第21話 そういうところ、好きですよ
ナリス第二王子がいよいよスチュワート領サガンへやって来た。
町の人々は、口々に王子の名を呼び、歓迎の印に国旗を大きく振って馬車を迎えた。
ナリスがサガンへ来たのは、スパニエル大陸への渡航のためである。
スパニエル大陸には7つの国があり、その最南端にあるアンダレジアと、ここサガンは航路で結ばれている。
アンダレジア王ドミニクには、3人の王子がいる。
第一王子は側妃との間に生まれた子だが、翌年に正妃との間に第二王子が生まれた時に王位継承権が下がり、第二王子が王太子となっている。
さらに7年後、正妃が第三王子を産み、第一王子は臣下に下り第二王子の補佐に回ることが公表され、表舞台から姿を消した。
第二王子が成人を迎えると同時に成婚し、いよいよ王位継承の準備を進めていく運びとなった。
その結婚式に参列するための渡航である。
「ようこそおいでくださいました。一同、心より歓迎いたします」
すべての使用人がずらりと並んでナリスを出迎えた。
この日のために、スチュワート伯爵夫妻も王都から戻って来ている。
「歓迎、いたみいる。頭を上げてくれ」
ただ立っているだけでも麗しい姿。
自然体でいるにもかかわらず威厳のある態度。
凛として醸し出されるオーラは、やはり常人とは異なる存在だと感じさせる。
「スチュワート伯爵、世話になる。よろしく」
「光栄でございます。どうぞ、ゆるりとお寛ぎいただければと思います」
「ありがとう」
ローガンとの挨拶を終えたナリスはすっと視線をルシアに向けてほほ笑んだ。
「ルシア嬢、久しぶりだね」
「はい、殿下。お会いできて嬉しゅうございます」
「先日の私の誕生パーティーでは一緒にダンスをしようと誘っておきながら果たせなかったのが気になっていてね。こうしてまた会えてよかった」
「もったいないお言葉でございます。お気になさらないでください」
ルシアもにこりとほほ笑んで答えた。
スカーレットに絡まれ、ドレスを汚されたせいで早めに退室せざるを得なかったが、もしなにも事件がなくパーティーにいられたとしても、ナリスと踊れたかはわからない。
あの日はナリスの婚約者候補を選定するという目的があったと聞いている。
高位貴族の令嬢たちがナリスの相手をしたことだろう。
「こちらに滞在している間に、ルシア嬢のことを知りたいな。一度くらいはお茶に誘ってくれるだろうか」
「もちろんです、殿下。ぜひご一緒させてください」
そう聞いてナリスは満足そうに頷いた。
その後ナリスは客間に通され、晩餐でまた会うこととなった。
ナリスの姿が見えなくなると、ルシアはホッと息を吐いた。
やはりナリスの前に出ると緊張してしまうようだ。
船が出るのは5日後と聞いている。
5日間はなんとか粗相なくやり過ごさねばならない。
ルシアにとっては気の重い5日間となりそうだった。
ナリスは部屋に通され一息ついたところで、側近のアンソニーから声を掛けられた。
「あれが噂のルシア嬢ですか。一筋縄ではいかなそうですね」
ナリスは怜悧な眼差しをアンソニーに向ける。
側近には感情を隠さず、ありのままの姿をさらけ出す。
「そう見えるかい」
「ええ、まぁ、そうですね。ナリス様がほほ笑んで声をかけたのに、顔色ひとつ変えない令嬢などめったにいませんよ」
「うん。そうなんだよ。彼女にはこの顔が通用しない」
そう言いながらナリスは嬉しそうに笑った。
常に行動を共にするアンソニーでさえ、ナリスに笑顔を向けられると一瞬見とれてしまうくらい、ナリスの顔は美しく魅力的である。
優しげにほほ笑まれたら、たいていの令嬢はぽーっとのぼせ上がるものだが。
「なるほど、そこが気に入られたのですか」
「それもあるね。誰もかれもわたしの顔を見ては頬を染める。この見てくれも武器だと思ってはいるが、見た目や地位にしか恋しない女など、妻に欲しいとは思わないだろう?」
「はあ、仰ることはわかりますが、恋してもらえる見た目と地位があるという自慢にも聞こえますね」
「自慢などしないが、事実ではあるな。しかしそれはわたしの努力で手に入れたものではない」
「…そういうところ、好きですよ」
「そうか。ありがとう」
アンソニーの軽口にも真面目に礼を言うナリスであった。
◆◆◆
翌日、ナリスがサガンの町をお忍びで見て歩きたいと言い、ルシアが供をすることになった。
町歩き用に質素な服が用意されたが、それを着てもなお、ナリスの品のある佇まいと美しい顔が引き立ってしまい、とても庶民には見えない。
ルシアが心配していると、リアムが言った。
「お嬢様、大丈夫ですよ。お忍びのつもりなのだな、と町の人々がわかれば。気を使って気づかないふりをしてくれますよ」
「そいういうものなの?」
「そういうものです。なんならいつもお嬢様がお忍びでいらしているときも、みなさんそうしてくれていますよ?」
「うそ?!気が付かれていたの?」
「ええ」
「ひゃー」
ルシアは両手で頬を押さえて恥ずかしがった。
気付かれていないと本気で思っていたのだ。
そう言われてみれば、町を歩いているとき、たくさんの人と目が合ったが、みんなニコニコとルシアを見て軽く会釈をしていた。
そういうものだと思っていたが、あれは領主の娘とわかっての行動だったのか。
「もっと早く言ってほしかったわ」
「左様ですか」
リアムは気にも留めずおざなりに返事をした。
そこへナリスがやって来た。
「やぁ、ルシア嬢。支度はできたかい?付き合わせてしまって悪いね」
「いえ、ご一緒できて光栄です。町を案内いたしますわ。それではリアム、行って来ますね」
「はい、行ってらっしゃいませ」