愛されデブの転落
大学に入学して半年が経過し、ようやく苦手な夏が終わったかと安堵していた頃。
僕は、それまでの人生で培ってきた様々なものを失った。
塞翁が馬という諺があるが、僕の場合は違った。
タイミング悪く良くないことが重なって次々に起こり、信じていた人達に…信じたかった人達に裏切られた。
一つ目の不運は窃盗犯として補導された事だ。
人混みを歩いていた時、急に男性に腕を掴まれたと思ったら泥棒呼ばわりされ、たまたま近くにいた警察を呼ばれた。
わけもわからず警察に言われるまま僕はバッグの中を開示した。
すると、盗んだ覚えのない財布が出てきたのだ。
財布の中の身分証等から、その財布は僕の腕を掴んだ男性のものだという事がすぐに判明した。
警察は僕の弁明など聞き流し、半ば強引に警察署へ連行した。
怖い顔をした警察に囲まれ、僕は何も言えなかった。
保護者である義母が慌てて警察署へ駆けつけ、僕の言葉を聞くこともなく頬を打った。
呆然とする僕を叱咤し、警察へ何度も謝っていた。
家に帰って弁明しても義母は信じず、僕に「犯罪者」と言った。
血が繋がっていなくても大事にされていると思っていただけに、ひどくショックを受けた。
二つ目の不運は痴漢の冤罪を受けた事だ。
大学から帰宅する時の電車で、僕は女性が痴漢されているのを目撃した。
満員電車で、他に気付いている人はいなかった。
近くにいた僕が男の腕を掴もうとすると、その男は僕を見て焦ったような顔をした。
そして伸ばされた僕の腕を逆に掴み、「痴漢だ!」と叫んだ。
周りの乗客が一斉に僕を見た。
唐突な出来事に僕が唖然としていると、痴漢の被害者である女性も振り返り、涙目で僕を睨んだ。
僕は慌てて否定したが、集団の敵意の前に無力だった。
周りの男性達に取り押さえられるようにして電車から連れ出された。
被害者の女性も、乗客も、駅員も、駅員が呼んだ警察も、僕を性犯罪者としか見ていなかった。
本来の痴漢犯に感謝の言葉を述べ慰められている女性を見て、僕は彼女を助けようとした事を後悔した。
駆けつけた義母が女性と話し合い、示談で解決する事となった。
僕は再び義母から罵詈雑言を浴びせられ、家では義姉からも軽蔑の眼差しを向けられた。
「本当に気持ち悪い。あんたなんか弟じゃない。二度と馴れ馴れしくしないで。」
普段はクールだけど僕には甘く優しく接してくれていた義姉の冷たい言葉に、僕は項垂れる事しかできなかった。
何度冤罪を訴えても、信じてはくれなかった。
三つ目の不運はついこの間のこと。
小学生女児に暴行を振るったとして、またもや警察に補導されたのだ。
人の多い所が怖くなっていた僕は人通りの少ない路地を選んだ歩いていた。
交差点を渡ろうとした女の子に向かって、信号無視の車が突っ込んでくるのが見えて、僕は咄嗟に駆け寄って女の子を押し出した。
幸い、事故は起きずに済んだが女の子は転んで怪我をした。
車の運転手は女の子が見えなかったようで、あわや轢くところだったと気付いたようで顔を青くしながらそのまま去っていった。
女の子に怪我をさせてしまったのは悪かったけど、車に轢かれるよりはマシだろうと思った。
でも、女の子もスマホに夢中になっていたせいで車に気付いていなかったようで、彼女は号泣して急に僕に押し飛ばされたのだと主張した。
女の子の泣き声を聞いた近隣の住人が警察へ連絡し、僕は捕まった。
しかも特に運の悪いことに、この時現場に来た警察は痴漢冤罪の時に僕を連行した警察だった。
僕の顔を見るなり顔を顰め、女の子の主張を聞いてすぐに僕を補導した。
僕の弁解など全く信用されず、僕は女児に暴行を振るった最低な男というレッテルを貼られた。
義母は泣いていた。
頬が腫れ上がるほど何度も叩かれ、亡き父に似ても似つかない屑人間だと言われた。
義姉は僕をいないものとして扱った。
高校生の義妹は痴漢冤罪の時も僕を信じてくれたが、この時ばかりは違った。
甘え上手でいつも僕にべったりだった義妹は、怒りの形相で僕を罵倒した。
「そんな最低な人間だと思わなかった!あんたなんて死んじゃえば良いのに!」
この日、僕は家族を失った。
僕には昔から仲の良い幼馴染が三人いた。
小学生の頃からぽっちゃりしてて、成長するにつれて太っていった僕の事も馬鹿にせず仲良くしてくれる人達だった。
家族に見捨てられたとしても、彼らだけは僕を疑わないと信じていた。
いや、信じたかった。
でも彼らは度重なる不運に僕を信じる事ができなくなり、ついに僕を見放した。
「刃くん…悪いことしちゃったら、まずは謝らないといけないんだよ。」
「刃!いい加減に罪を認めるんだ!」
「ふ、ふん!アタシはわかってたわよ。アンタがいつかやらかすって!」
彼らに向けられる敵意や蔑みに、僕は自分の中の何かが壊れるのを感じた。
家族も、友達も、誰も僕を信じてくれない。
僕は裏切られたのか、僕が裏切ったのか。
僕は何もしていないのに。
どれだけ叫んだところで、聞いてくれる人は誰もいなかった。
主人公がトレーニーになるまで暫くお待ち下さい。