第2話 肩書が欲しい
(正面は依頼の受付か、登録は……あっちか)
冒険者ギルドの天井からぶら下がった案内表示を確認し、冒険者として活動するために登録カウンターに向かった。
あくまで情報収集のためであって、本気で冒険者をするわけではない。
人間であることを最大限利用しないとな。
この土地におけるダンジョンの立場を知らないことには、これからのダンジョン作りの指針が決まらないし。
ダンジョンで目覚めるなり、すぐにこの町に来たのはそういう訳だ。
まあ、ダンジョンといっても今は入り口から5メートル程の通路の先に部屋が1つだけという非常にシンプルな構造だけど。
俺の予想では冒険者ギルドはダンジョンに対しては好意的なはずだ、いくら敵の本拠地がある大陸とはいえ、彼らにとってはいい仕事場になるのだから。
それにダンジョンは言ってみれば俺の家なので俺がうろついていてもいいはずなのだが、冒険者からすると素人が迷い込んだってことになる、そうなると面倒だし冒険者という肩書は無いと困る。
受付のお姉さんに渡された記入用紙に必要事項を記入していく。
代筆が必要か聞かれたが一応貴族だったので読み書きはできるし、言葉や文字は人間界では世界共通なので問題ない。
そういえば学園に居た連中はどういうわけか言葉は通じたな。どうでもいいけど。
いくら肩書だけ欲しいと言っても必須の部分だけの記入では不自然だろうか?
あっさりしすぎだと若さが足りないかな? 周りには15歳くらいに見えてるだろうし、やる気に満ち溢れた感じにしておくか。
学園で習ったが時間の流れが違うみたいで、こちらでは俺が死んでから数か月しか経っていないけど、俺としては18歳気分なんだよな。
記入が済んだ用紙をお姉さんに渡して確認してもらう。
「アルドさんですねー、15歳の剣士さんと……」
内容を呟きつつ確認するお姉さん。
「確認しました。ギルドカードを作りますので、あちらでお掛けになってお待ちくださいね」
言われた通り少し離れた場所の長椅子に座って待つ。
せっかくなのでギルド内を見回す、奥の方では食事も摂れるようだ、道理でさっきから食べ物の匂いがする訳だ。酒も出しているのか時折にぎやかな声が聞こえてくる。
(しまったな、狙いは俺か)
食事処の方を眺めているとガラの悪そうな二人組の男が出てきた、絡まれても面倒なので、すぐに目を逸らしたつもりだったんだが。
「よお、兄ちゃん。新人かい?」
「はい、カードを待っているところですよ」
「へぇ……そうかい」
片方の男がニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら話しかけてきた。
(酒も出してるのか、ますます面倒だ。しかもこいつら強いな)
一流ではないだろうが、多少剣術をかじった程度の俺では到底太刀打ちできないな。
一対一でもおそらく勝てないな。
どうしたものか。
「なかなかいい剣持ってるじゃねぇか。お前さんにはまだ早いんじゃねぇかぁ?」
「へへ、この意味が分かるよなぁ?」
なるほど、この剣が欲しかったのか。
学園で発見されたときに俺に刺さっていた剣だ。そりゃあいい剣だろうよ。教会の聖騎士の隊長が使ってた剣だからな、そこそこの業物だ。
なんとなく持っていたら、いつの日か学園の寮の部屋に鞘が届いていた。学長さんからの贈り物だそうな。
抜き身のままだったからありがたくはあったが、そんなことをするくらいなら待遇の改善をして欲しかった。
そんな剣だから別にくれてやってもいいのだが、幸いにも別の受付のお姉さんがこちらにアイコンタクトをしながら慌てて引っ込んでいったし、だれかを呼んでくれているはずなので、もうしばらく粘ろうかな。
「こいつですか? お譲りしてもいいですけど曰く付きですよ、これ。持ってると次々と不幸に見舞われるのでお勧めはしません」
「ああ? 適当言ってんじゃねえ!」
「だったらどうなるのか言ってみろや!」
なんだかんだ気にはしてるのか。
「まず、腹から剣が生えます」
「なんだそりゃ?」
「どういうことだぁ?」
いや、これは違うか。ごめん、俺が悪かったよ。
まあいいや、続けよう。
「やがて周囲から邪険に扱われるようになり、そして――」
意外と真剣に聞いている先輩方。
「――質の悪い先輩達に武器をカツアゲされそうになったりしますね」
たっぷり溜めて、にっこりと笑いながら言ってやった。
「言うじゃねぇか、ガキが!」
「痛い目を見ねえと分かんねぇみてぇだな?」
時間稼ぎの甲斐あって間に合ったようだ。
「お二人のことだとは言ってませんよ? はいどうぞ」
そういって俺は剣を差し出す。
「今更遅ぇんだよ!」
「舐めやがって!」
凄みながらもしっかりと剣は取ってくんだな。
早速一つ目の不幸が訪れるとも知らずに。
「本当に曰く付きなんですよその剣」
俺は先輩方の後ろで腕を組んで立っている、もっと怖そうな人に視線を送った。
俺の視線に気が付いたのか男たちが振り返る。
「昼間から酒飲んで後輩に絡むたぁ、いいご身分だな? ああ?」
途端に彼らの姿勢が良くなる。
「ゲ、ゲアートさん! 違うんですよ。こいつが生意気言うからで……」
「そうでさぁ、ちょっとからかっただけで……」
でかいなぁ。2メートル位あるんじゃなかろうか。ゲアートと呼ばれたその男性を観察してみる。盛り上がった筋肉と体中の傷が、この人のこれまでを物語っているな。
二人組も決して弱くないけど、その二人がここまで恐れるこの人はそれ以上に強いのだろうな。
「ほう。お前の地元じゃ、からかうときには相手を痛めつけるってのか? だったら俺も今からお前たちをからかってやらねぇとな?」
「い、いや! 大丈夫です!」
「間に合ってます!」
どういうことだよ、それ。
「そっちの坊主は別としてもよ? お前ぇらはギルドの規約、知ってるよな?」
「も、もちろんです! あっ! 俺、用事があるんで!」
「俺もっす! すんません! 失礼しやす!」
二人組はそう言って剣を俺に押し付け、慌てて出て行った。
「ったく。しょうがねぇ奴らだな」
ゲアートさんは、呆れたように呟くと俺のほうを向いた。
「あいつらもそうだが、お前もいけねぇな。俺が来たから安心したんだろうが、あいつらはお前さんが思ってるよりクズだぞ? 一人の時は気を付けるこった」
「そうですね……確かに迂闊でした。ありがとうございます。気を付けるようにします」
「ああ、そうしな」
俺はここにはそんなに来ないだろうし大丈夫かと思ったが。
言われてみれば確かにそうだ。これからは人気のあるところを歩こう。
「で? お前さんもダンジョン目当てってか?」
「ええ、そうなんです。この前地震があったじゃないですか。村の大人たちが話してました、ダンジョンが新しく近くに現れる兆候ですよね?」
田舎の村から来たという設定を忠実に守る。
この世界のルールは駆け出しダンジョンマスターにとってやたらと厳しい。この地震という仕組みもその一つ。
これが無ければ入り口を偽装してひたすら隠れて力を蓄えることができるのに、ご丁寧に地震で周辺の人間に知らせるし、しかも、人里からさほど離れない位置に入り口ができるので、見つかってしまうのも時間の問題というわけだ。
「そうだな、一か月後くらいには捜索隊を組織して探すことになるだろうな」
「ゲアートさんも参加するんですか?」
「多分な。まあ、俺は中の探索担当だろうがな」
これはいいことを聞いた。この人からいろいろ聞ければ必要な情報が集まりそうだ。
「俺、それに興味あるんですけど、いろいろ聞いてもいいですか?」
「ん? ああ、いいぜ。暇だしな。ギルドの説明が終わってから、受付で呼んでくれ」
そう言って受付の奥の扉のほうへ歩いて行った。
そして、入れ替わりで出来上がったカードを持ってお姉さんが来たので受け取ると、ギルドの仕組みや規約についての説明をしてもらった。
「こんなところですかね。分からないことはいつでも聞いてください、『知らなかった』は無しですからね? さっきの人たちみたいなのも居るからさ。アルド君は大丈夫そうだけどね」
そういってウィンクしながら受付に戻っていった。
いや、ゲアートさん呼んでよ。聞こえてたでしょうに。




