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87. 閑話 「ワクワク Work…Ⅳ」



「ありがとうございましたぁ~」


 ふうっ… ようやくお昼の繁盛期が終わったみたい。あれだけレジの前に並んでいた人たちも今はもういない。


 修二と一緒にこのお店にやって来て、バイトを始めてからもうすぐ二週間が経つ。最初は戸惑うことも多かったけど、今では大分仕事にも慣れてきた。でも、初めてバイトをやってみて思ったのは、想像していたものより仕事って大変だなって事だった。


 私もコンビニはよく利用する。だからコンビニで働く人たちを目にする機会は多い。そのためコンビニでのバイトを安直に考えていたところがあったと思う。商品を整理したりレジの作業を行えばいい……そう思っていたのだけれど。


 最初にレジを教えてもらったのだが、これが結構大変。バーコードで商品の値段を読み取るのは簡単なんだけど、いざ支払いになると、現金、クレジットカード、プリペイドカード、それにポイントカード……様々な支払方法やポイント付与などがあり、それを覚えるのが大変だった。特にイベントなどでのポイントの取り扱いなんかは今でも分からないことが多い。


 それに税金や公共料金の支払い、チケット代金の領収、宅配荷物の取り扱い、そして未だに把握できていないたばこの種類……ほんと、コンビニでのレジの仕事は多岐にわたる。それにレジ以外にもやることはある。揚げ物をつくったり、コーヒーメーカーの管理だったり、商品の陳列だったり、……客として利用していた時には気にもしなかったけど、コンビニの店員さんも大変な仕事だという事が身に染みてよく分かった。



 でも、ほんと驚いた。「コンビニコーヒー」がこんなに流行ってるなんて。私はコーヒーをあまり飲まないので全然知らなかったけど、ほんとに多くの人が利用している。どこのコンビニに行ってもこれを置いている理由がよく分かった気がする。



 でも、せっかく慣れてきたこの仕事も残すところあと2日だ。あと2日経てば私と修二はいつもの日常へと戻る。それを思うと名残惜しいというか何と言うか……とても複雑な想いになってしまう。



 朝起きてから夜になって眼を閉じて眠るまで、今の私の前にはいつも修二がいる。ご飯を食べる時も、働いている時も、家でTVを見ている時も、そして、仕事が終わって夜になり、二人だけで部屋で語り合う時もずっと……。


 クスッ… だから私は昔を振り返り、つくづく幸せだったんだなって思ってしまう。


 今では「バイト」という理由が無いとこうして毎日を修二と一緒に過ごせる時間が得られないのに、あの頃は何も考えていなくてもこのような環境が勝手に用意されていたのだから。




 私は初めて修二と一緒にこの街にやってきたことを思い出した。


 初めて見る一面の銀世界。初めて挑戦するスキー。初めて出会った優し気な叔父さんと叔母さん。そして、初めて経験した修二と二人での共同生活。―――あの時、私は本当に楽しかった。そして、幸せだった。


 何もかもが素晴らしい思い出であり、今でも私の心の中でその輝きは色褪せない。



 だから私は叔父さんから誘われたバイトの話を迷うことなく了承した。お世話になった叔父さんや叔母さんに恩返しがしたかった。それに懐かしいこの街の風景をもう一度見たかった。


 そして、あの頃と同じ様に修二と共に生活を送ってみたかった。



―――それで結果は?


 そう訊かれたらこれ以外に答えることなど無い。



………もう大満足!



 クスクス… 全てが大満足!…って訳ではないんだけどね。


 これだけ一緒にいても修二との関係は1ミリも発展してないし、それにあの頃と違って毎日遊んでいる訳じゃない。だから思うところが全く無いって訳じゃないんだけど、でも楽しい毎日を送れていることは確かだ。余り贅沢言ったら罰があたっちゃうからこれで満足しないとね?…クスッ…。


 でも、私がここに来たのにはもう一つだけ目的がある。

それはとても大切なもの。修二との関係を発展させていくのならそれは重要となってくるものだ。


 だから私はそれを得たい。―――


………。



「恭子ちゃん、どうしちゃったの? ぼーっとしちゃって?」

「え? い、いえ… 何でもありません…」


「そーなの? なんか心ここに非ずって感じだったけど…」

「そ、そんな事はありませんよ。ちょっとだけ考え事をしてただけで……」


「ふむ… 考え事でぼーっとね……」

「は、はあ……」


「恭子ちゃん」

「……はい」


「それってやっぱり……」

「……やっぱり?」


「男でしょ? ねえねえ男の事なんでしょ? どーなの? どれくらいの関係? もしかしてもう全部済ませちゃった相手だったりして? 恭子ちゃぁ~ん 教えてよぉ~ ねえねえ~ ねえってばぁ~」



 あ、あははは……。

朱里あかりさんは昔から全く変わってないや。



 叔父さんの一人娘である朱里さんは彼氏と行った○○旅行から帰ってきており、少し前から私達と一緒にコンビニで働いている。バイトをはじめた頃は日中を私と修二、それに叔母さんで切り盛りしていたんだけど、今では叔母さんの代わりに朱里さんが私達と一緒に働いている。


【 文中の○○なのですが、「妊娠」なんて私の口からはとても言えないので○○にしてます。察して下さい。(あ、妊娠って言っちゃた。てへへ…) 】



 でも、朱里さんも私の事を覚えていてくれてて本当に嬉しい。


 私と修二が叔父さんからスキーを習っている時、朱里さんにも凄くお世話になった。叔父さんと一緒になって教えてくれたり、私達を引き連れてコースを回ってくれたり…。明るくて活発、それでいてとても楽しくて本当に「お姉さん」って感じがする人だ。


 でも、だからというか、活発が過ぎて思ったことは直ぐに口に出す癖がある。朱里さんに「躊躇い」という文字はない。最後にここに来た小学6年生の時、私に会った朱里さんが最初に言った一言は今でも私の記憶に残っている。



―――「いや~、恭子ちゃん久しぶり~。ふむふむ……流石は恭子ちゃんだね。もうしっかりおっぱい膨らませちゃって。将来が楽しみだね… むふふ」



 死ぬほど恥ずかしかった。

それに隣にいた修二も顔を真っ赤に染めていたっけ?



 クスッ… でも、朱里さんは優しくて頼りがいのあるお姉さんって感じで私は大好きだ。



「ね~え~ 恭子ちゃ~んってば~ 」

「あ、あはは……」



「ちょっと静かにしていただけませんかね?…朱里姉さん。お店にはお客さんがいるんだから……」



 朱里さんの厳しい追及が続く中、修二が横槍を入れてくれた。私はホッとしたのだけれど……なんだか素直にこの言葉を言いたい衝動に駆られる気持ちにもなる。


―――あのね、朱里さん。私が想ってたのはこの人でーす♡


 まあ言える訳無いですけどね。(しょんぼり)



「え~っ 別にいいじゃない、話の中身までは聞こえやしないんだし。それに修二も気になんない? 恭子ちゃんの好きな男の人の事って?」


………そうだそうだ、修二! 気になんないのか? 朱里さん、頑張って!



「いいから仕事しなさいってば! もう婚前旅行は終わったんだろ? なら現実世界に戻ってしっかりと働けっての」


「ちぇっ… 面白くない。修二はそーいうとこ真面目なんだから…」


………まったく、修二ったら。ほんと朱里さんの言う通りだ。



「あのね、姉さん… 何で俺と恭子がHelpに来てると思ってんの? そんなに暇なら俺達今から実家に帰るぞ?」


「あーあー分かったって。真面目に働きゃいいんでしょ?」


「ったく、甥の俺が真面目にやってんだから実の娘が真面目にやんのは当然だろ…」


「へいへい… 真面目にね…」


………あ~あ、残念。棚から牡丹餅は出てこなかったか…。



「―――恭子ちゃん、続きは帰ってからね」


 修二に向かって不満げな表情を見せていた朱里さんは、急に私の耳元に顔を近付けるとボソッと小さな声でそう囁いた。矛先が修二から一変して私の方に向いてきたとなれば……



「何の続きですか? 朱里さん…」


 もうすっとぼけるしか方法は無い。


 だけどそれからも、朱里さんは小声で私への追及を続けるのだった。





「そう言えばさ、姉さん……」

「どしたの? 修二……」


 私が必死で追及をかわしている最中、修二から再び横槍が入る。

これにはほんと助かったって気持ちになった。朱里さんの矛先が全力で私に向かってきてた感じだったんで…。


………修二、ほんと有難う。



「ちゃんと目的は達成できたの?」

「目的? なんの?」



「―――しっかり孕んできたの?」



………。


 固まりました。ええ固まりましたとも。

自分の想像の遥かその上を行くその言葉を聞いて、私の意識は急激に薄らいでいった。


………ちょ、ちょっと修二、いきなり何言い出すのよ!




「………修二」


「なに? 姉さん…」


……ビシッ!っといって、か・ら・の バシッ!!……



「昼間っから何言っての? このエロガキ! 高校生ごときがそんな事を訊いてくるんじゃないの!」


 軽快な打撃音と怒りの咆哮。それにより私は意識を取り戻した。………あれ? 私は何をやってたんだろうか?



「痛って~な、ねーちゃん! マジに叩くことねーだろ! こちとら姉ちゃんの結果に人生がかかってんだよ! 理由はどうあれ『ヤッて』きたのは確かなんだろーが?」


………や、や、ヤル ってやっぱり… アレですよね?


「あのね、修二 言っとくけど、わたしゃ『ヤル』ためだけに旅行に行ったんじゃないんだよ!」


………え? は? 「だけに」って…もはやヤルこと前提?



「なら何しに行ったんだよ? わざわざ泊りで旅行に行ってるのに…」


「そ、そんなもの…… 『愛』を確かめるために決まってるでしょ… うふふ…」



「ふう~ん… そんで、愛は確かめられたの?」


「うん、いっぱいね♡」



「そっか。………いっぱい『ヤッた』んだね」


「ええそりゃもう。 孕んじゃうって感じぐらい…」



 そう言った朱里さんはとても幸せそうな顔をしていた。


 そっかー。ヤルと幸せになれるんだ~ ふぅ~ん そーなんだぁ~ あははははは……



 ねえ聞いた?ピカチュウ。 ヤルと幸せになれるんだって。 え? わたし? わたしはまだ経験が無いからわかんないや。 なに? ならヤってみればだって? キャアアア~! そ、そんなエッチなこと言わないでよ~。 も~う、ぬいぐるみのくせしてぇ~…。


 気付けば私はレジの横に謎に置いてあったピカチュウと話し合っていた。まあ軽い現実逃避ってやつです、はい。


 もうね、聞いてるだけで頭が沸騰しちゃった。いくら恋愛音痴な私でも「ヤル」が何を意味するのかぐらいは知っている。だからバーゲンセールのように「ヤル」って言葉がバンバン飛び交うと平常心が保てなくなってきちゃう。


………だ、大丈夫よ、私。私だっていつかは経験するものなんだから。




「さってと、馬鹿なこと言ってないで仕事仕事。姉さんも早く正気に戻って仕事して。揚げ物つくらないともう無いよ」


「分かってるわよ。やりゃいいんでしょ、やりゃ…」


「じゃあ恭子、店の中を頼むぞ。俺は奥で商品整理とかやってるから…」


「うん分かった」



 私は返事をしてから店の奥に消えていく修二の後ろ姿を見送った。

大好きな人の口からばんばん「ヤル」って言葉を聞かされた私は……トキメキを通り越して言い知れぬ思いに悶絶するばかりとなる。


………どうしよう。まともな表情ができないや。



 そうしてちょっとキョドった状態で仕事を続けていた。そして暫くすると……



「あれ? どーしちゃったの? 顔を赤くしちゃって?」


「い、いえ何でもありません…」



 声を掛けてきたのはいつものお客さんだった。

もう1週間ぐらい前から毎日このお店にやってきては、必ず私のレジの前に並ぶ。そして数日前から一言二言ではあるが、私に話し掛けてくるようになってきた。見た目は大学生って感じぐらいで、今日は友達を連れて二人で来ている。



「今日も暑いですね…」


「だよね~ だから冷たいアイスが食べたくなっちゃってさ…」


「うふふ… そうなんですか。 えっと、それではお二つで330円になります」


 千円札を出されたので、私はそれをレジに入れる。するといつものようにお釣りが自動的に出てくる。私はそれを取ってお客さんに渡そうとしたのだが……



「あのさ、出来たら名前なんか教えてくんない?」


 釣銭を握った私の手を包み込むように握ったお客さんは私の顔をじっと見つめてそう言ってきた。


「あはは… 名前ぐらい教えてやってよ。こいつは悪い奴じゃないから。君の美しさにすっかり惚れ込んじゃっただけなんだから…」


 お客さんの友達は横からそんなことを言ってくる。


 今は午後の3時過ぎ。この時間帯は客も少なく、店内には私とこの二人の男性客以外に誰もいない。



―――どうしよう



 お客さんは未だに私の手を握って離さない。男性から強引にこんなことをされたのは初めての経験。私の心は怯える気持ちでいっぱいとなった。必死で我慢しているが、体の震えを完全に止めることができない。


………名前ぐらいなら


 私は妥協しようとした。

幸いここは地元ではない。それにこの街にいるのもあと2日。ならば名前を知られたところで…。


 私は一刻も早くこの状況から逃れることを選ぼうとした。



「わ、私の名前は……………」



「お客さん、そーいうのはちょっと勘弁願いますか?」



 私の背後から突然声が聞こえてきた。

その声はとても力強く、二人の男性客を威圧するような感じだった。



「あん? 別にいいだろ? 俺はここの常連客なんだぞ? 名前ぐらい聞いたって罰は当たんねーだろーが」


 修二の言葉を聞いた男性客は語調を強めて修二に食って掛かる。


「お客さん、ここはコンビニなんですよね。そー言う事したかったら別の店に行ってくれません?」


「なんだと? 偉そーなことぬかしやがって!」


 お客さんの怒りはさらに高まる。このままじゃ修二に危害が及んじゃうかもしれない。


………も、もういいから修二。


 相手は大学生風の男子2人。もし喧嘩になったら絶対に勝てない。


 私はこの状況を穏便に済ませようと考えた。だが修二は落ち着き払った様子であるモノに指をさす。



「お客さん、あれが見える? レジの場所ってしっかり防犯カメラが捉えてるんだよね。あんたらの顔もばっちり映ってるよ。それでもまだ揉め事を起こすわけ?」



「……チッ! 生意気なクソガキが!」



 修二の言葉を聞いたお客達は悪態をつきながら不貞腐れた感じでようやく店から出て行った。



「………まったく。 あの馬鹿どもはここをなんだと思ってる? キャバクラじゃねーんだぞ」


 迷惑な客を追い出した修二は落ち着いた感じでそう言うと小さく溜め息を零した。そしていつもの感じで私を見つめる。ただ、その表情だけはいつもの感じと少し違い、厳しさが滲み出ていた。



「恭子……」


「な、なに?……修二」


「あんな奴らの言う事なんて絶対に訊くな。名前ぐらいって思うかも知んないけどな、今の時代は名前から何でも検索できたりしちまうんだよ。だから叔父さんは俺達に名札をつけさせてないだろ?」


「う、うん……」


「ったく、気を付けるんだぞ。 それと………」


「………それと?」


「なんかあったら直ぐに俺を呼べ。いいか? 恭子」


「―――うん。わかった。……これからは絶対にそうする」



 私の返事を聞くと、修二は黙ったまま店の奥へと消えていった。

私は、消えゆく修二の後姿を黙ったままただ茫然と見つめるばかりだった。



 私の心臓は激しく鼓動している。でもそれは恐怖から来るものでは無い。怖い体験をさっきしたばかりなのに、今の私はそのことなんて既に気になっていない。今の私はときめいている。それは淡くて甘い感情から来るもの…。



―――私は目的の一部を果たした。


 私の目的、それは私の知らない修二を知ること。


 完全に離れていた2年間、その間に修二が変化しているのは当然の事だ。私が良く知っているのは小学生の時まで。それ以降は年を経るごとに修二の記憶が更新されることは無くなっていった。


 だから今の私は昔の記憶に縋るしかなかった。―――あの懐かしいまだ子供の時の思い出。今の私にはそれしかない。それだけが私と修二を繋ぐ唯一のものだ。


 でも、このままでよい筈がない。それは分かっていた。

だから私は私の知らない修二を発見しようと思うようになった。この先、修二と共に歩んでいこうと思うのならば、私は修二の全てを知らなければいけない。そうじゃないと本当の意味で昔のような関係に戻れない。


 去年の夏休み、修二はずっとここで過ごしていた。私の知らない修二が…。


 だからここに来れば私の知らなかった修二を少しでも知ることが出来る……そう思えた。 そして今、私はその一部を知ることが出来た。



―――やっぱり、変わったんだね、修二。



 今の修二は昔とは違う。

ううん、そうじゃない。昔と変わってないけど、心の強さが全く異なっている。



 私は今、自分の気持ちがはっきりとわかった。 私は修二の事が好き………違う、そうでは無い。



―――私は修二を愛している。



 これこそが私の気持ちを全て表した言葉だろう。



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