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74. 恋する資格…Ⅴ



「もし、俺が中学の時にお前に告白したら… お前はなんて答えた?」


………。


 友情はあくまで友情であり、恋愛の感情とは一線を隔するもの。それは理解している。世の中にはそれをしっかりと踏まえて、男女の間で友情を育んでいる人達も確かにいる。―――だが、俺はそうじゃなかった。昔の俺は全ての意味で恭子に対して愛情を抱いていた。


 恭子はどうだったんだろうか? そして佐藤はどうなのか? 俺という人格からは二人の気持ちを推察することが出来ない。恭子は誰よりも俺の良き理解者であった。だが、恭子が俺に対して恋愛的な感情を見せることは一度も無かった。俺に初めての彼女が出来た時も、ただ「良かったね」と祝福の言葉を述べるだけだった。結局、佐藤もそれと同じなのだろうか?



 恭子や佐藤の態度を非難するつもりなど全くない。人は自分の感情に従って生きるもの、だからどのような態度を取ろうが誰からも非難されることなどあってはならない。だが、異なる感情を持つ俺としては、どうしても自分と異なる意見を訊きたくなってしまう。



 俺は冷静だった。決して混乱していた訳じゃない。佐藤の行動を考えると、それと酷似する行動を取っていた人物が思い当たった。だから俺はその人物に訊ねたかった。……単純にそれだけだった。

だが、……



―――しまった!



 眼前の光景を見て、俺は思わずそう叫びそうになった。



 瞬きもせず、眼を見開かせて感情を失ったように呆然と俺を見つめている恭子。驚きというよりも衝撃を受けて身動きがとれない様子だ。


………やっちまった、チクショウ!


 失言……なんてレベルではない。

禁句を口にしてしまった俺は自分の馬鹿さ加減を呪う気持ちでいっぱいになった。



 この言葉、絶対に恭子には伝えないと俺は心に誓っていた。冗談抜きで墓場まで持っていくつもりだった。仲の良い幼馴染…恭子にとって必要なのはそんな自分であり、恭子に恋愛感情を示す自分ではない。


………どうしたらいい?

襲い掛かってくる困惑に俺の思考は迷走しまくる。吐いた言葉を無かったことに… できれば苦労しないが、恭子を見ればそれが不可能なことぐらいすぐに分かる。やばい、恭子に掛ける言葉が見つからない。



 気持ちばかりが焦り、眼の前が何も見えなくなっていた俺。

だが、……



「クスッ… そーだね~ 私はなんて答えたのかしら…」


 突然、何かを懐かしみ、優しく語りかけてくるような声音が俺の鼓膜を揺らした。


「修二が私に告白かぁ~ うふふ… 全く想像ができないや。 あの頃の修二ってさ、……あんまり私の方を向いてくれてなかったような気もするし…」


 冷静を取り戻した恭子は昔を思い出すように、柔らかい表情をしてそう語り始めた。



「でも、どーなんだろ? 真面目に考えてみて… やっぱ答えは『分からない』かな。あの頃の私ってさ、恋愛なんて全く考えていなかったし… だからね、どんな答えを出したのか自分でもよく分からない…」


 そう言ってクスクスと微笑む恭子。俺はそんな恭子を見てほっと安心したが、同時に意外だと感じる部分もあった。俺が恭子に恋心を抱くという話を聞いても、恭子は思いのほか冷静に答えている。



 何とかなりそうだ。……そう思った俺は話を佐藤たちの方に戻そうとした。


「まあ、そりゃそーだろうな。確かに恭子はそんな感じだったし、俺だって恭子に『好き』って言葉を言ったことも無かったからな。想像がつかないってのが当たり前だわ。だからさ、今の佐藤は昔の恭子と同じ感じじゃないかと俺は思う部分があるんだよね。加賀美は俺と違って佐藤に気持ちを伝えているが、佐藤は恋愛に興味が無いって言うか……」


「う~ん、確かにそうかも…だね」


「だろ? だから俺は佐藤にそこんとこを訊いてみたいって思ってるんだが…」


「うん、私もそれがいいと思う。だってさ、友達だから言うって訳じゃないんだけどね…… まどかちゃんの想いは本物だと私は思ってるの。だから付き合えばきっと佐藤くんだって幸せになれる…。そう確信できるから……佐藤くんにはまどかちゃんの事を真剣に考えて欲しいって私は思っちゃう」


「そっか。まあ加賀美に肩入れするのは癪なんだが、俺も恭子に1票だな…」



 それから俺達はもう少しだけ、加賀美と佐藤の事について話し合った。

いつもは冷静な恭子が、やたらと感情的になって話に夢中になる姿には正直驚かされたが、恭子の感情が高ぶっているのも途中から納得できたような気がしてきた。


………そういや恭子も恋する乙女だっけ。


 恋をしている女の子同士、恭子はそんな共感を加賀美に対して覚えているのだろう。感情移入とでもいうのか、恭子はまるで自分の事のように熱く語ることが多かった。



 やがて話も佳境を過ぎ、語りたいことはお互いに出し切った感じとなった。そして俺はスマホで時間を確認する。時刻を見れば、俺達がこの店にやってきてからもう1時間が経過していることが分かった。



「あのさ、恭子… 実はこの後、俺は佐藤の家に行くことになってて……」


 はっきりとした時間は決めていないが、俺は準備を整えたら佐藤の家に向かうと言ってある。流石にあまり遅くなるのもどうかと思い、俺は恭子にそろそろ店を出ようかと言った。


 俺は鞄を持ち、席を立とうとしたが……なぜだか恭子は座ったまま動こうとしない。



「恭子… どうした?」


俺は様子を窺うように声を掛けた。すると…


「あのさ、修二… 修二は私に質問したよね?」


 恭子は両肘をテーブルに立てて手を組み、その上に顎を乗せた状態で静かにそう言ってきた。……なんだろう、俺の背中を大粒の汗が零れ落ちていくのを感じる。



「……し、したけど それが?」


「なら私からも質問させてくれる?…」


 予感的中。多分そんな事だろうと思った。

さてさて、どんな質問をしてくるのやら… 悪い予感しかしないんだけどね。でも最初に質問したのは俺の方。だからここはこう言うしかない。



「ああ、いいぞ。何でも訊いてくれ…」


さあドーンときやがれ、恭子。 何でも答えてやるぞ!


「あのさ、修二……」


「なんだ?…」


「逆にね、私が中学の時にさ、……修二に告白したとしたら……修二はどう答えた?」



――ド~~~ン!!!――



 ほ、本当にドーンってきやがった。

やっべ… おれ、どーしよ? なんて答えればいいの? ねぇ誰か教えて?

い、いかん… 夏とは関係ない汗がダラダラと湧き出してきて止まらねえ。


「…………い、いや、あのさ… 恭子たん…」


「なぁ~んてね…うふふ。それは冗談」

「きょ、恭子……」


「本題はね……」

「本題は?」


「修二から見てさ、私ってどー思う? 幼馴染を抜きにして、一人の女の子として……」



 何やら怪しげな笑みを浮かべながらそう訊いてきた恭子。

だが俺はそんな恭子の言葉にホッと胸を撫で下ろす。恭子に告白されたときの返事を答えさせられるのに比べたら、これに答えることなんて余裕ってか楽勝だ。そんなもんいくらでも言える。



「俺が恭子を一人の女子として思うことだよな?」

「んふふ… そうそう。修二から見て私ってどうなのか訊いてみたい…」


「俺が素直に感じてるのは………」

「感じてるのは?…」


「見た目は申し分ない美人。もはや綺麗って言葉を簡単に超越する程にね。それでいて可愛さも兼ね備えているし、まさに最強って感じたと思う。それに性格だって優しくって思い遣りもあるだろ?(俺に対してだけは微妙だが…) だからクラスの奴らが天使だと言って騒ぎ立てるのにも納得がいってる。あっ、そうそう、それにさ、スタイルだって抜群でいつでもモデルデビューできるって感じだしさ、………………」


 俺は饒舌になって感じていることをストレートに話した。

女性としての恭子なんて褒めるとこだらけ。ネタに困らないんでいくらでも話すことが出来る。


 ガガガッ……

話の途中で急に椅子を引くような音が聞こえてきた。



「し、し、修二… も、もうやめて。お願いだからもうやめて…。あああ~~~っ!」



 恭子はいきなりそう絶叫すると、両手で顔を覆い隠してまるでお辞儀でもしているかのように俯いてしまった。


 はて? 素直に感想を述べろと言われたから言っただけなのだが?

それにまだ言い足りない。細かいところまで述べればまだまだ山のように残っている。



 恭子はそれから3分ほど再起動できないままでいた。俺はそんな恭子をただ不思議そうに見つめるばかり…。


 おかしい。だってこれってさ、クラスの皆も言ってることだよ? 普段からこれくらいの事って訊き慣れてると思うのだが…。



 暫くして、恭子はようやく顔を上げたが、その表情からはかなりの衰弱が見て取れる。悪口を言われたのならともかく、俺は恭子を褒める言葉しか発してない。なのに何でこんなに憔悴してんの? それになんだかふらふらしてて地に足がついて無いって言うか。……ほんと、変な恭子たん。



 それから俺達はハンバーガーショップを後にして帰宅に就いたのだが……


 俺は恭子にへばりつくような感じで、周りの視線から恭子を守ることに専念していた。頬をピンクに染め上げて、にへら顔で完全に顔面崩壊を起こしている恭子。あまり言いたくは無いが、さすがにこれは他人様にお見せできる代物ではない。こんなの見せたら恭子の人格が疑われてしまう。


 やたらとふらつく恭子の背中を押しながら、俺はほうほうの体でようやく恭子を自宅の近くまで連れ帰ってきた。



 これから俺は支度を整えて佐藤の家に向かうことになる。

本来なら二人でゲームをしてただ楽しむはずだったのだが… そーいう訳にもいかない。佐藤の本心を訊き出さねばならない。ただ……佐藤が素直にそれを語ってくれるとは限らない。だからと言って無理やり訊くわけにもいかないし… どうしたもんか。


 自宅を前にして、未だ放心状態の恭子の隣で、俺はこれから先の事を少し考えていた。すると…



「ねえ修二…」


正気を取り戻した恭子がじぃ~と俺のことを見つめている。


「どうした?」


「修二はこれから佐藤君の家に行くんだよね…」


「ああ、さっき話してた通りだけど…」


「―――頑張ってね」


「了解!」


 俺の一番好きな笑顔で励ましてくれた恭子。なんだかパワーがみなぎってくる。



「じゃあ、結果は必ず教えてね…」


 そう言って恭子は自宅に戻ろうとしたが、なぜか直ぐに立ち止まった。



「あのさ… 修二」


 振り返り、静かに俺の名を呼んだ恭子は、


「もう一度…… 訊いてくれないかな?」


 何処か神妙な面持ちでそんな言葉を俺に投げかけてきた。



「訊くって… なにを?」

「ほ、ほら… さっきお店で私に訊いてきたアレ…」


「―――アレ?」

「そう、アレ…」


 さっき生まれたばかりでほっかほか状態の俺の黒歴史アレ、恭子はそれを早速再生しろと言ってきやがった。



 あのさ、恭子たん……


 何でも言うこと聞きます願いだって3つまでなら叶えてあげます。

だからさ、……お願い、アレは無かったことにしてぇ~~~!


 ほんとお願い、今すぐ記憶から抹消して。過去を振り返るなんてね、そんな後ろ向きな考えは良くないんだよぉ~。もっとさ、前だけ見て生きていこうよ! ほら、明日は楽しい事で溢れてるかもしれないんだし……。



「修二… ほら、もう一度言ってみて…」


 俺の願いは恭子に全く届かなかった。端的に言うとガン無視された。


「………い、いや あれは例えばの話であって…」


「いいから早く……」


 絶対に引かないかんね!…そんな気持ちが恭子の表情にくっきりと出てる。

是非も無し……俺は黒歴史を再現することにした。



「こほん… も、もしさ、…俺が中学の時に恭子に告白してたら、……お前はなんて答えたんだ?」


 言ってて普通に死にたくなってきた。口を滑らせた俺を百回ぐらい殺してやりたい。―――なんでおれ、こんなこと一日に二度も言ってんの? バカじゃねーの?

………はい、バカですがなにか?



「うふふ… わっかんなぁ~い!……ただし、中学の時はね」


「はぁ? 中学の時は?」


「そう…」


「じゃあ……今は違うのか?」


「クスッ… 今だったらこういうかな~」


「どー言うの?」


「―――『うん、喜んで付き合います!』…かな」


「…………はぁ?」


「それじゃあね。しっかり佐藤くんから話を訊いてくるんだよ~」



 恭子はそう言うと、駆け足で自宅へと戻っていった。

いつもは振り向きながら手を振ってくるのに、今日はなんだかやたらと慌てているようなご様子。


………あいつはいったい


 何が言いたかったの? なんで中学の時と今で答えが変わんの?

それに今は好きな男がいるんじゃなかったのか?


……まったく、よーわからん。


 それよりも…だ。


 今は佐藤の事を考えねばならん。

さてさて、どーやって話を持ち出せばいいのやら…。



 俺はその事に思案を巡らせながら自宅に戻り、佐藤の家に行く準備を始めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ご多用のところ、詳細に有り難うございました。 恋をする資格がない、という点を克服しないと、誰とも恋愛ができないのか、それとも、「恭子には自分は相応しくないが、この子だったら」という、ある意味…
[一言] 実質、告白されたのに、全く分かっていない? そこまで鈍感て、あり得るのでしょうか?
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