病弱女子高生香織さんは今週も生協の注文書を書きながらショッピングに行った気になる
「きぃゃああああああ。政○様。政○様。政○様。可愛いー! 可愛いぃぃぃよお。『今更嫁に貰ってくれと言われても困る』って、ホントは貰いたいクセに。天邪鬼。ツンデレ。可愛いー! 可愛いー!」
と、自室で国営放送の時代劇のディスクを見ながら、俳優であり私の(心の)恋人、高林三生さんの役、小野但馬守政○様に萌え狂っている時でございました。
「そいつ死ぬぞ」
と、私以外誰も居ない筈の部屋の中で突然声を掛けられて、心臓が止まらんばかりに驚き、マンガの様に床から飛び跳ねてしまったのでございまする。
「おに、おに、お兄ちゃん、いいい、いつの間に……」
「まあ、ノックはしなかったがな。五分くらい前から部屋の中には居たぞ」
ノックをしろ。何故、ヒトの部屋に入るのにノックしないんだ、この男は。
「何度も言っているでしょう。ノックをして下さい。着替えの途中だったりしたらどうするの? マンガみたいに顔赤らめて『エッチ……』とか言わないよ。通報するよ。即、通報だよ。前科者だよ、お兄ちゃん」
「いや、キチ○イみたいな嬌声が聞こえていたから、着替え中ではないと思った」
キチ○イ……。嬌声……。
「くそぉ、脱いでやる。脱いで悲鳴を上げながら通報してやる」
「…………」
「ホントだよ。嘘じゃないよ」
「…………」
なんだ? この男の余裕綽々。貧乳は見られても罪にならないとでも思っているのか?
「脱ぐよ」
「脱げよ」
「えっ……」
「ほら、脱いでみせろよ。脱げるもんならな」
脱ぐ……のは、冷静になったら確かにちょっと恥ずかしい……かな?
「おらおら。早く脱げ。今脱げ。すぐ脱げ」
「いっ……いやあああ」
「脱げないのか?」
「ぬ、脱げない……です」
例え兄といえども、男性の前で肌を晒すなど出来ません。だって花も恥じらう乙女ですもん。
「脱げないのなら、謝って貰おうか。ほら、ごめんなさい、は?」
「えっ……、なんで私が謝る……の?」
「ごめんなさいは?!」
「ご、ごめんなさい!」
…………哀しき条件反射でした。どSの兄は小さい頃から私を虐め抜き、最後の仕上げとして「虐められてごめんなさい」と言わせ、嗜虐心を十二分に満たしていたのです。その時の習性で強気に出られると、つい謝ってしまうのです。くくく、口惜しいぃぃぃ。
「お母さーん! お兄ちゃんがあー」
「母さんを呼んでも無駄だぞ。さっき俺に晩飯で食わせる肉を買いに行った」
「お父さんに言い付けてやる。電話する」
「別に構わんぞ。俺は今日、その親父の名代として京都からワザワザこの関東の田舎にまで出向いているのだからな」
うわっ、京都人。京都人ホントに嫌。首都である東京を「田舎」呼ばわり。ホント嫌味ったらしい。(この小説はフィクションであり、実在の京都の人とは何の関係も無い事を予めお断りしておきます)ちょっと京都の大学に行っているからって京都人気取り。軽佻浮薄な兄め。
と、一頻り京都人のイヤらしさと(この小説はフィクション……以下略)東京生まれ東京育ちのクセに軽薄にそれに追従する兄への非難を心中で吐き出してから、その海月の如く主体性の無い兄のさっきの一言を思い出しました。
「あれ? さっき政○様が死ぬっていった?」
「うん死ぬよ」
…………? えっ? ええっ? 政○様死ぬの? あっ、いやでも戦国時代の
人だし、そりゃもう死んでるよね。サンジェルマン伯爵じゃないんだから。
「ろ、老衰とかで?」
「うんにゃ。磔になって」
「ははは、磔ぇぇぇ。女城主を嫁にして、碁を打ちながら幸せな余生を過ごすんじゃないの?」
「その女城主に槍で突かれて死ぬ」
「嘘! そんなの嘘。可哀想。可哀想、政○様」
「嘘じゃないぞ。俺、そのドラマ、リアルタイム視聴してたし」
ま、政○様ー! 溢れる悲しみを堪え切れなくなった私は兄に抱き付いてました。
「可哀想。政○様可哀想ー!」
「だあああ、離れろ。体液を俺のセーターになすくり付けるな。汚い」
き、汚い? 純心な乙女の涙が汚い? てか体液?
「鼻水も出してるだろ。いやまあ涙も汚いが」
汚い。汚いって、ヒトを汚物みたいに……。
「えい、抱き付きまくってやる。大サービスだ」
「何がサービスだ。凹凸の無い身体しやがって」
お、凹凸の無い身体〜?
「妹の身体に何を期待しているの? もしかしてお兄ちゃん、私の身体を性的に意識しているの?」
「意識してないから邪魔くさいだけなんだよ。ああもう、ゴツゴツと骨が当たって痛い。離れろ」
むきぃぃぃ。口惜しいぃぃぃ。無垢な少女の嫋やかな肉体を鳥盤目曲竜下目アンキロサウルス科アンキロサウルスみたいに言ってぇぇぇ。
「てか、お前痩せ過ぎだ。ちゃんと食ってんのか?」
「た、食べてるよお。まあ、高校受験終わってから倒れちゃって、一週間前まで入院の点滴生活してたけど……」
「入院? 聞いてないぞ?」
知らせなかったんです。兄は昨年末学生でありながら生意気に結婚し、大学の後期試験などもあって忙しいだろうと、健気な妹は気を利かせたのです。
「知らせろ。そんな気遣わなくて良いんだ」
「大した症状じゃなかったし、知らせたらお兄ちゃん東京に戻って来ちゃうでしょ? 新婚なのにそんな事してたらお義姉さんが『私と香織ちゃん、どっちが大事なの? 行かないで、死んぢゃうから』とか言い出すかもしれないし」
「想像力豊か過ぎだ。ウチの奴はそんなメンヘラみたいな発言はしない」
分かってないな、アニキ。女は常に内なるメンヘラを飼っているものなのよ。
「ところで今回は何で戻って来たの? 春休みだから?」
「違う。本当はこんな馬鹿馬鹿しい用件で帰省などしたくなかったんだが……」
そういえばお父さんの名代でやって来たとか……。
「離婚の時に『もう親父とは会えないかもしれんな』とか言ってたのに、結構仲良くしているんだ?」
「いやいやいや。親父がどうしても頼まれてくれと泣きついて来たから仕方なくだぞ」
お父さん、私とは頻繁に会っているのに、ワザワザお兄ちゃんを介してする話って何?
「お前が受験勉強の憂さ晴らしに投稿サイトに書き散らしていた小説が……」
「あっ、ごめんお兄ちゃん。私これからデートだった。着替えるから出てって」
「…………。ちゃんと話を聞け。お前の態度如何に寄っては今後家族会議も辞さないと親父は言っていたぞ」
か、家族会議……。
「そんなオーバーな……」
「俺も時々読みながら『これはヤバくないか?』と思ってはいたが……。まあ親父はサイトの運営からメールが来るまで読んだ事はなかったみたいだが……」
「お兄ちゃんゴメン。ホントごめん。彼が待ってるから。出掛けなくちゃいけないから」
「何が彼だ。虚しくないのか? 居もしない彼の話など。てか逃げようとするな」
彼氏居るもん。三生さんは私の(心の)彼氏だもん。
「親父は随分と衝撃を受けていたぞ。なんせ、ネットの悪から娘を守る為に自分名義でアカウントを作ってやったというのに、その当の娘が……」
「出掛けなきゃ。ホント私出掛けなきゃ」
「エロ小説を書いていたなんて……」
エ、エロ小説〜?!
「やだな、そんなエロ小説なんて……」
「運営から『貴方の書いたエロ小説を削除して下さい』と言われた親父の心中は如何ばかりか……」
「だからあ、エロ小説なんて大袈裟だって……」
「『小学生女児をひたすらエッチな目に合わせる小説』と自ら作中で言及していたじゃないか」
「ちょっとね。ちょっと主人公の女の子がエッチな目に合うっていう。そんなくらいだよ」
「読んでみた親父はあまりにショッキングな内容に言葉を失ったそうだ。『これ、俺が書いたと思われているのか?』と、泣きそうな声になっていたぞ」
せ、繊細なのね、お父さん。むしろ男の人は喜んで読む内容かと思ったのに。あっ、もしかして女子大生がエッチな目に合う小説の方が良かったのかな?
「そもそもそれって去年の年末の話だよ。何で三ヶ月も前の事を今更穿り返すの? お父さんから苦情のメールが来て、泣く泣く削除だってしたのに」
「エロ小説を泣く泣く削除するなよ。受験が終わるまでは執行猶予になってたんだろ」
と言いつつ、困った様子で頭を掻く兄。えっ? なんか物凄い刑罰が待ってるの? 私。
「親父な……、本当にお前に激甘だからな。俺が同じ事したら容赦なくブン殴って終わりにするのに……」
「えっ。私、殴られちゃうの?」
恐る恐る訊ねると、複雑そうな表情で見返されました。
「まず確認なんだが……」
言い難そうに口籠っていた兄は、やがて意を決して語り始めました。
「お前、あのエロ小説に書き連ねていた妄想、実際にやったりはしてないよな?」
「はい?」
「だから、その辺の小学生女児にイタズラを……」
「はいいい?」
何を言い出すんだ、この兄は。
「親父が、親父が心配しているんだからな。勿論俺はお前を信じて……」
信じて、と言い掛けて、マジマジと私の顔を眺めました。
「し、信じている……し」
なんか信じてない人の態度に思えるんですけど。
「お兄ちゃん、確かに私はロリコンかもしれない」
「お、おう……。てか引くわ、そのカミングアウト」
「でもね、ロリコンにはロリコンの矜恃があるの」
「あ、あるんですか?」
何で敬語になってるの、お兄ちゃん。
「『大好き小学生女児。でも決して触りません』この業界に生きる人間はこの鉄則だけは破らないの。守らない人間は即ち外道なの」
「嫌な業界だな……。えーとつまり、それは犯罪行為は犯していない、と解釈してよろしいんですね?」
だから、何で敬語なの。
「当たり前でしょ。大体私全然体力ないんだから。小学生にだって負けるよ。自信ある」
「お、おう。まあ俺は信じていたけどな。親父があんまり心配するものだから」
「もう容疑は晴れたね」
「んっ……。まあ……」
「じゃあ私デートに行くから」
立ち上がって部屋を出ようとする私の後ろの襟首を取って、兄はベッドに引き倒しました。
「えっ、嘘。まさか私犯されちゃうの? 実の兄に? 『大好き妹。でも決して触りません』の精神はシスコン業界にはないの?」
「そんな業界には在籍していない。逃げようとするからだろ。判決をちゃんと聞け」
先程お兄ちゃんが言っていた様に、確かにお父さんは私に激甘なのです。でもだからこそ厳しい罰を与える時は他の人間にやらせる訳で……。
「判決を言い渡す」
「…………」
「絶対内緒秘密の口座に毎月振り込んでいるお小遣いを三ヶ月間半額に減額するそうだ」
絶対内緒秘密の口座とは、離婚の際激甘な父がお母さんには内緒でお小遣いをくれる為に開設してくれた私の口座なのであります。
「てか、お前親父から小遣いとか貰ってたんだな」
「お父さん、お兄ちゃんの口座も作ろうとしたけど断られたって寂しげに言ってたよ」
ウチの場合、お父さんが不倫とかで離婚ではなく、互いの性格の不一致だから、そんなに冷たくしなくても……。
「いやいやいや。離婚の時俺はもうアルバイトしてたしな。小遣いなんて必要なかっただけだ。別に反発してた訳じゃないぞ」
ふーん、そんなモンかな? それにしても三ヶ月半額……。
「いや困る。お兄ちゃん、お父さんに交渉して。せめて一ヶ月にして」
「そんなん全然罰になってないだろ。俺は現状でも甘過ぎると思うぞ」
「でもでも、欲しかったフィギュアが……」
と言い掛けた私は、ヤバイと思って口を噤んだのであります。
「何のフィギュアを買うつもりだ?」
「えっ? フィギュアなんて……買わないよ?」
「言え」
「ししし、知らない」
「母さんも交えた家族会議を開くか? 反省の色が見られない場合は止む無しと親父も言っていたぞ」
「…………」
ヤバイ。ヤバ過ぎ。でも家族会議はもっとヤバイ。お母さんにまでバレてしまう……。お母さんはお父さん程甘くない。どんな折檻をされるかと想像すると……。ブルルッ、身震いを禁じ得ません。
「絶対内緒にしてくれる?」
「そんなヤバイ物買うのか。何か聞くのが怖くなって来たぞ」
「じゃあ言わなくて良い?」
「言え」
「あの……某将棋アニメの……」
と言った途端スマホで調べ始めるお兄様。
「中学生と小学生のヒロインがいるな。もちろん、お前の目当ては小学生の方だな」
失礼な。何で、もちろん小学生なの。そうだけどさ。
「いくつかフィギュア出てるけど……。お前え……まさかこの1/4のクッソ高いバニー姿のフィギュアじゃないだろうな?!」
ここまで特定されれば誤魔化しようもございません。コクリと可愛らしく頷く私……。
「い、妹が、バニー姿の、小学生の、扇情的な、クソ高い、バニーのフィギュア……」
お兄ちゃん、バニー二回言ってるよ。
「お〜ま〜え〜、こんなのスケベな目的でしか買わないだろう」
「し、失礼な。男の人と一緒にしないで。女性はねえ、造形美に感銘を受けて購入を決めるの。見て、この小学生女児らしいストンとした体型。全く無い胸。そしてこの脚。この年頃の女の子はね、全年齢を通して最も脚が美しい時期だと私は思うの。私もこの頃は非常に美しい脚の形をしていたし。その美しい脚を包み込むストッキング。ほら、この商品紹介の写真を見て。見て、見て。拡大して見て。ねっ? 美しいでしょう? 思わず購入意欲を唆られるでしょ? ポチッとしたくなるでしょ? 分かった? 決してイヤらしい動機で購入するんじゃないの。これは芸術に対する対価なの」
「いや、これ購入する行為自体が犯罪だろう」
聞いてた? 私の熱弁ちゃんと聞いてた?
「とにかく、男性と女性では購入の動機は全く違うの。真逆と言ってもいいわ」
「というか、女でこれ購入するのは世界中でお前一人だろう……」
「そんな事ないよ。ほら見てこのお尻の造形。ほおっー、て身惚れちゃうよね。早く欲しい。触ってみたい。そんな女の子が全国に百五十人はいるよ」
本当は千人はいると思うけど、遠慮して過小申告する奥ゆかしい私。なのにお兄様は、はあああ〜、と深く溜息を吐きました。何故に?
「繰り返し聞くが、本当に近所の小学生女児にイタズラしたりしてないだろうな……」
「してないよおー。私だって妄想と現実の区別くらいつけてるもん。『大好き小学生女児。でも決して触りません』」
「分かった。分かった。自分の妹がこんな変態だったなんて……」
へへへ変態呼ばわり……。
早春の午後の柔らかい日差しの中、勝手に苦悩に満ちた顔をしている兄と、フィギュアの購入計画を練り直さなければいけなくなった妹の溜息は尽きる事がなかったのでございます。
などという和やかな兄妹の触れ合いがあってから数日後、高校への入学式を間近に控えたある日の事でございました。もうすぐJKかあ……。などとニヤニヤしながら生協の注文書をめくる私。と、そこに、けたたましくドアベルを鳴らす痴れ者が現れたのであります。
「香織、お邪魔するわよ、オジャマジャマイカ」
「オジャマジャマイカって何?」
「今流行っている、ナウなヤングにバカ受けの挨拶だよ」
取次も待たず、無遠慮に玄関から私のいるリビングまでやって来たお友達の愛ちゃんは、変な挨拶をした上に、平然と嘘を吐きながら台所まで素通りして冷蔵庫を開け『あった。あった』と言いつつ、私のプリンとスプーンを持ってリビングに戻って来ました。
「はあ、愛ちゃんは良いよね。人のプリンを食べて、悩みも無さそうで……」
「香織なんか悩んでるの? 言ってみ。聞いたげるよ」
政○様の死。フィギュア購入計画の頓挫。悲しみと苦悩は尽きる事がありません。が、アホ面でコンビニの「春限定苺クリームのプリン」を頬張る愛ちゃんに、そんな高尚な人生の悲哀を理解出来るとも思えません。有難い申し出ですが、遠回しに断った方が良いでしょう。
「いや良いよ。愛ちゃんバカだから分からないし……」
「無茶苦茶直球で断わりやがったな。こうなると意地でも聞きたくなるんですけど」
嗚呼、単純単細胞のクセに、なんてネチッこい性格なんでしょう。私は溜息を吐きながら「愛する人の死が……」と漏らしてしまいました。
「えっ、香織好きな人いたの? 死んだの?」
「政○様が……」
「政○様? 昔の人みたいな名前だね?」
昔の人ですし。そもそも政○様の名前を知らない時点で、この方には私の苦悩など共有出来よう筈もございません。
「まあ、それは良いんだけど……」
「良いの? 好きな人の死の話を流しちゃって良いの?」
頭がちょこっと弱いなりに何か感じる処が有ったのでしょうか。愛ちゃんはスマホでポチポチと政○様を調べました。
「どうせ高林三生絡みでしょ。検索キーワード……政○様と高林三生……ほらやっぱり、あのオッサン俳優のやった役の名前じゃない」
おおお、オッサン俳優ですと?
「何言ってるの? 何言ってるの、愛ちゃん。三生さんがオッサン? 大丈夫? 頭大丈夫?」
「それはコッチの台詞ですぅ。あの人アラフォーだよ? 立派なオッサンでしょ!」
その言葉を聞いて、私は大きく頭を振りました。分からないのです。所詮、愛ちゃんの様に凡庸な一般女子には、性別も年齢も超えた三生さんの魅力……尊さが分からないのです。そしてその三生さんを愛するという高度な精神作業の崇高さなど理解の範疇には無いのです。そう考えれば気の毒な気もします。生きながらにして神の領域を享受出来る、三生さんに愛を捧げるという至高の行為を体験出来ないのですから……。そんな事を考えていると……あっ涙が……。
「可哀想。愛ちゃん、可哀想。ちょこっと頭が弱いばかりに……」
「何何何何? 何なの? 私、泣きながら哀れまれなければならない程、惨めな存在なの? っていうか、さりげなくディスられているし」
暫し沈黙。約五秒。
「要するにアレでしょ。香織ってファザコンなんでしょ?」
ファザコン? それは三生さんと私のお父さんが同一地平線上に並んでいるって事?
「そんな訳ないでしょ! ちょっとエロ小説書いたくらいでお小遣い減額する心狭狭のお父さんが三生さんと同じ? そんな筈ないでしょう」
「エロ小説書いてもお小遣い減額で済むって理想の甘やかしお父さんじゃん」
「聞いて。聞いてよ、愛ちゃーん!」
「聞いて欲しい事があるの? アンタさっき私はバカだから分からないって言ってたんだけど」
私は泣きながら……思いの丈を吐き出しました。一生懸命書いたエロ小説を削除した事。それだけで充分な罰の筈なのに、追い討ちを掛けるが如く、愚兄がお小遣い減額の報せを携えてやって来た事。その愚か過ぎる兄は、最早芸術の域にある小学生女児バニーフィギュアの素晴らしさを一向に解する能力が無い事……。
「ていうか一生懸命エロ小説を書くな。でもあれね、私も読みながらヤバいと思ってたわ」
なんで皆んな「ヤバい」と思いながら止めてくれないの? 身近な少女の非行を止めるのは周囲の人間の責任でしょ。つまり、エロ小説を書いた私が悪いんじゃなくて、止めてくれなかった世間が悪いって結論でいいよね? それなのにお小遣い半額なんて、私もう被害者だよね? よね?
「あれねー、コピペして名前を全部自分の好きな男性キャラクターに置き換えてみたのよ。いやっー、捗ったわー」
なんですと? 捗るって何が?
「あああ、あれは小学生女児がエッチな目に遭わされて、そんな羞恥と使命感のギリギリの中で人間の尊厳とは何かを問う……」
「そんなん男の子でも良いやん」
「男! 男に羞恥心なんかあるもんか。粗野で無神経で傍若無人。彼奴らに小学生女児と同じ繊細さや儚さなんてあるもんかー!」
はあはあはあ。男なんて、男なんて。私の身体的特徴を揶揄する男共なんてぇぇぇ! 憎い。男が憎いぃぃぃ。
「いや、アンタの男性観、そうとう歪んでいるわね。大体、つい四年くらい前まで自分もそうであった小学生女児を、何でそこまで美化して見られるの?」
「私はアニメに出てくる様な可愛いらしくて愛らしくて清楚な小学生女児そのものだったもん」
…………。暫し沈黙、今度は十秒。
「あっ、フィギュア? フィギュア買うの? アンタも好きだねえ。小学生女児のフィギュア」
「ちょっ待てよ。何で話逸らしたの? 今は小学生女児だった頃の私の素晴らしさについて語ろうとしていたんでしょ」
「あっー、聞こえない。聞こえないー。遊びに行ったプールでスクール水着を着用するような女子力のない小学生女児だった奴の戯言なんて聞こえないー」
分かってない。分かってないよ、愛ちゃん。行楽地でスク水が許される……歓迎されるのは小学生までだよ。ギリギリ中学二年生までだよ。行楽地のスク水小学生はフィー○ングスみたいなモノだよ。
「まあ、それは良いとして……」
何が良いの? まだまだ小学生女児時代の私の魅力について1ミリも話してないよ。
「今日は私も相談があるのよ」
相談?
「私のスキピについて……」
スキピ……。どうして愛ちゃん、無理矢理、若者言葉を使おうとしたがるの? しかも若干使い古されている様な言葉を……。大体、愛ちゃんのクセに本当に片想い(断定)の相手なんて居るの?
「スキピの可動フィギュアがア○ゾンで安くなっているらしいのよ。買うべき?」
……スキピってアニメの登場人物ね。悪の組織の幹部で、探偵見習いで……、あと一つなんだっけ? 鉄道公安官だっけ? とかやってる、あの忙しい人ね。
「欲しけりゃ買えば良いじゃん」
「安くなっているって言っても、中学生……中学卒業生の経済力ではソコソコお高いのよ」
中学卒業生……。まあそうかな。身分的にはそうかな。高校にはまだ入学してないしね。
「じゃあ買うの止めなよ」
「でも折角安くなってるし」
「じゃあ買いなよ」
「でも高いし」
「じゃあ買うな」
「でも、でも、だってぇぇぇ」
苛々苛々苛々……。私は黙って立ち上がると自室に行き、私のお宝可動フィギュアを一つ、大事〜に両手で包み込む様に持って、リビングに戻りました。
「愛ちゃん。愛ちゃん、これを見て」
「何? この黄色い人。ってこれアレじゃん。プ○キュアじゃん。キ○アミ○ーズ」
「そう、この方こそ初めての小学生プ○キュア。偉大なる先駆者、グレートなパイオニア。キ○アミ○ーズ。その可動フィギュアよ」
「ふーん。結構細かく作られてるね。顔も似てる」
「そうでしょ? そうでしょうとも。これね、お値段お父さんから貰っているお小遣い一月分。つまり、コレを買った月、私はコーラも飲まずアイスも舐めずという生活を送ったの。でも後悔なんて微塵もしなかった。だって見て。見て見て、この精巧な作り。まるでキ○アミ○ーズちゃんがそこに居るみたいでしょ? 愛してやまないキ○アミ○ーズちゃんを手に入れたと思えば、他の欲望など霧散するのよ。これが愛。これこそが愛。貴女がそのブランデーだかカルーアミルクだか言うスキピに真の愛情を持っているのなら、買っても決して後悔などしない筈よ」
友の為、世の真実の愛について語る私。まあ、お父さんからのお小遣いを使い果たしても、お母さんから貰っているお小遣いで一月まかなえた訳ですが……。それはさておき、きっと愛ちゃんも私の演説に感動して……。
「アンタ、本当に小学生女児好きだよね。アンタの長台詞拝聴しているうちに、何か醒めてきたわ。買わなくて良いか……」
あ、あれ? なんですと? 何でそうなるの?
「あ、あのう……。真実の愛……」
「んっ。私の愛情表現は同人誌の購入という行為によって発露させる事にした」
ええっ〜?! 本当に愛しているなら、その対象の似姿が欲しくなるモノじゃないの? 違うの〜?
「というか、アンタの狂信的な熱弁聴いてたら、何故、神様が偶像崇拝を禁じたのか分かった気がしたわ。トル○マダ呼んで来なくちゃ」
いいい、異端審問?! もしもの時のスペイン宗教裁判? 炙られちゃうの? 私、火でコンガリ炙られちゃうの?
「小学生女児のフィギュアを愛でただけで、どうして火炙りにされなきゃならないの?」
「いやー、被害者が出る前にアンタみたいなロリコンの変態は火で炙っておくべきだと思うわ」
酷い……。ロリコンに人権は無いというの? いや、私はロリコンではないけど。
「ところでアンタ何やってるの? マークシートテスト?」
脳のニューロンがブツブツ千切れている愛ちゃんは、一つの話題を掘り下げる能力が無いらしく、話があちこちに飛びます。
「これ? 生協の注文書だよ。お母さん忙しい時は、私が一週間の食材発注しとくの」
「つまらなそうな作業ね。大変じゃない?」
幾分同情心を滲ませて話す愛ちゃん。
「そうでもないよ。私、あんまし外に出られないから、ショッピングしているみたいで楽しい」
「ふーん」
「結構何でもあるんだよ。私、服とか下着とかもコレで間に合わせてるし……」
と言った途端「ええっ? えっー!」という愛ちゃんの悲鳴にも似た叫びが上がりました。
「ししし、信じらんない。私達、もうすぐJKよ? 花のJKになるのよ? 女子年代別ヒエラルキーの頂点に立つ存在よ。それが生協で下着買うってどういう事? せめて、せめて有名ショップの通販サイトで買おうよ」
愛ちゃんの言い分は(JKが女子年代別ヒエラルキーの頂点かは別にして)痛い程分かりました。でも生協なら家計費で落ちるのです。お母さん、お父さんからのダブルインカムで人並み以上にお小遣いを貰っている自覚はありますが、それを下着購入に回そうなどという気は一切ありません。小遣い半額の刑を受けている今なら尚更です。そんなお金が有るなら、そんなお金が有るのなら、一円でも多く1/4雛○あいちゃんバニーフィギュアの購入に注ぎ込まなければいけないのです。
「そもそもサイズとかは? ブラとか試着しないでピッタリフィットの品物が買えるの?」
「…………。私の場合、胸囲限りなくイコールバストだから、申し訳程度にカップが付いてれば、あらかたフィットする……」
いけない、自分で言ってて涙が……。
「お化粧とかどうするつもり? 全然揃えないの?」
「高校生だよ?」
「高校生だって基礎化粧品くらい要るでしょ」
「それなら生協でも買えるよ。ていうか買ってる」
「JKらしいファンシーな文具とかは?」
「生協で」
「靴も?」
「生協」
「お前は生協の回し者かあああああ」
良いじゃない。便利に生協使ったって。
「そもそも最初に言ったでしょ。私、今、あんまりお外に出られないって」
「あっ、そうか。アンタ日の光を浴び過ぎるのは良くないんだったね……」
ちょっとシュンとなる愛ちゃん十五歳。本当はお小遣いを浮かして小学生女児フィギュアに回す為とは言い出しにくくなる私も十五歳。
「一緒に高校行ける?」
不意に私の手をキュッと握って、上目遣いで愛ちゃんが訊いて来ました。どうしたんだ、可愛いぞ。
「大丈夫だよ。その為に頑張って受験勉強して来たんだもん」
「そうだね。入学式の時は、二人で一緒に校門を潜ろうね」
「うん。良いよ」
「校門から三本目の桜の木の下で待ち合わせね」
「愛ちゃん、それ一緒に校門潜る気無いよね」
プ○キュアファンにしか分からない高度なボケをかます愛ちゃん。テヘヘと笑う彼女を見ながら、三年間無事に過ごせれば良いなあと思う私なのでした。