76. 恋する資格…Ⅶ
「そうだね。僕も本郷君とは話してみたいと思ってた。色んな意味で……」
俺の言葉に、佐藤は躊躇うこともなく直ぐにそう応えた。
………なるほど そうだったのか。
どーやら話をしたかったのは俺だけじゃなさそうだ。もしかしたら佐藤も何かの切っ掛けを探していたのかもしれん。じゃないといきなり本音をぶちまけるようなことはしないだろう。やはり俺は本当の意味で佐藤を理解できていなかった。奴の言葉や態度からそれを全く気付けなかったなんて……ほんと、俺はおバカさんだわ。美月にいつも言われてる通りだな。
だが、だとすればこれからどうするか…だな。
どちらが先か。………俺が佐藤に訊ねるのか、それとも佐藤が俺に訊ねるのか
………いや、ここは話の流れ通り、先に俺から訊ねるべきだな。
俺の問いかけに対して佐藤ははっきりと言った。――加賀美の事が好きだと。
ならその言葉が冷めぬうちに、本心を詳しく訊き出した方が良いと思う。
よし、なら話を始めるか…。
「佐藤、俺に訊かせてくれないか?」
「………いいよ」
そこから、俺と佐藤の本音語りが始まった。
佐藤はこの先、嘘や誤魔化しは使わないだろう。奴の表情を見ればわかる。なら俺も同じだ。佐藤に何を訊かれても全て本音で答えてやる。俺と佐藤が真の親友となれるのか、この先の二人の態度でそれは決まるだろう。
男同士の真剣な話し合い。前置きなんて無粋なものはいらない。直球勝負で行かせてもらうぞ。だから佐藤、お前もフルスイングで応えてくれよ。
「佐藤……なぜお前は加賀美にあんなことを言ったんだ? お前は加賀美の事が好きだって、たった今言ったよな? ならなぜ? どうして? 普通は好きな相手にあんなことを絶対に言わないぞ?」
「―――そっか。……本郷君、訊いたんだね……加賀美さんから」
俺から放たれた直球をくらっても、佐藤は多少の驚きを示しただけで至って冷静だった。
よし、いける。……そう感じた。この様子なら佐藤もきっと核心の部分を話してくれるだろう。
ならば続けるのみ。
「ああそうだ。余りにも加賀美の様子がおかしかったからな…」
「だからさっき僕に加賀美さんの事を訊ねた………」
「そうだ……」
俺がそう言うと、佐藤は微妙な笑みを浮かべた。それは愉快だかではなく、ましてや嘲笑うものでもない。誰の目から見てもそれは自嘲の笑みだと分かるものだった。
自嘲する…それは即ち自分の愚かな部分を自覚しているってこと。なら佐藤には俺の言葉が通じる筈だ。余り佐藤を責めたくはないのだが、今は敢えて厳しい言葉を使わせてもらうぞ。
「佐藤、お前は加賀美がなぜ元カレと別れたのか、その理由を訊いたんだろ? それに加賀美の気持ちだってお前は知っている。 それなのにどうしてあんな事を加賀美に言った? お前とは思えない程あの言葉は酷いものだと俺は思うぞ…」
俺は核心に迫った。はっきり言って佐藤の言動は矛盾し過ぎている。だが、その矛盾の中にこそ佐藤の真意が隠れている。俺はそれを訊き出そうとした。
俺の問いかけに、佐藤は数舜目を閉じ、想いをまとめると、俺を見つめ直してしっかりとした口調で語り始める。
「酷い言葉か… 確かにそう言われても仕方ないよね。でもね、僕はそんなつもりで言ったんじゃない。彼女の事を考えて、彼女の幸せを考えて…僕はあの言葉を口にしたんだよ」
………加賀美の幸せを考えて? なに言ってんの、佐藤?
「おい、それはどう考えてもおかしいだろ? 加賀美が好きなのはお前なんだぞ?」
「加賀美さんから訊いたよ。その彼は見た目も良くて、男らしくて……加賀美さんが初めて本気で好きになった人だって。ただ、その彼は誤りを犯した。それを加賀美さんは許せなかった。でも、今の彼はそれを悔いて加賀美さんを求めている。彼がもし本気で悔い改めたのなら、加賀美さんにふさわしいのは僕じゃなくてその彼なんじゃないのかな?」
クソッ…加賀美の馬鹿め! だから言わんこっちゃない。
自分の好きな男に昔の彼への想いを話してどーする? しかも馬鹿正直に全てを話しやがって。イケメンで男らしいその元カレに本気で恋をしたとか……そんな細かい説明などいらんだろ? そんなもん訊かされたら誰だっていい気分はしないって。
でも、多少は理解できてきたような気がする。
自分の好きな女が元カレとの復縁話を相談してきた。その女は説明する。元カレはイケメンで魅力的な男子であり、本気で好きだったと…。それを訊かされた男の気持ちとしては… ふむ、確かに「じゃあ元カレのところに戻れば?」と言ってしまいたい気持ちにもなる。簡単に言うと嫉妬みたいなもんだな。
よし、そういうことなら話は簡単かもしれん。
要は加賀美の本心を佐藤に説明してやればいいだけだ。それさえ理解できればきっと佐藤だって納得いくだろう。……ったく、加賀美のバカ女め。どんなけ俺に迷惑かけたら気が済むんだ、まったく。お詫びに一度でいいからその脚に顔をスリスリさせろってんだ。(冗談と見せかけた本音)
あのな、佐藤… はっきり言わせてもらうが、加賀美って女はな、本物の馬鹿なんだよ。
あいつは馬鹿が付くほどお前に惚れてる。だからお前にありのままを全て話した。隠し事を一切したくないって想いでな。だってそうしないと本物の信頼関係が築けないだろ?
佐藤、……加賀美は馬鹿が付くほど一途なんだ。あいつは自分の好きな相手に対して全力をぶつける。確かに昔はそれを元カレに向けていたんだろうがな、今はそれをしっかりと佐藤に向けているんだよ。
俺は加賀美から全てを訊いた。
なぜ佐藤を好きなのか、どんな経緯だったのか、そして……今何を考えているのか。
はっきり言って俺の完敗だった。なんせ俺は加賀美の話に感銘を受けちまったんだから。まさか俺が加賀美を認める日が来るなんて正直考えたことも無かったよ。加賀美の想い…それは確かに本物だ。加賀美を嫌っていた俺が言うんだから間違いない。
さて、それをどうやって佐藤に理解させれば良いか。
勘違いを起こさないように、そこは慎重に話を進めねばならない。やはり加賀美の正直な気持ちを前面に立てるしかないな。
「確かに加賀美はその元カレが大好きだったのかもしれん。でもそれは昔の話だ。今は違う。今はお前のことだけを想っている。なんせ俺はいつもお前らを傍で見てきたんだからそれは自信を持って言える。だから加賀美の幸せを思うんだったらさ、……佐藤、お前が彼氏になってやればいいんじゃないのか?」
「そうだね。今の加賀美さんの気持ちを考えればそれが正解だと僕も思う」
よし、確かな手応えだ。これならいける!
「だろ? 佐藤は何でも真面目に考え過ぎなんだよ。昔の彼なんて無視無視。今が一番大事なんだから…」
「確かに今が大事だよね。……でもね、その先は? 半年後、一年後、さらにもっと先は? 果たして加賀美さんは今と同じ様に僕の事を好きだと思ってくれているのかな?…」
「………えっ?」
「僕みたいな平凡で魅力も無い男子を…加賀美さんはいつまでも好きだと思ってくれるのかな?」
「さ、佐藤…… お前、何を言ってる………」
「本郷君はよく言ってたよね。―――『二人は似合っていない』って。僕はその言葉を聞いて自分でも確かにって思ってたんだ…」
「ちょ、ちょっとまて佐藤、それはな………」
「加賀美さんは可愛くて女性としてとても魅力がある。でも僕には男性としての魅力なんてない。だから僕と加賀美さんでは釣り合いが取れない…」
「はぁ? なに勘違いしてやがる。俺が似合っていないと言ってたのはだな、人格者であるお前に対して野蛮な加賀美が似合ってないと言ってたんだ。見方も逆だし意味を完全に履き違えているぞ」
「ううん、そうじゃない。確かに本郷君はそんな意味で言ってたんだろうけどね、僕が感じていたのはさっき言った通りだよ。僕に対して加賀美さんは価値が大きすぎる…」
おいおいどうした? なんか話のベクトルが変な方向に向かってるんだけど。しかもなんか特大のブーメランが返ってきてる気がするのは気のせい? ってか、こんなの加賀美に絶対言えないだろ? 言ったらガチのマジで俺は加賀美に殺される。そんなのやだ。
あのね、佐藤くんは自分でも似合ってないと感じていたんだって。ボクが似合ってないと言ってたのを真に受けた訳じゃないんだよ? だからボクのせいじゃないよね?………ダメだ。こんないい訳したら爆炎にガソリン注ぐようなもんだ。
ねぇお願い佐藤くん、考え直して? ふ、二人はとぉ~ってもお似合いだよ? 間違いなくベストカップルだって。 だから…ね、考え直して。修二君の命が掛かってるんだからね?
「さ、佐藤くん… そ、それは考え過ぎじゃないかな。確かに加賀美さんはモテるけど言うほどじゃないよね? それに君には誰にも負けない優しさがある。加賀美さんだってそこに惹かれてる。見た目の価値だけが全てじゃないよね? 中身だって重要な価値でしょ? 大丈夫、佐藤くんは加賀美さんに引けを取らない大きな価値を持ってるって…」
震える声で懇願するように説得してみた。
………神様 仏様 佐藤様 どうか僕に未来を下さい。このままいけば僕に来年はありません。
「優しさ…か」
賤しき僕なんかの言葉を拝聴された佐藤様は、遠い目をなされて何かに思いを馳せておられるご様子でありました。深き思慮を巡らすそのお姿は誠に神々しい限りです。ええほんとにもう。
「本郷君…」
「はいなんでしょう佐藤様…」
「優しさに… そこまで価値があるのかな?」
「………はい?」
「見た目は普通だけどさ、優しくて評判の良い男子がいたんだよね…」
「それが何か?」
「その男子の優しさに惹かれた女子がいてね、ある時からその二人は付き合い始めた。その女子はクラスでも評判の可愛い娘だったんだ…」
「………」
どうしたの、佐藤くん? いきなりなんなの?
「でも結局、二人は別れちゃった。……その男子はね、その女子に捨てられちゃったんだよ」
「………はぁ?」
「その女子は自分に見合ったイケメンで人気者の男子の彼女になった。付き合っていた男子にこんな捨て台詞を残してね…」
『 ごめんね。あなたの事は好きなんだけど、やっぱり大好きにはなれなかった 』
「お、おい…」
「その男子はね、必死に彼女を繋ぎとめようと努力したんだけどね、結局無駄だった」
「―――なにが言いたい、佐藤」
「結局さ、優しさの価値って……そんなもんじゃないの?」
「………!」
「その男子はね、ショックから立ち直れなくてさ、学校も休みがちになって、やがて心を閉ざして病んじゃった。仲の良かった友達さえ拒絶して一人ぼっちになっちゃった…」
「………」
「その男子は僕と一番仲の良かった友人。僕は彼の傍で彼女の心が彼から離れていく様子をずっと見ていた。彼女が彼を裏切る様子を見ていた。でも、僕には何もできなかった。そして、僕は大切な友人を失った…」
「佐藤… お前…」
「結局、釣り合わない二人が付き合うからこうなるんだよ。彼女はやっぱり優しさだけでは満足できなかった。自分の価値に見合った男子を求めた。……本郷君、釣り合わない錘が平衡を保っていられると思う? バランスが取れると思う?」
「………わかった、もういい」
「釣り合わない二人が付き合ったら結局は不幸になる。僕はその一部始終を見た。だから僕は嫌なんだよ。怖いんだよ。大好きになった人が自分に背を向けて遠ざかっていく姿なんて見たくないんだよ!…」
「もういいから、佐藤。 仕方ない。お前がそう思ってしまうのも仕方ないよ」
「僕はおかしなことを言ってるって自覚はある。女の子が皆彼女のような行動を取る訳じゃないことだって知ってる。でもね、自分に見合わない可愛い女子を彼女にして、いつも不安に怯えるような日々は送りたくない。僕はね、今でもあの時の光景を覚えてるんだよ…」
「………そうか」
「本郷君……」
「なんだ?」
「―――こんな僕がさ、加賀美さんを幸せにできると思う?」
「………どうだろうな」
…………。
最悪だ!
全く知らなかった。全く気付けなかった。
―――佐藤がこんなトラウマ抱えてるなんて。
確かにそう考えてみれば合点がいくことがある。
佐藤が加賀美に優しいのは全てが善意から来るものでは無いだろう…それは何となく感じていた。佐藤が加賀美を見る目は、少しだけ他とは違っているように思えていた。だから俺は単に時間が必要なだけだと思っていた。時間を重ねればいずれは…と。でも二人の仲はある一定のラインから決して縮まることは無かった。
はっきり言って今のままでは佐藤と加賀美が付き合う未来は無い。
本当はこんなことなど絶対に言いたくはない。だが……佐藤は完全に病んでいる。
完璧に詰んでいる今の状況……
どうすればいい? この状況を覆す方法なんてあるのか? このままだったら加賀美どころか佐藤は女子と付き合うこと自体が不可能だぞ?
俺は必死で考えた。
この問題、もはや加賀美がどうのこうのではない。佐藤のトラウマを払拭できない限り先なんてない。
―――俺には、これしかないよな。
佐藤、お前は悲惨な体験をしたんだな。
だがな、そんな奴は世間に沢山いる。俺もそのうちの一人だ。
だがな、言っておくが俺の体験はお前よりも酷いもんだ。なんせ俺は当事者そのものだからな。俺から言わせればお前なんてまだまだぬるい。それぐらいで折れてんじゃねーよ。
佐藤… 俺も悲惨な体験をしたがな、俺は恋を諦めたりなんかしてねーぞ。




