51. 変化…Ⅳ
「おう、ようやく帰ってきたか…。 それで、美月の機嫌は治ったか?」
美月との出会いを懐かしみ、感慨に耽っていた俺が部屋に戻ると、仁志はしれっとそんな言葉を掛けてきた。
どうだった?……よくも抜け抜けと気軽に言えたもんだな親友。
美月が鬼オコなのを知りながら、「いってらっしゃい」ってな感じで俺を鬼の住処に派遣しくさって…。美月に襟元引っ張られて俺は本当に「逝っちゃいました」になるとこだったんだぞ、…ったく。
仁志の言葉を聞いて俺は美月の怒りを鎮めるための生贄にされたことを悟った。
……こいつ一人の犠牲で沖田家の平穏が守られる……安くね?
仁志、お前の気持ちを代弁してやったぞ。
そういや俺が仁志の部屋を出るときに、奴はこんなこと言ってたな……
「―――ま、修二……頼むわ」
『修二……頼むわ』―――この三点リーダーに入る言葉を補間するとだな…
修二、『美月が鬼オコで怒りを鎮めるためには生贄が必要だ。悪いが沖田家の平和のために死んでくれ』頼むわ。
こんな感じですかね、お兄さん。
仁志よ、文章の最初と最後だけ言われても意味が通じる訳ねーだろが。本文の90%以上を省略してんじゃねーよ。
仁志に「頼むわ」と言われて意味も分からずヘラヘラ笑って美月の部屋に向かった俺。……目隠しして笑いながら地雷原に突入するアホウそのものって感じだよね。マヌケすぎて救いよーがねーわ。
普段の俺ならこんなことしくさった仁志に「三味」を抱く。
「うら味」「つら味」そして「にくし味」―――この三つの隠し味を元に復讐のエキスを完成させる。
だが、今日の俺はいつもとは違う。
俺は美月の部屋に行き、偶然にも美月の恋愛事情を知ることとなった。そして大事なのはここから…
なんとあの美月が恋愛の相談を持ちかけてきたのだ。―――この俺に!
初めて会った頃は、完全に俺の事を敵対視していたあの美月が、今では仁志にも言えないようなことを俺に相談してくるようになった。―――もうね、何と言いましょうか……感無量って感じですわ。
俺の心を支配するこの達成感。
俺はやり遂げた……俺は実の兄を凌駕する真の兄となったのだ。
………仁志、悪いが美月の兄の座は俺が貰った。
美月からの信頼を勝ち取った俺はもう大満足。
なので仁志に生贄にされたことにも腹が立たない。ていうか、逆に感謝したいぐらいだ。
今や美月の真の兄へと昇格した俺。
そんな俺に対して「美月の機嫌は治ったか?」などと愚問を投げかけてくる仁志に対し、呆れを覚える。
―――ふッ、心が通じ合った真の兄にとって、妹の機嫌を治すなど造作もないことだ。
俺はもうただの量産型修二君ではない。
妹に愛される最終形態の「真の兄」へと進化したのだ。………ザクとは違うのだよ、ザクとは!
ま、兄としての格の違いってやつを仁志に知らしめてやりましょうか。
俺は勝利者としての余裕を讃えながら、仁志の問いかけに答えてやる。
「美月の機嫌が治ったかって? 愚問だな。 なんてったって俺は美月に愛されちゃってる兄なんだぞ…。俺が宥めれば美月の機嫌なんて一発で治っちまうよ」
そう言って余裕の笑みを浮かべる俺。
「そうか?……なら次もまた頼むわ」
そう言ってアホウでも見るような蔑んだ目で俺を見る仁志。
仁志よ、余裕ぶっこいてられんのも今のうちだけだぞ。お前が気付いた時には美月の兄の座に座っているのは俺だかんね。後で泣いても返してやんないよーだ!
仁志から送られる醒めた冷ややかな視線も今は全く気にならない。なにせこの後、俺は美月から初恋の相談をされるのだ。
愛する妹に、気になる男が現れた……
今まで無邪気に懐いてくれていた可愛い妹。まだ子供だと思っていたのに気が付けば他の男に恋をしている。それを知った時、妹の成長を感じて嬉しく思う反面、何処かやりきれない悔しさを感じてしまう。
………今の妹の眼に映っているのは俺ではなく、違う男なんだ…
祝福してやらねばと思いながらも、空虚になる心を感じて寂しさを拭いきれない。だがそんな複雑な想いを抱きながらも、兄としてしっかりと妹を見守り続け、妹の幸せを願ってあげる。
シスコン兄にとって最大の試練を迫られる究極のシチュエーション………
―――なにこれ超エモいんですけど。
まさに妹ゲーのクライマックスだ。可愛い妹を持った兄が最高に苦悩する場面。想像するだけでも悶絶しそうになってしまう。
妹を愛する兄、その妹を奪おうとする男、二人の男から愛される妹の運命は……くぅ~~うッ…シビれる!
誰よ?…こんな萌えつきちゃいそうなストーリー考えたやつ。シスコン兄を抹殺したいのか? でもこんな小説あったら絶対俺が買ってやるぞ。
俺は美月から相談を受けた……しかも恋愛の相談。
美月は俺を頼りにしている、そのことが何よりも嬉しい。だから俺は多少なりとも美月の力になってあげたい…そう思っている。
まるで本物の妹のように俺を慕ってくれている美月、そんな美月を俺は兄として見守ってやりたい。ちょっとがさつで乱暴な妹だが、それがまた可愛い。―――美月らしくってね。
湧きおこる妹を持つ者としての実感…それはシスコンの脳をエンドルフィンで満たしていく。―――何とも言えないこの幸福感。 俺はその感覚に酔いしれ、瞑想の時を過ごしていた。
「修二、キモいぞ…」
仁志はそんな俺の幸福時間を僅か4文字でぶっ潰す。
あのさ、仁志…もうちょっと言葉を使おうよ。たった4文字で俺を現実世界に戻すんじゃねー。…効率よすぎんだろ。
瞑想時間を強制終了させられた俺。当然イラっと来る。なので仁志に文句の一つでも言ってやろうとしたのだが、どういう訳かそれよりも先に仁志の方から俺に話し掛けてきた。
「ところで修二、……美月の様子はどうだった?」
………どーした、仁志?
俺は思わずそう言いかけた。
いつも憮然としていてぶっきらぼうな仁志が、妙に自信なさげに聞いてくる。
「どうって……別にいつもと変わんなかったぞ…」
嘘ですけどね。
はっきり言って様子は変でした、はい。気になる男からの電話でもう動揺しまくりって感じでしたよ。でもお前にはナイショと言われてるんで言えません。…あしからず。
「そうか…。お前にだったら何か相談したかもって思ったんだがな…」
まるで俺の答えに疑念でも抱いているかのような仁志の言葉。そして訝しいって感じで俺を見るその表情…。
あれ?……なんか気付いちゃってます?…お兄さん。
「ど、ど-したんだよ? 美月と何かあったのか?」
おかしい、……仁志がこんなこと言ってくるなんて珍しすぎる。
「いやな……この前、ちょっと美月と言い合いになってな。それ以来あいつは俺を無視してるんだよ…」
結構マジな顔してそう言った仁志。 仁志の困惑した様子を見て俺は驚いたが、それよりも美月が仁志を無視することの方が俺を驚愕させた。―――あのブラコン娘が最愛の兄を無視する??? どーなってんの?
「俺の言った言葉が癇に障ったって言うか… 美月はそれ以来、俺とまともに喋らなくってな…」
「仁志、お前美月になに言ったんだ?」
「……いや、それがな……」
急に口ごもる仁志。仁志と美月の間で何があった? 訳がわからんのだが…。
「何があったのか言ってみろよ…」
少しだけ感じる嫌な予感。―――もしかして美月の異変に気付いてる?
俺はそれを確認するために仁志を問いただしてみた。
「実はな、最近のことなんだが、美月に相談されたことがあったんだ。それに対して俺が『諦めろ、お前には無理だ』って言ったんだよ。そしたら美月がキレて食い下がってきたんでさ、つい俺もムキになって『俺は絶対認めんからな』って言っちまって……」
………なにそれどーいうこと? 諦めろ? 俺は認めん?
それにさ、仁志は美月から相談されたって?……何を?
―――えッ?…も、もしかして美月は俺に相談する前に既に仁志に相談していたのか?
そしてその相談を聞いて仁志が出した答えってのが、「諦めろ、俺は認めん!」って感じなの?
………『お前がその男と付き合うなんて無理だ。俺は認めん、諦めろ!』
そーいう事なのか…。
そうか、…だから美月は俺に『お兄ぃにはナイショ』って言ってたんだな。
一度仁志に相談してはみたものの、頭ごなしに反対された。でも美月は諦めるつもりはない。だから美月は俺を頼って来た……そう考えれば全てに納得がいく。
―――でも、美月は結構本気なんだな。
最愛の兄である仁志の意見を無視してでも、美月はその男との交際を諦めようとしないのか…。美月にとってはそれ程この初恋に思い入れがあるんだろうな…。
だが仁志にしてみれば美月はまだまだ幼い妹。
だから美月から好きな男ができたと相談を持ち掛けられても、どうしても心配が先に立っちゃって交際に否定的になっちまうってかんじなんだろうな。仁志がそう考えるのはよく分かる、…ってか俺だって同じ思いだ。
だけどさ、「かわいい子には旅をさせろ」っていうのも大事なことだと思う。美月だって成長している。はっきり言ってもう子供じゃない。だからそんな美月を信用して、美月のやりたいようにやらせてあげる方が経験値を増やすという面でもいいんじゃないのかな…。もし何かトラブってもさ、俺と仁志が付いてるんだ。だから心配することもないんだし…。
よし、ここは美月の真の兄として仁志を説得してみましょうか。
美月だってもう子供じゃない。それに美月は仁志が思っているよりしっかりした女の子だ。
「仁志、どーしてそんなに頭ごなしに反対する? 美月だってもう子供じゃないぞ? 美月が決断したことならやりたいようにやらせてやれば良くねーか? もっと自分の妹を信じてさ、どっしり構えて温かく見守ってやればいいじゃん…」
ええ言葉や。自分の言葉に思わず惚れ惚れしちまう。
これが兄としての矜持っていうもんだぞ、仁志。妹の事を心配しながらも好きなようにさせてやる。そしてそんな妹を陰ながら温かく見守ってやる。これが兄としてのあるべき姿だ。
………美月、俺はお前の真の兄として仁志を説得してやったぞ。
立派な兄としての行動に思わず自己陶酔…を通り越しもはや泥酔していた俺。だが仁志は俺の心地よいほろ酔い気分を冷徹な言葉で一瞬にして霧散させた。
「修二、お前の言いたいことも分かるがな、失敗するのが目に見えているのに応援出来る訳ないだろ?……俺はあいつの兄貴なんだぞ」
相も変わらずの無表情で冷え切った言葉を並べやがる仁志。流石の俺もその言葉にはカチンときた。自分の妹を信じようともせずに「俺はあいつの兄貴だ」だと? それはちょっと横暴すぎんだろ?
それにさ、はじめっから失敗するって決めつけるのってどーなの? いくら何でも酷すぎんだろ。
「あのさ、仁志……やってみないと分かんねーだろ? やる前からダメ出しされたら誰だって反発するよ。もっと美月を信じて好きなようにさせてやれって…」
「俺も美月を信じてやりたいのは山々なんだがな、客観的に見てダメなものはダメとしか言えんだろーが…」
「兄であるお前が信じてやらんでどーすんの? 美月が可哀そうだろ? 美月なら大丈夫だって…」
「大丈夫なもんかよ! 絶対上手く行かねーよ!」
何を言っても頭ごなしに「上手くいかない」と決めつけてくる仁志。そんな仁志の態度を見て美月がキレた理由がよく分かる思いがした。美月が言った言葉だけでなく、仁志は俺の言葉にすら耳を傾ける気が全くない。はっきり言ってアッタマきた! もう言いたいこと言ってやる!
「あのな、仁志、大事なのは美月の気持ちだろーが! 美月がしっかりした気持ちで向き合えば絶対に失敗したりなんかしねーんだよ!」
言ってやった。……これが俺の魂の叫びってやつだ! どうよ、参ったか?…仁志。
だいたい男女付き合いなんて、気持ちさえしっかりしてりゃなんとかなるもんだ。お前の頭は固すぎんだよ、仁志。頑固じじいにもほどがあんぞ。
俺の魂の叫びにはさすがの仁志も少しは反応するだろ。……そう思っていると、
「気持ちだけでどーにかなる訳ないだろ? なに甘いこと言ってんだ?…修二」
真顔でこんなこと言い返された。
マジもう限界。んっとに腹立つ。もう容赦しねーぞ!
「気持ちが無きゃ始まんねーだろがよ! 大事なのは愛だ! 愛さえあればどんな苦境もはね返せる! お前にはそんな事も分からんのか?…」
渾身の一撃を放った俺。恋愛において大事なのは相手を慈しむ愛の力だ。愛こそ至上なり! どうだ仁志! 反論は認めねーぞ!
俺は全身全霊をかけて仁志にそれを訴えかけた。
この言葉に胸を撃たれない奴などいない。―――そう信じていたのだが、
「―――愛なんて何の役にも立たんだろ? 修二…お前正気か?」
もはや人としての感情が全く感じられないこの言葉。俺はこの言葉を聞いて思わず絶句した。
―――愛が何の役に立つ?
お、お、お前なー! そ、それはあんまりだぞー!
「な、…お、お前…なに言って………」
あまりの衝撃に言葉が出てこない。思いっきり言い返してやりたいのに言葉にならない。
「愛情だの感情だのそんなもの全て関係ない。あろうがなかろうが結果はダメに決まってる!」
「ん、んなことねー! あ、愛さえあればな……………」
「愛があれば上手くいくのか? ―――高校受験が?」
へん! 受験なんて愛さえあれば…な…な…なんですと?
あれ? 仁志が美月から受けた相談って受験のことなの? 甘くて酸っぱい恋愛の事じゃないの???
なぁ~んだ、そーいう事なら先に言ってくださいよお兄さん。も~う、イジわるなんだからぁ~ そっかぁ~ 美月も来年受験だもんなぁ~
美月の受験の話を必死にしていた仁志に対して俺はこんなこと言ってたんだな~―――「愛さえあれば上手くいく!」
………いくわけないですよね、お兄さん。
更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
少し書き溜めもできましたので、暫くは定期的な更新ができると思います。
時間はかかりますが、エタらずに完結させるつもりですので、今後とも
ご愛読して頂けるよう、宜しくお願いします。




