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69. 内なる想い…Ⅴ



 無事に期末テストも終了し、あと数日で夏休みを迎える時期となった。

今日も定刻通り恭子を迎えに行き、二人で揃って駅へと続く道を歩いているのだが、……何でこんなに暑いの?


 そーいや朝の天気予報でも言ってたな。「死にたくなければ水分取れ!」って。

まったく、今年は「トキメキの夏」ではなく「ドキドキの夏」になりそうだ。



わ、わたし…水分足りてるかな? もし通学途中で逝っちゃたらどーしよ?

―――ドキドキ。


………ふっ…生死を感じるドキドキか。それもまた一興。


 な訳ねーだろ? そんなドキドキいらんわ。

なんで三途の川が見え隠れするドキドキを味わわねばならん? 



 しっかし、マジに勘弁してほしい。この暑さ。ただでさえ疲れが溜まってんのに追い打ちかけやがって。


自分のテスト勉強 + 美月の家庭教師 + 真夏の殺人光線 = 程よく死にかけている修二君。


 はぁ~あ… 期末試験が終わっても全然疲れが癒されない。

それにくらべて……何で恭子は朝からこうも元気なんだろ?



 俺の隣では爽やかな笑顔で楽しそうにしている恭子がいる。

真夏の日差しよりも輝いているこの笑顔。それに暑さをもろともしていないこの元気。はっきりいって恭子は生気に満ち溢れてる。


 それに比べて……。

俺はというと、ただ茫然と歩いているだけのゾンビのようだ。今の俺は生気どころか死臭に満ち溢れてるって感じ。さっきから頭上で俺のことを狙っているカラスがマジでウザい。



 溜まりに溜まっている疲れのせいで、俺はボケっとしながら恭子の隣をぼんやりと歩いていた。恭子は楽しそうにあれこれと話しかけてくるのだが、眠気と疲れで俺は適当な返事を返すばかり…。


「でね、わたしも笑っちゃったぁ~」

「………そーなの」


「―――あのさ、修二… 生きてる? 死んでる?」

「………そーなの」


「修二…… 大丈夫?」

「………どーだろ?」



 完全に魂が抜けきった状態の今の俺。そんな俺の状態に気付いた恭子は、ずいっと下から俺の顔を覗き込むと、不思議そうな顔をして尋ねてくる。


「テストも終わったのに… いったいどーしちゃったの?」

「いえ、色々とありまして」


 俺と美月の二人分の試験勉強、それを頑張ったら四人分の疲労がやってきたって感じです。疲れの大きさは努力の2乗に比例する……俺はこの方程式を理解した。


「ふぅ~ん、そっか。 ………あ、そうだ!」


 俺の言葉を聞いた恭子は急に何かを閃いたご様子。



「修二、ちょっと私の鞄もって。それで右手を出して…」


 何だか訳が分からないが、恭子はそう言うと俺に鞄を持たせた。そして俺がゆっくりと差し出した右手を掴んで大きく開かせる。それから俺の右手に自分の指を絡ませると、親指の付け根あたりをグイグイと指で押し始めた。


 俺の手をしっかりと握っている恭子たんの細くて柔らかい指。その感触だけでかなり癒される。はっきり言って気持ちええぇ~。



「うふふ… 疲れているときはね、ここのツボを押すとかなり効くんだよ?」


 何だか楽しそうにそう言いながら、恭子はグイグイとツボを押してくる。最初は「ぐぬぬぬっ…!」って感じで強い痛みが走ったのだが、何度も押されているうちに痛みは徐々に心地よい感覚へと変化していった。


「恭子… 上手ってか、どこでこんなもん覚えた?」


 余りに慣れた手つきでしかもかなり上手。なので不思議に思った俺は恭子に聞いてみた。


「だって私、テニスやってたでしょ? 結構握力使うんで手のマッサージとか友達同士でよくやってたんだよね。これやると疲れが取れた感じがして気分もスッキリするの…」


「そっかぁ~ なるほどだな。確かにちょっと痛いけど気分はスッキリとしてくるよ」


「でしょ? 私ってこのマッサージが得意なの。クスッ…」


 いや~、ほんと幸せ。恭子のお手手の感触は最高だし、ツボ押しの効果も出て来て何だか疲れも軽くなっていってる気がする。


 恭子たんにマッサージしてもらっている俺は極楽浄土にいる気分。心が和み気分がぽやぽやとしてただただ幸せを感じていた。



 そんな訳で、俺がまったり気分に浸っていると、


「そう言えば修二ってさ、夏休みに予定とかってあるの?」


 つぼマッサージをしながら恭子は何気にそんな質問をしてきた。


「予定かぁ~ 別にこれと言ってねーな…」


 美月の面倒を見ること以外にこれといった用事はない。それに美月の面倒を見るのも週2回程度。だから俺は素直にそう答えた。



「そ、そう?…  奇遇だなぁ~ わ、私も予定ってなぁ~んにも無いのよね~ (チラッ)」


「ふぅ~ん、そーなんだ」


「そ、そ~なのよ。 あ~あ…せっかくの夏休みなのに暇だなぁ~(ジロジロ)」


「暇か…」


「うん、暇なの!(ガン見!)」


 俺のためにマッサージなんかしてくれちゃってる愛すべき幼馴染。

だから俺は真面目に考えた。恭子のためになる最良の暇時間解決法を…。



「そうだ! ならさ、恭子……」

「えっ? なになに?…(ドッキドッキドッキ♡)」



「バイトすれば?…」


「………(ファッ?)」


「俺も去年の夏はやってたからな。暇つぶしになるし金は貰えるし、一石二鳥だぞ」


 うむ、こーいうときはバイトが一番いい。なんたって高校生にとっては滅多に得られない大金が転がり込んでくる。上手くいけば諭吉を10人以上ゲットすることも可能だ。やっぱ俺って天才だな。これほど効率よく暇時間を有効活用できることなど他にはない。



「へー、バイトかー いーかもね。 限られた青春の時間を貴重なお金に変える錬金術って感じで…(棒)」


「だろ? これぞまさに錬金術だ! 最高だろ?」


「そーだねー(棒)」


「おーよ。やっぱこういう時はバイトが…って、……い、いっでぇぇえええええ~!!!」



 俺の素晴らしき解答を聞いた恭子たん。

だが何故だかその瞬間からツボを押す力が数段パワーアップ。俺の脳髄にはこれまで体験したことのないような凄まじい電撃が走る。


 この痛み、もはや拷問レベル。今の俺を問い詰めればなんだって自白すると思う。小学校5年生の時、既に膨らみかけていた恭子のおっぱいを寝ている隙にちょっとだけ触ってみたことだって自白しちゃいそう。



「さっさと学校に行くよ!」


 余りの痛さに俺が恭子の手を振り払うと、恭子は何事も無かったような表情で、そう言って一人颯爽と歩き始めた。置いてけぼりにされた俺は、恭子の鞄を持ちながら少し遅れて恭子の後を追う。


 胸を張って艶やかな黒髪をさらさらと揺らしながら、颯爽と肩で風を切って俺の前を歩いていく恭子たん。……カッコいい。思わず惚れちゃいそうになる。ってか既にちょっと惚れてる。だが俺は決して恭子には近づかない。理由は分からないが俺の本能が近寄ることを拒絶している。



 やがて駅に到着すると恭子は楽し気に仁志と喋っていた。


「恭子たん、はいこれ…」

「どーも! ふんっ!」


 恭子に鞄を渡すとふんだくるように恭子は鞄を俺から奪い取った。


「どうした? お前ら?」


 その様子を見た仁志が怪訝な表情を浮かべて俺にそう訊いてくる。


「いや…… 恭子は錬金術に否定的なようで…」

「錬金術?」


 俺の言葉を聞いた仁志は、全く要領を得ないって感じで不思議そうに俺と恭子を交互に見ていた。


「も~う、早く行こうよ。学校に遅刻しちゃう…」


 恭子はそう言い残すとさっさと改札の奥に消えていく。俺と仁志は黙ったまま、勇ましい恭子様の後を追ってホームへと向かった。




―◇―◇―



 やがて俺達は学校に到着し、いつものように3人でクラスに入ると、俺は真っすぐに自分の席へと向かった。決して後は振り返らずに…。


 席に到着し、机に鞄を下ろすと、


「うふふ… おはよう、修二君」


 いつものように大天使様からの慈悲深い笑顔に出迎えられた。気のせいか、何だか今日はいつもより心が癒される。地獄の痛みを味わったことによる後遺症なのかもしれん。


「おはよう、蝶野さん」


 俺の心を癒してくれる天使様。俺は最大限の敬意を払い、彼女に挨拶を返した。取り敢えず朝の準備をそそくさと済ませ、俺はいつものように椅子を反対に向けて蝶野さんと向き合う。



「修二君… どーしちゃったの? なんか疲れてるみたいな…」

「いや… ツボの威力は凄いって感じで…」


「―――ツボ?」

「まあ… 色々とありまして…」



 俺のやつれた表情を見た蝶野さんは、ちょっと驚いた顔をしてその原因を尋ねてきた。だから俺は「ツボ」と答えたのだが… それを聞いた彼女は余計に首を傾げる。ごめんなさい蝶野さん。話せば長くなるんです。今は「ツボ」が原因ってことで納得できなくても納得してください。



「色々…ね。クスッ…。 あ、でも今日は何の日だか覚えてる?」

「……今日? はて… 何の日だっけ?」


「今日は大切な日でしょ? 私と修二君にとって…」

「う~む… なんだっけ…」


「本当に忘れてるの? 今日は勝負が決まる日だよ?」

「勝負?… あ、そうだった…」


「やっと思い出した? 今日はテスト結果が発表される日だって?」

「いや~思い出した。そーいやそうだったっけ…」


「ってことで… ご褒美は考えてきた?」

「まあね。一応は考えたけど… どーせ俺が貰えることはないよ」


「クスクス… わっかんないわよ~ 実際に結果が出るまでは」

「そーいう蝶野さんは? もう決めてあるの?」


「当然!」



 蝶野さんはエヘンって感じで胸を張り、冗談っぽく偉そうな態度を取る。口をむんずって感じで結んで偉そばった顔をしているが、微笑みを隠しきれていないその表情は何とも愛らしい。そんな蝶野さんを見て俺は改めて思う。


蝶野さんって―――やっぱおっぱいでけーな。


 突き出された胸から更に突き出るこのボリュ-ム。やはり只者では無い。顔・スタイル・性格,どこをとっても一分の隙も無いパーフェクトウーマン。正直これだけ仲良くして貰ってることを誇りに思ってしまう。


 俺は尊敬の念を抱きながら彼女を見つめた。

特に何処を見つめたのかは皆さんの想像にお任せ致します。



 やがてHRが始まり、担任がイカれた演説を熱弁し終えると、皆に成績表が配り始められた。因みに今回の演説は「敗者になれば、勝者の養分となる以外に生きる道は無い!」だった。こいつがSNSで爆死する日もそう遠くないだろうと俺は感じた。


 皆が緊張の面持ちで成績表を受け取っていく。やがてその順番が俺にやってきた。担任から成績表を受け取った俺はそれを開かずに自席まで持ち帰る。そして椅子に座ると蝶野さんの方へ向きなおしてから彼女に声を掛ける。


「では、勝負と行きませう!」

「うふふ… いよいよだね」


「 「せーの!」 」


 二人で同時に成績表をご開帳。

互いに成績表を見比べる。俺の眼に入ってきた数字は「3位」。蝶野さんの順位は前回と全く同じであった。一方、俺の順位はというと……「8位」。前回よりも三つ順位を落としてしまった。



「やったぁ~!」


 満面の笑みを浮かべて喜んでいる蝶野さん。

彼女の喜ぶ姿を見届けた俺は、もう一度自分の成績をじっと見つめていた。


 やがて大喜びだった蝶野さんは少し冷静な表情に戻り、俺の成績表を見てからゆっくりと顔を近付けてきた。そして……



「頑張ったね、修二君。ほんとに凄い。 私が思ってた通りだ…」


全てを包み込むような優しさを表情に纏い、彼女はそう言ってきた。


「―――ありがとう、蝶野さん。俺も自分でそう思ってる…」


俺は感じていることを正直に彼女に伝えた。



………よくやった。おれ。


 自分で自分を褒めてやった。



 誰の力を借りることもなく、自分の力だけでこれだけの成績を得ることが出来た。それが何より嬉しい。誰かに勝つことよりも、自分の力に自信を持てることがこれ程嬉しく感じるなんて、今まで考えもしなかった。


 この調子で頑張っていけば良い。登り続けていけば、いつかは頂上に辿り着けるのかもしれない。それにたとえ辿り着けなくても、自分が納得できるのであればそれで十分だ。


 蝶野さんは順位の下がった俺の成績を凄いと言ってくれた。

それが俺を揶揄しているのではないってことは分かっている。彼女は自分の力だけでこの成績を得た事実を称賛してくれているのだろう。彼女のそのような想いが表情によく現れている。



「だから言ったでしょ? 修二君はやればできるって…ね。 クスクス…」


「ほんとだね。 ……でもやっぱ蝶野さんには勝てねーわ」


「あら? このままいけばいつかは私に勝てるかも知れないよ?」


「いやそーじゃなくって…。 色んな意味でね」


「あははは… そんなことないってぇ~」


 蝶野さんは明るい笑顔で俺の言葉を掻き消す。

そんな彼女の笑顔を見て、俺は天使の存在というものを実感する想いだった。


………本当にありがとう。天使様。




「そう言えば修二君…」

「なに?」


「ご褒美ちょーだい」

「………はーい」


 これだけ蝶野さんから思い遣りを頂いている私と致しましては、ご褒美を請求されてもやぶさかではない。最初っから喜んで支払うつもりだった。


 だが、だがである。思いっきり上げておいてからの、一気に現実へと引きずり落とすこの仕打ち。それは如何なものかと…。



 もうちょっとだけ夢見させてよぉ~ せっかくいい気分だったのにぃ~。

蝶野たんのイジワル。



「要求内容はラインで詳し~く送るからね。よろしくぅ~ 修二くん!」


「何でも要求してください。全てお応えいたします…」


 ま、これは全て想定内って感じ。お礼もかねて蝶野さんのご希望を叶えます。



「え? 何でもいいの? ほんとに!?」


「―――ごめんなさい。手心加えてください…」



『何でも要求してください』…ものの例えですってば。

そんなもん真に受けないでくれます? しっかし、なんでそんなにガチな顔するの? やっぱ俺に恨みがあるとか?


 でも、俺が蝶野さんから恨みを買う覚えなんて………

いっぱいありすぎて的が絞れないな。


 ふむ。取り敢えず後で土下座しよう。土下座は謝罪の帝王だ。だから土下座さえしておけば間違いは無いだろう、うん。





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