姫将軍シルディール
「おはようございますシルディール将軍!」
「うむ、皆ごくろうである」
銀色の長い髪を持つシルディールは、赤い瞳を細めて配下の兵たちを見まわした。
シルディール以外に軍に所属する女性はほとんどいない。老いも若きも男ばかり。しかし、その男たち全員が敬意と憧憬の眼差しで見つめるほどの美貌、そして強さをシルディールは備えていた。
シルディールはやがて一人の兵士の姿に気がつき、そちらに向かって歩き出した。
「……おい、ケイン」
「はっ、はい!」
名を呼ばれた若き兵士が顔を真っ赤にし、直立して答える。
「血が流れているぞ」
シルディールが指し示した場所は、言葉の通り鮮やかな赤色が肌を染めていた。ケインは慌てて弁解する。
「あ、こ、これは訓練中にちょっと激しくやってしまいまして……」
「それでは実戦で本来の力を発揮できないだろう。少し待っていろ」
やれやれといった風情でシルディールは首を振ると、小さく詠唱の言葉を口ずさむ。
するとケインの傷がみるみるふさがっていった。
この国では一部の人のみが使える回復魔法。シルディールはそれを用いてケインの体を癒したのである。
「シ、シルディール様! ぼ、僕なんかにもったいないです!」
「もったいない、などということがあるものか。お前は私の大切な部下なのだぞ。ただ、そう思うなら今後はあまり無茶はしないようにな」
「は、はい!」
ケインは顔を赤らめたまま、シルディールに敬礼する。
シルディールは微笑むと、やがて他の兵士たちにも声をかけながら去っていった。
ケインはその後ろ姿を、魂を奪われたかのように見つめていた……。
◇◆◇◆◇
「やあシルディール。今日も調子が良さそうだな」
「マクシムか」
シルディールに声をかけたのは、彼女と同じ将軍の地位にいるマクシムであった。シルディールはマクシムといると戦場においても心が落ち着く。
さきほどのケインが手のかかる弟のような存在なら、このマクシムは頼りになる兄といった存在であろうか。
「昨日伝えた通り、残念だがしばらくお別れだ。といってもお前なら俺の力などなくても問題ないだろうがな」
「とんでもない。マクシムが共に戦ってくれていたおかげで、私と兵士たちがどれほど助けられたことか」
「ははっ。それは謙遜というものだ。とはいえそう言ってくれるのは嬉しいぞ。ではまた会おう、シルディール」
そう言うとマクシムは去っていく。
シルディールは彼を見送ると、すぐに将軍の顔に戻った。
今日も出陣し、敵をさんざんに痛めつけてやらねばならない。この大事な祖国を、大事な部下を、大事な人たちを守るのだ。
◇◆◇◆◇
その日の戦闘を終え、遅くに宿舎へと戻ってきたシルディール。
主を迎えた召使いたちであったが、どうにもその表情がすぐれない。
シルディールが怪訝に思っていると、召使いの長である一人の女がシルディールのもとに駆け寄ってきた。
「シルディール様……」
「うん? どうした?」
「お知らせしたいことがあります……こちらへ」
彼女が浮かない顔をしている理由が思い当たらず、シルディールは内心首をひねりながらその後に続いた。
召使い長に連れられて入った部屋のテーブルには、どこから手に入れたのか色々な種類の本が積んである。
いわゆる漫画と呼ばれるものであった。堅物であるシルディールもそれくらいは知っている。
が、しかし。
それらの表紙にフルカラーで描かれている人物を見て、さすがのシルディールも驚きを隠せなかった。
その人物は長い銀色の髪と赤い瞳を持っており、容姿以外の服飾も含めて明らかに自分そっくりだったのである。さらにさらに、その人物の服は無惨にもはぎとられ、もしくは自らによってはだけられ、隠すべき肌のほとんどが露出していた。
「な、なんだこれは!?」
慌てて一冊を手に取り、ページをパラパラとめくるシルディール。
中身こそは白黒であったものの、描かれている内容は表紙の人物が散々いやらしい行為をする、もしくはされるといったものであった。
彼女が所属する軍を舞台にするものも多くあり、今彼女が見ているページでは、ズボンの股間を膨らませた兵士たちの真ん中で歓喜の笑みを浮かべるシルディールらしき女性、という悪夢のような光景が描かれている。
シルディールは憤りとともにその漫画をテーブルに叩きつける。息を荒げながら、説明を求めて召使いの長を見た。
彼女はその視線を直視できず、言いにくそうに小さな声でシルディールに答える。
「いま、我が国にこういった書物が出回っているようなのです……大量に」