朱雀優里は心に誓う。
オープンキャンパスの日がやって来た。
数日前から楽しみで昨夜は全く眠れなかったけど、寝不足なんて言ってられない。
だって今日は伽羅ちゃんと初めてのデートになるんだから。
朝一番から明日美さんが経済学部のあるキャンパスを廻って、昼から私の番、
本当に明日美さんには感謝しかない。
伽羅ちゃんとキャンパスを歩けるなんて、
...二度と無い事だろうから。
『ダメよ、今日は1日笑って過ごすんだから』
沢山の想いが頭を交錯する。
そんな事を考えてる場合じゃないのに。
「優里先生!」
私の耳に聞き慣れた伽羅ちゃんの声が。
視線を上げると、明日美さんと伽羅ちゃんが並んでキャンパスに入って来るのが見えた。
「それじゃね、伽羅さ...伽羅君」
「ありがとう明日美先生!」
伽羅ちゃんは明日美さんとお別れの握手、彼女の顔は更に赤くなった。
「後は宜しく」
気取っても無駄よ、明日美さんったら耳まで真っ赤じゃない。
「分かりました、明日美先生」
「もう優里さん!」
明日美さんは少し拗ねた振りをしながら、キャンパスを後にする。
「ありがとう明日美さん」
消える彼女の背中に呟いた。
「さあこちらに」
振り返って伽羅ちゃんの手を取る。
これは迷子にならない為、決して下心じゃないよ(多分)
「はい優里先生」
伽羅ちゃんは7月にも関わらず長袖の白いカーディガンを羽織り、つばの広い麦わら帽子を被っていた。
日焼け予防だそうだ、日差しに弱い彼は紫外線の強いこの季節は、いつもこの格好をしていると聞いた。
「へえーここにも食堂があるんだ!」
「ええ、ここの食堂は経済学部のあるメインキャンパスの食堂より一回り小さいの」
キャンパス内にある食堂、伽羅ちゃんはガラス越しに中を見る。
その仕草は本当に愛らしい、後ろから抱き締めたくなる。
「軽食はこっちの方が充実してるのよ」
「本当に?」
食堂の運営会社が違うのでメニューも当然違う。
カフェの様な雰囲気の食堂は他のキャンパスに通う女子学生も利用する事が多い。
「アイスココアもね」
伽羅ちゃんの視線はアイスココアのサンプルに釘付け、本当に好きなんだね。
「なんの事?」
誤魔化しても無駄だよ。
「飲みたくないの?」
「飲みたい」
意地悪な言葉に笑顔で答える伽羅ちゃん、最高だよ!
「行きましょ」
「はい」
食堂に入って最高な一時を過ごす。
幸せ、こんな時間が永遠に続いて欲しい...
「どうしたの?」
「ううん、なんでも無いよ」
なんでも無い、そうなんでも無いんだ。
今を楽しまなけば...
「大学の資料一杯貰っちゃった」
楽しそうにパンフレットを広げる伽羅ちゃん、楽しそうだね。
...でも伽羅ちゃんが北陵大学に受かる確率はかなり低い。
確かに伽羅ちゃんの成績は上がっている。
本当に目を見張る物があるが、私の家は教育関係者が多い。
大手予備校の方にも実家のコネがある私は、伽羅ちゃんの合格率を秘かに予想分析して貰ったのだ。
『南陵なら大丈夫なんだけど』
心で呟いた。
南陵大学に受かり、北陵大学を落ちれば伽羅ちゃんはここを忘れてしまうだろう。
それは明日美も感じている事だ。
「さあ、次よ」
「ご馳走さま」
食堂を出た私達は次の目的地へ、キャンパス内では様々なサークルが勧誘していた。
「凄いね」
賑やかな雰囲気に伽羅ちゃんも楽しそう。
「おい朱雀」
「え?」
突然名前を呼ばれ振り返ると会いたくない男がニヤついた顔で私を見ていた。
「貴方はここの学生じゃないでしょ?」
そいつは違う大学に進学した知り合い、忌むべき男の友人だった奴。
「来年北陵を受けるんだよ、誰かのせいで俺まで今の大学を辞めるはめになったからな」
顔を歪ませる男。
誰のせい?自分のせいだろ、あの男と結託して私を騙そうとしたくせに。
「誰?」
伽羅ちゃんは不思議そうに尋ねた。
ダメ、彼だけには聞かれたくない!
「...知らない人よ」
「連れないね、恋人の親友だろ?」
胸が抉られる。
2年間私は恋人だと思っていた、だが恋人だと思っていたのは私だけだった。
コイツは奴が私の家に取り入る為だけに恋人の振りをしているのを知っていたのだ。
奴には東京で一緒に暮らす本命の彼女が居る事も全て。
「....もう恋人じゃないわ」
悪夢の初恋、忘れたいのに...
「止めろ、優里先生をいじめるな!」
伽羅ちゃんが男の前に立ち叫んだ。
「君は誰かなお嬢ちゃん」
「な?」
伽羅ちゃんは唖然とした顔、男は全く動じない。
「今お兄さんはお姉さんと大切な話をしてるんだよ、嬢ちゃんは向こうでアイスでも食べてな」
「もう一回言ってみろ」
伽羅ちゃんの雰囲気が変わる。
まさか怒ってくれてるの?私なんかの為に。
「伽羅君止めて...」
伽羅ちゃんの袖を掴む。
コイツは柔道の黒帯、しかも190センチ近い大男だ。
「そうだよ伽~羅ちゃん」
嘲ながら奴は伽羅ちゃんの帽子に手を伸ばし、
「痛って!」
「...もう一回言ってみろ」
何があったの?
気づけば奴は手首を押さえ顔を歪ませていた。
「なんだよお前は...」
奴の目が変わる、これは本当に不味いよ。
私は周りの人に助けを呼ぼうと...
「お兄さん、この学校の学生?」
突然私達の間に1人の女性が割って入った。
大きな帽子を目深に被り顔が見えない。
「あ、いえその」
奴は女性を見ると狼狽えながら後退る、私と伽羅ちゃんからは見えないけど何があったの?
「...失せな」
「は、はい」
女性がドスを利かせ一言呟くと、奴は青い顔で逃げて行った。
「ありがとうございます」
とにかく助かった、私は女性に頭を下げる。
「ありがとう安奈」
「え!?」
伽羅ちゃん今何て言ったの?
「だ、誰の事かしら」
女性の言葉が裏返り、聞き覚えのある声になる。
間違いない、安奈さんだ。
「それじゃ」
女性...いや安奈さんは慌てて走り去る。
心配して今日はずっと後をつけてくれていたの?
「僕北陵大学に行けるかな?」
今北陵大学って言ったの?
「あんな奴が北陵に来るつもりなら、優里さんを守らなくっちゃ」
「......」
言葉が出ないよ、私はなんて....幸せ者なの。
大好きよ伽羅ちゃん、安奈ちゃん、お婆様...
私は絶対に家族になりたい!
諦めてなるものか、当然明日美さんにも負けない!
「伽羅さん」
「はい」
「絶対に合格させますからね」
「はい優里先生!」
全力で伽羅ちゃんの受験をサポートする事を改めて心に誓う私だった。