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65. 内なる想い…Ⅰ



「こんにちは~ 鈴音さん」

「あ、修二君… よく来てくれたわね」


 恭子から解放された俺は、そのまま家に帰って荷物をまとめると仁志の家に向かった。恭子の誘いを断った理由、その一つがこのためである。


「すみませんが、今日から暫く厄介になります…」

「いいえこちらこそ… でも、本当にごめんなさいね…」


「い~え全然。大してお役にも立てないと思いますが…」

「ううん、そんなことは絶対ないんだけどね… でも、その… 修二君は本当に大丈夫なの?」


「あははは… 全っ然大丈夫ですよ。自分の分もしっかりやりますんで…」

「………ごめんなさいね。 迷惑かけちゃって…」


「いいえ。 それより、美月はもう帰ってます?」



 俺が恭子と一緒に勉強できない理由、それは俺が美月の家庭教師をやることになったからだ。


 俺達の高校と同じ時期に美月の中学でも期末テストが行われる。

そしてこの期末テストの成績は、高校受験にとって重要となる内申点に反映される。



―――美月の無謀な受験を諦めさせてくれ

仁志にそう頼まれて、俺は美月を説得しようとしたのだが………



 結局は美月の決意に押し切られて俺は説得を諦めてしまった。

それどころか逆に仁志を説得するはめに陥った俺。まさに「ミイラ取りがミイラになる」って感じ。


 だが、俺もただ感情的になって美月に賛同したわけじゃない。

賛同するからにはそれなりの責任を負うことになる……それを理解した上で、俺は美月を応援することに決めた。だから俺は美月の家庭教師を自ら買って出たって訳だ。



「おっす、仁志。 すまんがこれから暫く厄介になるぞ…」


 鈴音さんに挨拶を済ませた俺は、取り敢えず仁志の部屋へと向かった。

これからの予定としては、夕食過ぎまで美月の家庭教師、そして夜からは仁志と共に自分の試験勉強をやるって感じ。なのでこれから数日は仁志の家で厄介になることとなっている。 ただ、俺には恭子様のお出迎えという特別使命があるので、朝になると着替えを持っていったん家に戻り、そして恭子を迎えに行ってから学校へ向かうことになる。



「いや~ しっかしお前の部屋で連日お泊りってのも久しぶりだな」

「確かにそうだが…  修二、本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫だって。俺に任せとけ」


 仁志が言いたいことは分かっている。

だが俺も軽いノリや酔狂でやろうと思いついたんじゃない。これは美月のためでもあり、俺自身のためでもあることだ。



「そんじゃ、美月の部屋に行ってくるわ。 また後でな…」

「ああ、すまん。 よろしく頼む…」


 真面目な顔で礼を述べる仁志。仁志がこんな顔で俺に礼を言ったことなど今まで一度もない。


………ったく、このツンデレ兄貴が。


 普段は美月の事など全く気にかけていない素振りを示しているのに、実際は美月の事を誰よりも温かい目で見守っている。ツンデレは可愛い女の子がやるから萌えるものであり、仁志のような仏頂面で鉄面皮のヤローがやっても全く可愛げがない。それどころか逆に妙な恐怖を感じさせられる。


 妹の事が心配ならさ、もっと普段から素直に行動で示してやれって思ってしまうんですけどね……


でも……やっぱいいもんだな。―――兄妹って。


 さて、俺も美月の兄としての役割を果たすとしますか。



 仁志の想いを受け取った俺は、気を引き締めて美月の部屋へと向かった。




―――◇―――◇―――



「修二、ここって何でこの式使うの?」

「条件的にこの式が使えるから。それ使えないと答えが出ないだろ?」

「あっ…そっか。なるほど…」


 美月の部屋に行った俺はすぐさま家庭教師を始めた。

勉強を開始してからもう2時間近くになるが、美月はしっかりと集中力を維持している。


 普段なら俺の言う事に対していちいち嚙みつき、揶揄するばかりで素直に言う事なんか聞きやしない美月。だが今日は違う。まるで学校の先生を見るかのような眼差しで俺を見つめ、そして俺の発言を必死に理解しようと励んでいる。


………やっぱ美月の決意は本物だったんだな。

今の美月を見ていてそれが実感できた。いつもの甘えん坊で無邪気な態度はなりを潜め、目標に向かって一生懸命に努力している美月を見てると、俺はこの決断ができて良かったと思う。




 仁志に頼まれた俺は、美月に無理な受験を諦めさせようと説得を試みた。

はっきり言って自信はなかった。大好きな兄である仁志にさえ反発した美月なのだから、俺の言うことを素直に聞くとは到底思えなかった。だから俺は罵声が飛んでくるのを覚悟の上で、受験についての話を美月に持ちかけた。


 現実というものは甘くはない。いくら望んでも、いくら努力しても、どうにもならない事なんてこの世にはいくらでもある。



 自分で言っていて嫌になるような正論を並べながら、俺は無謀な受験を諦めるように美月を説得した。だが……


………どうした? 美月…


 不思議だった。

美月は俺の説得をただ黙って最後まで素直に聞いた。

「うるさい! 聞きたくない!」…そう言って反発され、話を最後まで聞くことはないだろうと思っていたのだが、予想が完全に裏切られた感じだった。


 美月の余りにも素直な態度……それに驚きを覚えたのは当然だったのだが、なんて言えばよいのだろうか……美月の態度は驚きよりも俺に強い違和感を覚えさせた。



 俺の説得を聞いても何処か穏やかで落ち着いた感じの表情でいる美月。微笑んでいるのかとまがうようなその表情は、どこをどう見ても苛立ちや反発といった感情が見て取れない。


 俺が知っている美月とは全く異なる反応。

今までの美月なら、意に添わぬ話を聞かされて黙ったまま反論しないことなど有り得ない。ましてそんな話を聞かされて、これほど穏やかな表情でいることなど考えられない。


 美月はどうかしちまったのか?……

余りにも予想外の反応に、諭している俺の方が困惑する感じとなってしまったのだが、そんな俺とは対照的に美月は落ち着いた感じで自らの想いを語り始めた。



「お兄ぃや修二が心配するのはよく分かってる。 でもね、私は意固地になったり我儘を言ってるんじゃないの。私の望むもの、私がどうしても欲しいものがそこにある。 だから私はそこに行きたいの。……ううん、行かなきゃいけないの。 ダメになる可能性の方が高いってのは分かってる。 でもね、努力もせずに最初から諦める事だけは絶対にしたくない。もし最初から諦めたらさ、私はその事を一生悔やむって思うから…」


 穏やかな表情で静かにそう話した美月。だがその表情とは対照的に、その言葉には力強さを感じた。



―――覚悟を決めた者の言葉ってやつか。

美月の言葉から、俺は美月の想いを感じ取った。


 どうやら美月には覚悟を決めるだけの理由があるらしい。

それがどんなものなのか知る由も無いのだが、俺はそれを聞こうとしなかった。


 意を決し、覚悟が出来ている人間に対して、正論をかざして諭すことほど愚かなことはない。俺はそれを知っている。もはや理由を聞いたところで、それに対して俺が何を言っても美月の意思は変わらないだろう。


………ったく、仁志といい美月といい、どうしてこうも強情なんだか。

さすがは兄妹といったところだ。思わず溜め息が出ちまう。 だが、…なんだかそれが可笑しくも思える。


 もはや説得は無意味。だから俺は話を切り上げようと思った。


………さて、美月にどんな言葉を掛けてやればよいのやら

説得は諦めたが、現実は厳しいという事だけは美月にしっかりと言っておかねばならない。そんなことを考えているときだった。



「クスッ… 私ってさ、今までずっと恵まれていたと思うんだよね。望まなくても最良のものが勝手に与えられちゃって…。なんの苦労もしていないのにね。だから受験の事は神様が私に与えた試練だと思うの。―――欲しけりゃそろそろ自分の力で何とかしなさいって…ね。だから私は絶対にこの試練を自分の力で乗り越えてみたい……そう思ってる」


 少し照れ笑いを浮かべながら、美月は俺の顔をしっかりと見据えてそう言った。


―――美月 おまえ……



 俺は言葉を失った。

美月はもう俺が知っていた我儘で甘えん坊の子供ではない。



「―――わかった。なら頑張れ 美月…」


 この言葉を出すのが精一杯だった。

もっと気の利いた言葉を掛けてやりたいと思ったが、上手な言葉が浮かんでこなかった。


 美月は現状を理解した上で、自分の願いを叶えるために前に進もうとしている。

はっきり言って俺の負け。俺よりも美月の方がしっかりしていやがる。




 自分の願いを叶えるために頑張る…か。

美月の言葉を聞いてから、俺の脳裏には何度となくその言葉が浮かんでは消える。


―――だが、頑張ってみたところで……。

結果は多分ダメなんだろうとしか思えない。


 かつて俺は優秀な幼馴染を見返してやろうと必死になって勉強を頑張ったことがある。俺だって頑張れば、努力すれば、優秀な幼馴染を超えられるんだと思っていた時があった。


 だが、結果は厳しい現実というものをまざまざと見せつけられるものだった。結局は持つ者と持たざる者に分かれる。所詮俺が持っているものなど大したもんじゃない…。



 典型的な負け犬根性。情けないったりゃありゃしない。


 だが、どうなんだろう?

負け続けた人間なら誰しもこんな想いを抱いてしまうのは当然ではないのだろうか? 自分に対してそんないい訳でもしないとやっていられない。



 しかし、最近になってそんな俺の気持ちに変化が訪れた。

ある少女が俺に向かってしきりにこの言葉を掛けてくる。


―――「修二君は頑張ればきっと出来るって…」


 その言葉には何の根拠もない。ただの気休めなのかもしれない。


 でも何故なんだろうか?

その言葉は素直に俺の心の奥に届いてくる。そして頑張れば出来そうな気になってくる。


 無暗に恭子に挑み、勝手に自信を無くしていた俺。だが、そんな俺でも努力すれば大した奴になれるのだろうか? 自分が思っている以上の力を出すことが出来るのだろうか?


 ………もし、そんな力をだせるのなら。


 美月の願いを叶えてやりたいと思った。

俺に力があるというのなら、その力を美月のために使ってやりたい。


 負けを覚悟の上で、それでも美月は立ち向かおうとしている。負け犬根性の俺とは違い、決して諦めようとはしていない。本当に努力が実を結ぶというのなら、俺は美月のために必死に努力してやる。俺にはそうするだけの理由がある。


―――もう一度だけ、頑張ってみるか。


 はっきり言って自信が戻ってきた訳じゃない。何の確証もない。

でも、美月の夢は叶えてやりたい。そう思う気持ちには自信を持てる。



 だから俺は美月の家庭教師をやることにした。


 勝算なんてものはない。ダメな結果となる確率の方がはるかに大きい。でも俺はやりたい。美月と一緒に頑張って、勝利というものを味わってみたい。


 もし勝利することが出来たのなら、きっと俺の何かが変わるだろう……そう感じる。



 もし失敗したのなら、美月の気が済むまで俺が慰めてやればいい。

そう考えることが出来るようになった俺には、もう迷いなどない。





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