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97. 交差する刻…Ⅰ



 とある日のLHR。



「本郷!」


「ひ、ひゃい…」


 仁志という巨大な防御壁の後に隠れてスマホゲーに夢中だった俺。いきなり担任に大声で名前を呼ばれ、口から心臓が出ちまうぐらいにビックリした俺は、妙な声を上げながら思わず立ち上がってしまった。


「任せたぞ」


………何が?


「い、いや… 何のことです?」


「森田の推薦によってお前がもう一人の文化祭実行委員に決まった」


「………はい?」


 なにそれ? 意味わかんないんですど…。


 何が起こったのか理解が出来ず、呆然と周囲を見渡してみる。

すると、クラスの半分ぐらいの奴らがこっちを見ながらニヤニヤとほくそ笑んでいる風景が目に入り…。その中でも肩を揺らせながら必死に笑いを堪えている奴が約一名。………ふぅ~ん、あっそ。 森田…テメェ~の仕業か!



「それじゃあ森田… お前が中心になって本郷と二人で頑張ってくれ」


「は~い」


 とまあこんな感じで、俺と森田が文化祭の実行委員を仰せつかることになっちまったとさ。





 その日の放課後。


「森田… お前ふざけてんじゃねーぞ」


 取り敢えず今後の事を打ち合わせしろという担任命令により、俺と森田は放課後になっても教室に居残り話し合いをすることとなった。森田の勝手な推薦で実行委員にされてしまった俺は、不貞腐れた感じで目の前にいる森田を睨む。


「まあそう言うなって、修二。俺だって何の目的も無しに実行委員に立候補したわけじゃないんだから…」


「目的って… 俺を巻き込むんじゃねーよ!」


「まあまあ、理由はおいおい話すから…」


 森田はニヤニヤした怪しい笑みを浮かべながらそう言って俺を宥める。



 それから、これといった具体的な話をすることも無く適当なことばかりを言っていた森田だが、教室内に残る生徒が誰もいなくなったことを確認すると、妙な含み笑いを浮かべながら俺に話し掛けてきやがった。


「さってと、誰もいなくなったな。それじゃ本題に入ろうか?」


「本題?」


「ああ。俺がなぜ実行委員に立候補したか? その理由なんだがな………」


 やたらと俺に顔を近付けてきた森田は、眼をギラつかせながら自分の野望を語り始める。



……………。



「……………とまあ、これが真の目的なんだが。 どうだ、修二?」


「森田くん、いや先輩……あなた天才ですか?」


 俺は畏敬の籠った熱い視線を森田に送っていた。




 以下は森田が俺に語った内容。


 先ず、俺達のクラスの出し物は「メイド喫茶」にするってこと。まあ、これは別に大したことでもない。企画としてもよくあるものだし、普通にクラスの皆の了承も得られるだろう。だが、大事なのはその先。


―――誰にメイド役をやってもらうか? どのようなメイド衣装を選択するか?


 それらを決める主導権は全て我らにあり。

即ち、俺と森田で好き放題にできるってことだった。自分たちの好みの衣装を好みの女子に着せることが出来る。そして、職権を乱用し、記念撮影と言って好みのポーズで生写真をGETすることも可能。


「なあ修二、うちのクラスは美少女揃いだろ? その中から好みの女子を指名してさ、その娘達に俺らが選んだメイド服を着せられるんだぞ? しかも好き放題に写真だって撮れる。 どうだ? やる気は出たか?」


「森田パイセン 一生ついていきます」

俺は森田の飼い犬になり下がった。なんなら3回廻ってワンって鳴いてもいい。


「そこで…だ。 修二、お前には最も重要な役割を果たしてもらう」


「何でございましょうか、パイセン?」


「蝶野さんと恭子ちゃんの説得を頼む。あの二人さえ引き受けてくれたらもう俺らのもん。クラスの皆だって俺達に従うしかないだろう。それにこの企画だって大成功間違いなしだ。 できるな? 修二…」


「ええ無論。私めにお任せあれ…」


「よし、さすが修二だ。 まあ後の段取りは俺に任せとけ。俺の友達なんだがな、確かそいつのクラスの去年の出し物が喫茶だったんだわ。だから詳しい情報はそこから貰うから心配ない。それよりも重要なのはどんなメイド服にするかなのだが…それは俺とお前でじっくり相談だな」


「ふふふ… それは楽しみでゲスな」


 森田の言葉に俺の脳内はもうお花畑。頭の中で再生されるのはメイド姿をした美少女達のにっこり笑顔。も~うたまりまへん。



「修二… これは俺達の高校生活での記念だ。でっかい花火を打ち上げるぞ!」


「おう! やらいでか!」



 ゴミ森田クズは固い握手を交わした。





―◇―◇―◇―




 次の日から、俺と森田は計画の実行に奔走していくこととなった。

クラスの皆に対して水面下で根回しを始める森田。その成果により、クラスの出し物は内々でメイド喫茶となることがほぼ決定となる。一方、俺はというと、今回のイベントで鍵となる二人の美少女への説得に取り掛かっていた。


―――「恭子、ちょっと相談がある」


 実行委員に決まった翌日、俺はそう言って帰宅後に恭子を部屋に招き入れた。そして事情を説明し、クラスのためだと言って恭子にメイド役となる事を依頼した。



「えっ? 私がメイドに? さ、流石にそれはちょっと無理っていうか……」


 かなり引き気味に困惑した顔で直ぐに断ってきた恭子。だが、そんなのは初めっから想定済み。だからここで修二君の奥義を発動させる。


「―――恭子たん」

ちょっと悲し気な表情をしながら恭子の名前を呼んで・か・ら・の…


「な、なによ?」


「………おねがぁ~い」

幼気な弟を装い、眼を潤ませながら純真無垢な少年の顔でお願いしてみる。



 沈黙すること約5秒後。



「………も、も~う 分かったわよ。 やればいいんでしょ…」


 恭子たんあっさり陥落。


 まあこんなもん。可愛い弟を演じながら恭子の庇護欲を突っつけば大体の事なら上手くいく。特にこの程度のお願いなら造作もないこと。それは端から分かっていたのだが……


 これってどうなんでしょうね?

俺も恭子も互いに相手の弱点を知り尽くしていてさ、そこを突き合う関係って……。


 だが、取り敢えずこれで恭子の攻略は終了。後は蝶野さんを残すのみ。




 そんな訳で、俺はその次の日から蝶野さんの攻略に取り掛かった。


 クラスでの出し物を決めるHRまであと2日。出来ればこの日までに蝶野さんからの承諾を得たい。クラスで最も影響力を持つ彼女さえ味方につければ、俺と森田の計画は大成功となることが確約される。


………さて、どうやってお願いするかだが。


 そんな事を考えながら、ふと蝶野さんが居る席へと視線を移した。


 相も変わらず人気者の蝶野さん。男女を問わず周囲には常に誰かが存在する。それに加えて、遠巻きに彼女と話す機会を伺う男子の姿もちらほらと…。


 う~ん… やっぱムリゲー。

さすがにこの状況で彼女にお願いしに行くってのはハードルが高すぎる。かと言ってラインや電話でお願いするのもちょっと適当過ぎるって感じだし。どーしたもんか…。



………うむ。やはりこの手しかないな。


 俺はスマホを手に取りメッセージを彼女に送った。





―◇―◇―◇―




「おまたせ、修二君」


「蝶野さんどーも。久しぶりっす」


「うふふ… でもどうしたのよ、修二君。いきなり奢ってくれるって…」


 ここは蝶野さんお気に入りのカフェ。

二人で話す時間を持ちたかった俺は、ご褒美をエサに放課後彼女をここへ誘い出した。



「それで… ご褒美くれるってことは何かあるんだよね、修二君。 クスクス…」


「やっぱ分かります? ま、取り敢えず今日は俺が奢るんで先ずは好きなもの何でも頼んでください」


「あはは… 私と修二君の関係らしいや。やっぱご褒美が無いと始まらないよね?」



 そう言って満面の笑みを浮かべる蝶野さん。

席替えしてから少し疎遠になっていたのだが、彼女の口ぶりとその笑顔は以前とちっとも変わっていない。席が離れてからたったの2週間程度しか経っていないのだが、彼女の笑顔がちょっとだけ懐かしく思えた。



 それから二人で注文を済ませて少しの雑談を挟んでから、話はいよいよ本題へと移っていく。


「あのさ、蝶野さん。実は相談って言うかさ、蝶野さんにお願いしたいことがあるんだよね」


「どんなこと?」


「実は文化祭で行ううちのクラスの出し物についてなんだけど………」


 そこから俺は森田と計画している内容と自分の想いを彼女に打ち明けた。文化祭でうちのクラスを盛り上げたいこと、高校生活の記念にしたいこと、そして、それにはどうしても蝶野さんの協力が必要なこと…。 当たり前だが裏事情は秘密にして。


 取り敢えず綺麗事を並べて彼女に懇願する俺。

選ぶ言葉も間違えることなく、自分なりに上手な説得が出来たと思っていた。



「う~ん… 悪いけど私はやらない」


………へ?


 返ってきた返事が余りにも予想外だったので一瞬呆然となる。

俺は蝶野さんの性格をよく知っているつもりだった。「クラス全体で盛り上げる」…このキーワードさえあれば彼女はきっと協力してくれる…そう思っていた。だが、彼女の出した答えは俺の予想を完全に裏切るものだったのだ。



「ど、どーして?」


 少しして、冷静を取り戻した俺は慌ててその理由を彼女に問う。


「だって… やっぱりね~ ちょっと恥ずかしいって言うか…」


 全く乗り気でないって表情でそう呟いた彼女。

俺の頭の中では未来予想図がガタガタと音を立てながら崩れ落ちていく。



「い、いや… 恥ずかしい事なんか無いって。蝶野さんが一番似合うに決まってるから」


 おれもう必死。

多分イケると安直に考えていた分、とんでもない焦りが俺を襲いはじめる。


「そう言われてもね……」


「ほ、ほんとにお願い! 蝶野さんがいないと絶対に盛り上がらないから!」


「でもね……」


「ち、蝶野さん… このとぉ~~りぃ~~!」


 ここで渾身の焼き土下座…じゃなくて泣き土下座発動。


「やっぱりちょっと……」



 これだけ頼んでも良い色を浮かべてくれない蝶野さん。俺ははっきり言ってもうパニック状態。もはや形振りなどかまっていられない。何としてでも彼女から了承を貰わねば計画が全て瓦解してしまう。


「も、もし引き受けてくれたらさ、何でも言うこと聞くから! だからほんとお願い!」


 俺は全身全霊を込めて必死に懇願した。


「………ほんとに?」


 訝しい表情で俺を見つめる蝶野さん。


「ああ勿論。約束は絶対に守る!」


「そっか。 ならしょうがないや。メイド役をやってあげる」


「あ、ありがとぉおおおおおお~(涙)」



 感極まって、俺は涙目になりながら思わず大きな声で彼女に感謝の言葉を伝えた。


 いやマジで助かった。ちょっと説得すれば… そんな風に高を括って軽く考えていたもんだからさ、いきなりメタパニ喰らって頭が真っ白になりそうだったよ。



 ようやく安心できたせいか強烈な脱力感が俺を襲う。

俺は椅子の背もたれにぐったりと体を預け、放心状態になって蝶野さんをぼんやりと眺めていた。


 すると、さっきまで難しい表情をしていた彼女の顔が徐々に綻びを見せはじめて…。



「うふふ… メイドかぁ~ 一度あの衣装を着てみたいと思ってたんだよね~」


 彼女はニコニコしながら浮かれた感じでそうのたまう。



「…………はい?」


 いやちょっと何なんですか、その笑顔? それにさっきと言ってることが違いません?



「あ、あのさ… 蝶野さん」


「なに?」


「さっきはメイドの衣装を着るのが恥ずかしいって………」


「そうだっけ?」



………はぁあああ?


 あ、あなたなに言ってんの?

さっき「恥ずかしい」って言ってたよね? ええ言ってましたとも! おらこの耳ではっきりと聞いたもんね!



「でも… 可愛いメイドの衣装かぁ~ クスッ 楽しみだなぁ~」


「………楽しみ???」


―――流石にこの辺まで来るとですね



「あのさ、修二君…」


「なんですか?」


―――いくらおバカな修二君とは言え



「約束は守ろうね」


「………はい」


―――詐欺られたことぐらいは気付くってものでして。


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