僕は伽羅、高校3年生です。
またおつきあいを。
「は~」
「どうしたの伽羅ちゃん?」
リビングでため息を吐いていると母さんが心配そうにやって来た。
手にしたお盆の上にはミルクがたっぷり入った温かいココア。
僕の大好きな飲み物。
「ありがとう」
母さんからココアを受け取り一口、うん美味しい!
「良かった」
そう言って笑う母さん。
心配掛けちゃダメだね、学校で今日あった事を説明する。
「今日、進路指導室に呼ばれたんだ」
「そっか、伽羅ちゃんも高3だしね...あの小さかった伽羅ちゃんが...この前まで小学生だった伽羅ちゃん、幼稚園に行ってた伽羅ちゃん...オシメしておっぱい飲んでた伽羅ちゃんが...」
遠い目をする母さん、一体どこまで振り返ってるの?
「良いかな?」
「ご、ごめんなさい、それで?」
母さんは咳払いして向き直るけど、なんか手は赤ちゃんをあやす仕草してない?
「先生は進学するなら希望する学校を早く書くように言われたんだけど」
「まだ決まらないの?」
「うん」
「あらあら」
母さん、呆れた顔しないでよ。
僕だって早く決めたいんだ、でも...
「やっぱり南陵大学に?」
「......」
無言で頷く。
南陵大学は地元の名門大学、進学を希望する学生の憧れ。
僕は昔から行きたくって、勉強を頑張って来たんだ。
「伽羅の偏差値じゃ厳しいもんね」
「安奈いつから居たの?」
安奈は突然話に割り込む、全く気づかなかった。
「さっきね、2人とも深刻な顔してるから、何の話かなって」
聞かれちゃったんだ。
情けないよ『僕の学力じゃ厳しい』妹に言われるなんて。
「そんな事言わないの、伽羅ちゃんも頑張ってるのよ」
「頑張って皆受かるなら受験生はそんなに苦労しないよ」
「....うう」
悔しいけど言い返せない。
昔から安奈は僕より勉強が出来る。
一緒の学校に通ってる安奈は学年でいつも上位の成績、僕は真ん中位...
安奈なら南陵大学は余裕だろう、羨ましい。
「やっぱり南陵は諦めたら?」
「そうね、それか来年に賭けるとか...」
「やだ」
「伽羅ちゃん?」
「伽羅?」
母さん達には悪いけど簡単には諦められない。
だって南陵大学は父さんの出身校。
そして母さんの出身大学でもある。
父さんと母さんは大学で出会ったんだ、運命の出会いだったって何回も聞いてたし。
「なら浪人かな」
安奈は最初から僕が現役じゃ無理みたいに言ってる。
「そうね、一浪くらい」
....母さんまで、受験まで10ヶ月あるんだから。
「ごめん伽羅」
「ごめんね伽羅ちゃん」
涙が出そうな僕を慰めてくれる2人。
現実は非情、一浪したら安奈と同じ学年になっちゃう。
いや、来年も落ちたら安奈が上級生?
いよいよ兄妹が逆転しちゃう、昔からよく間違われたよ。
安奈が姉で僕が妹...あれ?
「仕方無いな、私が勉強を...」
「「話は聞かせて貰ったわ!!」」
「わ!?」
突然部屋に入ってきた2人の女性に僕達家族は腰を抜かす。
「優里さん?」
「はい!」
やっぱりか、どこかで見たと思った。
見合いの時は着物姿だったし、洋服姿だと印象が変わるね。
「あの伽羅様...」
もう1人の女の子が寂しそうに僕を見つめる。
誰だったかな?こんな可愛い子を忘れる筈無いんだけど、ひょっとして?
「明日美さん?」
「...はい」
やっぱりか、化粧してないし、別人かと思ったよ。
「私は優里さんより印象が薄いのですね...」
明日美さんは悲しそうに俯いてしまった。
これは不味い、何が不味いか分からないけど、とにかく不味い。
「ごめんなさい、お見合いの時は着物姿だったでしょ?
今は洋服姿で...化粧も違うし、あと、えーと、凄く綺麗でビックリしたの」
僕は明日美さんの手をしっかり握った。
「....はひ」
「明日美さん?」
「明日美さんズルいわ!」
明日美さんは真っ赤な顔で...倒れちゃった。
急いで明日美さんを別室に運ぶ。
明日美さんを布団に寝かせてから、僕達は再びリビングに集まった。
「それで伽羅の見合い相手が何の用ですか?」
優里さんに安奈が聞いた。
安奈どうしたの、なんか怖いよ。
「今日はお婆様から言伝てを」
安奈の圧に全く動じる事無く優里さんは話す。
凄いな、お見合いの後2人は行儀見習いをお婆ちゃんの家でしてるそうだけど、鍛えられたのかな?
「言伝て?」
「はい、伽羅ちゃ...『伽羅の勉強を見るように』と」
「はあ?」
「え?」
「あらまあ?」
優里さん、今なんて?
「お断りします!」
「安奈?」
間髪を入れず安奈が言った。
「だいたい、なんでお二人が伽羅の勉強をみるんですか、見合いは断ったでしょ?」
「そうなの?」
何の返事もしてないし、連絡も無かったけど。
「私と明日美さんは断って等おりませんわ」
「嘘!」
「本当です、伽羅ち...伽羅さんが成人されるまでは保留とお婆様に」
「え?」
そんな事になってたの?
お婆ちゃん何にも言ってなかったよ。
「...お母さん」
お母さんは壁を見つめてる、これは聞いてたな。
「安奈さんご安心を」
「何がです?」
「私と明日美さんは共に北陵大学です、学部こそ違いますが」
「...まさか」
「凄い」
北陵大学って言えばこの辺りで一番の大学だ。
南陵大学より更に上、さすがの安奈も厳しいだろう。
優里さんと明日美さん、物凄く頭良いんだ。
さすがは朱雀家と青龍家のお嬢様。
「で、でも」
「これはお婆様の命です。安奈さん、なにか不満でも?」
「....うぐ」
まだ何かを言おうとする安奈に最終通告する優里さん、やっぱりお婆ちゃんに逆らえないか。
「諦めなさい」
お母さんは安奈の肩を優しく抱くけど、....僕には選択肢は無いの?
こうして僕の受験勉強が新たに始まるのだった。