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王国の訳あり酒場マスター  作者: ごっちら
第一章
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プロローグ~噂の酒場~


「なぁ、今から酒でも飲みに行かねぇか?」


 日の光が地平線に消えていき、月の光が夜空に輝く。

 夜風が緩やかに吹き出し、人々の髪をなびかせる。

 日の光を失った辺りは暗くなり始め、街にある明かりが暗闇を照らしていく。


 街行く人々は、それぞれの談笑に花を咲かせ、メインストリートでは多くの種族が行き交っている。

 城壁から王国中央へと向かうメインストリートの一角では、出稼ぎに出ていた冒険者たちが、疲弊した様子で帰ってきていた。

 巨大な城壁の門から帰ってきた冒険者たちは、高価なフルプレートで身を固めた屈強な人間の戦士、華奢な身でありながら、様々な効果が付随された魔導服に身を包んだエルフの魔術師、まるで丸太のように太い腕で、巨大な斧を担ぐドワーフなど多種多様だ。


 そんな街の街道で、あまりきれいとは言えない身なりをした人間が3人、疲れ切った表情を浮かべて歩いていた。


「そうですねぇ……。今日のクエストの報酬はかなり良かったですが、毒蛇(ベノムサーペント)が大量に出たせいで毒にかかったりして、散々でしたからねぇ……。こういう疲れた時には、酒場に飲みに行ってパーッといきましょうか!」


「よっしゃー!! そう言ってくれると思ってたぜ!」


 鉄の剣を腰に身に着け、頬に刀傷のある長身の男が興奮しながら提案すると、みすぼらしい格好をした眼鏡の青年は、一度悩んだそぶりを見せたものの、今日のクエスト報酬が良かったことを思い出し、笑みを浮かべながら承諾した。

 長身の男も、元より断られるとは思っていなかったようで、興奮した面持ちで声を張り上げた。


 すでに2年近く一緒にパーティーを組んでいるので、お互いのことはよく知っているし、気兼ねなく話すことができる。

 そんな間柄であるこのパーティーを、男は心底気に入っていた。


「でも、私達が行ける酒場なんて、この王国にあったかしら? 報酬分のお金はあるにしても、メインストリートにある酒場はけっこういい値段するから、私達みたいな低級の冒険者が行けるところじゃないだろうし……。前もメインストリートにある酒場に行って、痛い目見たの忘れたわけじゃないよね?」


「確かに、ハンナの言う通り、お金に余裕があるわけじゃねーし、あんな目で見られるのはごめんだな……。なぁ、ルカ、どこかにいい酒場知らねぇか?」


 2人が笑みを浮かべながらご機嫌な様子でいると、後ろから呆れた物言いで肩をすくめる女性がいた。

 ハンナと呼ばれた茶髪の女性は、長髪を後ろに束ね、魔法を詠唱する専用のステッキを所持しており、簡易的な法衣を身にまとっていることも相まって、一見すると教会の巫女のように見える。

 低級冒険者であるため、装備も質素なもので年期が入っており、法衣もたいして高価なものではないものではないが、その蒼い瞳はまるで快晴の青空のように澄み、肌は白く、端正な顔立ちは育ての良さを醸し出していた。


「う~ん……。いつも行ってた格安の酒場は、いつの間にか潰れてしまいましたからねぇ……。以前にお試しで入ったメインストリートの酒場では、低級冒険者の僕たちは白い目を向けられていましたし、値段も高くてたいへんでしたね……。どこかにいいところあったかなぁ?」


 そう呟いて、ルカは腕を組みながら途方に暮れた。

 ルカはこのパーティーメンバーの中では最年少で、ハンナのように人を引き付けるような気品を持ち合わせているとは、お世辞には言えない風貌だ。

 背丈は女性のハンナよりも低く、童顔で丸眼鏡をかけているため、一見すると屈強な冒険者には見えない。

 しかし、頭の回転が速く、このパーティーメンバーの中では1番頭が良いため、困ったときには彼に頼るのが日常である。

 背中には弓矢をぶら下げており、戦闘時には後方支援を担当している。

 彼の射撃精度はなかなかのもので、仲間も彼の弓の扱いには一目を置いていた。


「……あっ! そういえば……商業エリアのはずれに、お酒も料理も絶品の酒場があるって、同業者に聞いたことがあります。値段もそこまで高くないって言ってましたし、1回行ってみますか?」


 ――確か以前まで行っていた酒場で飲んでいる冒険者が言ってた気がします――と、ルカはつぶやき、仲間の反応を窺う。

 ルカの個人的な意見としては、気が合う低級冒険者が絶賛していたため、是非とも1度行ってみたいと思っているが、それを仲間に強要するつもりはない。

 大事な仲間の意見を第一に考えたいと思っているし、お互いが素で話せる間柄であることが、長期間パーティーを組み続けてこられた理由でもあるからだ。

 なので、ルカは基本的にパーティーの行動を決めるときは、リーダーに一任している。


「おっ! そんな酒場があるのか! 俺は初耳だな……そんな酒場があるなら是非とも行ってみたいじゃないか! 今すぐ行こう!!」


「ちょっと! オーウェン落ち着いてよ! あなたは酒癖悪いんだから飲みすぎないように注意しないと! でも、私もちょっと行ってみたいかも……。最近はお金を節約して軽食ばかり食べてたから、ちゃんとしたお料理を食べたいし……。値段も高くないなら少しは贅沢したいかな」


「なら、決まりですね! 行ってみましょう!」


 リーダーであるオーウェンの一声で、ハンナも興味を示し、みんなで噂の酒場に行くことが決まった。

 パーティーのリーダーであるオーウェンは、大雑把な性格をしており多少は荒っぽい一面もあるものの、機転が利き、戦闘時には身を挺して仲間を守ったりと、頼りになる男で、仲間からの信頼も厚い。頬にある刀傷と高身長のせいで、怖い印象を与えてしまうことが多いが、人一倍仲間思いなのだ。


 噂の酒場に行くために歩みを進めようとした一行だったが、オーウェンが何かを思い出したようにハッとして、首を傾げながらルカに尋ねた。


「ちょっと待ってくれ、ルカ。酒も料理も美味(うめ)え、値段もお手頃なのに、何でその話をお前に聞かせた冒険者は、俺たちが行ってた格安の酒場に飲みになんか来てたんだ? 確かにあの酒場は安かったが、その噂の酒場に飲みに行ったほうが絶対得だと思うんだが……」


 そのオーウェンの言葉に、ハンナも同じ疑問を抱いたのか、訝しんだ様子でルカに顔を向けた。


「あぁ、そのことなんですけど、僕も同じことを思ったので聞いてみたんですが……悪酔いして騒ぎすぎると、店の外まで吹っ飛ばされるらしいです……」


 苦笑しながら答えたルカの一言に、2人は顔を引き攣らせた。


「店の外まで吹っ飛ばされるとか、どれだけ治安が悪いんだよ、その酒場は……本当にそこに行って大丈夫なんだろうなぁ?」


「それだけ荒っぽい人たちが集まる酒場ってこと?」


「いえ、そのお店のマスターが恐ろしいほど強いらしいです。普段は滅多に喋らない人らしいですが、騒ぎ立てすぎると、文字通り外に放り出されるみたいです……本当かどうかはわからないですけど、おっかないから俺たちでも行きづらいって言ってました」


(……そういえば、そのことを話していた時のあの人たち、声が震えてたなぁ)


 安酒をあおりながら話を聞かせてくれた冒険者は、同じ低級冒険者だったものの、オーウェンたちが冒険者になる以前から、この王国を根城にして活動している。

 そんな彼らが行くのをためらうという話に、一抹の不安を覚える一同。

 しかし、リーダーのオーウェンは話を聞くと、対照的に楽観的な表情を浮かべた。


「まぁでも、普通に飲んで楽しむだけなら何も問題はねぇだろう? 美味(うめ)え酒と料理が食えるなら文句はねぇさ! 荒事になったら俺が守ってやるからよ!」


「それは頼もしいわね! いざとなったらオーウェンを盾にしましょうか!」


「ドンと来いってもんよ! 近い将来最強になる予定の剣士だからよ!」


 オーウェンが得意げな顔で胸を張り、普段は大人しいハンナも、珍しく気分が高揚しているのか、オーウェンのノリに合わせている。


「あまり調子に乗りすぎないでくださいよ……? とりあえず商業エリアの方まで行ってみましょうか」


 このままだと収拾がつかなくなると判断したルカは、オーウェンをなだめながら歩みを再開させた。


「ところでよ? その酒場の名前ってなんだ?」


 オーウェンの問いに、ルカは振り返ってその名を口にした。


「確か……レッドハントっていう名前です!」



 ――ここはモンスターが跋扈するアーシア大陸にあるアラティア王国、そこには訳ありのマスターが営む一つの酒場があった――



 このアラティア王国は、城下町がエリアごとに区分されており、商業エリアでは様々な物品のやり取りが行われている。

 高価な武具を取り揃える武具屋、綺麗な店員が出迎えてくれる酒場、食べ歩きができる軽食を提供する屋台、日々新鮮な素材を取り揃える出店などがあり、この国で最も多くの人々が行き交い、売買を行っている。

 この商業エリアの一区画には、カジノも常設されており、お金を有り余らせた富豪や日々のストレスを発散させる者、やめられないほどカジノの毒に侵された中毒者など、多くの人々の欲望を満たしている。


 そんな商業エリアにある、王国中心部へと続くメインストリートを、オーウェンたち3人は歩いていた。

 街道は丁寧に整備が行き届き、道の端に並ぶように設置されているいくつもの街灯の明かりと、街行く人々の活気は、まるで夜を感じさせない。

 路上には、クエストから帰ってきた冒険者や仕事を終えた人々で溢れている。

 そして、そんな冒険者たちを呼び込もうと、酒場の綺麗な店員たちがお店の売り込みをしている。

 一日の疲れを忘れるために、酒盛りをすることを決めた冒険者たちが酒場の扉を開けると、酒の豊潤な香りと焼けた肉の香りが外まで漂った。


「相変わらずここは人が多くて熱気がすげぇなぁ……昼も夜も騒がしいったらありゃしないぜ」


 そう呟きながら、オーウェンはあたりをきょろきょろと見回した。

 多くの種族が街道を歩いているが、なかには酒に酔い、ふらふらとした足取りで歩く者や、声を上げて騒ぎ立てている集団もいた。


「ちょっと僕は苦手な雰囲気なんですよねぇ……昼は婦人さんみたいな温かい人も多いですから好きなんですけど、夜の商業エリアって雰囲気に気圧されるというかなんというか……」


「私もあまり得意ではないかな……昼と夜でだいぶ街の雰囲気が変わるのよね」


 このパーティーを結成する以前は、常に一人で行動していたルカにとっては、人ごみの多い場所自体が苦手であった。ハンナも、あまり騒ぎ立てることは得意ではないため、ルカのこぼした本音に賛同した。


「俺はそこまで嫌いじゃねぇけどな~! ただ、この辺を歩いてるのは名を上げた冒険者や金持ちどもばっかりなのは気に食わねぇよ……」


「……しょうがないわよ、メインストリートのお店はどのエリアでも高いから……」


 基本的にどのエリアにおいても、王国中心部へと続くメインストリートは値段が高めに設定されているため、上級冒険者や貴族などが利用することが多い。

 そのため、オーウェンたちのような下級冒険者にとっては、少々居心地の悪さを感じてしまうのも無理はない。


「それで? 噂の酒場は一体どこにあるんだ?」


 オーウェンは街道沿いにある店に目を向けるが、どこも自分たちの身の丈に合うような酒場は見当たらなかった。

 このあたりにある酒場に入っていく冒険者たちは、基本的に大所帯で、オーウェンたちのような低級冒険者ですら、一度は名を聞いたことのあるような凄腕の者たちばかりだ。

 周りの目をそこまで気にしないオーウェンも、気まずさを感じている仲間を気遣って、目的地である場所へすぐに移動しようと、場所を知っているであろうルカに問いかけた。


「ここから真っすぐ行った先にある武具屋を左に曲がって、三つ目の曲がり角を右に行ったずっと先にあるみたいです。だいぶメインストリートからは外れていますね」


「まぁ、そっちのほうが気楽でいいんじゃない?」


 例の酒場がここから外れた場所にあることを知り、ハンナが苦笑しながら肩をすくめると、ルカもハンナと同じように「あはは」と微苦笑する。


「それじゃあ、行こうぜ!」


 話が一区切りついたところで、オーウェンが歩みを進め、その背を2人が後を追うように歩き始める。

 オーウェンたちの手元にあるお金では手がつけられないほど高価な武具が並ぶ店を、オーウェンが羨ましそうに目で追っかけながら、曲がり角を曲がって奥へと進んでいく。

 メインストリートを外れた裏路地は、表の騒がしい笑い声も嘘のように静まり、僅かに並ぶ街灯だけが薄暗く細道を照らしている。

 表で経営されている店とは打って変わって、裏路地にある店のほとんどは、質素で簡素な小屋のような建物で店を構えている。


 低級冒険者が装備を揃えるときには、基本的にここらのような裏路地にある武具屋を利用することが一般的である。

 それらの商品の多くは、新米の鍛冶師が作成したものではあるが、常に資金難に悩まされている低級冒険者にとってはお手頃価格でありがたい存在でもある。


 そのため、実際に通りがかる冒険者たちは、アイアンやシルバーなどのプレートを首に掛けた低ランクの者たちが多く、プラチナやダイヤモンドクラスの上級冒険者を見かけることはほとんどなかった。

 そんな裏路地をオーウェンたちが奥へ奥へと進んでいくと、ある冒険者の2人が酒場と思われる店に入ろうとしていた。


「おいおい!? 今の見たかよ! 〝双翼″の2人組がこんなメインストリート外れの店に入っていったぞ!」


 その光景を目撃したオーウェンが目を見開いていると、ハンナとルカも信じられないといった表情で、あんぐりと口を開けた。


「うそ!? プラチナランクの上級冒険者がどうしてこんなところに……」


「この王国でもそうそう見かけないプラチナランクの〝双翼″が行く酒場なんて一体どんな……あれ?」


 ルカが驚愕の面持ちで、2人が入っていった酒場に目をやると、『レッドハント』と書かれた店の看板が目に入った。


「あっ! ここが噂の酒場ですよ!」


「ほーう……上級冒険者がわざわざこんな大通りから離れた酒場に来るとは、やっぱりそれだけ美味(うめ)えってことなのかねぇ?」


 ルカの驚いた声を聞いたオーウェンは、噂の酒場は評判通り期待できそうだと胸を高鳴らせ、プレゼントを受け取る前の子どものようにワクワクした様子でいる。


 周りにある建物は古びた木造の造りが多く、手入れもあまりされていないのか、薄汚くて近寄りがたい。

 それに対して『レッドハント』の周りはきちんと整備されており、中から漏れ出る明かりの影響で暗いイメージはまったく見受けられない。

 メインストリートにある酒場よりは一回り小さいものの、清潔感のある石造りとなっており、近くにゴミの1つも落ちていないことから、誰かが定期的に清潔感を維持するために整備していることが見て取れた。

 中からは楽しそうな笑い声と共に、食欲をそそる焼けた肉の匂いが漂ってきた。


「早速入ってみようぜ!」


 オーウェンが颯爽と中に入ろうとすると、店の中から給仕服を着た一人の女性が彼らを出迎えた。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」


 オーウェンたちに問いを投げかけた女性店員は、一目で清潔な印象を与えるほど綺麗な白髪をしていて、腰まで伸びた長い髪はきめ細やかで、とても手入れがされていることがわかる。

 身長はそれほど高くなく、パーティーで最も低いルカと同じ程度だった。

 整った容姿は庇護欲をそそり、女性の象徴でもある胸の膨らみは健康的で程よく実っている。

 街中を歩いていれば、男が思わず振り向いてしまうほどの美少女だが、その金色の瞳は容易に他者を近づかせないような強烈な印象を与えている。


(うぉ! すげー美少女だな)


 声をかけられたオーウェンは、女性の整った容姿と金の瞳に気圧されながらも、ずっと黙っているのも悪いと思い、かすれながらもなんとか声を出す。


「あ、あぁ……全部で3人なんだが……空いているかい?」


 なんとか威厳を保とうと声を発したものの、若干きょどりながら話してしまったオーウェンに、ハンナが後ろから冷たい視線を送っていた。

 それを見たルカも、若干引き攣ったような笑みを浮かべながら苦笑している。


「かしこまりました、カウンター席でよろしければすぐにご案内できます。こちらへどうぞ」


 しかし、白髪の女性は気にした素振りも一切見せず淡々と接客に対応し、中へと入っていった。

 オーウェンたちは一度顔を見合わせ、気を取り直して女性店員の後に続いた。


 酒場の中は外から見た時よりも大きく感じられ、奥行きのある店内は多くの冒険者で賑わっていた。

 オレンジ色の明かりが酒場の中を照らし、食欲をそそる香りが店内に広がっている。

 酒場の入り口から入って正面には多数のテーブル席が並び、複数人の冒険者が酒を飲み交わしながら談笑している。


「それで、今日の出来はどうだったんだ?」


「いや、クエストにあった薬草の採集はできなかったよ、まだ時期が早かったみたいだ……おかげで今日の報酬はゼロだぜ……」


「今日はドロップアイテムを多く入手できたから、(ふところ)(うるお)ってるぜ! あとでカジノでも行こうや!」


「そういえば、未発見の遺跡が発見されたらしいんだが、調査に協力すれば結構稼げるらしい」


「やめとけ、俺たちのランクじゃ命がいくつあっても足りねぇ……地獄犬(ヘルハウンド)あたりに食われそうだ」


 あたりからは冒険者たちの世間話がいくつも聞こえてくる。

 店を見回すと、重厚な鎧を(まと)った強面のドワーフや、軽装で容姿の優れたエルフなど、種族を問わず来店していた。


 店の奥へと案内される道すがらに、酒場にいる冒険者たちを観察すると、ほとんどがゴールドランク以下の下級冒険者であった。

 冒険者はそれぞれの実績に応じてランクが定められており、下から、アイアン・シルバー・ゴールド・ミスリル・プラチナ・ダイヤモンドの順に位が上がっていく。

 そして、アイアンからゴールドは低級冒険者、ミスリルからダイヤモンドは上級冒険者と見なされている。


「思ったより繁盛してそうだなぁ……こんなに客がいるとは思わなかったぜ」


 オーウェンは、メインストリート以外の酒場でこれほど盛況な酒場を見たことがなかったため、店の店員に聞かれれば失礼な言葉をつい発してしまった。


「……そうね、冒険者の人は私たちと同じくらいのランクが多いみたい」


「僕たちもつい最近シルバーに上がったばかりですからね……ちょっと親近感が湧いてきます」


 しかし、案内をしてくれている白髪の店員には聞かれなかったようで、ハンナとルカがさり気なく話題を変えた。

 ただ、その2人も心の中ではオーウェンと同じことを思っていた。


「こちらのカウンター席でよろしいでしょうか?」


 白髪の女性店員が歩みを止めると、正面には横一列にカウンター席が並んでいた。

 酒場の入り口から入って真正面にあるカウンター席は、店の一番奥に位置し、座っているのはオーウェンたちの他には2人しかいないようだ。


「あ、はい! ありがとうございます!」


 ルカが慌てて女性の問いに返答すると、彼女は丁寧な一礼を返した。

 やがて、3人が席に着くと、手元に料理や酒の名が記されたメニュー表が置かれていた。


「ご注文の品が決まりましたらお呼びください」


「あぁ、ありがとう」


 オーウェンの返答に再び礼をすると、女性は仕事に戻っていった。


「すごい美人な方でしたね……」


「そうね…オーウェンなんて見惚れてだらしない顔してたし……」


「茶化すなよ! それより、早く頼もうぜ」


 オーウェンはごまかすようにメニュー表を開いた。

 そこには、多種多様な料理やお酒の名が書かれており、値段もそこまで高くはなかった。


「何を頼みましょうか?」


 ルカがメニュー表を広げながら仲間尋ねた。


「俺はとりあえず酒が飲みてぇな……この『ケルシュ』ってやつにするぜ」


「私は果実水にしようかな……ルカも同じのにする?」


「あ、はい! お願いします」


「よし! 決まりだな! すまない、注文してもいいか?」


 3人の注文が決まり、オーウェンは近くにいた給仕服を着た女性を呼び止めた。


「は~い! ご注文でしょうか?」


 先ほどの店員とは打って変わって、ハキハキとした口調で明るい印象を受ける女性店員は、にこやかな笑顔を浮かべながら応対した。

 亜麻色のショートヘアーはきめ細やかで、瞳も大きく、人当たりの良い態度は客の間でも人気であることがすぐにわかった。


「ケルシュと果実水を2つもらえるかい?」


「かしこまりました~少々お待ちください!」

 

 オーウェンが頼んだ注文を受けると、店員は紙に注文をメモしながら厨房に声をかけに歩いて行った。

 飲み物が届くまでに、次に頼む料理を決めようとしていると、3人の中で一番左に座っているハンナが、顔を左に向けてどこかを凝視していた。


「おいハンナ、どうしたんだ?」


 真ん中に座るオーウェンがハンナに声を掛けると、ハンナはハッとした様子で振り返った。


「ちょっと気になったんだけど、私たちのいるカウンター席の左端にいる人って、さっき見た〝双翼″の2人組じゃない?」


 ハンナの言葉を聞いたオーウェンとルカが、ハンナの先の左奥に視線を向けると、先ほど店の前で見かけたプラチナランクの冒険者である〝双翼″の2人組が、カウンターの向こう側にいる人物と話し込んでいた。

 〝双翼″のうちの一人は紺色の巫女服のようなものを着ており、冒険者としてはかなり奇妙な恰好をしている。

 もう一人は同じ紺色の服ではあるものの、こちらは法衣を着ていて、教会のシスターのような姿をしていた。

 一人は青髪のショートカット、もう一人は黒髪の長髪でどちらも女性であり、それぞれの髪の色のリボンを首元で結んでいた。

 二人はカウンターの向こう側に座っている1人の青年と話しているようで、嬉しそうな笑みを浮かべながら話をしている。

 話しかけられている青年は、カウンターの向こう側にいることからこの店の店員のようだが、他の女性店員のような給仕服ではなく、全身黒色のコートを着ているため、一見しただけではこの店の店員には見えなかった。

 〝双翼″も青年も年齢は20歳前後のように見える。


「ほんとだな、2人と話してる男は店員なのか?」


「う~ん、どうなんでしょう……」


 3人が目線を左側にチラチラと向けながら頭を悩ませていると、先ほど注文を受けた店員がお盆を持ってこちらにやって来た。


「お待たせしました! ケルシュと果実水になりま~す」


 店員がお盆に載っている飲み物を、それぞれ注文した人の前に置いていった。

 そして、みんなが飲み物を手に持ったのを確認したオーウェンは、顔を見合わせて目で合図をする。


「それじゃあ、今日のクエスト成功を祝って……」


「「「乾杯!!」」」


「うぉ! この酒うめぇなぁ! 甘みがあって爽やかだぜ!」


「この果実水も甘すぎずスッキリしていておいしいわ!」


「うん! すごく飲みやすいです!」


 3人はそれぞれ頼んだ飲み物を口にし、そのおいしさに目を輝かせた。

 お酒は誰でも飲みやすいよう、苦すぎないように味が爽やかであり、果実水も甘ったるい味が一切せず、飽きを感じさせないようにスッキリとしていた。


「これはたまらねぇな! いくらでも飲める気がするぜ!」


「気持ちはわかりますが、ほどほどにしてくださいね……そろそろ料理も頼んでしまいましょう」


 3人が気持ちを高ぶらせ、またメニュー表を開こうとしたとき、突然店の入り口からドンっと大きな物音がした。


「おぉおぉ!! いい酒場じゃねぇか! まさかこんな陰気臭いところに酒場があるとはなぁ」


「まぁ、下級冒険者の雑魚どもが集まるには丁度いいんじゃねぇの?」


「もとより、私たちのような上級冒険者が来る場所ではありませんがね……折角仕立てたばかりの服に汚らしい匂いがついてしまいそうです」


 突然大きな音と共に荒々しく来店してきたのは、ガラの悪い男3人組の冒険者で、首にはミスリルランクのプレートをぶら下げた上級冒険者であった。

 一番初めに声を張り上げた大男は、見るからに凶悪そうな顔をしており、頭には毛の一本もなく刺繡が施されている。

 背中には黄金に輝く巨大な斧を所持していて、相当に高価なものであることがすぐにわかった。


「まぁ、そう言うな……下級冒険者風情がたむろってるって噂の酒場に興味があったんだ! せっかく来てやったんだから少しはこの酒場に花を持たせてやろうぜ!」


 横暴な態度を見せる男たちに、酒場は一気に静寂に包まれる。

 酒場の入り口付近のテーブルで飲んでいた冒険者の男は、男たちのあまりの態度に腹を据えかね注意しようとするも、大男がにらみを利かせてきたため、何も言うことができずに視線を外してしまった。

 他の冒険者たちも、ガラの悪い上級冒険者に目を付けられたくないと思い、できるだけ目を合わせないようにしている。


「いらっしゃいませ、3名様でよろしいでしょうか?」


 しかし、そんな場の空気を無視するかのように、先ほどオーウェンたちを席まで案内した白髪の女性店員が声を掛けた。


「あぁ、見りゃわかるだろう? それにしてもえらい別嬪なお嬢さんじゃねぇか、好みだぜ?」


「ご冗談を」


 大男がにやついた顔で近づくも、女性店員は澄ました顔で話を流した。

 ちっ! と舌打ちをした大男がにらみつけたが、何かに気が付いたのか顔を上げて、オーウェンたちのいるカウンター席に視線を移した。


「ちょっと、こっちの方を見てるよ……」


 ハンナが慌てた様子を見せ、身を隠すように体を縮こませたが、彼らの目線はオーウェンたちではなく、その左側にいる〝双翼″の2人組であった。


「こりゃ珍しい、プラチナランクの冒険者がこんな酒場にいるとは……」


「あぁん? あれは〝双翼″じゃねぇか? まじかよ……」


 大男が〝双翼″の存在に気がつくと、仲間のうちの1人が驚愕の表情を浮かべた。

 自分たちよりも上のランクの冒険者がこの酒場にいることにも驚いたようだが、冒険者ギルド以外ではなかなか見かけることのない〝双翼″がいることにさらに驚愕したようだ。

 男たちは一瞬の間硬直したが、気を取り直すと、再び不敵な笑みを浮かべながらカウンター席へと歩いていった。

 そして、オーウェンたちが座っている席のすぐ左に陣取ると、先ほど驚愕の表情を浮かべていたぼさぼさの黒髪男が、足を組みながら、一人の男と話している最中の〝双翼″に話しかけた。


「よぉ! 噂に名高い〝双翼″のお二人に会えて光栄だ!」


「……どうも、私もまさかここでかの有名な冒険者である黒拳(こっけん)に出会うとは思いませんでした」


 男の馴れ馴れしい言葉に不快感を(にじ)ませた表情を一瞬したものの、手前に座っていた青髪ショートカットの女性は、仕方なさそうに男に返事を返した。


「俺の二つ名を知っているとは嬉しいぜ? だが、ここはあんたみたいな上級冒険者がいるにはふさわしくない……俺らともっといい所に行こうぜ? 退屈はさせねぇからよ……」


「……たいへん嬉しいお誘いだけど、遠慮させてもらいます……あなたたちとは楽しめそうにないので」


 口説くにはあまりにも強引な物言いをする男であったが、〝双翼″の片割れである青髪の女性は、冷めた目つきをしながらそれを軽くあしらった。

 もう一人の黒髪ロングの女性に至っては、我関せずとばかりに振り向こうともしなかった。

 その光景を横から見ていたオーウェンたちは、その様子を興味深そうに眺めていた。


「……この酒場に上級冒険者が2組も来るとはなぁ」


「あのミスリルランクの人たちは何なの? 失礼すぎるじゃない……」


「上級冒険者の中には、あのように下級冒険者をあざけるような方もいますからね……」


 オーウェンたちがその光景を横目に小声で話していると、ミスリルランクの冒険者グループの一番後ろにいた細目の男が、こちらに視線を向けた。


「何をジロジロと見ているんですか? 見せ物じゃないんですがね……とても不愉快です」


 話しかけられた一同は慌てた様子で視線を()らすが、声に気がついた残りの2人もこちらに詰め寄ってきた。

 まずい展開になってきたことを察したルカは席を立ち上がり、男たちの前に慌てて出た。


「す、すみません! 上級冒険者の方がいらっしゃるのが珍しくてつい……」


「なんだてめぇら? 下級冒険者ごときが俺たちに意見しようってのか?」


 男たちの琴線に触れないようにルカが話しかけるも、男たちの機嫌はさらに悪くなっていく。

 ヘイトが完全にこちらに向いてしまったことに気がついたオーウェンは、せめて仲間は守ろうと、ルカの前に立ち、男たちに言い放った。


「確かにジロジロ見たのは悪かった……謝罪する。だが、あんたたちの態度は酒場の人たちに迷惑をかけてるんだ。もう少し静かに……グハッッッッッッ!」


 強烈な痛みと共に視界が白くチカチカとして、気づけばオーウェンは地面に転がされていた。

 オーウェンが、自分が腹にパンチを喰らったのだと気づいたのは、腹の痛みを感じて地面に倒れてからだった。


「黙れよ……下級冒険者はそうやって地を()いつくばってるのがお似合いだ」


 斧を背中にぶら下げる大男が、見下すような視線で言い放った。

 ハンナとルカの2人は、この一瞬の合間に起こったことが理解できず、恐怖で体が動かないでいた。


「上級冒険者に歯向かう愚か者には制裁が必要だよな?」


 男はにやついた笑みを浮かべながら背中の斧に手をかけた。

 その意味を理解したハンナは顔を青ざめ、足が震えていた。

 ルカは、今にも潰されそうな威圧感を受けながらも、口を震わせながら言葉を紡ぐ。


「ま、待ってください! 僕たちは喧嘩をするつもりなんてこれっぽちも……」


「うるせぇな! 雑魚が歯向かうんじゃねぇ!」


 ルカの言葉に一切聞く耳を持たない大男は、その金色にまぶしく輝く斧を上に振り上げた。

 自分の言葉がまったく男に届かないことを悟ったルカは目を瞑るが、せめて女性のハンナだけでも守ろうと、腕を大の字に開いてハンナの前に立ちふさがった。


「かっこいいじゃねぇか! んじゃあ、そのまま死にやがれ!!」


 男の振り上げた斧が、ルカ目掛けて振り下ろされていく。

 ルカの頭の中では、今まで仲間と繰り広げた冒険の日々が走馬灯のように蘇った。


 ――こんなところで僕たちは終わってしまうのか……ちくしょう!――


 死を覚悟したルカは目に涙を浮かべながら、逃げることもせずにその場に立ち続けた。

 斧が自分に向かって振り下ろされている間は世界がスローモーションに見え、自分の頭に数センチと迫ったところで目を瞑った。


 キンッッッッッッ!!


 甲高い金属音が聞こえ、いつまでも斧が振り下ろされてこないことを不審に思ったルカは、おそるおそる目を開けると、横から伸びた手が握っている小さなナイフで、斧が止められていた。


「……は?」


 斧を食い止められた大男は、信じられないような表情を浮かべ、気の抜けた声を発した。

 地面に倒れているオーウェンも、腰が抜けて立ち上がれないでいるハンナも、ただのナイフで斧が受け止められている状況に、驚きのあまり口をあんぐりと開けている。

 それは男たちも同じのようで、そんなことはあり得ないとばかりに驚愕していた。

 一方、カウンター席に座っている〝双翼″の2人は、当然とばかりに酒を飲みながら呆れた表情を浮かべていた。

 ルカが状況を呑み込めないまま、ナイフの握る手を辿っていくと、そこには先ほどまで〝双翼″と話していた黒服の青年がいた。


「俺の店で暴れるな……酒がまずくなる」


 青年は灰色がかった黒髪をしており、赤色のメッシュをしていた。

 静寂に包まれた店内に青年の声が静かに響くと、青年は興味を失ったのか、視線を外し、カウンターに置かれているジョッキを手に持って布巾で拭き始めた。


 ようやく状況を理解し始めた男たちは、ルカたちには目もくれずに青年に向かって声を張り上げた。


 「ふ、ふざけんじゃねぇ! 余計な邪魔しやがッッッッ!」


 ドカンッッッッ!!!!!! とあり得ないほど大きな音がしたかと思うと、大男は店の外まで吹き飛ばせれていた。

 ルカたちには早すぎて、何が起こったのかわからなかったが、ナイフを止めた酒場のマスターらしき青年が拳を握りしめていることに気づき、彼が一瞬で大男を外に吹き飛ばしたことを理解した。


「暴れたりないなら外でやれ……それともまだやるか?」


「き、卿が覚めたちまった……今日は帰るとするよ」


 青年が目を細めてにらみつけると、男たちは恐ろしいものを見たような滑稽な顔を浮かべて退散していった。

 男たちが店からいなくなると、店内の客はもはや見慣れたものだという様子で、再び料理や酒に手をつけながら談笑し始めた。

 未だに状況を呑み込めずにいるオーウェンたちは、周りが何事もなかったかのように再び酒盛りを始めたことに、心底不思議に思っていた。


「い、一体何者なんだ? あの男?」


 立ち上がったオーウェンの問いに答える者は誰もいなかった。

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