第27話 次期女王候補アデレード
リアムは王宮のアデレードに問い合わせてもらえそうな様子にひとまず安堵した。
アンダレジア国内を北上している間は、いつ襲撃されてもおかしくないと常に神経を張り巡らせており、さすがのリアムも神経をすり減らしていた。
マドラ国に入ったからと言って、気を抜いたわけではないが、アンダレジアにいるよりは幾分気が楽にはなった。
さすがに他国の領土内でリアムを捕縛するようなことは野蛮なアンダレジア人でもできないだろう。
あとはアデレードがリアムのことをどう判断するかだ。
会いたくなければここで追い返されるかもしれない。
最悪はこのまま捉えられて投獄されるか。
もちろん大人しく捕まっているつもりはないが。
(マドラ王宮の返答を大人しく待つしかないか)
とは思ったものの、なかなか返答がなく軟禁状態が5日も続くとリアムもうんざりしてきた。
ここから王都へは昼夜を問わず馬を走らせて2日ほどかかることを考えれば、そろそろ返答があってもおかしくない。
部屋に設えられた簡易ベッドで休息を取り、日に2回差し入れられる食事を摂る。
もちろん湯あみなどはできないし、基本的にはこの部屋から出られない。
もし翌日になっても音沙汰がなければ、実力行使に打って出ようかとしびれを切らしたタイミングで、ようやくリアムに面会を申し込む者が現れた。
アデレードの側仕えの女官であった。
「そなた、顔をお見せください」
年かさの女官に言われ、リアムはクーフィーヤを外し顔をさらした。
際立って美しい顔が露わになる。
涼し気な切れ長の瞳は深い紫紺。
ヘーゼルナッツ色の髪は緩くカーブを描く。
女官は恭しく頭を下げた。
「アルフォンソ様…。ご無事でいらしたのですね。姫が喜びます」
「アルフォンソは死にました。リアムと呼んでください」
「畏まりました、リアム様。私はアデレード様の乳母でございます。かつてアンダレジアにアデレード様が伺った折にも同行しておりました。あなた様のお顔を存じている者が他におらず、私が参った次第です」
「そうでしたか。アデレード姫は元気ですか」
「ええ。秘密裏にお連れするよう申しつかっております」
「それは助かります」
女官は門番の兵士に話を付け、リアムを連れ出した。
女官が用意していた馬車は何の紋章も付けず質素な造りであったが、中に乗り込むと大変乗り心地が良かった。
しばらく走るとどこかの建物の前で馬車は静かに止まった。
王宮へ向かうものと思っていたが違うらしい。
大変広い敷地に大きな屋敷が建っている。
女官に促され馬車を降り屋敷に向かって進むと、まるで自動に開いたかのようにタイミングよく扉が開いた。
「こちらでございます。どうぞお入りくださいませ」
案内されるままに進み、美しく整えられた客間へと通された。
部屋の中央に設えられたテーブルには、一人の美しい女性が座っていた。
女性の髪は真っ白く、それでいて艶やかに背中の中ほどまでにたゆたう。
肌も透き通るように白い。
そして見る者の視線を吸い込む真っ赤な瞳。
瞳の色に負けじと真紅のドレスを身にまとい、禍々しいほどに魅惑的である。
この国の次期女王候補アデレードその人である。
アデレードは部屋に入って来たリアムを見るとにこりとほほ笑んだ。
「お久しぶりね、アルフォンソ王子」
アデレードの声はリアムが初めて出会った頃のように、転がる鈴のような可憐な響きであった。
その声を聞いて、アデレードとリアム、そしてアンダレジア国第二王子ニコラオが初めての出会った日のことを鮮明に思い出した。
◆◆◆
リアムが生まれた国アンダレジアはスパニエル大陸の最南端に位置する。
暑い夏が長く続き、乾燥した赤茶けた大地が広がる。
風が吹けば砂が舞い上がり、町も人も砂をかぶる。
人々は砂と強い日差しをよけるため、屋外ではクーフィーヤと呼ばれる布をかぶっている。
砂嵐が起きる日には、口元まで布で覆う。
国土のうち海岸沿いだけは一年中温暖で、乾燥に強いオリーブの木が栽培されている。
アンダレジアは情熱の国と呼ばれる。
暑く乾燥した地で栄えた民族は、闘争心が強く荒々しい。
かつては周辺の小さな国に攻め入り、蹂躙したのちに併合する、と言ったことを繰り返していた。
それで随分と領土を広げたが、周辺国からは嫌われ者となった。
アンダレジア国王ドミニクは、先祖からの気質を受け継ぎ、更に領土を広げんと虎視眈々と機会をうかがっているのだった。
リアムはアンダレジア王と側妃ミランダの間に第一王子として生を受けた。
アルフォンソ、それが本当の名だ。
ミランダはその美しさから妃にと王に望まれたが、弱小貴族家の出で後ろ盾はないに等しい。
一方、第二王子ニコラオと第三王子ルクスを産んだ正妃は、国内で最も権勢を誇る侯爵家の出であり、その父も国政を担う重要なポストに籍を置いていた。
正妃が第三王子ルクスを産んだ時点で、アルフォンソは臣下に下り王位継承権を返上することが公式発表され、第二王子が立太子された。
それにもかかわらず、後ろ盾の弱いリアムを王太子に据え勢力図を書き換えたい反正妃派とも呼べる一派が自然と生まれていた。