71. 恋する資格…Ⅱ
蝶野さんと恭子の共謀により、第二回打ち上げ会が開催された。
座席の配置は前回と同じ。進行の様子も変わりない。
前回と同様に最初に各自がそれぞれの成績を発表、そしてそれが終わると注文した品を食べながらの歓談となる。
女子達が注文したのは言うまでもなくケーキセット。
恭子、加賀美、それに蝶野さん。3人はケーキを頬張りながら賑やかに女子会を愉しんでいる。一方、俺達男性陣も皆でピザをつまみながらなんやかんやと雑談に興じていた。
眼前に映るこの風景、それは前回と全くと言っていいほどに変わらない。
だが、この場を支配する雰囲気はまるで異なっている。気心の知れあった者が集まった連帯感とでもいうか、なんとも居心地のよい感覚を覚える。
まるで食レポでもやっているかのように、互いにケーキを分け合い評価し合っている女性陣。そしてクラスにいるイカれた連中の話題で盛り上がる俺達男性陣。どちらも本当に楽しそうで和気藹々(あいあい)としている。本当に良い雰囲気で楽しい。………のだが、一言だけ言いたいことがある。
「こいつさ、自分のギャグが滑ってることに気付づいてねーんだよな。ほんと、イカれてるだろ?」
………おい、仁志。俺に向かって指をさすんじゃない。
「あははは… 確かにそーいうとこあるよね」
………やい、佐藤。素直に認めるんじゃない。
仁志よ、俺を肴にして話を盛り上げてんじゃねーよ。
俺のギャグが滑ってる?……はん! 笑わせるんじゃねー。佐藤はいっつもドッカンドッカンって感じでウケてるぞ! そもそもギャグセンスの欠片も持ち合わせていないお前には俺の高尚なギャグが理解できんだけだ。
「でもさ、お前ってほんと大した奴だよ、佐藤。修二の隣にいて笑顔を絶やさないでいるなんてな。本当に良くできた奴だよ」
「あはは… そーいう沖田君の方が僕は凄いと思うけどね。だってもう3年間も『あの本郷君』の親友やってるんでしょ? 尊敬しちゃうよ…」
そう言って感慨に耽りながら互いに慈しみあう二人。
あのさ、なに二人で連帯感を育んでんの?
お前らは俺の保護者か? どーしようもないヤベー奴の面倒見てるってところで共感を覚えてんじゃねーよ!
もう怒った!プンプン丸だ! 修二くん、おうちに帰る。
お、お、お前らのことなんて母ちゃんに言いつけてやるんだからね!
俺は黙ってすっと席を立った。
「どうした、修二?」
上機嫌な顔して仁志のヤローが偉そうに言ってきやがった。
「……俺のことなんて気にすんな」
俺は気のないそぶりを見せながら冷徹にそう答えた。
「便所か?」
「そうだよ……」
俺は黙って便所へと向かった。
そのまま家に帰ってやろうかとも思ったが流石にそれは大人げない。俺の心はユーラシア大陸よりも広く、他者への配慮はマリアナ海溝よりも深い。だから俺は帰るのをやめた。黙って先に帰ったら後で恭子にリンチを食らうから……ってのが理由ではない事だけは言っておく。
便所でひと泣きして冷静になれた俺は、皆がいるテーブルの近くに戻ってきた。さっさと席に着いて仁志に文句の一つでも言ってやろうと思っていたのだが… 俺の席には何故か佐藤が座っていた。さっきまでの席順は俺の左に佐藤、まん中が俺、右に仁志だった。だが、今は佐藤が俺の席に座っている。仕方ないんで俺は渋々佐藤の席に座ることにしたのだが……。
―――そっか、やっぱり…。
学校にいるときから気になっていた違和感、俺はそれの正体がようやく分かった。……加賀美だ。いつも佐藤の周りで邪悪な存在感を醸し出している加賀美を俺は感じていなかったんだ。
加賀美は俺と佐藤が仲良く喋っているといつもそこに割り込んでくる。そしてアナザーディメンジョンを使って邪魔な俺を異次元空間へと飛ばしやがる。俺にとっては正に天敵と言える存在だ。加賀美とのバトルは俺にとって日課の様なもの。それが最近なぜか無かったので、俺は妙な感覚を覚えていたのだろう。
まったく、居ても居なくてもいちいち気に障る奴だ。だいたい何であのクソギャルが佐藤に惚れてんの?お前みたいなやつにとって佐藤ってさ、単なるイジメの対象でしかないだろ、普通は? 一体何があいつをそうさせているのかは分からんが、はっきり言ってお前に佐藤は似つかわしくない。佐藤の保護者である俺はお前と佐藤の交際を断固反対する。
しっかし、マジでこいつは何を考えてんだろ? こいつなら頭の悪そうなイケメンなんぞ入れ食いだろうに。ほんと、何考えてんだか…。
―――加賀美まどか―――
明るい茶髪というかもはやパツキンの髪色。更にはパーマでもかけているのかセミロングの髪には緩くウェーブがかかっている。言っとくけどうちの学校はパーマ禁止だからね。それに入念にほどこされた化粧、パンツが見えそうで見えなさそうな短いスカート。パソコンで「ギャル」と検索すれば一発目にヒットしそうな姿をしている。
だが、派手な格好などまだまだ序の口。こいつの神髄はその中身にある。はっきり言ってこいつの性格はヤンキーより恐ろしい。「この女、凶暴につき」って感じ。こいつに凄まれると俺でさえおしっこちびりそうになる。最初に佐藤と話している加賀美を見た時、俺はてっきり佐藤がカツアゲされてるんだと思い込んだぐらいだ。
加賀美は確かに見た目は良い。特にスタイルは抜群って言うかガチでエロい。張りのある胸にくびれたウエスト、そこから形の良いケツにつながり、芸術的ともいえる太腿へと連なっていく。顔もギャルを張っているだけあって当然可愛い。まあ俺的には顔よりも脚、特に太腿だな。最高にバランスの取れた太さの太腿は膝に向かってゆっくりと細く絞られてゆき、最後に足首でぎゅっと締まる。あれは良い。もはや芸術の域だ。あの脚に顔をスリスリ出来たら俺は……ごっほん、まあとにかく見た目だけは良い。なかでも脚は特に良い。
いつもは佐藤の隣に侍り、決して佐藤を離さない加賀美。
だが、席を移動した佐藤を加賀美は放置している。それどころか、佐藤の席に俺が座っても何も言ってこない。
………これはいったい?
何事って感じ。こんなの明らかに異常。普段なら絶対にあり得ない。俺が佐藤の席に座って加賀美と隣同士?……そんなことすりゃいつもなら瞬時にケリが飛んでくる。加賀美の習性は宿敵である俺が一番よく理解している。今の状況、更に言えば最近の加賀美の行動はあからさまに変だ。
俺からすれば加賀美の存在自体が既に変だと思うのだが、それに輪をかけて今は変になっている。普段から変な奴がさらに変になって余計に変に感じる?……だめだ、日本語が難しい。
でもさ、加賀美が佐藤と距離を置くってことは………
えっ? もしかして……そーいうこと?
この不自然な状況、ここから想像されることなどアレしかない。
アレ…即ち、加賀美は佐藤との関係が破局しそうになっている。……きっとそうだろう。
ここからは俺の推測だ。
今の様子から察するに、加賀美は佐藤と決定的な破局を迎えた訳では無さそう。完璧に終わったのならいくら加賀美だって流石にここへは来ないだろう。という事は、何らかの重大な出来事があった。破局ではないが、それに近いような出来事。例えば……夏休みを控えて焦った加賀美が強引に佐藤に迫った。だが、それを佐藤にやんわりと断られた。強引に迫った手前、今は大人しくやり過ごすしか方法がない。……
やはり俺って天才! 見よ、この推察力!
間違いない、きっとそうだ。それ以外に考えられない。
俺は仁志と佐藤にディスられたことも忘れ、隣にいる加賀美に気付かれないように注意しながら、加賀美の様子をチラチラと横目で観察し始めた。
俺の眼に映ってきた加賀美の様子はって言うと、恭子と蝶野さんが楽し気に喋っている隣で、何故か一人で黙ったままである。何度か話し掛けられたりもしているのに、相槌を打つばかりで会話に入ろうとはしない。
蝶野さんと恭子が楽し気に話している傍で、心ここに非ずといった感じの加賀美。うむ、やはり間違いない。奴は佐藤との間に何らかの問題を抱えている。
この状況、まさに好機、いやそれどころか僥倖。加賀美を仕留めるのは今を於いて他にはない。奴はいま弱っている。今しかない。奴に積年の恨みを晴らしてやる!
ふっ、安心しろ…加賀美。
俺は悪魔じゃない。それにお前のことだって宿敵だと認めている。だからさ、苦しまないように一撃でお前を屠ってやるからな。俺の介錯の腕前は確かだ。安らかな永眠を与えてやるからきっちり成仏するんだぞ…まどか。
胸熱だ。興奮を抑えきれない。
俺は紅潮した面持ちで加賀美をじっと見つめた。
少しして、俺と加賀美の視線が交わる。
「―――なによ?」
暗い感じでドスの効いた加賀美の声が聞こえてくる。この辺はいつもと変わらない。虫けらを見るような蔑んだ眼で俺を睨みつけるのもいつも通りって感じだ。
「あのさ、一つ言っていいか?」
俺は冷静を装いながら加賀美に話し掛けた。
「あん?… なんか言いたいことでもあんの?」
もはや輩としか思えないこの下品でガラの悪い態度 。だが、これもいつも通り。ここまでは普段と変わりない。だが、本題はこれからだ。覚悟は良いか?…加賀美。
「あのさ、はっきり言うけど、お前……佐藤に振られたのか?」
前置き無し。前戯も無し。いきなりぶっこんでやった。
いつ加賀美に殴り掛かられても対処できるように防御姿勢を取りながらね。
「………んな、な…」
俺の言葉を聞いた加賀美。
意味不明な呻き声を上げながら一瞬で固まった。もう瞬間接着剤もビックリって感じぐらいに。
ふむふむなるほど。反論もできずにいきなり固まっちまったか。
これで決定だな。加賀美と佐藤の関係はヤバくなっている。間違いない。
「あ~あ… やっぱそうなんだ。とうとう佐藤に振られちまったのか…」
俺は込み上げてくる笑いを必死に咬み殺しながら、冷静な振りをして淡々とそう言ってやった。はっきり言って大爆笑。笑いをこらえるのももう限界って感じ。今すぐにでも大声で本音を語りたい。「こいつ振られてやんの! ざまぁああああ~www」って。
俺の気分は最高潮。もう幸せでいっぱいいっぱい。
俺は基本的に他人の不幸を笑いの種にするような下衆なヤローではないのだが、こいつに限っては別腹。再起不能になるまで追い込んでやる自信がある。さあ、加賀美…かかってこい!引導を渡してやる。
「………違うわよ。佐藤君はあんたと違って優しいからそんなことしない」
―――あれ?
鋭く尖りまくった加賀美の反応を期待していたのだが、何故か妙に落ち着いた感じで加賀美はそう答えてきた。
おかしい。ってかおかしすぎる。
佐藤との関係でこれだけ弄ってるのに加賀美の反応がやたら薄すぎる。しかも弄ってるのは宿敵であるこの俺だぞ? こんな反応では全く面白みがない。俺の期待を完全に裏切っている。
ちょっとぐらい反撃して来いよ? ほら、もっとこう……あるだろ? 目から殺人ビームを放つとか? こんなの全然お前らしくねーぞ。
「お前さ、―――ちょっとおかしくね?」
余りにも薄っぺらい加賀美の反応に満足できない俺は、思わずそんな言葉を加賀美に放った。
これじゃダメだ。こんなの加賀美じゃない。俺が介錯したいのは意地でも佐藤に執着しようとするお前だ。これじゃ俺のやる気がそがれてしまうだろ。
「―――ふふふ… おかしいかぁ。そーかも知んないね…」
俺の言葉を聞いた加賀美はそう言って不敵な笑みを浮かべた。
俺はそんな加賀美をじっと見つめる。それに気付いた加賀美も何となくだが俺のことを見ている。
加賀美は全くと言っていいほど動揺していない。慌てていたのは最初だけで今は冷静というか、もはや達観しているのかと疑ってしまうぐらいだ。
余りにも不自然な加賀美の態度。
納得できない、ってか、納得できる要素が全く見つからない。
よし、ならばこれを試そう。これを聞けば奴が激怒すること間違いなしだ。今までもずっとそうだったんだから…。
「ははぁ~ん、分かったぞ。お前もやっと気づいたんだな。自分が佐藤にふさわしくないって。それで諦める気になったんだろ? 良かったな、ちっとはお利口さんになれたみたいで…」
はっきり言って恐ろしい。自分でも言い過ぎた感が半端ない。
俺はマジで殺されるんじゃないかと震えはじめた。だが……
「たしかに… 修二の言ってたことが正しかったのかも…だね」
………。
おいおいおい、反応がちげーだろ? なに悟ってんの? もしかしてヤバい宗教にでも嵌ったのか?
「やっぱ私には佐藤くんの恋人になる資格はないかも……」
「………おい、何言ってる?」
「仕方ないんだよね。 なるようになるしか…」
「はぁ? なんなんだ?」
訳わかんねー。こいつ、変なヤクでもキメてんのか?
「あのさ、修二……」
「な、なんだよ……」
「修二だったらさ、―――許せる?」
「………なにを?」
「自分を裏切った元恋人の事を………」
「―――!」
「私にはやっぱそんな人と元通りの関係に戻る事が……ふさわしいのかな」
一瞬で頭の中が真っ白になった。
完全に忘れかけていたあの時の状況が脳裏にくっきりと浮かんでくる。楽しかった今までの雰囲気も全て吹き飛んだ。加賀美の言葉が俺の心を捕らえて離さない。―――裏切った恋人を許せるか?
「お前、何があったんだ?」
俺の口からは無意識にそんな言葉が出てきた。
「別に何も。修二には関係ないでしょ…」
「関係無いか… 確かにそうだが、―――お前、本当にそれでいいのか?」
「………別に。やっぱ私って… ううん、どーでもいいでしょ? あんたに迷惑かける事でもないんだから」
「そうか。ならほんとにそれでいいんだな?」
「―――もう、いいよ」
「なら最後に一つだけ言ってやる。俺なら本当に好きな人を諦めたりなんて絶対にしない。ましてやそんな気持ちで裏切った相手と復縁するなんて愚かなことは絶対にしない! それだけはしっかり覚えとけ!」
「………修二」
「加賀美…お前を見損なったよ! そんなに尻軽だったなんて俺は思ってなかったな。お前は佐藤の事を本気で好きなんだと思ってたよ。ったく、とんだ勘違いだったぜ。マジでお前の顔なんてもう見たくねーよ」
俺には周囲が何も見えなくなっていた。
腹の底から沸々と湧き上がってくる感情を抑えることが出来なかった。酷い言葉だなんて百も承知だ。だが、それを言わずにはいられない。自分と同じ境遇を味わってるのに、それなのにバカなことをやろうとしてる加賀美のことが許せない。
「ちょ、ちょっと修二、何そんなにムキになってんの? あんたおかしいよ?」
「はあ? おかしいだ? なにもおかしくねーよ! 俺は裏切りを食らった経験者だ。だから自信をもってお前に意見してるんだよ!」
「………裏切りって、まさかあんたも相手に裏切られた経験が…」
「あるよ! それがどうした?」
俺の言葉を聞いた加賀美は驚きの表情と共に俯いて黙り込んだ。
黙ったまま両手を握り締め、ブルブルと震えている。必死に何かを考えているのは直ぐに分かった。それに……さっき言った加賀美の言葉が本心ではないのもよく分かった。
やがて加賀美はゆっくり顔を上げると、俺の眼を真っすぐに見つめながら弱々しく、まるで懇願するかのように言葉を紡いだ。
「修二、―――本気で話を訊いてくれる?」
「あたりめーだろ? いつだって訊いてやるさ…」
「なら… 明日の放課後、付き合って…」
「ああわかった。付き合ってやるよ」
俺は迷わずそう答えた。
加賀美と喋っている時、俺の体は小刻みに震えていた。
話し終えた後も、それはしばらく続いていた。鮮明に蘇るあの記憶、やはり忘れることなどできない。いくら幸せを享受していても、たった一言で全ての記憶が舞い戻ってくる。
この記憶、俺は一生忘れることなどできないだろう。そう感じる。
だが、それはいい。それは今更どうしようもないことだ。それに初恋の彼女を恨む気持ちも今ではもうない。
それよりも、その苦い経験から学んだことを生かすことが何よりも重要だ。
だから俺は加賀美を許せない。
加賀美、お前本当にそれでいいのか?
辛い経験をしたお前が学んだのはそれなのか?




