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第10話 念のため、安全にも配慮

 

 翌日。


 約束通り、スミスがスチュワート邸へ意気揚々とやって来た。


「お待たせいたしました!」


 スミスは目の下にクマを作って、満面の笑みを浮かべた。


 その迫力にルシアはたじろいだ。


「ミススミス、もしかして無理をさせてしまったのではないかしら」


「そんなことありません!こんなに興奮して楽しい仕事は久しぶりだったわ!さっそくご覧になって」


 スミスは新作の水着を二着持って来ていた。


 一着はコーラルピンク、もう一着はレモンイエローの水着だった。


 二つの水着は、ニュアンスペアといったところか。


 雰囲気は似つつ袖やスカートの形が異なるデザインだった。


「どうかしら!?お嬢様の要望を汲み取れているかしら」


「わぁ!かわいいわ!」


「素敵ですね!きっとお嬢様に似合いますよ!」


 ルシアとステラは目をきらきらさせた。


「ねぇリアム、これなら着てもいいでしょう?肌も出ていないもの」


「そうですね。その水着を買いましょう」


「やった~!」


 スミスはトルソーから水着をはずすときれいに包んでリアムに渡した。


「代金は伯爵家へ請求してください」


「今回、お代はいりませんわ」


「そうはいきません」


「…その代わり、この商品を売り出させて欲しいのです。これは絶対売れます!デザイン料として売り上げの2割をお嬢様に納めるので!」


 リアムはにっこりと笑った。


「それはいいお話ですね。ですが、開発にかかった費用はきちんと清算するべきですよ?材料費も、あなたの労力も、安売りすべきではない。伯爵家に適切な金額を請求してください。それから、売り上げの1割で結構ですよ」


「…わかりました。ありがとうございます」


 水着を手に入れ嬉しくなったルシアは、今すぐにでも海へ行きたかった。


「浮き輪を買いに行きたいわ!」


「そうですね!バナナの形のボートがいいんじゃないですか?」


「いいえ、わたくしはドーナツ型に乗りたいの。ステラはバナナ型にしたらいいのではない?」


「え!私も海に入るのですか?」


「そうよ。だって一人じゃつまらないじゃない。水着も2着あるのだし」


「え――!!私が着るんですか?!」


「ふふふ、楽しみね」


 ステラは目を白黒させたが、ルシアと海で水遊びをするのは楽しそうなので、すんなりと受け入れた。




 ルシアの水遊びのために、リアムはスチュワート伯爵家が経営しているリゾートホテルを完全貸し切りにさせた。


 他国の王族が静養に訪れたこともある超高級ホテルである。


 このリゾートホテルには景観の美しいプライベートビーチがある。


 ビーチ周辺は緑の木々が茂っているため、どこからの視線も防げる。


 ホテルの入り口からしかビーチには出られず防犯性も高い。


 王族の客があるときは、ビーチに護衛が立つのだが、今回は護衛不要と伝えてある。


 肌が隠れた水着とはいえ、スカートの生地は若干透ける。


 絶対に男たちの目に入らないようにと、リアムが完璧な布陣を敷いたのだ。


 なのに。


「ルシア~。遊びに来ちゃったよ~」


 呑気な声で伯爵邸に現れたのは、幼馴染のベンジャミン・パーカー子爵令息だ。


 領地が隣り合っており、子どもの頃から家族ぐるみで付き合いがある。


「ごきげんよう、ベンジャミン。あなたも領地に戻ったの?」


「うん、ルシアがいない王都なんてつまらないからね。…あれ?どこかにでかけるの?」


 小首をかしげてルシアに聞く姿はあざとくかわいい。


「そうなの。海へ遊びに行こうと思っていたのよ」


「へえ~。じゃあ、僕も一緒に行くよ」


 一瞬リアムから殺気がほとばしる。


 なんだか寒気がしてベンジャミンがリアムの方を見るが、涼しい顔をして立っている。


「リアム、僕の分の水着も用意してよ」


「かしこまりました。すぐに手配いたします」


 ベンジャミンの図々しい要求にも、リアムは礼儀正しくお辞儀をした。


「それでは、向かいましょう。おっと、ベンジャミン様はこちらですよ」


 ルシアが乗り込んだ伯爵家の馬車に便乗しようとしていたベンジャミンを、有無を言わせず華麗に子爵家の馬車に乗せ、二台の馬車は出発した。


 リゾートホテルに着くとホテルの支配人が丁重に出迎えた。


 今日は従業員一同も休みを取らせた。


 うっかりルシアの水着姿を目にしないように。


 一室でルシアとステラが着替えている間、隣の部屋でベンジャミンが着替える。


 女子チームより先にベンジャミンが着替えて出てきた。


「ちょっと~、リアム。何この水着」


 リアムが用意したのは海女の姐さんに人気とスミスが言っていた全身スーツであった。


 サイズはちょうどよかったようだ。


「なにか問題が?」


 真面目な顔でリアムが聞くと、ベンジャミンは口をとがらせて文句を言った。


「問題しかないよね!?かっこ悪いし、なんだか動きにくいんだけど!」


「ベンジャミン様、そちらの水着は安全性が最も高い物となっております。爆裂ウニの爆発にも耐えるとか。念のため、安全にも配慮してみました」


「何のため?!そんな危険なウニなんか取らないから!普通のハーフパンツのやつにしてよ。自分だけちゃっかり普通の水着を着てるじゃないか」


「お言葉ですが、お嬢様の前で半裸になるのですか?常日頃から体を鍛え、引き締まった上半身を、お嬢様に見せたいと?」


 お察しの通りベンジャミンの体は引き締まってなどいない。


 太ってもいないが、ぽよんと柔らかそうな、なんとも残念な胸とお腹である。


 シャツを羽織っていてもわかるリアムの鍛えられた体を目の当たりにし、ベンジャミンは敗北を悟った。


「ほわっ、筋肉…。うっ、もういいよ、これで」


「お待ちください。少し手直しいたしますので」


 そう言ってリアムはベンジャミンの頭に手を伸ばし、曲がっていた全身スーツをぴっちり顔の脇まで引っ張り伸ばしてフィットさせた。


 思わず笑ってしまいそうになるのをこらえ、リアムはベンジャミンをビーチへ案内した。


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