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第16話 交渉とやらは決裂しました~アンドレイ侯爵家の没落②〜

「なんだお前は!勝手に入り込みおって。出て行け!」


「おやおや、威勢のいいことで。私はゴート商会の会頭をしておりますスケイプと申します」


「ゴート商会だと?知らん!出て行け!」


「私の話を聞かないと、後悔することになりますよ?よろしいので?」


「知らん!」


「そうですか。ではこちらをごらんください」


 そう言ってスケイプはトランプの札のように、掌からカードのような物を次々にテーブルに置く。


 アンドレイ侯爵はカードを覗き込み確認すると、急に血の気が引いたように顔色が悪くなった。


 その様子を見て、スケイプはカードをすべて集めて、懐にしまう。


「やはりお約束もなく来たのはいけませんでしたね。お暇しましょうか」


「ま、待て!話を聞こう」


「そうですか?では、失礼して」


 スケイプはテーブルの上に置いてあった一切合切の物を右足でなぎ倒し、テーブルの下に落とした。


 ガシャンガシャーンと、けたたましい音が響く。


 そして優雅にソファーに腰を下ろして、長い足を組んだ。


「おや、失礼。足が当たってしまったようです」


 アンドレイ侯爵と家令は青ざめたままピクリとも動けない。


「まあそう緊張なさらず、そこにお掛けになっては?」


「あ、ああ…」


 アンドレイ侯爵はぎくしゃくとスケイプの正面に座った。


「先ほどご覧に入れた通り、アンドレイ侯爵家の債権はすべて私の商会が買い取りました。なかなかの額でしたよ?フフフフ」


「…だから何だと言うのかね」


「おや、まさか…意味がわからない?私共が債権を買い取った店や商会には、みな感謝されましたよ。これ以上支払いが滞れば、首をくくるしかないと追い詰められていた民もいるのです。なぜかわかりますか?わからないのでしょうね。みなさん口々に仰っていましたよ。もう二度と侯爵家とは取引しないと」


「なんだと!そんな店はこちらからお断りだ!我が家の価値がわかる者と新しい取引をすればいいことだ」


「侯爵家の価値?新しい取引?ハハハハ、笑わせないでくださいよ。借金で首が回らない状態で、一体どんな価値が?これだけの借金を踏み倒そうとしてきた悪評は王都どころか、国中にとどろいています。新しく取引を始めようとする商会などありませんよ」


「そんな馬鹿なことあるか!」


「信じない?なるほど。何事も己が体験しなければ信じられないという主義の方もいますよね。今日にもさっそくお困りになると思いますがね。それで、話を戻しますが、うちの商会が買い取った債権ですが…」


 そこでスケイプはいったん言葉を切り、ぎっと強い眼差しでアンドレイ侯爵を見据えた。


「一括で即時お返しいただきたい」


「な、なにを…」


 アンドレイ侯爵はわなわなと全身を震わせて絶句した。


「国家予算の二年分に匹敵する額ですからね。お支払いいただけなければ我が商会も困ります。耳を揃えてお返しいただく。その代わり必要な物品の手配を当商会が引き受けましょう」


「待ってくれ…!即時など、無理に決まっているだろう。ふざけるな」


「ふざける?それはこちらのセリフだ。借りた金は返す、当り前だろう!」


 スケイプから冷気がたちこめたように、部屋の温度がぐんと下がったような気がした。


 アンドレイ侯爵はぶるりと大きく体を震わせると、何かに抵抗するように力強く立ち上がりスケイプを睨みつけた。


「そんな交渉には乗らん!出て行け!」


 スケイプはふん、と鼻で息を吐き、軽蔑しきった視線をアンドレイ侯爵にぶつけた。


「交渉?馬鹿なことを。これは交渉などではありませんよ。温情です」


「何が温情だ!このハイエナめ!金は返さん」


「左様でございますか。では、こちらは粛々と法的手続きを進めるまでです。これにてお暇します」


 スケイプはさっと立ち上がり、何の未練もなく部屋から立ち去った。


 足取り軽く廊下を歩いていると、背後から存在感の薄い家令が追いすがって来た。


「お待ちを!お待ちを!」


 スケイプはもったいぶって振り向いた。


「何ですか?もう交渉とやらは決裂しましたが」


「お待ちくださいませ!お助けいただきたい!」


 どうやら家令には、事の重大さがわかっているようだった。


 すでに物流が途絶えた影響が出ていたのだ。


 調理場からは食材の納入が止まったとすでに連絡があった。


 食糧庫に残っている食材で食いつなぐことができるのはせいぜい数日か。


 日持ちのしない食材はもうない。


 奥方からスカーレットのためのかつらを用意するよう命じられているが、もう数件の店に断られている。


 ドレスも靴も宝石も、奥方と令嬢が求める物は購入できそうにない。


 そもそも資金が尽きているのだ。


 支払う能力がない者に売る店などない。


 侯爵家の家名を信用して掛け売りしていたのに、一切支払いに応じなかったのだから、売ってもらえなくても文句を言う筋合いもない。


「ほう?助ける?商会というのは慈善事業ではないのですよ。おわかりですか?」


「何が目的ですか?何を差し出せと?」


 スケイプはニヤリと笑った。


「領地を」


「くっ‥‥!なにとぞ、領地だけは…!」


「じゃあ聞くけど、他に何があるの?奥方とご令嬢のドレスや宝石を売り払ったところで、到底払いきれない額でしょう?なに、領地と言っても、すべてを取り上げようと言うのではありませんよ」


「しかし…そのような、領地を差し出すなど、私の権限で決められません」


「アンドレイ侯爵など名ばかりの当主だ。実質はあなたがすべてを取り仕切っている。そうですね?応じないと言うなら、それで結構。どのみち債権は私が握っているのです」


 つまり、いますぐに領地をゴート商会に売り渡せば、必要物品を売ってもらえる。


 この提案に頷かなければ、今日明日の物品すら購入できず、たちまち困窮するのは確実なうえ、法的手続きが済めば結局のところ領地は競売にかけられ借金の返済に充てられることになるのだ。


「すぐに応じれば、あなたの命までは取りませんよ」


 スケイプが囁くように告げると、家令はがくりと肩を落とした。


 心が折れた瞬間だった。


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