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第25話 スパニエル大陸へ

 

 リアムの願いも空しく、数日たってもルシアは目覚めなかった。


 万能回復薬を飲んだにもかかわらず何日も眠りから覚めないなど、前例のないことだ。


 滞在していたナリスも、予定の5日間が過ぎ、後ろ髪引かれる思いで昨日アンダレジア国へと出立した。


 邸中の者たちが沈鬱な表情を浮かべている。


 そんな中、スチュワート家に新しい情報がもたらされた。


 凶器に使用されたナイフには何らかの魔術が発動する仕掛けが施されていたかもしれない、と。


 連日厳しい尋問が行われているが、アントワーヌは連行された時から正気を失っており碌な証言が取れていなかった。


 とにかく情緒が安定しないのだ。


 狂ったように笑い出したり、そうかと思えばメソメソと泣き出したり、大声でルシアやその他もろもろのことをののしったり。


 そんな中で、呪い、というと言葉が出たため、凶器のナイフを鑑定に掛けたところ、魔法陣の様なものが彫り込まれていることがわかった。


 リアムはすぐさま衛兵隊の本部に駆け付け、凶器のナイフを見せてもらった。


 非公式ではあるが、魔法陣に関してリアムより詳しい者はこのオーウェルズ国にはいない。


 刀身に彫り込まれるように、文様が描かれている。


 リアムはじっと刀身を見つめ、その文様を記憶に刻む。


「これは魔法陣ではない。呪術師の使う呪文だ」


 リアムは衛兵にナイフを返しながらそう言った。


「呪文?」


「そうだ。普通、呪術師は呪いを発動するのに物理攻撃を必要としない。今回のように呪いたい相手に傷を負わせなければ呪いが発動しないのは、呪いたい相手を術者が特定できていない場合だ。その場合は呪文を刻んだ形代に対象者の血液を垂らすのが一般的だ。このナイフのように凶器に呪文を刻み、相手を傷つけることで呪いが発動する」


「おい、待てよ。呪いって、そんなもの本当にあるのかよ」


「ある」


 リアムが迷いなく断定すると、衛兵は言葉を失った。


 呪術と魔術は異なる。


 魔術が術者に内在している魔力を糧に発動する術であるのに対し、呪術は森羅万象からエネルギーを得て術者の念を現象化するわざである。


 オーウェルズ国には魔術師は少ないながらもいる。


 しかし、呪術師は存在しない。


 呪術などはおとぎ話のような物、と考えられている。


 だから呪術師などは公式には存在しないし、呪術師であると名乗り出たら、その者は詐欺師と同様に扱われるだろう。


 オーウェルズでは、の話だ。


 他国には呪術を行っている国がある。


 スパニエル大陸の北方の国々だ。


「ナイフの入手経路はわかっているのか?」


「女は自宅にあったナイフを使用したと言っていますが、裏は取れていません」


「呪文を刻めるのはポルタかマドラだろう。そっちの方面で調べてみてくれ」


「わかりました」


 衛兵と挨拶を交わすと、リアムは衛兵隊本部からスチュワート家に転移し、ローガンの執務室の扉をノックした。


「入れ」


 部屋の中からローガンの返事が聞こえた。


 リアムは中へと入りお辞儀をした。


「旦那様、失礼いたします。お嬢様に関して報告があります」


「何かわかったのか」


「はい。傷が癒えたにも関わらずお嬢様が目覚めないのは、呪いがかけられていたためです。凶器に使われたナイフには呪いが発動する呪文が刻まれていました」


「呪いだと?!」


「左様でございます。呪いに違いありません」


 ローガンは低くうめき声を上げた。


「なぜルシアが呪われるのだ」


「旦那様、申し訳ありませんでした。私が短慮で令嬢方の髪を燃やしてしまったために、恨みを買いました。すべてわたくしの責任です」


「このたびの下手人はあの時髪を失った令嬢の一人だったか。よくお前が燃やしたと真実にたどり着いたものだ」


「まさかお嬢様に敵意が向くとは思わず…」


「使用人のしでかしたことは主人が責任を取るのだ。ルシアが責任を取る形になっただけだ」


 リアムは己への怒りでどうにかなってしまいそうだった。


 悔しさを、唇をかむことで押し込める。


「しかし呪いとは…一体どうすればよいのだ」


「呪いは、解呪しなくてはなりません」


「ならばすぐに解呪に取り掛かってくれ」


 リアムは苦し気に顔をしかめた。


「できません」


「なに!?」


「私にはできません」


「お前にできないなら、だれができるのだ。お前以上の魔術師などいないではないか」


「これは魔術ではないのです。だから魔術師に解呪はできません。この国には解呪できる者はいないでしょう。旦那様、どうか、私をスパニエル大陸へ行かせてください」


「スパニエル大陸には解呪できる者がいるのか?」


「心当たりが一人だけいます」


「わかった。行くがよい。頼んだぞ!」


「はい」


 リアムはすぐさま支度を整え、その日のうちにスパニエル大陸行きの船に乗り込んだのだった。


 サガンを出発した船がスパニエル大陸の最南端アンダレジア国へ到着するには、通常10日かかる。


 風向きが悪かったり、無風の日が続いたりすると、もっと遅くなる。


 リアムが風魔術を駆使して帆に常に強い風を当て続けたため、リアムが乗り込んだ船は予定より速く海を進んでいた。


 順風満帆とはまさにこれのこと。


 アンダレジア国の港へ到着したのは、サガンを出て6日しかたっていなかった。


 前日に出発したナリスの船はまだ航路半ば。


 大海原のどこかで抜き去っていた。


 乗り込んでいた船乗りたちは大いに喜び、海の女神に感謝の歌をささげている。


 歌声を背に、リアムは一人足早に船を後にした。


 一刻も早くルシアの呪いを解呪しなくては、その思いがリアムを急かした。

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