78. 恋する資格…Ⅸ
佐藤の家を訪問してから3日後。
照りつける真夏の日差しにジリジリと焼かれ……ることもなく、クーラーからの心地よい涼風を受けながら、俺は快適な車内で宝くじに当選した夢を見ていた。すると列車はいつの間にか目的の駅に到着していたらしい。俺は慌てて列車から降りようとする。だが、それを阻止せんと車掌は無慈悲に扉を閉めにかかる。
俺と車掌の手に汗握る攻防戦、その結果は引き分けに終わった。
俺の右足はしっかりとホームを踏みしめている。だが、残念ながら左足は未だ車内の中にある。簡単に言うと俺は扉に挟まれている。仕方ないので俺はマジシャンの如く縄抜けならぬ扉抜けの技を披露して華麗にホームに降り立った。
衆人から降り注ぐ生温かな視線を受けながら、俺は改札に向かって歩き始める。歩きながら、俺を扉に挟んだ車掌に呪いの呪術を唱えていたのは言うまでもない。
やがて改札を抜けると、思いもよらぬ祝福を受ける。
ショートパンツからニョキっと出ている素晴らしき美脚が俺を誘っているではないか。
………なんとまあエロイこと。
俺はやんごとなき興奮を覚えた。
こんなもん滅多に見れるもんじゃない。穴が開くまで見てやろう。
そう思って俺が視姦…もとい観察を始めると、美脚はずんずんと俺に近付いてきて目の前でいきなり動きを止める。
………ヤバい、見付かった。捕まっちゃう。
人生最大のピンチを迎え、ガクガクとしながらブルブルと震えていると、何やら声が聞こえてきた。
「見つけた…」
―――はい見付かりました。
マジで捕まる5秒前。
俺は必死で幼気な少年の表情をつくり、哀願の眼差しを声の主に向けた。
………………。
なんだ、加賀美じゃねーか。驚かせるなよ、ったく。
でも良かったよ。―――知り合いで。
じゃなかったら俺は交番でかつ丼を頼むはめになってたところだ。
事情聴取を免れた俺は落ち着きを取り戻し、改めて加賀美に視線を向けた。
ショートパンツにタンクトップ、その上に薄手の半袖シャツを羽織った姿。パツキンも相まって今日は一段とエロさが際立っていやがる。 しっかし、いくら夏とはいえ、こんなに短いショートパンツを穿きやがって―――最高だろ。
加賀美はさらに近寄ってくると柔らかな安堵の表情を浮かべる。そして、俺の記憶にないような優し気な声音で話しかけてきた。
「良かった。修二を見つけられなかったらどうしようかと思って……」
「いやそれは大丈夫だ。お前が俺に気付かなくてもな、俺は絶対にお前に気付くから…」
「クスッ 私と修二ってさ、それだけ仲良くなったんだね。ほんと、噓みたい…」
加賀美はそう言いながら照れ笑いしている。
………いや違うから。そーじゃないから。
利用人数の少ないこんなに小さな駅舎、そこにパツキンでショートパンツ穿いたやたらとエロい女なんてお前ぐらいしかいないからね? それにお前ぐらい特徴あったらたとえ1000人の中からでも一発で見つけられそうな気がするわ。
「まあそれは置いといて ……加賀美、お前はしっかり考えてきたんだろうな?」
「………うん。それは大丈夫。よく考えてみてもやっぱりあたしはあたしだった。自分の想いの向く方向に真っすぐ進むのがやっぱ自分らしいって思う…」
「そっか。まあ詳しくは後で訊かせてもらうわ」
ここは加賀美が生まれ育った街。俺は加賀美に会うためにここへやってきた。
俺と加賀美が待ち合わせをしていた理由、それはこれから行われる四人での話し合いのためだ。加賀美の元カレ、加賀美の旧友、それと俺達二人。この四人で話し合いを行うのだが、その内容は言わずもがなの復縁についてである。
元カレから再三にわたって話し合いを求められていた加賀美。佐藤の言葉で自暴自棄になりかけていた加賀美はそれを受け入れようとしていた。だが、俺の介入で加賀美は冷静を取り戻し、元カレからの誘いを拒否した。そこで話が終われば良かったのだが、今度はなんと加賀美の旧友がしきりに元カレとの話し合いを勧めるようになってきたのだ。
そんなある日、加賀美は俺に連絡をよこしてきた。
『 私は、話し合いに行こうと思ってる 』
スマホ越しの加賀美の声は落ち着いたものであった。だから俺は加賀美に一言だけ返事を返した。
『 そうか。なら俺も行く 』
加賀美もそれに対して、同じように一言だけ返事を返す。
『 そう言ってくれると思った…… 』
加賀美は何かを決意したんだろう。それははっきりと分かった。
その答えが戻るという事なのか、それとも決別を宣言するものなのか、俺には分からない。それに分かったところでそれは意味をなさない。決めるのはあくまでも加賀美であり、そこに俺が口を挟むべきではない。
だが、今の俺の心にはある強い願いがある。
俺は加賀美の想いを知った。そして忠司の想いも知った。そして俺は願わずにはいられなくなった。
ほんと、人の性には困ったもんだ。
美しいと思えるものに感動を覚え、自然と心が惹かれていく。そして気が付けばすっかり惚れ込んでしまっている。二人の真心なんて知るんじゃなかった。お陰で俺は……まったく、やれやれだ。
加賀美はきっと何かしらの結論を用意しているのだろう。それが俺の望むものであれば最高だ。できればそうあって欲しい。だが、世の中にはどんでん返しのようなことも起こりえる。加賀美の出した結論が、いきなり覆る事だってありうる。それはどのような場合か?……そう考えた時、引っかかることが一つだけある。
………なぜ加賀美の旧友は手のひらを返した?
加賀美の旧友、それは中学時代からの加賀美の親友であり、加賀美に元カレの浮気をチクった張本人である。だが、それがどういう訳だか知らないが、今では元カレの味方となっている。
親友を傷つけた元カレを何故今になって擁護するのか? そもそも別れさせたのは旧友だろ?
そう考えた時にあることが頭に浮かんできた。
………元カレの想いは相当にでかいものかもしれない。
裏切りによって旧友は元カレに敵対心を持った。それなのに今は元カレを支持している。仮に元カレが正攻法でこの離れ業をやってのけたとしたならば、元カレの意思はとんでもなく強いとしか言いようがない。旧友を感動させるぐらいの何かを行動で示したんだろう。だとしたら、元カレの加賀美への想いは凄まじいものだ。
そんな想いを正面からぶつけられて加賀美の出した結論が揺らがないか?
それだけは本当に分からない。
だが、既に賽は投げられた。もう行くしかない。
「そろそろ行こうか。向こうはもう到着してんだろ?」
「……うん、さっき連絡があった。もう店の中に居るって…」
「そんじゃ、出発しよ。道案内頼むわ」
それから、俺は加賀美に伴われて話し合いの場となる喫茶店へと向かった。
先を歩く加賀美の背中に向かって俺は心の中で詫びの言葉を呟く。
………すまんな、加賀美。何も伝えなくて。許してくれ。
俺は佐藤が変化してきている事実を加賀美に伝えていない。
俺は加賀美を信じている。信頼している。だから加賀美には俺の信頼に応えて欲しいと願っている。
もし加賀美が俺の信頼に応えてくれたのなら、俺はお前を試した罰を受ける。それに見合った贖罪をしてやる。だから加賀美、願わくば俺の期待にしっかりと応えてくれ。
さて、いよいよ第三段階が始まるぞ。―――
―◇―◇―◇―
「あ、まどか… こっちこっち」
俺と加賀美が喫茶店に入ると、店の奥のから加賀美を呼ぶ声が聞こえてきた。声の方を向くと、加賀美の同類といった感じの女子が加賀美に向かって手招きをしている。俺は加賀美の後についてその席へと向かった。
「まどか~ 久しぶりだよね~」
俺と加賀美が席に着くと、旧友は懐かしみの表情を浮かべて加賀美に声を掛ける。そしてそれが終わると表情を一変させ、冷ややかな目を俺に向けた。ついでに言うと、俺が席に着く前から冷ややかな視線を送ってくださっている御仁がもう一人おられる。
四人が集合することで、場には懐かしさと敵対心が入り混じったカオスのような空気が生まれた。はっきり言って気まずいどころか吐きそうだ。
俺と加賀美が座席に着くと、加賀美は重々しい感じで先ず口を開いた。
「あ、この人はね……………」
「いいから、加賀美。自分で言う。 俺は本郷。加賀美のクラスメイトでちょっとした知り合いだ。今日は加賀美に頼まれたんで同席させてもらう。 大事なことなんで先に言っておくが、俺はこれからなされる話に首を突っ込まない。ただここにいるだけだ。だから俺のことは気にしないで存分に話し合ってくれ。―――ただし、あまり感情的な行動を取った場合はこっちもそれなりの対応をさせて貰う。 俺が言いたいことはこれだけだが、それでいいか?」
俺が加賀美を制して元カレを見つめながらそう言うと、
「ああ、わかったよ。それでいい」
元カレは落ち着いた感じで軽く頷いた。
それから、加賀美は俺に元カレと旧友を紹介した。
これから先の展開もあるので、一応名前と特徴だけ紹介しておく。一応ね。
先ず最初に元カレ。
名前は「二股やる夫」・・・じゃなくて、「三石比呂」
確かにイケメンで男らしい。それにチャラくない。だが仁志の足元にも及ばない。
そして旧友。
名前は「佐々木美海」
加賀美と同類のギャル。だが、残念なことに量産型。加賀美の超劣化バージョン。
さて、いよいよ茶番劇にも似た復縁物語という演劇が幕を上げる。
序章は当然の如く、旧友と元カレの独壇場となった。
過去の歴史に触れ、懐かしさを醸し出しながら必死に加賀美を説得しようと試みる。だが、二人が熱心に語っているのとは対照的に、加賀美は冷静にただその話を訊くだけであった。加賀美は何も語らない。
俺は全くの部外者。俺以外は全員同中の同窓生。だから話を訊いてても俺には何一つピンとこない。だから俺は何気なく元カレの様子だけを目で追っていた。……こいつはどうしてここまでする? そこだけは気になる。
やがて劇は中盤を迎える。
「まどか… 本当に俺が悪かった。俺はいくらでも謝る。だからあのことは許してほしい。俺は間違いに気づいたからもう二度とあんな過ちは犯さない…」
中盤では元カレによる謝罪の押し売りが始まった。
加賀美は元カレを断罪する発言など一切していないのにも関わらず、元カレは躍起になってただ謝罪と悔恨の念を繰り返し述べる。
―――あのさ、謝るぐらいだったら初めっからやんなければ? バカなの?
≪ 素朴な感想…その一 ≫
元カレは必死にその気持ちを伝えようとしているが、加賀美は未だに一言も発言をしていない。ただ黙ったまま、真剣な眼差しを元カレに向けるだけだった。それに業を煮やしたのか、旧友である量産型が口を挟んできた。
「まどか、あんたの気持ちは凄く分かる。私だって比呂の浮気を見つけた時は激怒した。でもね、あの後、比呂はその幼馴染とはっきりと別れたの。それは私も確認してる。それからずっと、比呂は私に対して謝ってきた。そしてまどかに対しても謝りたいと言っていた。あれからもう1年近くになるけど、比呂の態度は全く変わっていない。だから私は比呂が本当に後悔してると思ってる…」
―――後悔してるから……なんなの? やっぱ量産型の思考ってその程度?
≪ 素朴な感想…その二 ≫
そして劇は佳境を迎える。
「なぁ頼む、まどか… 俺の元に戻ってきてくれ。俺にとって必要なのはお前の真っすぐな気持ちだってようやく気付けたんだ。お前はいつも俺の傍で居ようとしてくれた。それがどれだけ有難いことか、今はそれが骨身に沁みてよく分かっている。俺は絶対お前を幸せにしてみせるから…」
元カレが加賀美に執着する理由、それが明確に分かった。
かつて自分に向けられていた真っすぐな想い、それを失ってから、ようやくその真の価値に気付いたようだ。
「そうよ、まどか。 比呂はね、あんたの事だけを想ってさ、どれだけ沢山の女の子から告白されてもそれを全て断ってきたんだよ? 自分に必要なのはまどかだけだって、いつも私にそう語っていた。これだけ想われてるならきっと幸せにしてくれるって。それに比呂はもう二度と間違いなんて犯さないって…」
―――自分の希望を述べるのは勝手だが、それを相手に押し付けるな。それで相手が幸せになれるなどとよく勝手な想像が出来たもんだ。お前らの脳ミソの中では花でも咲いてるのか?
≪ 素朴な感想…その三 ≫
元カレと旧友は必死になって加賀美に迫る。
だが、加賀美はそれでも言葉を全く発しない。ただ黙ったまま、真剣に話を訊いているだけであった。
やがて、劇は終演の刻を迎える。




