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86. 閑話 「ワクワク Work…Ⅲ」



「有難うございました。またお越しくださいませ…」


 張りのある元気な声でお客に声を掛けると、しっかりとお辞儀をしてから明るく愛嬌のある笑顔で最後まで見送る恭子。


 バイトを始めてから一週間が経過しようとしているが、恭子はもうすっかりコンビニの店員が板についていた。客商売など全くの未経験だった恭子なのだが、…やはりというか、予想通りって感じだ。


 恭子の対人能力は子供の時から神レベル。相手に合わせて臨機応変にその態度を変化させるので、相手を嫌な気分にさせることが無い。それに恭子はどんなに嫌なことがあっても決してそれを顔に出さない。我慢強くじっとこらえて微笑みを絶やさない。まあそんな恭子だから接客業なんて簡単にこなすだろうとは思っていた。



「いやぁ~ 流石は恭子ちゃんだ。もうすっかりベテランって感じだな。仕事の飲み込みも早いし、堂々としているし、ほんと、お世辞抜きで感心しちゃうよ」


「クスッ… いいえそんなこと。 実はお客さんを前にすると今でもちょっぴり緊張しちゃうんですよね…」


「またまたぁ~ そんなこと言っちゃって。もうどっから見ても立派な店員さんって感じだよ」


「いえいえそんな…。 でも、早く仕事を覚えられたのも全て叔父様と叔母様のおかげです。本当に親切に教えて頂いたのでとても助かりました」


「そんな謙遜しなくても…」


「謙遜じゃなくて本当の事です。叔父様が気を配って下されているから私も働きやすいんですよね。えへへ……」



「―――恭子ちゃん」


「………はい」


「君の言葉に叔父さんは感動したよ」


「はあ……」


「だからね……」


「………だから?」



「その想いにしっかり答えてあげるね。―――遺言状で」



「アホなことばっか言ってないでさっさと引き継ぎしろ! もうとっくに夕方を超えているだろーが!」




 今は夜の7時。

午前中から働いていた俺と恭子、それに叔母さんと交代するためにようやく叔父さんが店にやってきた。叔父さんに仕事を引き継がないと俺達は家に帰れないのだが、ようやく店に来たと思った途端にこれだ。


 ったく、このオヤジは。

仕事の引き継ぎに来たのに遺産を引き継ぐ話をしてどーすんだよ? それにそもそも親戚でも何でもない恭子に遺産を渡すなんて……そんなのが葬式の時にバレたら親戚中の人間からマジな死体蹴りを喰らうぞ?


「とにかくさ、早く仕事の交代してよ…」


「 (ちっ…) わかってるって、修二…」


………舌打ちしてんじゃねーよ、オヤジ。聞こえてんぞ。



 それから交代の準備を整えると、俺と恭子と叔母さんは帰り支度に取り掛かった。


 通常なら三交代制の勤務であり、午前組、夕方組、夜組となるのだが、バイトの人達がこぞって夏休みをとっているため、今は俺と恭子、叔父さんと叔母さん、それに夜組のバイトが1名といった悲惨な状況でこのコンビニは切り盛りされている。


 まったく、バイトの人達に休みをやるのは良いがちょっとぐらい状況を考えろってんだ。その尻拭いを俺にさせやがって。しかもバイトの初日、叔父さんは俺にこんなことを言いやがった。


「修二、日本人ってのは勤勉な民族なんだ。そんな日本人の特徴を表す良い言葉がある。それを教えてやろう。―――『月・月・火・水・木・金・金』 」


 おいオヤジ……土曜日と日曜日はいったいどこへ行った?


 何が勤勉だ! それってただの国家総動員令だろうが。戦争でヤバくなったから仕方なくやってただけなんだよ! 


 今は令和の時代だ。戦争やってた昭和の時代とは違うっての。そもそもあんただって戦後の生まれでしょ? ほんと、いい加減にして欲しい。要は「休みなし」って言いたいだけだろーが。


 だが、まあ引き受けちまったもんはしょーがない。それに叔父さんも遊んでるわけじゃないんだし…。


 俺と恭子は高校生だから夜勤が出来ない。だから必然的に叔父さんは夜勤が中心の勤務となっている。しかも一人ぼっちで。自業自得とはいえ、いい歳こいてよーやるわとは思う。



「でも叔父さん、本当に大丈夫なんですか? 夜の勤務ばかり続いて……」


………恭子、そんないらねー心配なんざしなくていいんだよ。


「ほんと優しいね、恭子ちゃん。だが心配無用だ。俺は体力には自信がある。なんせこの前も48時間連続で麻雀を打ってたぐらいだからな。がははは……」


 はらね? 心配するだけ馬鹿馬鹿しいだろ?

このオヤジは地球外生命体だから1週間ぐらい寝なくてもくたばんねーよ。



「それじゃあおさむさん、私は修ちゃんと恭子ちゃんを連れて帰りますね」


「では叔父様、お先に失礼します」


「うむ。ご苦労さんだっね」



「じゃあな、叔父さん。後はよろしく…」


「なに言ってやがる、修二……」


「はあ?―――」


 叔母さんと恭子が出口に向かったので、それに続く感じで俺も店から出ようとしたのだが、俺が向きを変えた瞬間に叔父さんは俺の肩を背後からがっしりと掴んだ。そして…


妙子たえこ… 修二はこれから筋トレがしたいみたいだから恭子ちゃんだけ連れて先に帰ってくれ…」


 妙子たえこってのは叔母さんの名前でござる。


「そうなのかい、修ちゃん? なら私と恭子ちゃんだけで帰るとしますか。それじゃあ、恭子ちゃん、帰りましょ…」


「え? でも… それは」


 至って普通な反応の叔母さんとは対照的に、恭子は戸惑う様子を見せていた。まあそりゃそうだ。目の前で幼気いたいけな少年が拿捕されようとしてるんだからね。


「がはは… まあいいからいいから」


 だが、そんな恭子の背中を押して叔父さんは恭子を叔母さんの車の中に押し込めた。


「じゃあね、恭子ちゃん、また明日も宜しく…」


 叔父さんが別れの挨拶を告げると、呆然とした表情の恭子を乗せた叔母さんの車はゆっくりと走り出していった。そして当然の如く、店には俺と叔父さんの二人だけとなる。



「毎度毎度よくやってくれるよね、叔父さん…」


 まあいつかやるとは思っていた。もはや既定事項ってやつ。

確か去年はこういった事が10回以上あった気がする。


「そうか? お前も若いんだからたまには運動もしたくなるだろ?」


 それって「運動」と言う名を借りた「労働」だよね? なにが筋トレだ。ただの倉庫整理だろ。


「あ、それからな、制服は着るなよ…修二。なんせ今のお前は『筋トレ』するため「自主的」にここにいるんだからな。あくまでこれはお前の意思だ。だが心配はするな。筋トレに対する『支援金』ははずんでやるから…」


―――お巡りさーん、これ、逮捕案件ですよね?


 何が自主的にだ!

しかも『支援金』なんてペテンのような言葉を使いやがって。


 高校生を深夜にまでこき使う鬼の所業。はっきり言ってこれは犯罪行為である。


「あくまで自主的に」……そういやどっかでそんな言葉を聞いたことがあったような気がするわ。あれは確か「社畜の告白」って題名のドキュメント番組だったっけ? ほんと、現代の日本社会に巣食う闇の部分をひしひしと感じさせられる。



「あのさ、叔父さん… 俺ね、こっちに来てからずっと働きづめなんだけど…」


 俺は体力の限界を素直に訴えかけた。


「大丈夫だ修二。人間ってのはな、食事と睡眠時間さえ与えられればいくらでも働けるもんだ…」


 どうやらまだまだ大丈夫らしい。

なぁ~んだ、そーだったんだ。ちょっと安心。―――な訳ねーだろ!


 ぬかせこのクソオヤジ! なに偉そうに演説ぶっこいてやがる?

飯食っている時と睡眠時間以外は全て労働? そんなのまるで捕虜収容所の囚人じゃねーか!


俺は「しゅうじん」じゃねーんだよ! 「しゅうじくん」なんだよ!―――



………あれ? なんか似ているような気がするのは気のせい???



 はぁ~あ… ったく。このオヤジだけは。


 文句を言ったところでこのオヤジが聞く耳持たぬのは百も承知。なので俺は黙って作業に取り掛かることにした。とっとと作業を終わらせて一刻も早く収容所……もとい、家に帰りたい。


 俺は店の裏に入り、倉庫の整理を始めた。

夏場のコンビニで最も大変な作業、それは「飲み物」の整理である。夏はお茶やジュース、それにビールなどのアルコールが飛ぶように売れる。はっきり言って回転がものすごく早い。だから在庫整理も頻繁に行わないといけないのだが、人手不足なこともあってなかなかそこまで手が回らない。


 ドリンク……即ちそれは水。

水の密度は1ccで1g。だから2リットルで2kg。これがケースにぎっちりつまっていると……うむ、考えるのは止めよう。



―――◇―――◇―――



「叔父さん、大体は片付いたよ。もうそろそろ帰っていーい?」


「ん? そうか、ご苦労ご苦労…」


 恭子達が帰ってから2時間以上が経った頃、ようやく俺は倉庫整理を終わらせた。


「まあ腹も減っただろう。その辺にある好きな弁当を食っていいぞ」


「言われなくてもそーするよ…」


 俺は無意味に値段の高い意味不明な弁当を選んで事務所の奥に持っていった。

ちなみに、いくら経営者だからと言っても勝手に商品を食うことはできない。商品の代金はきっちりレジを通さねばならない。だから俺が選んだ弁当の代金もしっかり叔父さんが払うことになる。だから俺は好みを度外視して値段の高さだけでいつも弁当を決めている。



………にしても、マジで疲れた。


 弁当をおおかた喰い終わった俺は、椅子の背もたれに体を預けてぐったりとしていた。ふと時計を見ればもう夜の9時を超えている。これじゃあ家に帰ってもあとは寝るだけしかない。そんで起きればまたここで仕事……


―――はぁ~あ……


 思わず深い溜息が出る。


 これが所謂社会人の暮らし……そうなのかもしれない。

毎日毎日朝から夕方まで働き、時には夜遅くまで残業だってある。ただひたすら同じような仕事を繰り返す毎日。それが生活のためだと分かっていても、何処かやりきれない思いがするのは……みんなそうなのだろうか?


 そういや叔父さんは何でコンビニなんぞ始めたんだろ? 働かなくても食っていけるのに。しかもコンビニなんて苦労の多い仕事を選んじゃって…。



「おう、修二。もう飯は喰ったか?」


 ぼんやりとそんなことを考えていると、叔父さんが扉を開けて俺に話し掛けてきた。


「ああ、もう喰ったよ。全然おいしくなかったけどね…」


「贅沢言うんじゃねー。喰えるだけ有難いって思え」


 悪態をつく俺に叔父さんは呆れた様子を示していた。だが、俺はなんとなく先程から感じていた疑問を叔父さんに訊いてみたくなった。



「あのさ、叔父さん……」


「ん? どーした?」


「叔父さんはさ、なんでコンビニなんかやろうと思ったの? 別にやんなくても生活なんてできるでしょ?」


「俺がコンビニを始めた理由か… クククッ、修二もそんなことを訊いてくるようになったんだな…」


「何笑ってんだよ…」


「いいや、別に。 だが、ちょうどいい。お前には言っておきたいことがある」


 叔父さんは壁にもたれながら、店内の様子を眺めて客がいないことを確かめると、俺に向かって真剣な眼差しを向けてきた。



「あのな、修二… うちのご先祖様は代々この辺りを治めてきたんだよ。言うならば大きな庄屋って感じかな。小作人の人に土地を貸し、そしてそこから収益を得ていた。簡単に言うと小さな領主って訳だ。だからうちの一族は結構恵まれた生活を送ってこれたんだよ… まあ今風に言えば『勝ち組』ってやつだな…」


「ふぅ~ん… それで?」


「……修二、お前は『勝ち組』って言ったら何を想像する?」


「何をって… そりゃあ優雅に楽しく暮らせるってことだけど…」


「ククッ… やはりお前はまだまだ子供だな。それじゃあ本郷家を継ぐことは出来んぞ」


―――いやだからさ、継ぎたくないって言ってるよね?



「俺には先々代、そして先代からずっと教えられてきた言葉がある。それはな、修二―――『持つ者はそれだけの責務を負わなければいけない』…だ」


………持つ者の責務?


「今の世の中はおかしくなっちまってる。ただ自分が金持ちになればいい……そんな欲ばかりを出して何ら責任を負おうとしない奴が多い。俺は親父からさんざ言われたもんだ。『うちのために働いてくれている人達の面倒はしっかり見ろ』ってな。それが持つ者の責任だって…」


「でもそれがどうしてコンビニと繋がるの?」


「修二… 何で『コンビニ』って言うか知ってるか?」


「それぐらい知ってるわい。コンビニエンス――『便利』って意味だろ?」


「そうだ。コンビニは本当に便利だ。今じゃコンビニさえあれば生活が出来ると言っても過言ではない。だから俺はこの便利さを地域の人達に提供したいと考えたんだよ」


「お金儲けじゃなくって?」


「かかか… 当たり前だ。コンビニなんぞさほど儲かりはしねーよ。それよりもな、少しでも周りの人達が便利に暮らせるためにこの店を始めたんだ。そしてこの店が上手くいけばもっと田舎の地域にコンビニをオープンさせようとも思っている」


「えッ? まだ店を増やすの?」


「そうだ。それこそが俺のやりたいことだ。コンビニってやつは田舎にほど必要なものなんだよ。田舎には老人が多く暮らしている。足腰が不自由で遠くに出向くことが大変な人も多い。だからこそそのような場所にコンビニが必要なんだ。俺はそんな田舎に便利なコンビニを提供したい。利益なんか出なくっても少々の赤字ぐらいだったらそれでいい。 修二……それが持つ者の責務ってやつだ」


 叔父さんは遠い眼をしながら、何かに納得するかの如くそう言って一人頷いていた。


………叔父さん


 ただのキャバクラ好きじゃなかったんだね。


 俺は複雑な心境に囚われてしまった。

どれぐらい複雑か、それを例えるとするなら…そうだ! のび太を助けるジャイアンを見た時のような感じだ。


 冗談はさておき、俺は叔父さんの本意など微塵も知らなかった。

暇を持て余していたからコンビニでも始めたのかと思っていたのだが……


「修二、お前ももうすぐ大人になる。そして何らかの仕事に就く。だからこの言葉だけは覚えておけ。―――どんな仕事にも責任はしっかりとある。そして、その責任をしっかり果たすと必ず誰かがその恩恵を受けることが出来る。その結果、その恩恵は幾ばくかの幸せをもたらすこともある。だからこそみんな自分の仕事を頑張ろうと思えるんだよ…」



………ふん、急に大人ぶりやがってこのオヤジ


 いきなり説教じみたことを訊かされた俺はそう言いたくなった。―――だけど、言えなかった。 その言葉には重みがある。それにかなり癪だが納得させられてしまう。


 叔父さんは自分の成すべきことをやるためにこの仕事をしている。俺は大人になった時、そのような想いを抱きながら仕事に向き合うことが出来るのだろうか?



「がはは… まあ今のお前に全てを理解しろとは言わん。自分のやるべきことってのは大学を出るまでに見つければそれでいい。それよりも、だ。―――修二」


「………ん? なーに?」



「―――もう治ったみたいだな」


「何が?」



「どうして俺が去年、お前をここへ連れてきたのか……分かるか?」


「いいや、さっぱり。 ……って言いたいけど、そーだったんだね」



「がはは… まあそう言うことだ。お前の父親は俺の弟でもあるんだぞ。 修二、あまり俺の弟を困らせないでやってくれ」


「………悪かったよ、叔父さん」



「うむ、分かればいい。だが良かったよ。今年のお前は昔とちっとも変わってない。ようやく元のお前に戻ることが出来たんだな…」


「まあね……」



「だが、ほんとに懐かしく思えたよ。仲良くしてるお前と恭子ちゃんを見て…。去年とは大違いで楽しそうな顔しやがって…」


「うっせーよ」



「あははは… まあそう怒るな。事実を言ってるまでだ」


「さいですか……」



「修二―――」


「なに?」



「恭子ちゃんとの縁―――大事にしろよ」


「そんなこと………言われなくったってとっくに分かってるよ」



「そうか。ならいい」



 叔父さんはその一言を残して店の中へと消えていった。


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