兵士たちの異変
翌日、シルディールが宿舎の外に出ると、方位磁石の針が一斉に北を指し示すかのように、兵たちの視線が彼女へと集中した。
その異様とも思える反応に、シルディールの体が硬直する。
――まるで、昨日漫画で見てしまったあの悪夢のような光景ではないか。あのおぞましい漫画のように、ひょっとして彼らもズボンの下で股間を膨らませているのではないか?
そんな疑問を思い浮かべてしまい、つい兵士たちの股間を凝視してしまうシルディール。
すぐに我に返って視線の位置を戻したシルディールであったが、兵士たちの疑念が確信に変わるにはじゅうぶんな時間であった。
彼らは隣にいる仲間たちと小声で会話を始める。不幸にも、その声は風にのってシルディールのもとにも届いてしまっていた。
「やっぱりシルディール将軍はあの本の通り、男狂いってことか?」
(ちっ……違う……)
「あの気高い姿は嘘っぱちで、ただの雌犬みたいな人だったってことかよ……」
(違う! 違う! ……そんなはずないだろう!)
「ってことはアレじゃね? 俺らも頼んだらひょっとしてヤらせてもらえるんじゃね?」
(ば、ばかな! 何を言っているのだお前たちは……!?)
全員がヒソヒソ話をするとともに、いつしか下卑た笑みを浮かべながらシルディールを見ていた。特にその視線の多くはシルディールの豊かな双丘に集中している。シルディールは鎧をまとっていない時は動きやすい格好をしているが、そのため今の彼女のボディラインは大きな胸を含めてくっきりしていた。
シルディールは彼らが自分を見る時の目が、大きく変質してしまっていることを感じていた。その視線にこもっているのはかつてのような敬意と憧憬といった美しい感情ではなく、好色、劣情、嘲弄といった邪なものであった。
(そんな……そんな……!!)
シルディールは兵たちの中にケインの姿を見つけ、すがるように彼を見た。ケインもシルディールを見ている。
しかし、その瞳の中にあったのは、失望、軽蔑といった、これまで決してケインから向けられたことのなかった冷たい感情であった。
(ケ、ケインまで……!?)
シルディールは吐き気を覚えるとともに足元がふらつくのを感じ、急ぎ自分の宿舎へと戻る。彼女は閉じた入口の扉に背をはりつけたまま空気を求めて喘ぎ、しばらく動くこともできなかった。