を差し伸べる。
「なんだか力が入らない…」
「腰が抜けたのか?」
リアムはルシアの手を取り、立ち上がらせようと引っ張った。
しかし、生まれたての子馬のように足腰が立たずプルプルと震え、リアムにしがみついた。
今度はリアムが頬を赤らめる番だった。
ぎゅっと抱き着いてくるルシアがぽわぽわと柔らかくて、無条件で守りたくなる気持ちが沸き起こる。
「おい、くっつくなよ」
「で、でも…立てないもん」
リアムはそっとルシアを地面に座らせなおした。
ルシアはへなへなとしゃがみこんだ。
「はぁ…。まぁ、仕方ないか。怖かったもんな」
リアムがルシアの隣にしゃがみこみ、ルシアの頭をポンポンと軽くたたくと、ルシアの目に再び涙がにじんだ。
リアムはルシアの前に背中を向けてしゃがんだ。
「背中に乗れよ。負ぶってやる」
「え、でも…」
「歩けないんだろ。ほら」
「うん。…ありがとう」
ルシアは遠慮がちにリアムの背中に体を預けた。
リアムは軽々とルシアを背負い立ち上がると、すたすたと歩き始めた。
ルシアは温かい背中に大きな安心感をもらった。
「あなたの名前を教えて?」
「…リアム」
「リアム、ありがとう。助けてくれて」
「どういたしまして」
「リアムってどこかの国の王子様じゃない?」
「な、んで?」
みすぼらしい格好をしていても、リアムは歴としたアンダレジア国の王子である。
まさか初対面の幼い子供に、事実を指摘されるとは思いもよらなかったため、声に動揺が現れてしまった。
「だってかっこいいし、やさしいんだもの。王子様みたいでしょう?」
リアムは思わずふっと笑った。
(かっこいいし、やさしい、か)
祖国から追われ、リアムは何もかもを失った。
それでも、ルシアに王子のようだと言われ、己の中の矜持だけは失っていないことに気が付いた。
「そう?ルシアお嬢様は王子様が好きなの?」
「女の子はだれだって王子様が好きなの!」
「じゃあオレが王子様だったら、好きになってくれる?」
「ふふふ、王子様じゃなくても好きよ!」
明るく笑うルシアの声に、リアムはすさんでいた心が癒されるように感じた。
表通りに出ると間もなく、すごい形相で二人を指さし駆け付けてくる大人たちがいた。
「お嬢様~!よくご無事で!」
「お怪我はありませんか?」
リアムはホッとして大人たちにルシアを託した。
ルシアが使用人たちに囲まれて、体を確認されたり、はぐれてしまったことを怒られたり、謝られたりしているうちに、リアムは姿を消していた。
「リアムがいなくなっちゃった!」
そう言ってルシアが大泣きしたことを、リアムは知らない。
その後、屋敷に帰ってルシアが父のスチュワート伯爵にこの日の顛末を報告したところ、愛娘の命の恩人に礼をしなくては伯爵家の名が廃ると、諜報部員を動員してリアムを探し出すことになる。
ルシアもはっきりと見たわけではないが、魔道を使って人さらいの男を昏倒させたらしきことも、伯爵の関心を引いた。
ルシアが懐き、また会いたいと慕う少年を、ルシアの護衛としてスチュワート家に引き入れることができないかと考えていた。
リアムという名と、際立って美しい容姿のおかげで、すぐに居所は知れた。
「船の荷を下ろしたり、船問屋の使い走りをしたりして生活をしているようです。よく働き真面目だとの評判です。親はなく一人で下町に住んでいます」
「孤児か」
「おそらく。2年前にスパニエル大陸からの船に密航してサガンに流れ着いたようです。それ以前にどこで何をしていたのかは知る者がいません」
「魔術に関しての情報はあるか」
「いえ、それが。町の者たちは少年が魔術を使えるなどただのデマだと笑い飛ばすばかりでして」
「ふむ。ルシアの勘違いということか?」
「しかし、倒れていた男の足元は地面がぬかるんだ後に固まった跡がありましたし、取り調べで顔の周りに水たまりができて息ができなくなったと男も証言しています。魔術が使われたのは間違いないかと」
「隠しているのか。賢明な判断だな。益々手に入れたくなった。ルシアの命の恩人として丁重に招待してここへ連れてこい」
「かしこまりました」
リアムにとってはありがた迷惑な話である。
拾ってくれた船問屋の片隅に寝泊まりさせてもらっている身で、領主様の使いに捜索され、身元を調べるような真似をされたのだ。
リアムに同情的な船問屋の女将さんも、眉をひそめてリアムに言った。
「お前さん、何かやらかしらのかい?領主様が探しているようだけれど」
「何も悪いことはしていません」
「だけど、ずいぶんしっかり調べまわっているようだよ。大丈夫なのかい」
(魔術を使ったことがバレたか…。それとも身バレして国に引き渡されるのか)
いずれにしろ、リアムにとってもあまりよい話ではなさそうだ。
「しばらくの間、隠れようと思います」
「そうした方がいいよ。行く当てはあるのかい?」
「当てはないけど、王都の方へ行ってみようかと」
「またほとぼりが冷めたら戻っておいで。待ってるよ」
「ありがとうございます。女将さん、今まで世話になりました」
リアムは深々と頭を下げた。
女将さんはリアムの肩を気づかわし気にポンポンと叩いた。
リアムが出て行く準備を始めた時、入り口が何やら騒がしくなった。
(間に合わなかったか?)




