第30話 呪われた血の魔女
さっそく次の日から、アルフォンソはアデレードと交流を持つことになった。
前日にニコラオが失態を演じたまさに同じ園庭で、お茶会が開かれた。
「昨日は弟が大変失礼しました」
「いいえ、わたくしがご不興を買ったのですわ。このような見た目で申し訳ありません」
「何をおっしゃいますか。私には姫のお姿は大変美しく神秘的に見えますよ」
「まぁ、お世辞でも嬉しいわ」
アデレードはにこりとほほ笑んだ。
「わたくしの相手にと、アルフォンソ様を指名してしまって、ご迷惑ではなかったかしら」
「大変光栄に思います」
「正直におしゃってください」
「…光栄に思ったの本当です。とても嬉しいです。でもアデレード様は私でよかったのですか?私は側妃の息子です。第一王子と云えどもすでに臣下にに下ることは決まっており、弟を支えて行く立場にあります。アデレード様にとっては、あまりいい話ではないと思いますが」
アデレードはふっと笑って答えた。
「王太子でないなら尚更、わたくしの都合に良いとはお考えになりませんか?わたくしの父は王弟ですが、王位継承権がありません。ご存知でしょうが、わが国は代々呪力の強い女性が王位を継承しているのです。我が国の王家には、わたくしのように色素の薄い女児が時々生まれますが、こういった者はみな呪力が強く王位を継いできました。もしアルフォンソ様が婿としてマドラに来てくだされば、わたくしが女王となる可能性もあるのです」
アルフォンソは頷いた。
「ええ。そういったご事情は存じております。現女王様にもお嬢様が3名おられるので、そのうちのどなたかがアンダレジアにお越しになるかもしれなかったとも伺っています」
「そうなのです。ただ、王子様方と年が近いのがわたくしだったので、わたくしが参ったのです」
「女王のお嬢様方も呪力がお強いのですか」
「ええ。お姉さまたちもとても強いわ。だれが女王になっても遜色ありません。ただ…」
そう言ってアデレードは声を落とした。
「解呪に関してはわたくしが最も力があるの」
「解呪…ですか?」
「そう。呪いを解く力よ」
アルフォンソは驚いた。
そもそも、アンダレジアでは呪術は黒魔術と呼ばれ、忌避されるものであった。
魔術そのものも廃れ、魔術を使える者も減り今では希少となった。
アルフォンソ自身は物心ついたときから自然と魔術が使えたが、母のミランダにそのことは決して人に明かしてはならないと厳重に注意されていたため、秘匿している。
アデレードの国マドラは、呪術の国と呼ばれている。
多くの呪術師が国に保護され、呪術街なるものが存在する。
王家からして呪術にゆかり深く、マドラに仇成す者は呪い殺されるとひそかに噂されている。
「ふふふ。だから昨日、ニコラオ様にわたくしが呪われているのかと言われたとき、思わず笑ってしまいそうになりましたわ。呪われたら解呪すればよいこと。この国では呪術がどういうものなのか、知られていないのでしょうね」
「ええ。今度ぜひ、私にも呪術のことを教えてください」
「喜んで」
二人が談笑している所に、突然邪魔が入った。
ニコラオである。
興奮した様子で二人に近づいて来て、アデレードに向かって叫ぶ。
「おい!よくも俺様に恥をかかせてくれたな!呪われた血の魔女め!」
それは決して口にしてはならない侮蔑の言葉だった。
アデレードの護衛がサッとアデレードを背に庇う。
アルフォンソも立ち上がり、ニコラオの前に立ちふさがった。
「ニコラオ!やめるんだ」
「うるさい!お前のような無能者が他国の姫と婚約するなど許されるものか!どけっ」
ニコラオが乱暴に突き飛ばそうとしたとき、アルフォンソから青い炎のようなものが立ち上がり、ニコラオを包んだ。
「うわあ!なんだこれは!熱い、熱い!」
アルフォンソは呆然とニコラオが転げまわるのを見つめた。
怒りの感情を制御できず、無意識に魔力を使ってしまったのだ。
お茶会の世話をしていたメイドが、慌てて水差しの水をニコラオに掛けたのを見て、アルフォンソはハッと我に返り炎を消し去った。
気を失ったニコラオが火傷を負っていたため、大量の水と氷を空気中から作り出し、ニコラオにまとわせる。
使用人たちが慌ててになっているニコラオを邸内に運び込み、医師が呼ばれた。
邸は大騒ぎである。
「アルフォンソ!何ということを…!」
母ミランダが青ざめた顔で駆け寄ってきて、アルフォンソの頬を叩いた。
「ごめんなさい…っ!」
「謝って済むことではありません!あれほど魔術を使ってはいけないと言ったのに!」
そこへアデレードを伴ったマドラ王弟ルシュイがやって来て、ミランダを止めた。
「おやめください、側妃様。ご子息は我が娘の名誉を守ってくださった。感謝申し上げる。このことで難しい立場になるようなら、我が国マドラへ来るがよろしい。マドラはいつでも歓迎します。私たちはすぐに帰国しようと思います。この国にいたのでは、またいつ娘が襲われるかわからないので。残念ですが、同盟は破棄されるでしょう」
ミランダは思いつめた顔のままルシュイの言葉に軽く頷いた。
アデレードがちょこちょこっとアルフォンソの前に来て、手を握った。
「アルフォンソ様。守ってくださりありがとうございました。国同士はダメになっちゃうけど、わたくしたちはもうお友達よ?いつかまた、お話しましょうね」
「…はい」
マドラ国の一行は予定の期間を大幅に短縮して帰国の途に就いた。