ばっちゃんの名に懸けて。黄龍 静
「お婆様、お久し振りにございます」
「久し振りですね由美」
1年振りに京都の本家から3時間掛けて孫の下宿するマンションへとやって来ました。
久し振りに見る孫は以前とすっかり雰囲気が変わり優しい笑みを浮かべ頭を下げます。
おかしいですね、孫の由美はもっと隙の無い雰囲気を漂わせて怜悧な目をしていた筈なのですが。
「どうされました?」
「いえ、随分と変わりましたね」
「変わった?」
由美は小首を傾げて私を見つめます。
その仕草はとても愛しく...そう、まるで昔の私を見る様でした。
「お婆様?」
「いえ、なんでもありません」
咳払いをし、由美が用意してくれた飲み物に手を伸ばします。
どうしたのでしょう、私らしくもない。
「おや?」
テーブルに置かれていたのは2つのカップ。
そして立ち昇る香り、いつも由美は私の好きな日本茶を淹れてくれるのに。
「すみません、私ったら!」
由美は慌てた様子で立ち上がります。
どうやら気づいたのですね。
「構いません、ココアもたまにはいいものです」
「...ごめんなさい」
申し訳なさそうにうつむきます。
一体どうしたのでしょう?
そういえば、着ている服も以前と違いますね。
ずっとパンツスタイルだったのに今は可愛いスカート。
シャツもふんわりとしたカッターシャツ。
それに言葉遣いも柔らかくなって、後は
「コンタクトは止めたのですか?」
「はい、メガネの方が楽ですから」
メガネの蔓に手をやり微笑みます。
穏やかな目ですね...もしかして?
「由美、好きな殿方が出来たの?」
「な!?」
真っ赤な顔で固まります。
なんて分かりやすいんでしょう、こんなに心の中を簡単に覚られる子では無かったのに。
「それは大学の警備費増額も関係あるのかしら?」
「...わ、私は別にそんなつもりでなく」
手にしたカップが震えてますよ。
両親に知られては大変と考えているの?
「安心なさい」
「安心ですか?」
「ええ、私が息子の反対を押しきって貴女に北陵大学を薦めたのは独り立ちをさせる為だけでは無かったのです」
「そうだったのですか?」
由美は驚いた目で私を見ます。
自立させるのも理由の1つでしたが、本当の目的は別にあったのよ。
「恋は良いものよ」
「お婆様?」
呆気にとられてますね、そんな事を私が言うなんて信じられないでしょうから。
「素敵な出会いが有ったのね?」
「....はい」
真っ赤な顔で俯く由美。
でも、どうしてでしょう?
どこが寂しげです。
「由美、その方に何か問題でも?」
「え、いえ...その」
歯切れが悪いわね。
「どこの学部?何年生なの?」
「...いやそれは」
狼狽えてますが、我慢なりません。
ロクでもない奴なら早々に消してしまわなくては。
黄龍コンツェルンの全力を懸けてね。
「良いです、私が調べ上げます」
「待って下さい!」
由美は慌てて私の腕を掴みます。
少し興奮し過ぎたかしら?
「伽羅君は大学生じゃありません」
「は?」
何ですって?
なら社会人ですか?
大学の職員なら尚更容赦出来ません!
由美が何者か知っていましょうに!
警備費用増額もソイツに唆されてですね!?
これは抹殺決定です。
早速奴等に電話を!!
「だから待って!」
「放しなさい!」
由美は私の携帯を掴んで首を振ります。
可哀想に、すっかり洗脳されてしまって。
「伽羅君は高校生です!」
「は?」
何と言いました?
「伽羅君は高校3年生で、今年北陵を受験したの」
「...年下ですか?」
「はい3歳下になります」
成る程、高校生となれば年上の女性に憧れる年頃です。
由美が初心なのを良いことに、許せません!
去勢して飛ばしてやりましょう!
早速病院に電話を!!
「だから待ってってば!」
「えーい放しなさい!」
両手で私の携帯を奪おうだなんて、こんな必死な由美は初めてです。
それだけ『から』とか言う男に心を奪われてしまって...私はなんて事をしてしまったの。
息子に何と説明したら良いの?
「あの、お婆様」
「なんですか?」
私の失態を息子夫婦にどう告げようか悩んでいると、由美は何かを持って、私の隣に座りました。
「これは?」
「タブレットです」
「そんなの分かります」
タブレットくらい知ってますとも。
こう見えて電子機器には詳しいのですよ。
スマホやタブレットは常に最新機種を使ってますからね。
「これを見て下さい」
「なにを見せるのですか?」
由美はタブレットを操作します。
[KARAMOVIE]と書かれたファイルをタップして...
「これは?」
いきなり画面一杯に映し出された映像に言葉が失われます。
「...天使」
そう、天使が微笑んでいたのです。
何て愛らしい...
『ほら伽羅君~』
『なんですか由美さん?』
「今のは?」
「ごめんなさい、声は要りませんでしたね」
「駄目です、音声はMAXになさい!」
ボリュームを絞ろうなんてとんでもない!
次々に映し出される天使の映像に私の胸は激しく躍ります。
たまに由美以外の女達が入ります、何です、邪魔な。
「...ふう」
映像は10分程で終わりました。
素晴らしい、至福の時間でしたよ。
「この方が『カラ』殿ですね」
「...はい」
耳まで真っ赤な由美。
分かります、こんな殿方が現れては堪りません。
「カラ殿の受験は?」
「はい、先日試験が終わりました」
「で?」
「何とか合格ラインです、私も勉強を全力でサポートしましたから」
「宜しい、警備費用は5倍に増やします。
黄龍コンツェルン...いいえ、私の私財を出しましょう」
試験に不正は出来ません。
まあやろうと思えば...駄目ですね。
私の母校を汚す事は出来ません。
それに比べたら警備費等は惜しくもありませんね。
しかし、先ほど何故、由美は寂しげだったのでしょう?
映像をもう一回チェックします。
「成る程」
何度かカラ殿の隣でチラチラ映る2人の女。
分かりました。
愛しい殿方を見つめる女の目ですよ。
「...朱雀さんと青龍さん、2人とも伽羅君の婚約者候補です」
「はい?」
由美の言葉が理解出来ません。
なんで婚約者が2人も居るのです?
正妻?妾?
そんな...カラ殿が乱れた倫理観を持っているなんて...
「伽羅君は彼女達が婚約者候補と知りません」
「そうなんですか」
良かった、では何故彼女達は?
「伽羅君と見合いをしたそうです」
「見合いを?」
「はい、お二人共伽羅君のお婆様の命で」
「なんと言う事を...」
こんな天使と引き合わされたら、誰でも退きません、退ける物ですか!
なんと性悪なババアでしょう!
「...潰しましょう」
「お婆様?」
「こんな見合い潰してやりますとも。
まだ婚約はしてないのでしょ?
一刻も早くカラ殿をババアの魔の手から救わなくては...」
「お婆様、どうされたのですか?...白龍様をババアだなんて」
「白龍?」
由美が言った白龍。
その言葉に、昇りきっていた頭の血が下がり、冷静さを取り戻せました。
「姓が『カラ』では無いのですか?」
「いいえ、伽羅君は名前で、姓は白龍、白龍伽羅君です」
ほう、そう言えばさっきの娘も...
「この娘達は朱雀と青龍でしたね」
タブレットの画像を止め由美に確認します。
「はい、青龍明日美さんと朱雀優里さんです」
「下の名前等、どうでも宜しい」
「お婆様?」
由美が固まります、構いません。
「由美、諦める事はありません」
「それは?」
「貴女も挑みなさい。伽羅殿に」
「それって...」
「大丈夫です、白龍には私が話を着けます」
待ってなさい、白龍凛。
50年前、北陵大学では私が彼を譲りましたが、今度は譲れませんよ。
再び握りしめた携帯から軋む音がした。