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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ジャッジのジャッジがジャッジする

「くっ! 姫様、お早く!」


 サンボーン王国の王女アリアと女将軍リーフは、敵兵に追われながら山道を逃げていた。

 敵兵の所属はリッチファームランド帝国。サンボーン王国の同盟国である。


「なんてこと……! 帝国は我が国を攻め滅ぼす口実が欲しいのですわ!」


 護衛の兵士たちは、すでに殺された。普通の山賊までしか想定していなかったのだ。まさか軍隊が襲ってくるとは思ってもみなかった兵士たちは、順当に負けて、順当に殺された。圧倒的な戦力差ゆえ、なるべくしてなった結果としか言いようがない。救いのない話だ。

 だが捨てる神もいれば、拾う神もいる。


 ピーッ!


 突然、ホイッスルが鳴り響いた。1.5秒ほど、断固たる雰囲気を感じさせる力強い音だった。

 追いかける兵士と、追われる2人は、正体不明の強制力によってその場に停止した。

 その横から駆け込むように、1人の男が現れる。

 男は胸のポケットから、1枚のカードを取り出した。縦105mm、横80mm。何も書かれていないカードで、全体が黄色に塗装されている。それを兵士や2人に向けるように差し出していた。


 ピッピーッ!


 男が再びホイッスルを鳴らした。

 そして何やらカードの裏面に書き込んだ。

 それが終わると、男は全員に向かって声を張り上げた。


「不法侵入! お前ら、人の山で何やっとるか!」


 男が怒声を上げた。

 見れば腰には斧を携帯しており、木こりのようだ。

 ならば、他人の敷地に無断で押し入り騒いでいる連中に腹を立てるのも道理である。


「私から説明します」


 女将軍リーフが答える。

 サンボーン王国は海に突き出た半島を領土とする小国で、リッチファームランド帝国とだけ国境を接している。そのリッチファームランド帝国は、大陸の大部分を支配する巨大国家で、サンボーン王国はどうあがいてもリッチファームランド帝国には勝てない。

 攻め込まれてはたまらないので、サンボーン王国はリッチファームランド帝国との間に同盟を結ぶことにした。そして同盟の証として、王族を1人、リッチファームランド帝国に留学させることになる。実質的には人質だ。

 今は王子が「留学」しているはずだったが、その王子は病死したという。サンボーン王国は、仕方ないので代わりに王女を「留学」させることにした。ところがリッチファームランド帝国に向かう途中で、山賊に襲われた。

 この山賊団、見かけこそ山賊らしい格好をしているが、妙に動きが統制されていて、まるで軍隊のようだった。よくよく見れば、小汚い布を羽織っているその下に、全員がまったく同じ武具(しかも新品同様)を装備しているではないか。支給品である。


「帝国は我が国を攻め滅ぼす口実が欲しいのですわ!」


 王女アリアは叫ぶように言った。

 それは糾弾であり、悲鳴でもあった。

 王女アリアの発言を受けて、リッチファームランド帝国兵たちは目をそらした。中には舌打ちする者までいる。もう少しだったのに……と思っているのが、ありありと分かる態度だ。

 男は大きくうなずき、ホイッスルをくわえた。


 ピーッ!


 そして男は、お尻のポケットから赤く塗装されたカードを取り出した。

 それをリッチファームランド帝国兵たちに突きつけるように見せる。


 ピッピーッ!


 男は再びホイッスルを吹き鳴らし、赤いカードの裏面になにやら書き込んだ。

 それが終わると、男はリッチファームランド帝国兵たちに向かって声を張り上げる。


「殺人罪および殺人未遂罪ならびに騒乱罪および国家反逆罪! 退場!」


 男が宣言すると、リッチファームランド帝国兵たちは、謎のパワーでまとめて首を切り落とされた。

 100人以上いた兵士が、その一瞬で死亡したのだ。

 それを見た王女アリアと女将軍リーフの反応は、正反対だった。


「素晴らしい! なんたる戦力! ぜひ我が国に!」


 女将軍リーフは興奮気味に男を勧誘し始めた。

 一方、王女アリアは青ざめて震えていた。


「……レッドカードを出されたら即死ですの……?

 それなら、イエローカードの効果は……?」



 ◇



 なんやかんやあって、男はサンボーン王国に協力することになった。


「ジャッジだ。よろしく」


 男の名前はジャッジ。

 職業は審判(ジャッジ)。ちなみに木こりは趣味である。父親の代まで家業だったが、時代の変化で木材が売れなくなり廃業。しかし放置すると「もやし林」という状態になり危険なので、適度に間伐をおこなっているというわけだ。


「審判というのは、どういう職業なのだ?」


 女将軍リーフが尋ねる。


「さっき見せた通り、物事の善し悪しを判定(ジャッジ)する仕事だ」


 今度は王女アリアが口を開く。

 その顔はまだ青ざめていた。


「先程の黄色のカードは、どういう効果ですの?」


「1枚では何も起きない。

 2枚で退場。以降の試合(たたかい)を規定回数だけ出場停止にする」


「そ、それでは、赤いカードが出ない限り、首が飛ぶことはありませんのね?」


「2枚めのイエローカードを出すときに、重ねてレッドカードも出す決まりだ」


「きゅ~……」


 次にイエローカードを出されたら死ぬ。

 王女アリアは、恐怖心のあまり気絶していた。



 ◇



 それから暫くの間、いろいろな事がなんやかんやあって、サンボーン王国は奇跡の快進撃。リッチファームランド帝国を追い詰め、その帝都に攻め込み、宮殿で皇帝ヴェルファイアを守る近衛騎士団を相手に最後の決戦を繰り広げていた。


「くそ! こうなれば、もはや手段を選んではおられぬ!

 今こそ、これを使う時だ!」


 皇帝ヴェルファイアは、懐から黒い水晶の塊を取り出した。

 ただの黒い水晶なら宝石の一種だが、その黒い水晶の塊はやけに禍々しいオーラを放っていた。

 皇帝ヴェルファイアが黒い水晶の塊を高々とかかげる。


「いでよ、堕天使プリウス!」


 水晶の塊が砕け散り、黒く染まった12枚の翼を持つ悪魔が姿を現した。


「殲滅せよ、堕天使プリウス!」


 皇帝ヴェルファイアが命令すると、黒い翼の悪魔はたちまち無数の魔法を撒き散らし、あたりを燃やし、凍らせ、吹き飛ばし、叩き潰した。


「ぐわーっ!」


「ぎゃああ!」


「ぎえええ!」


 サンボーン王国兵たちは、断末魔の悲鳴を上げながら魔法に巻き込まれ、散っていく。

 形勢逆転――今度はサンボーン王国軍の窮地だった。


「あんな……あんなの、どうやって倒せばいいんですの?」


 王女アリアが絶望する。


「無理だ……あれはとても人の手に負える相手ではない……!」


 女将軍リーフが絶望する。


「「あわわわ……!」」


 サンボーン王国兵たちが絶望する。


「プレイボール!」


 だがジャッジだけは絶望していなかった。

 それどころか、高らかに試合開始を宣言する。

 そして腰のポーチからボールを取り出すと、王女アリアに投げ渡した。


「投げろ!」


「え? は、はい! えいっ!」


 王女アリアはボールを投げた。

 しかし魔法職である王女アリアは、物を投げるという行為になじみがなく、ボールはあらぬ方向へ。


「ストライク!」


 ジャッジが宣言する。


「ヌウッ……!?」


 堕天使プリウスは、悔しそうにボールの行方を睨みつけた。

 なぜか攻撃が止まっている。

 ジャッジは再びボールを王女アリアに投げ渡した。


「投げろ」


「えいっ!」


 王女アリアがボールを投げる。ボールはあらぬ方向へ。

 堕天使プリウスは、両手を右肩の前へ揃えたまま、冷静にボールを見送った。


「ストライク!」


 ジャッジが宣言する。


「グゥ……ッ!?」


 堕天使プリウスは「マジかよ?」という顔でジャッジを睨んだ。

 そして地団駄を踏む。

 地面が大きく揺れ、崩落した宮殿の下敷きいなって、両軍の兵士がさらに犠牲になった。


「セーフ!」


 ジャッジが宣言する。

 たちまち崩落した瓦礫の下から、犠牲になったはずの両軍の兵士が、無傷で起き上がった。


「意義は認めん。

 プレーの結果は、審判(ジャッジ)判定(ジャッジ)決定(ジャッジ)するのだ」


 ジャッジは涼しい顔で、ボールを取り出し、王女アリアに投げ渡す。


「投げろ」


「えいっ!」


 王女アリアがボールを投げる。やっぱりボールはあらぬ方向へ飛んでいった。


「グ……ギエエエエ!」


 堕天使プリウスは少し迷いながら、後が無いとばかりにボールを追っていき、両手を大きく左へ振った。その手に魔法のバットが出現し、ボールを捉えて打ち返す。

 ミサイルのように突っ込んでいった堕天使プリウスは、止まりきれず宮殿の壁に激突して宮殿を破壊した。

 そこまでしても、不自然な体勢で打ったボールは、あらぬ方向へ飛んでいった。前にすら飛ばない有様だ。


「ファール!」


 ジャッジが宣言する。

 そしてまたボールを王女アリアに投げ渡した。


「えいっ!」


 王女アリアの第4球。もちろんボールはあらぬ方向へ。

 だが振らなければストライクを取られる謎のプレッシャーから、堕天使プリウスはボールを追って走り、打ち返す。今度は前へ飛んだ。

 それは大きく弧を描き、ゆっくりと落ちてきた。


「あっ! あわわわ……!」


 王女アリアは落ちてくるボールに、とっさに手を出して防ぐような動きをみせた。

 それは人間が反射的にやってしまう行動だった。実際に防げるかどうかは問題ではない。判断とか思考とかは省略して、脊髄反射で実行してしまう動作なのだ。

 だが偶然にも、落ちてきたボールは王女アリアの手の中へ。


「アウト!」


 ジャッジが宣言する。

 その瞬間、堕天使プリウスの首が飛んだ。


「ゲームセット!」


 更に宣言するジャッジ。

 その瞬間、皇帝ヴェルファイアが死んだ。

 大将首をとられたリッチファームランド帝国軍は、もはや投降するしかなかった。



 ◇



 後日、サンボーン王国とリッチファームランド帝国の間で、和平条約が結ばれた。

 戦争は終わったのだ。

 王女アリアの強い要望を受け、ジャッジはその条約締結の場に同席した。

 そして胸のポケットから黄色のカードを出し、リッチファームランド帝国に提示した。


「次はありませんわ」


 王女アリアは、ジャッジにイエローカードの裏側を見せるように求めた。

 そこには、王女アリアと女将軍リーフ、ならびに山賊に扮して2人を襲っていたリッチファームランド帝国兵たちの名前が記されていた。そこに、今新たにリッチファームランド帝国そのものが記載される。

 カードは王女アリアのもとへ。これにより全国民を人質にとられたリッチファームランド帝国は、二度と和平条約を違える事ができなくなった。

 リッチファームランド帝国は、恐怖のどん底に突き落とされた。ちょっとでも機嫌を損ねたら、国民全員が殺されるかもしれない。

 王女アリアは、そんなに簡単にカードを使うつもりはなかったが。そもそもジャッジ以外がカードを使って効果があるのかも不明だったのだが。少なくとも、その脅威が忘れられるまで数十年は平和が約束されたのだった。

おっと、注意事項だ。

「実在の人物・団体などの名称とは一切関係がありません」

これでよしっと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ファンタジー世界に響き渡るホイッスルに笑いました。 審判は強いということを再認識しました。
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