第2話 デビュタントの挨拶
「わぁ…!」
色の洪水のような会場で、ルシアのシンプルながらも品よく美しい白いドレスはとても目立ち、注目を集めた。
やや頬を上気させ、目を輝かせている姿も、デビュタントらしくて愛らしい。
さっそく両親の後に付いて、友好関係のある方々へと挨拶をして回る。
「ルシア!会いたかったよ!」
幼馴染のパーカー子爵令息ベンジャミンが声を掛けてきた。
ルシアより二つ年上の18歳だが、背が低く顔もかわいらしいため、年下にしか見えない。
見た目だけでなく、話し方にも声にも幼さが残る。
くるくるふわふわな金髪がトレードマークである。
ルシアは子供のころ、ベンジャミンの髪の毛を触るのが好きだった。
クマのぬいぐるみの手触りのように、柔らかくて気持ちがいいのだ。
今日のベンジャミンのいで立ちは、オーソドックスな黒の燕尾服である。
ベストには金糸で刺繍が入っているのがさりげなくおしゃれだ。
「ルシア、今日もとってもかわいいね。まるで天使のようだ!」
ベンジャミンが身振りも大きくルシアを誉め讃える。
ちなみに会う度いつでもかわいいを連呼するため、慣れっこのルシアの耳にはとどまらず、軽く流れて行く。
「ベンジャミンも素敵よ」
「素敵?!本当に?!ありがとう、ルシア!ぼくは幸せだ!」
「ふふふ、相変わらず大げさね」
ベンジャミンの家、パーカー子爵家はスチュアート領と隣合う小さな領地で柑橘類の果実を生産している。
母親同士が友人であり、年の近い子どもがいたこともあって、両家は家族ぐるみで親しく付き合っていた。
「今日はリアムがエスコートなの?ぼくがやってあげるのに」
「ダメよ。家族以外の男性がエスコートしたら婚約者だと思われてしまうわ」
「ぼくは別にいいよ。それに、リアムだって家族ではないだろ」
「リアムは私の騎士のようなものだから」
ベンジャミンは、すました顔で余裕のリアムを忌々しそうに見た。
「ふん!ぼくがルシアの騎士だよ!」
そのとき、会場にファンファーレが鳴り響いた。
王族の入場だ。
会場の皆が頭を下げ王族を迎える。
「顔を上げよ。今宵は第二王子ナリスの誕生パーティーによくぞ参った。存分に楽しんでくれ」
そう言って国王が合図を送るとオーケストラが演奏をはじめ、パーティーが始まった。
高位貴族から順番に王族へ挨拶に行く。
スチュワート家もほどよい所で挨拶の列に並ぶ。
今日は第二王子の誕生日を祝い、デビュタントの挨拶をすればよい。
ルシアは緊張しながらも、間近に王族の方々を見る初めての機会にワクワクもしていた。
国王の前に出て、ルシアは母と共にカーテシーをする。
「楽にしてくれ」
「本日はお招きいただきありがとうございます。ナリス第二王子殿下、お誕生日おめでとうございます」
ローガンが代表して挨拶の言葉を述べると、ナリスが冷たそうに見える美貌の口元を少し緩めて、笑顔に見えなくもない表情を作った。
「ありがとう。楽しんで行ってください」
「ありがとうございます。今年16歳を迎えました娘のルシアでございます。ご挨拶させていただきたい」
国王が鷹揚に頷き、ルシアに視線を向ける。
ルシアは再びカーテシーをし、ぴたっと動きを止めたまま挨拶をする。
「スチュアート伯爵が娘ルシアでございます。どうぞお見知りおきくださいませ」
初々しく愛らしい姿、そしてそれに見合う気品をたずさえた佇まい。
子どもの頃から、一流の教師陣を付けて学んできた成果が表れ、伯爵家より高位の令嬢にまったく引けを取らないたおやかなレディーに仕上がっていた。
それは鮮烈な印象を国王にもナリスにも与えた。
「ふむ、ローガンよ、どこにこのようなかわいい娘を隠していたのだ」
「いえいえ、それほどでも」
「どうだ、ナリスと踊ってみては」
「いえいえ、滅相もない。とてもナリス殿下のお相手は務まりません」
ルシアは胸がドキドキして息苦しかった。
王子様と踊りたいなどと淡い夢をみてしまったが、国王の口からこのような言葉が出ると、冷や汗が出て血の気が引いたように顔色が悪くなってしまった。
「陛下、そのようにからかってはルシア嬢が気の毒ですよ」
ナリスが助け船を出してくれる。
この時初めて、ルシアはナリスの顔に視線をやった。
友人たちが騒ぐのも頷ける美貌であった。
「ルシア嬢、そのようにかしこまらなくても大丈夫だよ。後で時間があったら、一曲踊ってもらおうかな」
「…はい、喜んで」
こうして挨拶が済むと王族の前から下がった。
ルシアは大きく息を吸って、震える吐息を吐き出した。
「緊張したわ!ダンスに誘われちゃった」
少し興奮してリアムに話しかけるルシアは、すっかり素のルシアで、王子の前でとりつくろった表情とは比べ物にならないほど生き生きとしていた。
その様子をナリスが目で追って見ていたとは、不覚にもリアムですら気が付かなかった。
ナリスは珍しく、作り物めいた笑みでなく、ぬくもりのある微笑を浮かべた。