元愛されデブは更なる絶望へ
「あ、あの、茎田君…今日って四限の必修で終わりだよね?その後、時間あるかな…?」
朝、大学に来た僕は同じ学科の空木さんに声をかけられた。
「…夜はバイトがあるけど、それまでだったら大丈夫だよ。」
僕は努めて平坦な声で返す。
家族や友人から見捨てられてから半年近くが経ち、僕は孤独な大学生活を送っていた。
結構友達は多い方だと自負していたけど、今や僕に構う人なんてほとんどいない。
大学からも「次に何かあれば退学にする」とまで言われており、僕は空気のように過ごしていた。
そんな僕にも親しく接してくれるのが空木さんだった。
僕は人と接するのが怖くなっていたけど、二年生となって一ヶ月、彼女は根気強く話しかけてくれた。
僕もこの人なら信用できるかもしれない、と思うようになった。
人の温もりに飢えていたのかもしれない。
「く、茎田君、好きです!私と付き合って下さい!」
四限の講義が終わり、空木さんに連れられ中庭に来た。
昼時はここのベンチでご飯を食べる人もまばらにいたりするけど、今は誰もいなかった。
空木さんは周りを見渡した後、意を決したように言った。
「…それ、本気で?」
信じられない、という気持ちと同時に嬉しさが胸に込み上げる。
「実は入学した時から気になってたの。でも茎田君の周りには人がいっぱいいて、なかなか話しかけられなくて…。」
空木さんは恥じらうように顔を俯かせている。
「でも、あの噂が流れてからは一人でいる事が多くなったから、仲良くなるチャンスかなって……ごめん、卑怯だよね、私。」
「そ、そんなことないよ!こんな僕と仲良くしてくれて嬉しかったし!」
「ほんと?なら、私と付き合ってくれる?」
「…でも、空木さんも知っての通り僕は皆から嫌われてるし。」
「あんな噂、私は信じてないよ。だって茎田君は、悪いことなんてしてないんでしょ?」
「う、うん!僕は何もしてないんだ!でも、誰も信じてくれなくて…」
「私は信じてるよ。これからは、私が茎田君を守るから。」
「空木さん……ほんとに、信じて良いの?」
「勿論だよ!だから…ね?」
「……うん、わかった。僕で良ければ、お願いします。」
込み上げる涙を堪えて頭を下げる。
すると暫く不可解な沈黙が続き、やがてクスクスと笑い声が聞こえてきた。
僕が顔を上げると、空木さんの見たことのない笑顔が見えた。
彼女の瞳には、皆が僕を見る時のような軽蔑の色が浮かんでいた。
「っ…ちょ、ちょっと待って……やばい、これほんとやばいんだけどっ…」
「あ、あの、空木さん…?」
空木さんはひとしきり笑った後、嘲笑を浮かべて言った。
「あのさ、私が本当にあんたなんかを好きになるわけないじゃん?」
空木さんの言葉に、僕は胸の奥が急速に凍えていくのを感じた。
呆然としつつも、頭の中では「あぁ、またか」とどこか冷静に現実を見据えていた。
「仲間内で賭けしてたんだよね。夏までにあんたを落とせるかどうかって。周りからハブられてるし、ちょっと優しくしてやれば簡単に落ちると思ったけど、それにしたってチョロかったわね!」
「………」
遠くから愉快そうな笑い声が聞こえる。
そちらを見ると、数人の男女がこちらを見て腹を抱えて笑っていた。
あれは空木さんがいつも仲良くしている人達だ。
「あんたみたいなデブな犯罪者が誰かに好かれるなんて、そんな希望持つんじゃないわよ。気持ち悪い。」
「…僕は、やってない。」
告白も、優しさも、信頼も、全てが嘘だった。
でもそんなことよりも、犯罪者という言葉に僕は反論したかった。
でも、空木さんは聞く耳を持たない。
「犯罪者はみんなそう言うのよ。それじゃ、もう馴れ馴れしくしないでよね。あんたはずっと一人寂しく過ごしてれば良いのよ。」
僕が彼女に何をしたというのか。
どうしてこんな目にあわないといけないのか。
僕はどこで何を間違えたのか。
誰もいなくなった中庭で、力なくベンチに座る。
空木さんと愉快な仲間達は楽しげに笑いながらどこかへと去っていった。
暫く俯いていた僕は、スマホを取り出してバイトしている創作料理店の店長に電話をかけた。
『もしもし、茎田か?どうした?』
店長のクールな声が聞こえた。
女性にしてはちょっと低めでカッコいい声だ。
「すみません店長、今日、休ませていただけませんか?」
『…何があった?』
相変わらずクールな声だが、心配しているよな声音だ。
「すみません。」
僕は謝ることしかできない。
とにかく、今日は働ける気がしなかった。
『……わかった、気にするな。』
「はい…すみません。」
『大丈夫だから謝るな。ゆっくり休め。……茎田。」
「はい…?」
『何があったかはわからんが…早まるなよ。』
「……はい。」
我儘で休ませてもらったのに心配までさせてしまい自己嫌悪に陥る。
店長は僕の事情を知り、それでも雇ってくれている。
感謝してもしきれない人だ。
空木さんも店長のように信じられる人かもしれない、なんて考えた自分に嫌気がさす。
僕は空を見上げた。
美しく茜色に染まった空が、僕にはひどく醜いもののように見えた。