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67. 内なる想い…Ⅲ



「ふぅ~う… やっと終わった。 ま、こんなもんで大丈夫かな…」


 スマホに映る時刻を見るともう22時を過ぎていた。

ようやくって感じで勉強を終えた私は緊張を和らげ、背もたれに体を預けてぼんやりと天井を仰ぎ見た。


「さてさて、明日からテストの始まりか……」


 いつものようにノートをまとめ、いつものように練習問題もしっかりとやった。だからこれで今回の期末試験も大丈夫だろうと思う。……私はね。



 私の事よりも気になるのは修二の方なんだけど……ほんと、大丈夫なのかな?



「お~い、修二。 どーなの? ほんとに大丈夫?…」


 ちょっと不安になった私は修二に問いかけてみたのだが、返事は返って来なかった。


 まあそれは当たり前。天井に向かって問いかけたところで返事など返ってくる筈はない。逆に返ってきたらちょっと、いやかなり怖い。……色んな意味で。



………でも、修二は今頃何やってんだろ? まだ頑張ってるのかな?


うん、きっとそうだ。一人で頑張るって言ってたし。なんかやる気になってたし。修二、頑張ってね。私は遠くから一人で成功を祈ってるよ。



―――って違うでしょ? 


 そーじゃない。そんなの全然嬉しくない。

どーして私は遠くから、しかも一人ぼっちで祈ってるわけ?


 本当だったらずっと修二の傍で仲良く一緒にやれてたはずなのに。私が思い描いていた未来予想図と余りにも違い過ぎる。


 あの時、修二がうんと言ってくれてたら、今頃は………



『 さて、明日からいよいよテストだね 』

『 う~ん… 大丈夫かな? おれ… 』


『 大丈夫! だって二人でこんなに頑張ったんだから 』

『 そ、そうか? 恭子にそう言われるとなんか出来そうな気がするな 』


『 うふふ… そうそう、きっと出来るって 』

『 ありがとうな、恭子。ずっと面倒見てくれて 』


『 なに言ってんの? そんなのあたり前でしょ。だって私と修二だよ 』

『 そうだよな。恭子はいつも俺の傍にいてくれるもんな 』


『 それも当たり前。私はずっと修二の傍にいるよ 』

『 えっ? でもお前には好きな男が………』


『 いるよ… 大好きな男の子がね。 もうずっと前から…』

『 それって………』


『 あのね、修二。 正直に言うね…』

『 ど、どうした? 急に…』


『 修二って言うんだ。その男の子の名前。 私はずっと前から修二が好きだったの…』


『 き、恭子… お前…』


『 だから私は修二から離れたくない。 いつまでもずっと一緒にいたい 』

『 そうか…… 分かった。 なら俺は恭子の彼氏になってやる 』


『 えっ? いいの? 本当にいいの?…修二 』

『 ああ、当たり前だ。 俺だって恭子から離れたくない 』


『 やったぁ~! 本当にいいんだね? 修二 』

『 いいに決まってんだろ。 そうだ! 何ならいっそ結婚しちまうか? 』


『 きゃあああ~! ほ、ほんとに~?! 』



 こんな感じに……


 なってないかも知んないけど、なってないとは思うけど、今よりはもうちょっと修二に近付けたのは確かだろう。


 二人で寄り添いながら一緒に頑張る試験勉強。私は労を厭わずに全力を出し切って修二のお世話をする。(大丈夫、そこには自信を持ってる。)


 自分のために必死に尽くしてくれる幼馴染の姿……

ふとそれに気付いた修二はきっと感銘を受けるだろう。うんうん。



「恭子はそこまで俺の事を……」

………感銘を受けた修二の心に異変が起こる。



「おれ、恭子といるとなんだか幸せだ」

………幼馴染以上の特別な感情に目覚める修二。



そんな時期を見計らって私は素直な気持ちを修二に打ち明ける。


―――「実は私、ずっと前から好きだったの。 修二のことが…」


 えっとですね、私の試算によるとこの流れに持っていけたなら、確か成功確率は80%を超えていたと思いますはい。但し持っていければの話なんですが。



 それがどうして…… なにがどーなって……。


――― あぁあああ~ こんなはずじゃなかったのにぃ~! ―――


 あっ! だめだめだめ… このセリフだけは絶対に言っちゃダメ!


 このセリフって「覆盆」に出てくる負けヒロイン専用のものじゃない! しかも負けヒロインの8割ぐらいは幼馴染の女の子だったような気がするし…。


 お、落ち着いて、わたし。だ、大丈夫。うん、きっと大丈夫だ。だって……


 私は「あ」を4つで止めている。小さいのを入れても5つだ。確か本物の負けヒロインは「あ」を10個以上連打してたと思う。 だから私はぎりセーフ!!!



 けど…… はぁああ~ もう考えるのは止めよう。

何か考えれば考えるほどアリ地獄に陥っているような気がしちゃう。



 でも、修二と一緒にやりたかったな。……テスト勉強。


 よくよく考えたらさ、やっぱ無いんだよね。――二人っきりで過ごす時間。

昔はあれだけありふれてたのに…。



 二人の関係が完全に戻ってからも、そんな時間は滅多に訪れない。

私にも修二にも友達や仲間がいて。皆との関係を大切にしながらってなると、自ずと修二と二人になれる時間は短くなってしまう。


 今の私達はもう大人。好き勝手できた子供の頃とは違う。それが常識だという事ははっきりと理解しているんだけど…。


 大人になって得られた恩恵と、大人になって失った損失を比べると、私は失った損失の方がはるかに大きいとしか思えない。でも、もし修二を恋人とすることが出来たのなら、この考えも全く違ったもになる?……そう感じるときはある。



 クスクスッ…… ま、いっか。

色々思うところはあるが、今の私は幸せだ。修二には誘いを断られちゃったりもしたけど、私はそれを悲しいとは思っていない。残念に思う気持ちは強いけど、心の中は今までで最高に爽やかである。



 私の最大の懸案事項。私が最も悩んでいたこと。

それが解消された。これほど嬉しいことは無い。心の重荷が一気に霧散した。






―――どうして修二は私から離れていった?


 ずっと悩んでいた。

今の私の隣には修二がいてくれる。まだ幼かった頃と同じ様に笑顔で私を見守ってくれている。


 そんな修二がある日突然、昔のように私の前から去って行ったら……


 有り得ないと思う。そんなことは絶対ないと思うんだけど……

それを想像してしまう時がある。



 最初に眼が見えなくなる。そして何も聞こえなくなる。血の気が引いて頭が真っ白になる。当然口なんて動かない。立っていられるのが奇跡。やがて心はゆっくりと崩壊を始め、現実を認識させられたとき、一気にそれは崩れ去る。


 経験した者にしか分かり得ないこの感覚。


―――私は修二に絶交を告げられたとき、その感覚を覚えた。


 はっきり言って今でも想像しただけで息が出来なくなる。体が勝手に震える。



 そんな事はもう絶対に嫌だ。二度とそうなりたくない。そう言った心の中にある恐怖心がどうしても拭えない。だから私は必死に考えていた。一体私の何がいけなかったのかを。それさえわかれば、それさえ何とかすれば、私はもうそのような恐怖を感じることも無い。



 修二はずっと昔から、私の何かが嫌いだった? 好きな気持ちと嫌いな気持ちの両方を持っていた? そして最後には嫌いが好きを上回ってしまったの?



 それを知りたい。知らなければならない。


 私を遠ざけたあの頃の修二…

そうしたのには理由が必ずある。間違いない。修二を信じているからこそ、そこに確信を持てる。大きな理由がない限り、修二は絶対にそんな事はしないはずだ。



 だけど… だけどいくら考えてもそれが分からない。

でもこれを解決しないと、いつかまた修二は私の前から消えそうな気がする。早く解決したい。じゃないと私は前に進めない。もう後退なんかしたくない。修二に寄り添って一緒に前に進みたい。



 そんな想いに悩んでいた私。

だから私はもっと修二を知ろうとした。もっと近付こうとした。そんな私は勇気を出して修二を誘ってみた。



「……恭子ゴメン。おれ…一人でやってみる」



 返ってきたのはこの言葉だった。


 修二が言ったその言葉は……私の不安を暴発させた。



 あの時と違って、修二は穏やかに優しく言ってくれている。

それにただ私の提案を断っただけの話だ。別に深い意味はないだろう。


 でも私にはこれしか思い浮かばなかった。



「私ってさ… 修二に嫌われてる?」


 思わず口からその言葉が出た。

もう抑えきれなかった。我慢なんてできなかった。


 私の言葉を聞いた修二は慌てふためき出したが、その姿を見ても、私はもう何も感じなくなっていた。


………また終わるんだ。


 頭の中が真っ白になり、何も考えられない。



 数刻の間、互いに見つめ合った。

でも私には修二がよく見えていなかった。ただ顔を向けてただけで視点なんて何処にもなかった。


 感情を失った私の眼には、ぼやけた意味のない風景しか映らない。



 なに?



 何かが見えた気がする。


 

 あれは確か……


 

 そっか、あれだ。



 あれを掴まなきゃ…



………私はそうしないといけないんだ。



 私が掴んだその手は、私の手をしっかりと握ってくれた。

それから互いの指を絡ませて、互いの温もりを感じ合った。



 何処に私の手を置けば、その手をどのように握ってくのか私は知っていた。

ただ、握ってくる感じは全く同じなのに、その手の感触は、私の全く知らないものだった。


 修二は言った。



「恭子… 嫌いな訳ないだろ…」



 その瞬間、私の心の中にあった黒い霧が一瞬で無くなった。



 修二の表情、そして修二のその言葉。 間違いない。修二は絶対に嘘など言ってない。


―――今の修二は私を嫌ってなどいない。


 他の人達には信じてもらえないだろうと思う。

だけど分かる。私には修二の本当の気持ちが理解できる。



 優しい修二の言葉。それを聞いて安心した。

でも、さほどそれには嬉しさを感じなかった。自分でも不思議に思う。



 だけど少しして、その理由が判明した。

修二と指を絡ませている私の手。そこからこれ以上ないほどの幸福を感じているのだから、それ以外が霞んでしまうのは仕方のないことだ。



 懐かしい。……本当に。

私が悲しんでいる時、修二はいつもこうしてくれたっけ。



 手を差し出す仕草もあの頃と全く変わってない。

変わったのは修二の手。昔は同じぐらいだったのに、今では私の手を完全に覆いつくす。



 もういい。これ以上言葉なんていらない。

私を想う修二の気持ちが伝わったのだから、今はもうそれでいい。







 私の心に巣食っていた恐怖はもうない。

これからの私は思い切って修二に向かっていける。


 修二と一緒にテスト勉強できなかったのは残念だけど、それがあったからこそ私は最大の悩みを解決することが出来た。これぞまさに「塞翁が馬」って感じ。


 それに期末テストが終われば楽しみにしている夏休み。これ程夏休みを楽しみにするなんて小学生以来だ。まだ何も予定なんて立ててないけど、きっと大丈夫。修二を誘っていろんなところに遊びに行こう。


 今年の夏は忙しくなりそうだ。修二と二人っきりで遊びに行くのは当然だけど、麗香ちゃんや仁志君も誘って皆で遊んだりもしてみたい。


 去年はしっかりと働いたし、今年はその分、お母さんにお小遣いをねだっちゃおう。何せ去年の夏休みはその殆どを自宅警備員として勤務していたんだから。お母さんもそれぐらいの融通は利かせてくれるだろうって思う。



 さぁ~あ、これからは頑張るぞ!


 修二をグイグイ私に振り向かせて、出来れば修二から告白させるように仕向けてやろう。別に自分から告白してもいいんだけど、私だってやっぱ女の子だ。出来れば男らしくズバッと来て欲しいっておもっちゃうよね?





 でも… えっ? どーしよ?

ズバッと来すぎて一気に限界突破を目指してきちゃったら?


 わ、わたし… まだそこまで心の準備が(ドキドキ♡)

い、いきなり そ、そんなこと… 無いよね?…修二。でも、もしかしてってこともあったり……



きゃあああああああああ~!


………。


………。


―――あれ?



 気付けば私の手には、元は「何か」だったような「何か」が無残な姿を晒していた。よく見れば見覚えがあるような、ないような……。 いや、きっと気のせいだ、うん。



―――ごめんなさい、修二。


 私の手には修二に買ってもらった「何か」が握り締められている。

多分元はぬいぐるみだったと思うんだけど… 何処が顔なのか今は定かではない。



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― 新着の感想 ―
[一言] 告白させるように仕向けるってこの手の話では負けフラグにしか思えない…
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