第93話 精鋭
「スライムを纏っている!?」
新しく現れたゴブリンはその上半身にスライムを纏っていた。
近い位置にいたジフテルが迎え撃つが――
「くそっ! こいつら急所を守りやがるっ!」
よく見ればゴブリンの体を覆うスライムはゴブリンの首や心臓を重点的に守っているように見える。
(なんだこれは!? こんなこと今まで……)
2種類以上の魔物が同時に出現すること自体は珍しいことではないし、その魔物達の組み合わせ次第では苦戦を強いられたことだってあった。
でもその場合、魔物達はバラバラに戦っているだけで、我々にとって偶然嫌な組み合わせで配置されていたという状況がほとんどで、今回のように明確に魔物同士が手を組んでいるというのは見たことも聞いたことも無い。
(だがこの程度、対応するのは容易い。問題なのはゴブリンの鎧となっているスライムだ、だから――)
「まずは鎧を剥がせ! そうすれば――」
「それを! したいのはっ! やまやまっ! ですがっ!」
ルークがゴブリンを思いっきり蹴り飛ばす。
だがゴブリンは吹っ飛んだ先でむくりと起き上がると再び棍棒を振り上げて襲ってくる。ダメージは通っているようだが、聖騎士の蹴りを食らってもなお動けるのは単にスライムの鎧によるものだけではあるまい。
(あの頑丈さ、動き……間違いなく特殊個体っ!)
幾度かの攻防の末にゴブリンを倒したルークが近寄ってくる。
「雑魚の組み合わせなのに凄く厄介です。核を狙おうにもスライムの核はゴブリンのボロ布に隠れてますし、かといって覆われてない所を狙ってもスライムが動いて守るので攻撃が通り辛いんです。フェイントを入れて攻撃すれば何とかなりますが。そもそもこのスライム達も普通よりも頑丈な気がします」
フェイントが必要なほどの変形速度と頑丈さを備えたスライム?
(ということは……)
「まさか、ここの魔物達全てが特殊個体だというのか?」
「おそらくは。強くはないんですが、とにかくしぶとい」
こうしている間にも他の隊員たちはそれぞれが戦闘を続けているが、1組倒す度に通路から新しくゴブリンが補充されるので総数は減っていない。
(なるほど。道中の魔物の少なさの答えという訳か。ルークの言う通り、時間が掛かるだけで強くは無いならば、やるべきことは変わらない)
「思わぬ所で面倒なことになりましたが、悪いことばかりではないですね」
「どういうことだ? ルーク」
「いえ、バネットに頼らずとも罠の位置がだいたい掴めてきましたので」
ああ、なるほど。
先の2体の時と比べて戦闘範囲が広がってしまったが、こちらの攻撃を回避するためちょこまかと動き回るゴブリン達のおかげで部屋内に存在する罠の位置が分かってきた。
「バネット、俺は5か所と見たがどうだ?」
「合ってます!」
一体いつの間に確認したのか、彼の冷静さにはいつも助けられているな。
(そうでなくては壁役など務まらない……か)
そんな中ジフテルとルークがアイコンタクトを交わしている。
どうやらジフテルもちゃんと観察していたようだ。
「では私も参加します。ここは長くなりそうなので隊長と副隊長は体力の温存を」
バネットが私と入れ替わるように前に出る。
「分かった。疲れたら言ってくれ。いつでも代わる」
「お願いね。いざとなったら私の魔法で一掃するし」
出来るだけ魔力は温存して欲しかったが、状況によってはそれも有か。
特殊個体と言えど所詮はスライム、魔法に弱いという弱点はどうにもなるまい。
こうして、部屋の各所でルーク、ジフテル、バネットが次々と現れるゴブリン達と戦い始めて数十分が経った頃、絶え間なく現れていたゴブリンの供給がついに止まる。
「ん? もう終わりか? 体が温まってきた頃だってのに」
ジフテルが呟くが――
「まだ来ます! 今度は速い!」
バネットが言い終わるとほぼ同時にそいつらは現れた。
「ほう、コウモリか」
全部で3匹居る。しかし我々の強さに攻めあぐねているのか、天井すれすれを旋回するばかりでこちらに寄って来る気配は無い。
「流石にスライムはくっついてませんね」
セレナがホッとしたように言う。
「いくらなんでもそれだと飛べないだろうからな。大型の鳥型魔物ならともかく」
「そんなこと言ってると、本当にそんなのが出てきますよ」
「おっと、それは怖い。これ以上はやめておくか」
「そうして下さい」
遮二無二突っ込んで来ないということはあのコウモリ達も特殊個体であろうが、相変わらず旋回を続けるコウモリ達を注意深く観察するも一向に襲ってこない。
「このままじゃ、私達の体力も元に戻っちゃうよー?」
セレナが挑発する。
手間が掛かっただけでまったく疲れていないがな。
「どうした、今度は何を見せてくれる?」
セレナに合わせて私も挑発してみるも動きに変化は無い。
(当たり前か)
もっと深いダンジョンで出るような特殊個体であれば効果があるときもあるが、流石にコウモリ相手ではな。
「まいったな。向かってくるなら簡単に切り捨てられるというのに。だが、あの高さと速度では手出しできん」
コウモリでは我々にかすり傷一つ付けられないだろう。だが無視して進むのも気が引ける。何をしてくるか分かったもんじゃない。
「じゃあ私の魔法で――って、もしや……それが狙いとか?」
「今度は魔力を削ごうとしている……か。このおかしなダンジョンのことだ、その可能性がまったくないとは言い切れな――ん?」
そこまで言ったところで妙なことに気が付く。
「隊長も気が付きましたか?」
「ああ、あの3匹の飛び方だろう?」
「はい……何か意味があるのでしょうか?」
よくよく見れば3匹のコウモリ達はそれぞれ、三角、四角、五角形の軌道を描いて飛んでいる。
「皆、どう思う?」
他の隊員たちの方を見ても首を傾げるだけ。
そんな中――
「キィー! キィーキィキィ! キィキィキィキィ!」
コウモリ達は大きな声で鳴き始める。
何か始める気か?
「喧しくてかなわん。 皆、注意を怠るな!」
(断末魔以外でこれほどコウモリの鳴き声を聞くことになるとは)
皆の視線が天井のコウモリに集まる。
――ギィ――
(ん? 何か音がしたような)
私の耳がコウモリの鳴き声に紛れて別の音を拾ったのとほぼ同時。
「ぐあっ!!」
ジフテルのうめき声。
「落とし穴からゴブリン! 数は5!」
詳細を確認するよりも早くバネットが叫ぶ。
慌てて周囲を確認すれば罠だと思っていた床からゴブリンが這い出てきている。
(コウモリは囮かっ!?)
今度のゴブリンはスライムこそ纏っていないがその装備が違っていた。
棘付きの鉄球が怪しく光る。
(モーニングスター!?)
体勢を崩したままのジフテルにゴブリンが迫る。
「ジフテル! うおおおおっ!」
近くにいたルークが体当たりでゴブリンを突き飛ばす。
「大丈夫か?」
「すまん。助かった……かすり傷だ。グリーブは重症だけどよ」
(軽口を言えるなら安心だな)
と思うのも束の間。
「皆さん! こちらを!」
悲鳴に似たバネットの叫び声。
急いで彼女の方を見れば、残りの4体のゴブリンとコウモリ達が彼女に一斉に向かっていた。
(くそっ! 本命はバネットかっ!)




