72. 恋する資格…Ⅲ
打ち上げ会の翌日。
全ての授業が終了して放課後となった。
学校から駅まで恭子や仁志といつものように一緒に帰ってきた俺は、そこで二人と別れて近くのコンビニに立ち寄った。雑誌が置かれている付近で立ち止まると、スマホを起動させてラインのメッセージを表示させる。
メッセージの内容を確認し、添付されていたお店の情報にアクセスしてナビを起動させた。これで準備OK。後はナビに従っていけば待ち合わせのお店に辿り着くことが出来る。
俺はナビをセットするとそのままコンビニを後にして、目的の場所へ向かって歩みを進めた。
加賀美が指定してきたお店の名前は「ランス」
場所は俺達がいつも利用している高校の最寄り駅から徒歩で3分程度。ただし、俺達が通学路としている駅の南側ではなく、反対の北側に存在する。
高校に入ってもう1年半ほどになるが、俺は駅の北側に足を踏み入れたことが無い。南側はバスターミナルがあり、その周囲には様々な店舗が存在していて賑わいを見せているが、北側にはこれといった施設が無い。だから高校生である俺達の殆どは南側だけを利用している。
俺はナビに従い駅の北側を歩き始めた。
初めて目にする駅の北側の風景。北側は南側に比べ人通りが少ない。だが、南側とは違いビルが多く、すれ違うのは身なりを整えた会社員って感じの人達ばかり。若者の喧騒が四方から聞こえてくる南側とは異なり、北側は静かで落ち着いた感じがする。
歩き始めて数分、俺は目的のビルに辿り着いた。
加賀美が指定してきたお店はこのビルの二階にある。俺は階段を使ってゆっくりと二階のフロアに向かった。
フロアに到着すると真ん中に大きな通路があり、その両サイドに数件のお店がある。どの店も店先にオシャレで工夫を凝らした看板を掲げている。俺がそれらの看板に目を通していると、あるお店の前に見知った女子がぼんやりと立っていた。俺が彼女に声を掛けると、彼女は黙って店の中へと俺を誘う。
加賀美に連れられて店内に入った俺。
先ず最初に驚いた。店内は些細なオブジェに至るまで完璧にゴシック様式のアンティークな雰囲気でまとめられている。店内は柔らかなオレンジの明かりで照らされていて、なんとも感じの良い仄暗さであり、テーブルや椅子なども手の込んだ彫刻がなされた立派なものが使用されている。更には至る所に装飾品が配置されているのだが、それらは見事に店内の雰囲気を盛り上げて、古き良き味わいを醸し出している。
そして更なる驚きを覚えることに。
店の奥に入っていくと当然ではあるが店員が出迎えてくれる。だが、この店員の服装が衝撃的だった。完璧なるゴシック様式のメイド服。俺は一瞬、店舗情報を疑った。加賀美から送られてきたお店の情報では普通の喫茶店となっていたのだ。
………メイドカフェ? じゃないよな?………
本当にそう感じてしまう。
だが、服装をよく見ると確かにメイドカフェではない。萌えを主張するような要素は全くなく、芸術的ともいえるほど、そのデザインには貴賓を迎えるための優雅さを感じさせられる。
黒を基調とした丈の長いドレス。裾の方へ向かってゆっくりと膨らんでいく感じがなんとも上品である。さらに白いエプロンの両肩に位置するところには、まるで白い花が咲いているかのような装飾がほどこされている。
俺は驚きのあまり無言で目の前の風景をただ眺めていた。
すると、店員さんと何やら話し込んでいた加賀美が俺の袖を引っ張る。呆けていた俺はようやく我に返り、店員さんと加賀美の後を追って奥の方にある席へと向かった。
案内された席は店の一番奥にあたる所で、周囲にオブジェが置かれているため、ほとんど個室に近い感じの場所だった。仄暗い照明、和やかな音を奏でるクラッシック、そして時の流れが止まっているかのような店の雰囲気。さらに周囲には誰もいない。これから俺は加賀美の暗い過去を訊くことになるのだが、この場所は正に最適といった感じだ。
やがて店員がやってきて注文を済ませると、重苦しい空気の中、加賀美はゆっくりと口を動かし始める。
「実はさ… 期末テストが始まる少し前にいきなりラインが届いたんだよね。『もう一度だけ、会って欲しい』って…」
「お前の元カレって奴からか…」
「そう。中学時代から付き合い始めた前の彼氏」
「お前を裏切って他の女のところに行った奴なんだろ?」
「クスッ… その通り。私を裏切ったとんでもない奴だよ…」
そこから、加賀美は淡々と自分の過去を語り始めた。喜怒哀楽も出さず、まるで他人事のように加賀美は語る。時折、自嘲するかのように感情のない笑みを交えながら…。
「フフッ… 私ってさ、今でもこんなんでしょ? でも中学の時はもっとイケイケだったんだよね。学年で評判になる可愛い女の子達とつるんでさ、グループつくって…。誰が一番イケメンの彼氏を捕まえるかって競ったりしてね」
「だから男を顔や評判だけで判断してさ、適当に近付いて行って、そして何となく付き合って…。でも結局、2ケ月も持たずに別れて…。そんなことを繰り返してたんだよね…」
「でもさ、そんな私だったんだけどね、一人だけ憧れてる人がいたんだ。イケメンなのに性格も良くって、おまけに男らしくって…。 私が付き合ってきたイケメン連中はみんなどーしようもない連中ばっか。自分の自慢ばかりして全然優しくない。それに私を彼女にしてるのもステータスのようなもん。 ま、それは私もおんなじだったから文句は言えないんだけどね… クスクス」
「だから私は卒業を前にしてダメもとで憧れの人に告白してみたの。一か八かって感じで。そしたらビックリするぐらいすんなり上手くいったんだよね。ほんと、自分でも驚いた…」
今まで全く感情ってものを感じなかった加賀美の言葉に変化が現れた。
まるで昔の良かったことを懐かしむかのように、加賀美はその表情にうっすらと笑みを浮かべる。
だが、そこから加賀美の人生を変える大きな出来事を俺は訊くことになる。
「最初はね、イケメンで評判のいい彼を自分のものに出来たんでただ嬉しかった。凄く幸せだと思ってた。でもね、後になってその気持ちは全て変わった…」
「その人はね、私の全てを受け入れようとしてくれたの。そして私を彼女としてしっかりと掴まえていてくれたの。お前は俺の傍で居たらいいんだ……そう言って私を力強く包み込んでくれた。私をはっきりと彼女と認め、それを大事にしようとしてくれる……私にとってそれは初めての経験だったんだよね。―――だから私は初めて本気で好きになった」
「ただ傍にいてくれたらそれでいい…初めてそんなことを思った。だから私の本当の初恋は彼なんだろうって思う。彼の言うことなら私はなんだって素直に聞けたしね…」
「私は本当に幸せだった。彼は私を信じてくれた。そして私も彼の事を全て信じていた。この先も、永遠にこの関係が続くんだと私は確信していた」
「……そう思ってた時にね、中学の友達から連絡が来たんだ。『あんたの彼氏、浮気してるよ』って。ご丁寧に写真までスマホに送ってくれた。私は信じられない気持ちで写真を見たんだけどね、……そこには知らない女の子と仲良く寄り添って手を繋ぎながら歩いている彼氏の姿がしっかりと映ってた」
「私と彼は別々の高校。だから私は普段の彼を知らなかった。ただ、彼が行った高校には私と仲の良かった友達がいてさ…。前から怪しいと感じていた友達がこっそり彼をつけたみたいでね」
「ふふふ… それで私は彼を呼び出して問い詰めた。最初はしらを切ってたけど、写真を見せたらすぐに観念した。浮気相手は彼の元カノ。何でも二人は幼馴染で中学の時は付き合っていた関係だったみたい。私はその女の子の後釜だったって感じ。彼女と別れたのは彼の方かららしいんだけどね。……結局、その女の子は彼の事が諦めきれなかったって感じだったみたい。 私達が付き合いだして5か月ぐらい経った頃から、彼女は私の彼を取り戻そうとしたらしいんだよね…」
冷静…というか、まるで呆れ切った感じで加賀美は語る。
そんな加賀美を見てると、加賀美は裏切りに対して激しい怒りのような感情を抱かなかったのかと俺は感じ始めた。俺とは違い、その事実を冷ややかな気持ちで受け取った? だから簡単に元カレとよりを戻そうなんて思っちまうのか?
俺には加賀美の気持ちが分からない。
だが、少し間をおいてから加賀美が言い放った言葉は、俺の誤解を解くのに十分すぎるものだった。
加賀美は急に厳しい視線をテーブルに向ける。そしてジュースの入ったコップを両手で握り締め、少し震えながら静かに、そして力強く、本当の気持ちを口にした。
「私は―――彼が許せなかった」
加賀美は激しい感情を顔に浮かばせ、見たこともないような厳しい顔をしている。
「他の女とイチャつくだけだったらまだ許せる。でも、ずっと私を騙していたことだけは絶対に許せない! 完全に信じ切っていた私の想いを裏切ったことが本当に許せなかった……許したくなかった!!!」
「お、おい 加賀美!」
「………ごめん。大声出しちゃって」
静かな店内に加賀美の声が響く。幸い、奥まった席であるため周りから一斉に注視されることは無かったが、他のお客さん達がこちらを気にする様子は見受けられる。
二人とも黙り込み、少し冷静を取り戻す。
加賀美が落ち着いたのを見計らい、俺は話を再開させた。
「―――それで、別れたのか?」
「うん。彼は必死に弁解してきたけど…私はもう無理だと思った。それにね、修二だったら分かるんじゃないかな? 幼馴染ってさ、……特別な関係なんでしょ? やっぱ私じゃその女の子に勝てないって思っちゃったし…」
加賀美の言葉に俺は思わず絶句する。
もし俺と恭子がそんな関係だったのなら……俺はいったいどのような態度を取るのだろうか?
はっきり言って加賀美の元カレが取った行動はクソだ。誰の目から見てもそれは明らかである。だが、クソ野郎の気持ちが少しだけ分かってしまう自分が腹立たしくて堪らない。思わず自分を殴ってやりたくなる。
だが、今はそれより……
「あのさ、加賀美。それでお前はどうするんだ? まさか言われるまんまモト鞘に収まるんじゃねーだろーな?」
「彼は完全にその彼女と別れたと言ってきた。疑うなら私の友達に聞いてくれって…。それに私の友達からも連絡があったんだ。彼が真剣に私との関係を戻したいって言ってるのは本当だから、一度会ってあげたら……ってね」
「お前さ、それを信じるのか?」
「どーだろうね? また騙してるのかも知れないし、そーじゃないのかもしれないし。クスクス…ほんと、どーなんだろーね」
まるで他人事のように加賀美は語る。
俺はそんな加賀美を見ていて……だんだんイラついてきた。
「加賀美、前の彼のことはこの際どーでもいい。問題は今だ。お前さ、佐藤の事が好きじゃなかったのか? そこはどーなってんだ?」
佐藤の名前が出た瞬間、加賀美の表情は一気に強張った。
意味もなくストローでオレンジジュースをかき混ぜては一向にその手を止めないでいる。
だが、少しするとその手をピタリと止め、急に冷静な表情を作り上げた。
「もう―――いいの」
加賀美が放ったその言葉に、俺はブチ切れた。
「はぁ? 今なんて言った? 加賀美!」
「だからもういいの。佐藤君にとって私はふさわしくない…そう言ってたのは修二、あんたでしょ!」
「ああ言ったよ。それに今でも思ってるよ、ふさわしくねーってな。だがな、それを決めんのは佐藤だろうが!俺じゃねーだろ?お前は佐藤の気持ちを本当に確かめたのか?」
「だからもういいんだって! 私だって頑張った。ずっと傍にいるようにした。でも、でも佐藤君は振り向いてくれなかった。これ以上どうすればいいのよ!」
「そんぐらいで諦めんのか? この根性無しめ! 裏切られたお前がもう一度信用してみようと思えた男が佐藤なんだろ? そんだけの理由があるんだろ? 俺だって自慢じゃないがお前と同じ経験してるんだ。お前が佐藤を好きになるのにはでっかい理由があることぐらいはっきり分かってるよ!」
「…………」
「俺だったら絶対に諦めない。もう一度、自分が信じてみようって思えるような貴重な人を俺はむざむざと諦めたりなんて絶対にしない」
「―――もう、やめて 修二。 もういいんだって… 私なんてもう…………」
加賀美の頬からは大粒の水滴が何度も流れ落ちる。
加賀美は繰り返して何度も言う。―――もういいって。
ならなぜ、そんなに涙を流す? どーしてさっきまでみたいに冷静にいられない?
答えなんかとっくに出てんだろ? ったく、手間のかかるクソギャルだ。
いつものように俺に向かって食いかかってくる根性を見せて見ろってんだよ。
「あのな、加賀美… 俺は口が軽いって知ってるか? 面白そうなことがあったら何でも喋っちまうんだよなぁ~。そーいや俺は佐藤の家に招待されてるんだった。忘れてたわ。まあ、今日のことも面白おかしく佐藤に喋らせてもらうよ。いいネタが出来てほんと良かったわ」
「………そ、そんな」
「加賀美はガチのマジで佐藤の事がだーい好き。良かったな、佐藤。ちょっとヤンキー入ってるけど可愛い女に惚れられて。でもさ、いつまでもほっとくとそのうちどっかに行っちまうぞ? お前はそれで本当にいいのか? 確かお前ってさ、加賀美の事は凄く可愛いいって前に褒めてたよな? じゃあなんで加賀美をほっとくの? ちょっとその辺の理由を詳しく聞かせろや?」
「―――修二?」
「いや~ つい独り言を言っちまったな。でもさ、佐藤の家に泊まった時の話題が出来て良かった。どうやってあいつを揶揄ってやろうと思ってたんだけどさ、これを追及してみるのもかなり面白そうだ」
「………あのさ」
「どーした、加賀美? 変な顔して?」
「………ありがとう」
「なに言ってんの? 頭大丈夫か? 俺はお前に礼を言われる覚えなんて何もねーぞ。殴られる覚えならいっぱいあるがな…」
「クスッ… そーだね」
それから俺はもう少し加賀美から詳しい事情を聴いた。
どうしても加賀美に聞きたかったこと……それが俺にはあった。
それを聞き終えた俺は加賀美と別れて帰宅の途に就いた。
さて、佐藤の家に遊びに行くときの宿題が出来ちまったな。
佐藤が加賀美を拒む理由、それが仕方のないものだったらお手上げだ。俺にだってどうすることもできない。だが、何とかなりそうなものだったら、俺がなんとかしてやりたい。
同類相哀れむ……って言えば情けない気持ちになってしまうが、俺には加賀美の気持ちがよく分かってしまう。
加賀美、俺とお前は同じ被害者同士だ。だから協力してやる。その代わり、もし上手くいったのなら、俺に幸せな感想を訊かせてくれ。お前の話を訊けたのなら、きっと俺ももう一度恋をしたいって思えるはずだからさ。




