第80話 石の効果
「このダンジョンなら1個で十分だろう」
ルイーゼが何か呟いていたが、今はそれよりも――
(DPが入らなくなった?)
ダンジョンに本来満ちている大気と地脈の魔力が合わさった力。
その流れがおかしい。
つい先ほどまでは聖騎士達のおかげで見る見る増えていたDPが一向に増えない。
ダンジョンが力を蓄えるのを阻害する、それがあの石の効果なのか。だけどすぐに効果が分かるというのは一体どういうことだ? DPの異変は俺だから分かるのであって、聖騎士達がそれを知る術はないはず。まさかそれも分かるようになる魔道具があるというのか?
まあいい、聞けば済む話だ。
『ハジメ、何をされたか分かるか?』
石の効果を確認するふりで周囲を見回しながら、頼れる男に声を掛けるが――
『……ス…………聞こ…………せ……だ……』
ザザという音が邪魔をしてハジメの声がほとんど聞こえない。
『おい! ハジメ! 聞こえないのか!?』
『だ…………マ…………こ…………す』
何度やってもこんな感じ。
ダンジョンマスターの俺から話しかけてこれだから、あちらからは通じもしない可能性が高いな。
(これは……くそっ! カタログもモニターもダメかっ!)
これらは関係者以外には見えないように出せるが、それ以前の問題で今はなんの手ごたえも感じられない。
聖騎士の実力を見ながら奥の方を弄るつもりだったが、これではダンジョンの構造を弄ることも、新たな魔物を召喚することも出来ない。
甘かった。
(現状の状態のまま凌ぐしかないのか)
侵入者による魔力の乱れが及ばない奥の方でなら臨機応変に対応出来る。
そんな俺の計画は早くも崩れ始めた。
「どうした? 顔色が悪いようだが?」
(準備はしてある。落ち着くんだ)
「えっと、気味が悪い色だったな、と。それにしても何も起こらないようですが……」
内心の焦りを悟られないように努めて平静を装う。
「そうだな。すぐに分かるといってもここはまだ入口だからな。なに、普段ここに来ている君ならすぐに気が付くさ」
何が楽しいのか……ルイーゼは得意げな様子で答える。
もったいぶらずに言えばいいものを。
「ではアルド君、君の剣をこちらに渡して貰えるか?」
「は?」
急に何を言い出すんだ?
「君には案内に集中して欲しいからな。前から伝えている通り、索敵や戦闘はこちらに任せてくれればいい」
「だからってそちらに預ける必要は無いと思いますが? 例えば……何かあって分断されたらどうするんですか?」
「それは無い。この程度のダンジョンにそのような事態を引き起こす罠や魔物が存在するとは考えにくい、たとえそれが噂のミノタウロスであってもな」
凄い自信だな。
「聖騎士さんにしては楽観的過ぎでは?」
「楽観とは心外だな。厳しい訓練と経験、それに我々が紡いできた歴史がこうして力と自信に繋がっているのだ」
どうもこの人と話していると疲れる。
「素直に俺を信用してないって言えばいいのに」
「何を言う、私は君を――」
「おいガキ。お前も分かってんならいちいち聞くな。そういうお前たちの態度が問題だってのが判らねえか? 時間の無駄だからさっさと渡せ」
ジフテルがイラついた様子で言ってくる。
「またそんな言い方を……済まないなアルド君。だが彼の言う通り我々には時間が無い。あまり手荒なことはしたく無い。ここは折れてくれ、な?」
こっちこそお前たちのそういう態度がムカつくけどな。
――仕方が無い。
「後でちゃんと返して下さい」
ジフテルが手を伸ばしてきていたので渡す。奴はそれまで持っていた短剣を荷物袋に仕舞うと、代わりに俺の剣を剣帯に着ける。
なるほど。こいつだけ武器が貧相だと思っていたが、もともとこうするつもりならわざわざ荷物になる自分の剣は持って来ないか。
本当に非戦闘員になってしまった。
「では行こうか。アルド君、よろしく頼む」
脳裏に浮かぶ地図もところどころ靄がかかったようになっていて見え辛い。
ルートは頭に入っているし、こんな状態でも近くの構造は把握出来るみたいだから案内は出来るか。
「分かりました」
こうして俺たちは1階層を進み始める。
もともとFランク向けの階層だけあって分岐も少ないし広さも無い。
(まあいい。本番はあの扉からだ)
ある部屋の入口に辿り着き中を伺っていた斥候の女から報告が。
「この先の部屋……魔物です」
「ようやくお出ましか」
斥候の短い報告に返事をするルイーゼ。
「しかし、こんなのは初めてです……」
「ん? あれはゴブリンとスライムだろう? どこのダンジョンも……って、あれか」
「はい……感圧式のようですが、噂通りですね」
「もうちょっと隠す努力をして欲しいな……」
そんなことをしたら必要DPが増えるだろうが。
彼女たちが見ている物、それは明らかに色の違う床だ。
灰色を基調としたダンジョンの床で存在を主張する鮮やかな赤色の床と壁に空いた発射口と思われる穴。
もしかしなくても踏んだら矢が飛び出すが、問題はその設置場所。
「あんなところ誰が踏むんですかね?」
何も無い壁際にあるそれを見て呆れる聖騎士達。
こういう罠もダンジョンの規模に影響するからな、使われるかどうかは問題じゃない。罠が在ることが大事なんだ。
「あの壁に隠し通路でもあるとか?」
タンカーの男性が呟く。
「どうなんだ?」
「いえ、そのような反応は無いです」
「だろうな。1階層に君のギフトを掻い潜れるモノがあったら困るよ。行くか」
(この先にはちゃんと用意してあるからお楽しみに)
聖騎士に選出される人間が持つギフトがどれほどか、この機会に見極めておけば後々の参考になる。
でもよく考えたら楽しむのは俺か。それは彼女達が死ぬ時ってことだからな。
我ながらこの考えはどうかと思うが仕方がない。
こちらを殺しに来る相手に遠慮なんかしている余裕は無い。
実家の財政は滅茶苦茶にするわ、俺の腹には穴を開けるわ。教会にはたくさんお世話になっているんだからな。
恨むなら自分たちの仲間を恨んでくれよ?
戦いの様子を眺めながら考えているうちに戦闘は終了。
核を狙わずとも単純な攻撃力だけでスライムを倒せるのか。
「終わったな……アルド君」
「はい。そこは右の通路です」
するとすぐにセレナが手元の魔道具を確認する。
「合っています」
「よし、では行こうか」
分かっていたがいざやられるとムカつくな。
そして、案内してはそれを確認される、というのを繰り返すこと数回。
「ここは左なんですけど……」
「どうした? 歯切れが悪いな」
「右に少し行ったら宝箱があることが多いんです。今日は他の冒険者が居ないから多分残ってると思うんですけど……」
俺がそう言うと聖騎士達全員がため息を吐き、ルイーゼが呆れたような様子で話し始める。
「せっかくだが我々はダンジョンの宝箱には興味が無くてね。どうせ大したものは入っていない。ここのような出来て間もないダンジョンなら尚更だ。君たちにとってはいい稼ぎになるかもしれないがな。それに、もしかしたら君は経験が無いかもしれないが、宝箱には罠が仕掛けられている物もある。獲物を誘い込む為の罠と判っている物にみすみす近づくのは愚か者のすることだよ」
だろうな。そう来ると思ってたよ。
それにしてもいちいち冒険者を馬鹿にしないと気が済まないのか。
俺だって若手冒険者らしさを出すために聞いただけだ。
道を間違えただけで悪質な時間稼ぎとかなんとか言ってた奴らだからな。少しでも時間稼ぎをするにはこんな方法しか無い。この言い方なら時間稼ぎとは思われていないようだ。
「そうですか。では今後も宝箱の情報は必要無いですね?」
「ああ。そうしてくれ。そんなもののために寄り道している暇は無いからな」
「分かりました。そう言うことでしたら左で大丈夫です」
「うむ」
左の道を進みしばらく経った頃。もうすぐ2階層への階段がある部屋に差し掛かろうというところで、俺はある違和感に気が付く。
(魔物達が復活していない!?)
考えた末。
その最悪の結論に俺は戦慄した。




