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第72話 指名

「すみませんでした。いろんなことがぐちゃぐちゃで……」


 あれからしばらくして。

 涙を袖で拭いながら顔を上げたソフィーは絞り出すような声で言う。


「最後だなんて、その、そんなつもりじゃ……なくて」


 申し訳なさそうに話し続ける彼女に俺は。


「いや……大丈夫だ。というか、ソフィーの言う通りだし」


 白状して続ける。


「正直言って今回はかなりマズいからさ。困ったことにさ、聖騎士の連中の情報が全く無いんだよ。一応色々対策はしたけど、どこまでやっても不安は消えなくてさ。それで……やり残した事はやっておこうと思ったんだ」


 聖騎士がダンジョンを攻略するとなれば、従騎士の時と同じ様にダンジョンを封鎖してからになる。表向きはダンジョンの崩壊に一般人が巻き込まれないようにとのことだが、実際は手の内を他の勢力に晒さないためだろう。そのお陰でダンジョン内での奴らの行動についての情報が外部に出回らないから碌に対策も立てられない。


「だからってあからさま過ぎます……もっと分からないように誘って下さい」


 ソフィーは大分落ち着いてきたようだ。


「それは……ごめん。実はこういうの初めてでさ」

「こういうのって?」


 そう言いながらまだ赤い目で俺の顔を覗き込んでくる。

 いや、落ち着いてきたというよりもこれは……


「な、なんて言ったらいいか、その……俺としては……デ、デートのつもり……だったんですけれども……」

「デート? 教会にギルドを回るのがですか?」


 そう言って拗ねたように頬を膨らませる。


「いや、この後は一緒にご飯でもどうかと……」


 俺が話している最中に彼女はベンチから立ち上がると俺の前に立つとさらに質問を投げかけてくる。


「冒険者ギルドの食堂でですか?」


 圧が凄い。


「あ、ああ、そのつも――」

「失格っ! やり直しですっ!」


 俺が言い切る前にソフィーは指を突きつけながら言うとさらに続ける。


「なんですかそれは!? もうちょっとこう……あるじゃないですか!」

「こう、と言われても……実家で使用人達が言ってたからこんな感じかと……」


 一緒に出掛けて町の施設をいくつか回ってそれから食事。完璧では?

 そう説明する。


「なるほど。ご実家に抗議の手紙を送らないとですね!」

「なんで!?」


 元通りどころか元気になり過ぎだ。


「とにかく! やり直しを要求します! 今回の件が無事に……無事に終わってからもう一度お願いします! 約束ですからね?」


 今回の件……か。

 俺を勇気付けようとしてくれているんだな。


「あ、ああ! 分かったよ。約束する。もう一度なんて言わずに何度でも2人で来よう」

「はい!」


 さっきまで泣いていたと言うのに。ソフィーには支えられてばかりだな。せっかくチャンスを貰ったんだ。色々な人の意見を参考にしてみよう。次は失格だなんて言われないようにしないとな。


「じゃあ、休憩はここまで。そろそろ行こうか」

「そうですね。お腹も減りましたし」


 確かにちょっと早いけどそんな時間か。


「あ! ギルドの食堂でいいですよ。今日は」

「そ、そうか。じゃあそこで食べようか」


 お許しが出たので今日のところは甘えるとする。

 その後はとりとめもない話をしながら冒険者ギルドへと向かった。



――――――――――



「お! アルドじゃねえか。なんだよ、こっちに居たのか」


 ギルドに入るなりそう声を掛けられる。

 声がした方を見るとそこには、受付のお姉さんと何やら話をしていたと思われるロスさんの姿があった。


「それに薬屋のお嬢ちゃんじゃねえか。悩み事はもういいのか?」

「はい。その節はお世話になりました」

「そうかい。そりゃ良かった」


 そういえばスホルの件でちょっと相談したんだったな。

 それにしてもさっきのロスさんの口ぶりからすると俺を探していたのか?


「ロスさん、俺に何か?」

「ああ、そうだった。大変なことになったんだよ。聞いて驚くなよ?」

「もしかして聖騎士の件ですか?」

「なんだよ、聞いてたのかよ。だったらわざわざダンジョンに探しに行かなくても良かったな。で、どうするんだ?」


 どうする……とは?

 俺がダンジョンマスターってバレている感じでもないけど。俺をわざわざ探してまで伝えるようなことだろうか?

 とりあえず返事をしておくか。


「どうって、ぎりぎりまでダンジョンには行きたいですけど……」


 俺が答えるとロスさんは首を傾げた。何かおかしなことを言ったんだろうか?


「そういうことか……悪い、あの2人のどっちかから聞いたんじゃなかったんだな。そうなるとここじゃちょっとな」


 ロスさんはそう言うとソフィーの方を見る。


「あ……わたし、待ってますからどうぞ」

「悪いな。ちょっとばかしアルドを借りるぜ。話自体はすぐ終わるだろうから勘弁な。じゃあアルド、こっちだ」


 食堂で先に待つようにソフィーに伝えるとロスさんに向き直る。するとロスさんはいつもの会議室ではなく受付奥の事務所に向かう。


「今日はこっちなんですね。初めて入るかもしれないです」

「そうだったか? まあ普通なら入るところじゃ無えからな」


 ロスさんに付いて俺も扉をくぐる。


「やっと見つけましたー! 有名人っす!」


 ロスさんが大きな声で事務所中の職員たちに俺を紹介する。

 5、6名の男女からに視線が俺に集中し戸惑っていると、その中にキースさんがいるのに気が付いた。


「ああ、来ましたね。ロス、ゲアートさんを」

「了解っす」


 短いやり取りをしたのちロスさんは退出。ゲアートさんを呼びに行ったんだろう。


「アルド、こちらへ」


 並んだデスクの間を縫ってキースさんの近くへ。

 奥にある広めのテーブルに向かう。ちょっとしたミーティング用か。


「それで――」


 空いていた椅子に座りながら要件を聞こうとしたところ。


「まず、これを」


 キースさんから手渡たされた物を確認する。


「これは手紙……それも大神殿からですか。読んでも?」

「構いませんよ。読み終わるころには来るでしょうし」


 今まで色々と世話になっているとはいえ、一若手に過ぎない俺に見せるとは。


(どうせ聖騎士の件だろうけど……えっと、この度は――)


 定型文の挨拶の後、冒険者ギルドに対する丁寧な嫌味が続く。

 そしてその後も読み進めると、とんでもないことが書かれていた。

 ダンジョンマスターなのに手紙を持つ手が変な汗でびっしょりだ。読み終えた手紙をテーブルに置いた時、ゲアートさんが事務所に入ってきた。ロスさんは何か用事があるのか一緒ではない様だ。


「よう! 有名人。来たな」

「ゲアートさん……これ」


 俺はもう一度手紙を手に取り今一度内容を確認する。


『デサルトのダンジョンが健在であった場合はこれを攻略する』


 これはまあ……いい。良くないけど。

 問題はこの先だ。


『その際、冒険者ギルドからもこちらが指名する冒険者を同行させること。その冒険者の名はアルド。これが守られない場合は――』


 何度見返してもダメだ。見間違いじゃ無い。

 今後の予定が音を立てて崩れていくような、そんな錯覚に見舞われる。


「ご指名だなんてやるじゃねえか。まさかあの隊長さんがなあ」


 差出人は以前俺が遭遇したあの隊長さん。ルイーゼさんだったかな。

 それにしても……


「俺……あの隊長さんに名乗った記憶無いんですけど……」

「前にあの侍祭アコライトのお嬢ちゃんから聞いたんじゃねえか? てかよ、どうすんだ?」

「どうって……断れるんですかこれ?」


 今後のギルドとの付き合い方を考えるとかなんとか。

 俺の意思なんて関係なく政治的に無理なのでは? と思った矢先。


「無理だな。連名に枢機卿の名前があるだろ? あとこれとは別に俺たちの本部からもお手紙が来てるしな」

「ですよね」


 本部といってもこの大陸の本部だろう。当然本部だけあって聖都にあるので、事実上連中の言いなりに近い。この大陸においてはここのように反抗的なギルドの方が珍しいからな。


「なんで俺なんですかね?」

「さあ? そこにも書いてありましたが詳細は説明しに来て頂けるそうです。それも隊長さん直々にだそうですよ。届いた日時から考えると明日か明後日には来るでしょう。なのでアルド、明日からは朝から顔を出して下さい」

「分かりました……はあ」


 さっきよりは落ち着いて来たが、今はどちらかというと現実味が感じられない。

 思わず天を仰ぐ俺の肩をゲアートさんはバンバンと叩きながら笑う。


「大丈夫だ。1人で抱え込まなくていいんだぜ」

「ゲアートさんの言う通り。我々にとっても一大事です。とりあえずその説明・・に向けての打ち合わせをしましょう。この後大丈夫ですか?」


 今はとにかくこの状況を話して一緒に悩みたい。分かち合いたい。

 こっち大事な人を待たせているんだ。

 そんな感情に突き動かされて、下っ端且つ当事者にはあるまじき提案をしてみる。


「あ、済みません。実は人を待たせてまして……」

「なんだよ? デートか?」

「まあそんなとこ――じゃないですね。ただのお出かけです」


 さっき失格認定されたんだった。


「はあ? なんだそりゃ?」

「こっちの話です。で、申し訳無いんですけど、明日の朝一番ではどうでしょうか?」

「いえ、構いませんよ」

「仕方無えな」

「ありがとうございます! 今日はこれで。あ、でもしばらくは食堂に居ますんで!」


 話が分かる人達で良かった。

 こうして挨拶もそこそこに俺は退出した。

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