91. from 加賀美 to 修二…Ⅰ
「おっはよ、修二」
「ああ、おはよう…恭子」
いつものように迎えに行くと元気よく家から飛び出してきた恭子。
「ん~んっ… まだまだ暑いね~」
未だ衰えぬ残暑の日差しを眩しそうに見つめると、細めた目をそのままに俺に向かって満面の笑みを向けてくる。
「さってと、久しぶりの学校に行ってみようか?…修二」
そう言って微笑んだ恭子の笑顔は、夏の色を残す日差しよりも更にキラキラと輝くものだった。
………それにしても。
なんで恭子はこんなに元気なの?
今日は夏休み明け初日だぞ? 自由の世界から再び檻の中へと閉じ込められるこんな日にどーして陽気に笑ってらるんだ? もしかして恭子ってマゾ? もしお前がマゾなら……修二君むっちゃ興奮しちゃうんですけど?
「ちょっと修二、なにニヤついてるの?」
「いいえ別に何も…」
「………」
「………」
「ほら~ すっごく怪しい顔してる……」
「………」
「どーしてそんな顔してるのかな?……修二くん」
さっきまで目の前にいた微笑みの天使は、いつの間にか腕組みの仁王にチェンジしていた。
………さすが恭子だ。やはりお前には隠し事が出来ないな。
でもな、互いに理解し合ってる俺達の間でもさ、正直に言えないことだってあるもんなんだよ。だってさ、…
―――マゾってる恭子の姿を想像して悦ってたの♡
言える訳ないよね?
正直に言ったら「許される」訳は無い。普通に「殺される」。
修二君いきなりの大ピンチ。……なのだが。そんなに慌てる必要など無い。
先ずは恭子に殴られる未来を想像して緩んだ表情を引き締める。そして、呼吸を整えて精神を全集中。………み、見えた! 隙の糸!
よし、今だ!―――詐欺の呼吸……壱の型……「褒め殺し」
「いやね、久しぶりの恭子の制服姿につい見惚れちゃってさ……」
修二君の奥義炸裂。
「えっ? ちょ… ちょっと…」
「やっぱ恭子の制服姿っていいよな……」
「も、も~う… 修二ったら…」
ほんのり頬をピンクに染める恭子たん。
さっきまでの威勢は吹き飛んで、一気にきゃわいいモジモジガールに変貌を遂げた。
「そんじゃ、そろそろ一緒に学校行こうか、恭子」
「うん。行こう!」
恭子たんご機嫌。
うむ、今日も俺の奥義は見事に決まった。
しかし、……
最近思うのだが、奥義の威力が増大しているような気がする。いくら直球の誉め言葉に弱い恭子と言っても昔はここまで威力が無かったような気もするんだけど…。
まあ考えたら負けだ。
今の俺なら恭子を御することなど造作もないのは紛れもない事実。「本当にこれで良いのか?」と言われれば「どうなんでしょうね?」と言ってしまいそうにはなるが。
すっかりご機嫌になった微笑みの天使を引き連れて、俺は駅へと向かう道を歩き始めた。やがて駅に到着すると、そこにはスカしたイケメンが俺と恭子を待っており、合流した俺達はそこからいつものように学校へと向かっていく。
学校に到着した俺達が教室に近付いていくと、登校初日という事もあり教室からは賑やかな声が聞こえてきた。そんな騒がしい教室内へと俺達3人は歩みを進める。
「きゃああ~ 恭子~ 久しぶり~。夏休みはどーだった?」
「あ、高科さん、お久っす…」
「沖田く~ん、久しぶりだね~」
「おい修二! てめぇ~!」
俺達3人が教室に足を踏み入れると周囲は騒然となる。
まあこれは当然だろう。なんたって俺達はクラスの中心的存在。主人公の登場に周りが湧きたつのはお約束ってものだ。一部だけ声の質は異なるようだが俺は気にしない。
さってと、こいつらは無視して俺は大事な用事を済ませねば。
俺はそそくさと自分の席へと向かった。
今日は登校初日。
だから先ず最初に俺がやるべきこと、それは大天使様へのご機嫌伺いだ。
そーいう訳で俺は自分の席へと近づいて行ったのだが……。
「蝶野さん、夏休みはどーだったの?」
「麗香~ ねえねえ聞いてよ~」
俺の席の周囲は蝶野さん目当てのクラスメイトでごった返していた。
………ふむ、これは致し方なし。
はっきり言って邪魔なことこの上ないのだが、大天使様の元に衆人が集うのは当たり前の事である。空気を読んだ俺は荷物をそっと自分の席に置くと、スマホを手に持ち静かに教室から出ていった。
本来なら久しぶりに会う蝶野さんに挨拶の一つでもしたかったのだが、まあそれは朝のHRが終わってからでも良いだろう。
廊下に出た俺は教室から漏れてくる喧騒から逃れるように歩みを進めると、人気の少なくなったあたりで壁にもたれながらスマホをポチポチと弄りだす。
………どれどれ、現在の世界情勢は?
俺はネットを開き、世の中の動向に注視する。
そして気になる情報を見つけた俺は早速そのサイトへアクセスした。
「うむ、なになに?…『あなたは18歳以上ですか?』だと? 無論『 yes 』をポチっと……」
そこから俺の意識は鋭利なほどに研ぎ澄まされ、周りの世界から隔絶されていったのは言うまでもない。
「おはよう。修二君」
「ごめんなちゃい」
秒で謝った。
まあこれは条件反射ってやつです。はい。
「あははは… なんで修二君が謝るんだよ」
そう言って明るい声で話しかけてきたのは忠司だった。
忠司はいきなり謝った俺がおかしかったのか、愉快そうに笑っている。
「いったいこんなとこで何やってたの?」
あどけない顔をして素朴な疑問を俺に投げかける忠司。そんな忠司に俺は思わず言いたくなった。……「そこ、聞いてくる?」
普通、ここは見て見ぬふりをするってもの。それが男同士の暗黙の了解ってやつだ。だがまあ忠司に悪気はないのは分かってる。しからばここは適当に……。
「い、いや… まあその… あれだ…」
「あれって?」
「だからまあ… あれだよ…」
「あれ?」
「だからあれだって…」
「あはは… あれじゃわかんないって修二君」
「忠司よ… 俺があれって言ったらアレに決まってんだろーが!」
アレって言ったらエッチなやつに決まってますやん!
お前は誰を相手に喋ってるのか分かってるのか? 修二くんだぞ? 俺がアレって言ったらソレしかねーだろーが! それぐらい早く理解しろってんだ親友!
思わず発狂した俺を不思議そうに見ていた忠司。
だが、直ぐに表情を戻すとちょっと改まった様子で俺の顔を見つめた。そして…
「修二君、あの時は本当にありがとう……」
真剣な眼差しで感情の籠ったお礼の言葉を俺に述べてきた。
「いいや別に。それよりもさ、上手くいってるのか?」
「うん、もちろん。今は凄く幸せだよ」
「そっか。ならよかったな…」
忠司は良い顔になっていた。
俺と二人で話し合ったときの、トラウマを抱えた気弱な少年の面影はもう何処にも無い。
「そーいや夏休みはどうしてたんだ? 加賀美と色々遊んだりしてたんだろ?」
「あはは… まあそんな感じ。殆ど毎日会ってたんじゃないかな、まどか……いや、加賀美さんと」
―――!
皆さん聞きました? 聞きましたよね?
こいつ今「まどか」って言いそうになりましたよね?
俺は怪訝な表情MAXで忠司を見つめる。
「ど、どうしたのかな? 修二君」
「忠司、お前ってさ………」
「な、なに?」
「加賀美とどこまでやった?……エッチなこと」
「えっ? ………い、いや、その…」
顔を真っ赤にして思いっきり激しく動揺する忠司。あたふたとするばかりで何ら答えをよこしてこない。だから俺は確信した。
―――こいつら絶対なんかやってる!
やってないなら忠司は絶対に否定してくる筈。だって、こいつはバカが付くほどの正直者なんだから。
一気に上昇する俺の血圧。普通に鼻息が荒くなってきた。
忠司と加賀美の濡れ場……それはまるでおねショタを美味しくいただくギャルって感じ。こんなの興奮せずにはいられない。その辺のエロ同人誌とはレベルが違い過ぎる。
もう聞かずんばおられない。じゃないと俺の興奮は治まらない。
「た~だ~し~ 全部言え~ お前と加賀美は何をやった?」
「い、いや… ちょっと落ち着いて修二君」
「落ち着けるかこんなもん! 忠司、真実を全て教えろ!」
「だ、だから……」
「さあ吐け! 全て吐き出してしまえ! そしてスッキリするんだ!」
―――全てをぶちまけろ!…忠司。
「―――ゲ、ゲボッォォオ!……」
俺がぶちまけた。物理的に。
強烈な痛みが腹部を襲う。
水平から下方35°より放たれた見事なボディーブローが俺の鳩尾に突き刺さっている。
俺は痛みに耐えきれず、思わず膝から崩れ落ちそうになる。だが、一歩下がったところで後足を踏ん張り、何とかダウンだけは免れた。
………こ、この殺人的なボディーブローは
きっとプロの仕事だ。 俺はそう確信した。
―――いったい何者だ?
俺は薄れゆく意識を必死に保ちながら前方に立つ影を凝視した。
「忠司、ほんと友達考えた方が良いよ? じゃないとこの馬鹿に汚染されちゃうからね?」
前方に立つ影はクソ偉そうにそんなことをぬかしやがる。
「んだとテメェ~!」
痛みをこらえながら、俺はそいつを睨みつけてやった。
………。
「―――どちら様でしたっけ???」
思わずマヌケな声を出した俺。だがそれは仕方ない。
だって、俺が見たのは全く見覚えのない人物、しかも女子なんだもん。あんなにキレたパンチを女子が放つなんて信じられない。しかも……よくよく顔を見て見ると美人って言うか凄く可愛い。
………こいつ誰よ?
俺は怪訝な表情で見知らぬその女を見つめる。
艶やかなショートカットの黒髪をさらさらと揺らせ、抜群のスタイルを俺に見せつけるその女。
だが、その女は俺の視線などには目もくれず、忠司にべったり寄り添うと、忠司の腕をとって歩き始めた。そして、まるで吐き捨てるようにこんな台詞を残していく。
「修二…あ、間違った。『クズ』はほっといて早く教室に入りましょ、忠司♡」
………。
いやそれ全然間違ってないよね? わざと言い直してるよね?
それってさ、どーしても「クズ」って言いたかっただけだよね?
………なるほど。 そーか。そーいうことか。
この侮蔑がこってり籠った「クズ」って言い方。しかも言い慣れてるこの感じ。もはや間違いようがない。
―――お前だったんだな。
「ふざけんな! 加賀美!」
俺はようやく女の正体を突き止めた。
「―――あ”? 誰がふざけてるって?」
そう言って黒髪ショートの美少女は俺にメンチを切ってくる。
うん間違いない。こいつは加賀美以外の何物でもない。




