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73. 恋する資格…Ⅳ



 加賀美の話を訊いてから2日が経った。

今日は最後の登校日。明日から待望の夏休みが始まる。


 夏休み、それは生徒にとって最も歓迎されるイベントだ。なんたってこれ程長い休暇は夏休みをおいて他にはない。これから暫くの間は学校に縛られることもなく、自由気ままな生活が送れるというのは誰にとっても有難い。まあ部活やバイトをやっている奴らはそうもいかないだろうが、つまらない授業を受けずに済むって事だけでも、夏休みは皆にとって最大の楽しみであることに変わりはない。


 だから当然ともいうべきか、朝から教室は異常に盛り上がった雰囲気に包まれて喧騒が鳴りやむ様子は全くない。もうすぐHRが始まろうというのに時計を気にする者は誰もおらず、みんな浮かれた顔で楽し気に喋っている。



 だが、世の中に例外はつきもの。クラスの皆は一様に嬉しそうな顔をしてはしゃいでいるのに、それに全く馴染まない異端の輩が二名ほど見受けられる。


 一人は仁志。

まあこいつはどーでもいい。いつもの事だ。逆にこいつの浮かれている姿など怖いから見たくない。問題はもう一人の方だ。


 もう一人は言わずもがなの加賀美。

加賀美は登校してくると黙ったまま真っすぐに自分の席へと向かい、着席するとそのまま机に突っ伏して動かなくなった。以前のように佐藤のところへ飛んでいくこともなく、自分の席でじっとしたまま体中に強烈な負のオーラを纏わせて異次元の世界を構築している。


………ったく、ちょっとぐらいは体裁ってもんを考えろ。


 いくら問題を抱えているとはいえ、少しぐらい場の空気を読めってんだ。あれじゃ悪目立ちしちまって逆に「かまってちゃん」って感じに見えてしまうだろ。お前がそんな態度してたら……って、あ~あ、言わんこっちゃない。



 加賀美を見ていた俺の視界に、クラスでもチャラいので有名な二人の男が入ってきた。


 落ち込んでいる様に見える加賀美を気遣う……ふりをしているが、奴らにそんな気はさらさら無いようだ。やたらとニヤついた表情で、さも親し気に声を掛けながら異常に距離を詰めている。


 奴らの魂胆なんてもう透っけ透けの丸見え。あいつらが気にかけてんのは加賀美の気持ちじゃなくて加賀美の身体だろ?優し気な男を演じて加賀美の気を惹こうとしているが、……お前らさ、下半身が「愛情よくじょう」で膨張してんぞ。ほんと、下心丸出しで下品極まりない。



 加賀美はああいった連中にやたらと人気がある。まあ理由なんて言う必要も無いだろう。ギャルにチャラ男…もはや鉄板の組合せだ。なまじ佐藤といるよりも、あいつらと一緒にいる加賀美の方がしっくりくる。


しっかし、―――


 俺は視線を移した。

眼に入ってきたのは、俺の隣の席で周りの奴らと楽し気に喋っている佐藤の姿だった。加賀美を気にする様子も一切なく、その表情からは焦りや戸惑いといった感情は全く見受けられない。


………やっぱ俺は勘違いをしてたんだろうか?


 この席になって数か月、俺は佐藤と加賀美の様子をずっと見続けてきた。ってか、いやでも目に入ってきた。二人の様子を近くで見てきた俺の素直な感想、それは「お前らさ、いつになったら付き合うの?」って感じだった。


 佐藤はいつも粘着してくる加賀美の事をぞんざいに扱ったことなど一度もない。それどころか俺が加賀美をぼろ糞に貶すと、佐藤は加賀美の事をしっかりと庇う。だから俺はてっきり佐藤も加賀美の事を……って、思っていたんだけど。


 だが、佐藤が加賀美の事を本気で好きなら、今の加賀美を黙ったまま放っておく筈はない。自分の好きな女があんなゲスい野郎たちに絡まれてたら、俺だったらとっとと追い払いに行く。まあ佐藤は大人しい奴だからそうはできないかもしれんが、でも笑ったままやり過ごすってことは無いだろう。


 不思議というか理解に苦しむというか…… やはりその辺のところを一度佐藤に訊いてみたい。加賀美の事情を抜きにしても、そこはなんだか気になってしまう。



 だがその前に……

死肉に群がるハゲタカ共を追っ払いに行くか。まったく、しょーがねぇ~な。


 俺は重々しく腰を上げた。

席を立った俺はチラリと佐藤を横目で見て溜め息を零すと、ゆっくりと加賀美の席へと向かった。



 加賀美の席に近付くと、ヤローたちの喋り声が聞こえてくる。


「なあ、どうしたんだよ? なんか困ってんだろ? ならまかせとけって。俺達が相談に乗ってやるからさぁ~」


 けっ!…ぬぁーにが相談に乗るだ。サボテン並みのIQのくせしやがって。そもそもお前ら「相談」って漢字が書けるのか?それにお前らが乗りたいのは相談じゃなくって加賀美のから……だ……ごっほん、あぶねーあぶねー。 R―15ってことを忘れてたぜ。


………さて、あいつら無視して加賀美を拉致っていくか。


 そう思って加賀美に声を掛けようとした瞬間、


「まどかちゃ~~ん。あのさ、ちょっと相談があるんだよね~ 話を訊いてくれない?」


 とある美少女がそう言いながら、いきなりチャラ男たちと加賀美の間に割って入ってきた。



 唖然としている加賀美とチャラ男たち。

だが、その美少女は間髪入れず勝手に話を進めていく。


「ねえ~ いいでしょ? ちょっと付き合ってよ~」


 そんな言葉を発しながら強引に手を取って加賀美を席から立たせた彼女。

そして一言。


「あっ、ごめんね~ ちょっとまどかに用事あるんだけど… いいかな?」


 その美少女はチャラ男たちに全く感情の籠ってない愛想笑いを送る。


「……え、い、いや… 俺達のことは気にしないで。高科さん…」


「そう? うふふ… ごめんねぇ~ じゃあいこっか、まどかちゃん…」


 恭子はにこやかな表情でお礼を述べると、そのまま加賀美の手を引っ張り、強引に教室の外へと連れ出していった。



 さすがは俺の幼馴染きょうこたん。なんともまあ鮮やかな手際だことで。

でも……やっぱり恭子も加賀美の異変に気付いてたんだな。




―◇―◇―◇―




 午前中の授業が終わり放課後となった。最終日の今日は半日授業である。

お昼で学校から解放された俺達は、これから待望の夏休みを迎えることとなる。


 授業が終わり放課後になると、教室内は一時的にカオスな状況となった。友達との別れを惜しんだり、遊ぶ約束を取り付けたり…これから暫くはクラスの皆とも顔を合わせる機会が無くなるので、みんなそれぞれの想いを発散させているって感じだ。


 そんな中でもやたらと人が集まっている場所が2つある。それは当然ともいうべきか、蝶野さんと恭子がいる所だ。男女問わず、みんな約束を取り付けようと必死になって2人の天使に迫っている。



 俺は自席を離れ、人込みを避けてその様子をぼんやりと眺めていた。

すると……


「じゅあね、本郷君。先に家に戻って準備してるから。また後で…」


 佐藤は楽しそうな笑みを浮かべながら俺に近寄ってくると、そう言っていそいそと一人で帰っていった。


 実は打ち上げ会で流れたゲーム大会、それを今日行うことになっている。だから俺はさっさと家に帰って泊り準備を整えて佐藤の家に向かわねばならない。……のだが、未だに恭子は大勢に取り囲まれたままである。



………ま、ちょうどいいか。

恭子を待つ間、俺は少し思案することにした。


 いったい佐藤は加賀美の事をどう思っているんだろうか? ただの親切心だけであそこまで加賀美に優しくできる? 好意はあるが、そこに恋愛感情は存在しない? 例えていうなら男女間での友情みたいな感じ?………


 やはり理解しにくい。

俺の眼から見ても佐藤と加賀美の間にはしっかりとした信頼関係があるように見えていた。なら、そんな相手に多少なりとも恋愛感情を抱いても不思議ではないと思うのだが。異性相手に恋愛感情を含まない確かな絆を結ぶことって……



「修二、ごめんね… 待たせちゃって。帰ろっか」


 ぼんやりと考え込んでいた俺のもとに恭子が駆け寄ってきた。集まってきた人達への対応に疲れたのか、冗談っぽく苦笑いを浮かべている。だが、その表情が変化していつもの明るい笑顔に戻ると、俺の背中を押しながら楽し気に歩き出す。


「うふふ… 明日からいよいよ夏休みだね…」


 廊下に出ると満面の笑みでそう語りかけてくる恭子。


「ああ……そうだな」


 そんな恭子に対して、俺は相槌を打ちながらただそのような言葉を返した。




 校門を出て、二人並んで下校する。

今日は仁志がいないため、久しぶりに恭子と二人だけでの下校となっている。なぜ仁志がいないのか?……理由は恭子や蝶野さんと同じだ。


 休み前の最後の登校日になると、奴の元に多くの女子がやってくる。放課後になるとその数はさらに増すって感じ。だから奴はそれから逃れるために、こういった日はさっさと一人で先に帰りやがる。もはやこれは恒例行事ってやつ。



 仁志がいないせいか、恭子は学校を出るとすぐ幼馴染モードに変貌した。クラスでいる時のように凛とした振る舞いは影を潜め、まるで子供のように俺の周りをちょこまかとよく動く。そして屈託のない笑顔で言いたいことを思うがまま喋る。


 なぜ恭子が俺の前だけ態度を変えるのか、それはよく分かっている。本当の自分を他人に全て晒すことは誰だってやらない。遠慮や体裁というものを誰もが考える。だが俺と恭子は幼馴染であり、長い時間を共に過ごしてきた。だから俺達二人は互いの本当の姿を見知っている。そしてそこから信頼関係が生まれている。だから恭子は俺の前だけは、窮屈な衣を脱ぎ捨てて本来の自分に戻るのだろう。


 今の俺達を傍から見れば恋人同士に見えなくもないと思う。確かに互いを信じ合っているという点においては、その辺のカップルをはるかに凌駕していることは事実だ。だが、俺と恭子は幼馴染。言って見れば親友のようなものであり、決して恋愛関係にある訳ではない。



 信頼はあれど恋愛ではない……か。

―――これってさ、……そーいうことなのか? 佐藤。





「ねえ修二…」


 不意にそんな声が聞こえてきた。


「ん? どーした? 恭子」

「あそこのお店でお昼でも食べていこうか?」


 恭子は微笑みながら先の方に見えるハンバーガーショップを指さしている。


「別にいいけど… どうした? いきなり…」

「クスッ… 気になってるんでしょ?」


 恭子は意味深な感じでそう言うと、じっと俺の眼を見つめる。


「やっぱ分かるか? でもさ、お前だってそーだろ?」

「んふふ… そりゃあ当然」


「恭子はさ、正直どう思う?」

「まあ色々とあるんだけど… 取り敢えずお店に入って話そ…」


 そんな訳で俺と恭子はそのお店へと向かった。



 しっかし、「気になってるんでしょ」…か。やっぱ恭子って感じだ。

いつもと同じような態度でいたつもりだが、恭子には俺の考えていることが見透かされてしまう。だが、それを言えば俺も同じかもしれない。主語が全く無いこの短い言葉で、俺は恭子が何を言わんとしているのかが理解できる。



 お店に入り、注文した品を受け取ると、俺と恭子は奥にある二人用の席へと向かった。店の中央部の席には俺達と同じ学校の制服を着た生徒たちが楽し気な声を立てて騒いでいる。俺と恭子はその喧騒から逃れるように出来るだけ人の少ない場所を選んだ。


 席に着くと、ジュースの入ったコップにストローを差し込みながら、恭子はおもむろに喋りだした。



「やっぱ修二も気付いてたんでしょ? 私もね、最近変だな~って思ってたんだけど……」


「まあね。なまじ佐藤の隣にいるもんで、嫌でも気付くっていうか…ね」


 それから俺と恭子の話は始まった。



 話の論点はやはりというか佐藤についてだった。

恭子の眼から見たあの二人の感想……それは概ね俺と同じ様なものだ。あの二人には確かに信頼関係がある。それに佐藤は加賀美に対して好意的に見える。だから恭子も「いずれは」と思っていたらしい。それがいきなりまるで破局を迎えたかのような加賀美の態度…それを見て、というか、それ以前から恭子は加賀美の事を気に掛けていたらしい。



「でもさ、まどかちゃんって… どうしていきなりあんな感じになっちゃったんだろ? もしかして佐藤君にはっきりと断られちゃったのかな?」


「あ、あれじゃないか? ほら… そろそろイケると思い込んで迫ってみたらさ、肩透かし喰らった…みたいな。そんでモーレツに落ち込んでるんだと俺は思ってるんだけどね…」


「うぅ~ん… 確かにそうかもしんないね」


 頬杖をついて外の景色を見ながらぼんやりとそう呟いた恭子。俺が言った予測に対して、少なからぬ共感を覚えたようだった。




 だが、現実は異なる。

俺は本当の理由を知っている。加賀美本人から全てを訊いている。



 加賀美がああなっている最大の理由、それは元カレに復縁を迫られたこと自体ではない。加賀美がその事実を佐藤に伝えた時に、佐藤から言われたある言葉で加賀美の心は砕け散ったのだ。佐藤が言ったその言葉……それは、


『本当に反省してるんだったらさ、その彼とやり直した方が僕は良いと思うよ』



 加賀美からこの言葉を聞いた時、流石の俺もあり得ないと思った。

元カレの話を佐藤に伝えた加賀美も加賀美だが、それを聞いて冷静にこんなことを言ってのけた佐藤も俺はどうかしてると思う。はっきり言って俺と加賀美は馬が合わない。だからあまり同情する気にもなれないが、これはあまりにも酷すぎる。


 元カレとの復縁話、普通の神経だったらこんな話を好きな相手にすることなんて有り得ない。そんなことをする奴は頭がイカれている。だが、加賀美が佐藤にその話を持ち掛けた意味は分からなくもない。いや、俺には分かる気がする。加賀美がそれを佐藤に話した理由、それはきっと……



―――自分の居場所を確かめたかった


 そうなんだろ?…加賀美。



『――戻っちゃだめだ――』

加賀美が欲しかったのはこの一言だろう。この一言を訊くことが出来れば、きっと加賀美は安心できたと思う。「僕の傍にいればいい」…そう言って貰えるのがベストだが、この一言さえあれば幾分かでも佐藤の気持ちを感じ取ることが出来る。


 だが、実際に返ってきたのはあの言葉。

もし自分がそうだったらと想像するだけで心が折れそうになる。



 分からない。俺にはさっぱり理解できない。


 あれだけ加賀美に対して思い遣りを与えている佐藤が、全くと言っていいほど恋愛感情を持たないなんて。明確な想いはなくとも、ほのかな「好き」といった感情を持っている方が自然だと思う。だって俺にも同じような経験がある。俺には恋人でもないのに恋人以上に俺のことを大切にしてくれた人がいた。そして、その時は自分でも気付かなかったが、今になって思えばはっきりと言えることがある。



 俺はその人の事が好きだった。―――恭子の事が好きだった。



 だが、俺はその事に気付かないまま別の娘に恋をした。

もし、あの時俺が自分の気持ちに気付けていたのなら……そう思う時が何度もある。



 佐藤、お前はどうなんだ? 本当に後で後悔しないのか?

後になって気付いても……どうにもならないんだぞ? 俺のようにな。




「あのさ、恭子………」


「ん? どうしたの? 修二…」


「もしさ、……」


「もし?」



「もし、俺が中学の時にお前に告白したら… お前はなんて答えた?」



 俺の口からは無意識にこの言葉が零れ落ちた。



 佐藤と恭子、俺には二人が似ていると思えた。

二人とも、恋愛感情を抜きにして相手に対し、最大限の優しさを与えることが出来る人物なのかもしれない。


 俺は答えを求めた。

本来、訊くべきではないだろうし、訊いたところで意味は無い。だが、何故か俺はその答えを知りたくなった。


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