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63. 変わりゆく関係…Ⅵ



「ん~~~ッん、おいしぃぃぃい~!」

「うんうん。なかなか手に入らなのも納得って感じだよね~」


 唸りながら限定シュークリームを頬張る恭子。その表情はスウィーツを楽しむ女子特有の至福を表している。恭子も蝶野さんも、見ているこっちが呆れ返るぐらいのはしゃぎようで限定シュークリームを堪能していた。


「麗香ちゃん、ほんと~にありがとうね…」

「えへへ… 恭子ちゃんに喜んでもらえて良かった~」


―――仲睦まじきは良きことかな。


 本当に幸せそうな二人の様子。仲良く二人で美味しいものを頬張りながら微笑むその姿を見ていると、何だかこちらまで楽しい気分になってくる。


 俺はその光景をぼんやりとしながら微笑ましく見ていた。


……のだが、


「ねえ、修二! これ本当に美味しいよ。 修二も一口食べてみる?」


 恭子はそう言って満面の笑みで「食べかけ」の限定シュークリームを俺の眼の前に差し出してきた。



 まるで無邪気な幼い少女といった感じの今の恭子。

その声には弾けるような躍動感があり、その姿には衆目を集めるのに十分な愛くるしさがある。


―――ほんと、まだ子供だったあの頃とそっくりだな……今の恭子って。

まったく…… 子供っぽいというか、可愛いやつって言うか…。



 でもさ、恭子、あのね……

それを食ったら“放課後特別イベント”が発生しちゃうのって知ってる?


「修二くん拉致ツアー」っていうイベントがね。………



 恭子さ~、ちょっとは自覚しようよ?

お前の信者がどれだけいると思ってんの? 今のお前は「スーパー恭子ちゃん」なんだぞ?


 お前が食いかけたシュークリームを俺が食ってさ、俺が無事でいられるってお思い? 世の中ってさ、そんなに優しくないんだよね~。 知ってた?…恭子ちゃん。



 それにしても……ったく、さっきから熱い視線を俺に送り続ける恭子信者どもめ。文句があるなら教祖に言え。暴走してんのはお前らの教祖様の方なんだからな。


 しっかし……恭子の唇が触れたシュークリームか。取り扱い要注意の超危険物だな。これを食うぐらいなら『禁断の果実』を食った方がリスクは低いと思う。何なら『悪魔の実』だっていい。 とにかく、こいつを食う訳にはいかない。食ったら確実に俺は拉致られる。



「せ、折角だが遠慮しとくよ。蝶野さんがお前のために買ってきてくれたものなんだからさ。だから有難く全部自分で食べろって…」


「う~ん… でもほんとに美味しいよ? 一口食べたら?」

「い、いいから… 勿体ないだろ? 自分で全部食えって…」

「そお? すっごく美味しいのに… ま、いっか…」


 ふぅい~い…助かった。 よし、これでなんとかうまくかわせたぞ。


「ん~ん… でもやっぱ一口ぐらいいいでしょ? はい、『あ~ん』して…」


 躱せてねーし…。

しかもヤバさが加速してるんですけど…。



「い、いや、蝶野さんに悪いから遠慮します…」


 恭子、頼むから勘弁してくれ。 俺はお前にとって大切な幼馴染なんだよね?

だったらその幼馴染を自ら抹殺するような行為は慎んでちょーだい。



「ちぇっ… しょーがないな~」


 俺の憮然とした態度のせいか、ちょっと不服そうではあるが、恭子はそう言ってようやく引き下がってくれた。


 はぁぁあ~ つ、疲れた…… なんで俺がこんな苦労せなならん?

まさか親愛なる幼馴染に無邪気な顔して窮地に追いつめられるとは思いもしなかったぞ。


 だがこれで無難に爆弾も回避できた。ほんと、助かったぁ~…。

よし、こんな危険地帯に長居は無用だ。速攻でズラかるとしますか……。



「クスクス… じゃあ私のだったら遠慮しなくっていいよね。 どうぞ、修二君……」


 そう言いながら蝶野さんはにこやかな顔で俺の眼前にシュークリームを差し出した。―――もちろん、食べかけのやつをね。



 あ~あ…… やっと原爆を回避したのに今度は水爆が飛んできちゃったよ。威力がさっきより100倍増しになってるんですけど…。


 こんなもん食ったら学年男子の全員を敵にすること間違いなし。もはや「拉致られる」どころか「埋められる」未来まで見えてきちゃったよ…。



 だ、ダメだ。……これだけは絶対に食えん!

これを食うぐらいなら恭子のを食って自爆したほうが100倍マシ。蝶野さんの食べかけなんて食べたら一寸どころか1mm先が闇になっちまう。


 蝶野さん、あのさ…… 一言いっていい?


―――微笑みながら俺に引導渡すの止めてもらえます? 明日からあなたの前の席がずっと空席になっても知りませんよ?



 と、とにかく、何とかせねば。……

取り敢えず話題を一気に別方向へ持っていかねば。もういい加減シュークリームの怨霊から逃れたい。


 何かいいものは………そ、そうだ!



「そ、そんなことよりさ、『報酬』はもう考えた? 勝負に勝ったときの……」


 期末試験での勝負に勝ったときの報酬。それを蝶野さんはまだ決めていなかった。それを思い出した俺は話題を一気にそっちへと向ける。………蝶野さんは凄く報酬を楽しみにしていた。だから絶対この話に喰いつくはずだ。


「あッ、そーだった… まだ決めてなかった。 ねぇ修二君、も~ちょっと後でもいい?」

「別にいいよ。ゆっくり考えてちょーだい」


「クスクス… そう言う修二君はもう決めたの?…報酬」

「あはは… 実は俺も考え中ってやつで…」


 よーし、大成功。 後はこの場から立ち去るのみ!


「んじゃ、報酬を何にするか考えといてね~」

「うん。修二君もね~」


 この自然な流れ。うむ、最高の立ち回りだ。

これでようやくこの超危険な地雷原ともおさらばできる。とっとと森田の所に戻って……



「……『報酬』って……なに? 修二…」


 俺が逃げ足を踏み出した瞬間、キョトンとした顔で恭子が尋ねてきた。不思議そうな顔をしながら小首を傾げる恭子。


「ああ、あのさ… 実は俺と蝶野さんで勝負することになったんだよ。期末試験で点数勝負ってやつ…」


「―――それで?」


「だからさ、それに勝った方が『報酬』を貰えることになってるんだよ…」


「麗香ちゃんと勝負ねぇ……」


 俺の言葉を聞いた恭子は深い溜息をついた。そして……



「修二………」


「な、なんだよ…」


「―――正気なの?」


ガチな顔してそう言ってきた。


「………。」


 はぁ~あ… やっぱこうなるよね。

俺だってお前と同じ気持ちだよ。でもね、仕方ないんだよ。


―――ハニートラップに嵌っちゃったんだから。

これ恭子には絶対ナイショ。知られたら恥ずかしすぎて死ねる。



「麗香ちゃんと勝負って……勝てるわけないでしょ? 何考えてんの、修二?」


「い、いや… それは… まあ、なんだ……」


「中間試験でちょっと良かったからってさ… やっぱ修二は直ぐ調子に乗っちゃうんだから…」


「でも、でもさ、……やってみねーと分かんねーだろ?」


「そんなのやんなくても分かるでしょ? どーして修二はいつもいつも………」


 あ~あ… 恭子のお説教タイムが始まっちまった。ほんと、昔と全く変わらないって感じだわ。



 昔の俺はこれが本当に嫌だったんだよな…。

恭子にダメ人間扱いされるとガチで落ち込んじゃうって言うか、心にグサグサと刺さりまくるって言うか…。だからその反動で俺は恭子に反発するようになったんだったっけか…。


 ま、今では腹が立つことも無いんだけどさ。あの頃と違って……

恭子の苦言は全て俺の事を思っての事……今はそれがよく分かっているから。


 でもね、……何なんだろうか。

恭子の想いが理解できてるのに、心が盛大にベキベキと折れていくこの感じ?…Why?



「も~う、今日だって授業中は寝てばっかだったんだしさ……………」


「あ、あのさ、恭子ちゃん。 私は結構いい勝負になると思ってるんだけどな?…」


「―――えッ…?」



 テンション高めで俺に説教をしていた恭子。だが、いきなりそこに飛び込んできた言葉を聞いた恭子は、驚きの表情と共に声の主へと視線を向ける。


「ほ、ほら… 私と修二君って中間テストの時に一緒に勉強したでしょ? だから何となくって言うか……上手く言えないんだけどね、きっと修二君ならもっとやれるって気がするの…」


「れ、麗香ちゃん…… でも……」


「ウフフ… 大丈夫だって、恭子ちゃん。修二君もきっと真剣に勝負に挑んでくる筈だからさ…」


「………。」



 蝶野さんの言葉を聞いた恭子は、何とも言えないような複雑な表情となった。


 蝶野さんの意見に異を唱えたいのだが、蝶野さんの意見を真っ向から否定するのも気が引ける……多分そんなとこだろう。恭子の表情を見ればだいたいわかる。



 さて、このままこの話題を続けるのはよろしくないな。頑張って俺が上手くまとめねば…。


「あのさ、恭子… 今回はいつもと違って俺も結構やる気なんだよね。昔みたいに適当言ってるわけじゃないんだ。だからちょっとは俺を信じてくれ。……って言ってもやっぱ難しいか。なんせ昔の俺はふざけてばっかだったもんな。あははは……」


「―――修二…」


「大丈夫だって。せっかく中間で頑張ったんだからさ、期末だってやってやるよ」


「そうそう。修二君ならきっと私に勝てる?…かもよ。クスッ…」


「へいへい…。 『かも?』じゃなくてしっかり勝ってみせますんで…」


「そーいう訳で、恭子ちゃん…… 私と修二君の勝負を楽しみにしててね」


「………う、うん」



 何か言いたげな恭子の表情。俺の言葉を信用できないって感じがありありと伺える。


 でもね、恭子―――

今回はちょっと本気で頑張ってみようって思ってるんだ。


………だからそんなに心配しないで大丈夫だよ。



「それじゃ、俺は森田んとこへ戻るわ…」


 そう言って俺は森田のいる席へと向かった。


 にこやかに手を振ってくれた蝶野さんとは対照的に、少し俯いたままじっとしていた恭子の姿が少し気になったが、言いたいことがあるなら帰りの時にでも言ってくるだろうと思い、俺はそれ以上何も考えなかった。


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